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【栴檀外伝】「新・夢十夜」伊崎進の異世界転生の夢物語  作者: Kyoi
第3夜 幕末の大老の孤独な晩年
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第6章 不審な逝去

【将軍家茂の急逝と、深まる虚無】


 文久の改革による井伊家の減封と安政の大獄の全面撤回——主君・直弼の生きた証を幕府自らが踏みにじった衝撃から立ち直れないまま、進はさらに加速する時代の暴走を目撃することになった。


 長州征伐の陣が敷かれた大阪城にて、14代将軍・徳川家茂が21歳の若さで突如としてこの世を去った。

 脚気衝心と言われながらも、あまりに急な崩御であった。


(家茂様まで……。井伊様が命を懸けて将軍の座に据え、和宮様を迎えてまで守ろうとしたお方が、なぜ……)


 進は大阪城の方角を仰ぎ、絶望に胸を締め付けられた。

 家茂は、井伊直弼が「国難を乗り越えるに相応しい英主」として、一橋派との激しい政争の末に擁立した存在だった。

 その若き将軍の死は、直弼が残した最後の遺産すらも潰えたことを意味していた。


 後を継いだのは、かつて直弼が激しく対立した一橋慶喜であった。

 かつての政敵が幕府の頂点に立ち、時代はいよいよ幕府そのものの終焉に向けて雪崩を打っていく。

 進の心には、底のない虚無感だけが広がっていた。


「井伊様……あなたの命を賭した決断は、一体何のためだったのですか……。幕府は、国は、どこへ向かおうとしているのですか……」


【孝明天皇の不審な崩御と、暗雲】


 将軍家茂の死からわずか5ヶ月後。京都からもたらされた報せが、進の背筋を凍らせた。


「孝明天皇、崩御——」


 満35歳という若さ、そしてあまりにも突然の死だった。

 公文書には「天然痘による病死」と記されていたが、京の街から流れてくる噂には、尋常ではない異様さが漂っていた。


「一時は快方に向かわれ、紫衣を着て御湯を召し上がるほど回復されていたと聞く……」

「それが、なぜ突如として激しい吐血と下血に見舞われ、悶絶して失われねばならぬのだ……」


 京の密偵や公家衆の噂を耳にするたび、進の脳裏には生々しい疑惑が持ち上がった。

 孝明天皇は開国には絶対反対の意志を貫いていたものの、激しい「倒幕派」ではなかった。

 むしろ、公武合体を推進し、幕府を存続させる立場をとっていたのだ。


(幕府を倒し、薩摩や長州を中心とする新たな世を作ろうとする『倒幕派』にとって、公武合体を望む孝明天皇の存在は、最大の障壁だったのではないか……?)


 進は夜の自室で、震える手で膝を抱きしめた。

 確たる証拠などない。

 だが、宮廷の奥深くにうごめく暗闘、医官たちの不自然な動き、そして帝の死によって最も利益を得る者たちの影——。

 不審点の多さが、歴史の闇の深さを物語っていた。


「大老様が討たれ、将軍様が倒れ、ついには帝まで……」


 井伊直弼が命を注ぎ込んだ「幕府の権威」も「公武合体の道」も、闇から刺し込まれる不気味な刃によって、一つ、また一つと切り刻まれていく。

 大義も、忠義も、人間の誇りすらも、権力という怪物によって貪り尽くされていくようだった。


(誰もが自分の正義を掲げながら、裏では牙を剥き出しにして化かし合っている……。これが、幕末という時代の正体なのか……!)


【闇の中への沈淪】


 大老の無念、将軍の急逝、そして帝の不審な崩御——。

 あまりにも巨大な歴史の濁流と、人間の醜い権謀術数に晒され続けた進の精神は、すでに限界を迎えていた。


「もう……誰も信じられない……。正義とは何だ……覚悟とは何だったのだ……」


 視界が歪み、足元が崩れ落ちていく。

 井伊直弼の冷たい首級を抱きしめたあの雪の日の感覚と、暗闇の中で失われていく帝の気配が混ざり合い、進の意識を深い深い奈落へと引きずり込んでいった。


 江戸の街も、彦根の屋敷も、激動の幕末の喧騒も、すべてが遠ざかっていく。

 進は深い闇の底へと落ちながら、遠くで自分を呼ぶ「現代」の足音を聞いた気がした——。

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