第4章 大老死す
【桜田門外の雪】
寅の刻(早朝)。
水戸・薩摩浪士が、密かに集結していた。
前夜から降り積もった季節外れの大雪は、江戸の街を白銀の静寂で覆い尽くしていた。
品川宿を出発した水戸脱藩浪士ら17名と薩摩藩士・有村次左衛門は愛宕神社に集結。
直弼の首を討つべく、祈願を済ませて桜田門外へと向かっていた。
その頃、進は一刻も早く彦根藩邸へと走っていた。
昨夜から胸の虫の知らせが収まらず、雪を蹴立てて屋敷へ急ぐ進の足元は、冷たい雪と焦燥感で凍りついていた。
卯の刻(早朝)。
彦根藩上屋敷へ辿り着いた進は、密告者から「水戸浪士による暗殺計画」の書状が届いたことを知った。
側近たちが登城の中止や護衛の増員を強く進言する。
進も畳に額を擦り付けた。
「大老様! 今日だけは……今日だけは登城をお取りやめください!」
しかし直弼は、静かに首を振った。
「大老たる者が噂に怯えて護衛を増やせば、幕府の威信にかかわる」
直弼は通例通りの警護で登城する決断を下した。
進は自らも供回りとして行列に加わろうと願ったが、直弼は「お前は屋敷に残り、次の書状の整理をしておけ」と拒んだ。
それが、直弼との最後の会話となった。
【登城開始:雪中の大名行列】
五ツ刻(午前9:00頃)。
太鼓の音が響き、直弼の乗った駕籠を中心とする約60名の行列が藩邸を出発した。
護衛の侍たちは雪濡れを防ぐため、刀の柄や鞘に柄袋・鞘袋をかぶせ、雨合羽を着込んでいた。
進は藩邸の門前に立ち、雪の中に消えていく行列の背中を、胸が押し潰されるような思いで見送った。
桜田門まで数十メートルの杵築藩邸前。
見物人を装った水戸浪士・森五六郎が「直訴」を装って行列の先頭に突入。
警護役を斬りつけると同時に、黒澤忠三郎らが合図のピストルを駕籠めがけて発射した。
弾丸は直弼の腰部から太腿を撃ち抜き、直弼は居合を抜くこともできず即座に重傷を負った。
銃声を合図に浪士たちが一斉に襲いかかった。
合羽や柄袋が邪魔をして刀が抜けない彦根藩士たちは混乱に陥った。
河西忠左衛門ら剣豪の必死の抵抗も虚しく倒れ、刺し貫かれた駕籠から引きずり出された井伊直弼は、薩摩藩士・有村次左衛門の手によって首を討ち取られた。
巳の刻(午前10:00〜12:00頃。
銃声と叫び声の知らせが藩邸に届いた瞬間、進は弾かれたように現場へ飛び出した。
桜田門外の現場は、血で赤く染まった白雪と惨乱する遺体で惨状を極めていた。
有村は追撃者から負った傷により逃走中に自決し、直弼の首級は若年寄・遠藤胤統の屋敷へ収容されていた。
進は半狂乱となりながら現場の遺体収容に加わり、血まみれの雪の上で膝をついて号泣した。
【夕刻:首級の極秘奪還】
申の刻〜酉の刻(午後4:00〜6:00頃)。
幕府の公式発表前に大老殺害が公になれば、彦根藩は家名断絶を免れない。
進は藩の重臣らとともに極秘裏に遠藤家と交渉。
「怪我を負った直弼を引き取る」という名目で首級を貰い受け、夕方までに彦根藩邸へと連れ戻した。
進はその首級を抱え、震える手で何度も直弼の名を呼び続けた。
深夜、静まり返った藩邸の奥の間。
藩医・岡島玄建らが直弼の首と胴体を糸で静かに縫い合わせていた。
進は手燭の灯りを掲げ、涙を垂らしながらその作業を命がけで手伝った。
幕府へは「直弼は急な襲撃により傷を負い、邸宅にて療養中」という虚偽の届出が提出された。
糸で繋ぎ合わされた直弼の冷たい顔は、あの大雪の夜に和歌を詠んでいた時と同じ、どこか澄み切った穏やかな表情を浮かべているように見えた。
国家の重荷をすべて背負い、悪名をかぶって散っていった孤高の大老。進は静まり返った夜の闇の中で、ただ一人、直弼の遺体の横で朝まで泣き明かすのだった。




