第5章 かつての部下たちの裏切り
【凍りついた嘘と、裏切りの前兆】
直弼の首と胴体を縫い合わせた翌朝、藩邸の緊張は頂点に達していた。
幕府から派遣された目付に対し、彦根藩重臣は深々と頭を下げた。
「大老様は不覚にも刺客の刃により深傷を負われましたが、幸いにも命に別状はございません。現在は屋敷にて療養中でございます」
進は白々しい虚偽の「病気御届」が交わされる様を、血の滲むような思いで見つめていた。
幕府もまた、大老が白昼堂々討ち取られた事実を認めれば天下の動揺は避けられないと知り、この「嘘」を呑んだ。
だが、表向きは心配顔を作っていた幕臣たちの目は、すでに冷たく光っていた。
「井伊様も災難であったな。……して、今後の政の滞りはどうされる」
昨日まで直弼の前で平伏し、「大老様の仰せのままに」と揉み手をしていた幹部たちが、すでに直弼を「過去の遺物」として扱い始めていた。進は拳を握りしめ、爪が手に食い込むのを感じた。
【手のひらを返す幕臣たちと、「公式な死」】
直弼の不在に乗じ、幕政の実権は老中首座・安藤信正と久世広周の手へと急速に滑り落ちていった。
「伊崎と申したか。大老秘蔵の書状、すべて提出せよ」
安藤は進を呼びつけると、冷徹な眼光で命じた。
「安藤様……大老様が命をかけて結ばれた条約、そして推し進められた威信は、どうなるのですか!」
進が食ってかかると、安藤は鼻で笑った。
「井伊の強硬路線はやり過ぎたのだ。世の怨嗟を買い、大老自身が討たれては元も子もない。これからは朝廷の権威を借りる『公武合体』でいく。井伊の影は、一刻も早く消さねばならん」
昨日までの忠誠はどこへ消えたのか。安藤だけではない。
かつて直弼を「英断の主」と持ち上げていた幕臣たちが、こぞって「井伊独裁の弊害」を唱え始めたのだ。
閏3月29日。怪我療養の体裁を引き延ばす限界が訪れ、幕府は直弼の老中職辞任を認めた上で、同日、正式に「病死」と発表した。
1ヶ月間、死体として隠され続けた直弼の魂。進は冷たくなった主君の遺体の前で、政治の醜さと人間の浅ましさに激しい嘔吐感を覚えた。
【報復の狂気と、虚しい抑え込み】
万延元年4月。
「水戸へ討ち入る! 大老様の仇を討たずして、何が彦根武士か!」
彦根藩邸内では、血気にはやる若い藩士たちが刀を抜き差しし、狂乱状態にあった。
「落ち着け! 今、水戸と私闘を行えば、それこそ井伊家は朝敵となり家名断絶だ!」
進は必死に藩士たちの間に割って入った。
「伊崎! お前は大老様の側近でありながら、日和る気か! 外様や水戸に笑われたままでいられるか!」
胸ぐらを掴まれ、壁に押し付けられる。
直弼が命と引き換えに守ろうとした「幕府の秩序」が、内側から崩壊していく。
進の制止も、幕府からの「自重」の命令も、虚しく響くだけだった。
万延元年7月。
直弼の死後、政局は進の知る歴史通り、恐ろしい速度で流転していった。
幕府の威信は地に落ち、朝廷の権威が急浮上。
安藤信正らは14代将軍・徳川家茂の御台所として、孝明天皇の妹・和宮の降嫁を推し進めた。
「帝の妹君を降嫁させ、幕府の権威を補強する……。大老様が命を懸けた『幕府主導の開国』は、どこへ行ったのだ……」
進は呆然と江戸の街を歩いた。
水戸の浪士たちが起こした桜田門外の変は、「脱藩して武力行使を行えば時代が動く」という危険な成功体験を全国の志士たちに与えてしまった。
尊王攘夷の嵐は、もはや誰にも止められない巨大な渦となっていた。
そして文久2年、決定的な打撃が進を襲う。
薩摩藩の主導による「文久の改革」の圧力を受け、幕府は過去の処分の見直しを断行した。
『彦根藩、護衛怠慢の罪により、石高を35万石から25万石へ減封』
『安政の大獄にて処罰された政治犯を一斉赦免』
「……そんな……そんなバカな……!」
進は幕府からの通達を手に、その場に崩れ落ちた。
直弼が「悪名を一身に背負う」と覚悟して断行した安政の大獄は、幕府自身の手によって「誤り」と否定された。
そればかりか、主君を失い、必死に家を守ろうとした彦根藩には10万石減封という苛烈な処分が下されたのだ。
「大老様……あなたが守ろうとした幕府が、あなたを捨てた……。あなたの残した誠は、すべて否定されたのですか……!」
進の叫びは、冷たい江戸の空に消えていった。
将軍・家茂の威光は衰え、朝廷と言語を絶する政争に巻き込まれ、やがて幕府そのものが終焉へと向かっていく未来を、進は知っていた。
大老の遺志も、自分の奔走も、すべては歴史の巨大な濁流の前に飲み込まれてしまった。
絶望と虚無感の中で、進の意識は再び薄れ始めていく——。




