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【栴檀外伝】「新・夢十夜」伊崎進の異世界転生の夢物語  作者: Kyoi
第2夜 中大兄皇子による粛清
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第9章 歴史を作る者

【歴史書という名の暗雲】


 飛鳥浄御原宮の一角に設けられた編纂所には、連日、全国から集められた古い帝記や本辞、そして諸豪族の家伝が積み上げられていた。


 天武天皇の命により、国家の公式な歴史を創り上げる一大事業が本格的に始動したのだ。

 筆記に秀でた進麻呂は、記録の整理と校訂を行う中心人物としてこの作業に没頭することとなった。


 しかし――編纂が進むにつれ、進麻呂の胸の中には膨大な違和感と、吐き気にも似た突起した不快感が込み上げていた。


(……おかしい。こんな記述、いくらなんでも理が通らない……!)


 差し出される原稿には、目を見張るような「歪み」がいくつも散りばめられていた。


 初代神武天皇から始まる初期の天皇たちの寿命は、百歳はおろか百四十歳や百五十歳を超え、人間離れした異常な長寿として記録されていた。

 一方で、名前と在位期間だけが記され、治績や具体的なエピソードが全く存在しない「空白の天皇」たちが何人も延々と並んでいる。


 そして何より、進麻呂の心を強く痛めつけたのは、蘇我氏に対する徹底的な悪意の記述であった。


 進麻呂がその目で見た蘇我蝦夷・入鹿父子は、急進的ではあっても国の将来を真剣に考え、東アジアの脅威に立ち向かおうとした政治家だった。

 しかし、目の前で書き進められる草稿の中で、彼らは「天皇の位を奪おうとした奸賊」「皇室を脅かす極悪非道の暴君」としてのみ描かれ、彼らが行った先進的な国づくりの功績は一切削ぎ落とされていた。


(歴史を……歪めている。自分たちのクーデター(乙巳の変)と壬申の乱を正当化するために、都合の悪い真実を塗りつぶし、蘇我氏を完全な悪人に仕立て上げているんだ……)


【決死の進言】


 いたたまれなくなった進麻呂は、誰もいない深夜の編纂所で、意を決して天武天皇に拝謁した。

 進麻呂は震える手で、木片に必死の思いで文字を刻んだ。


『大王(おおきみ)……この記述には偽りが多すぎます。蘇我宗家にも国を想う義がございました。このような歪んだ記録を残せば、後世の者たちが真実を見失ってしまいます』


 進麻呂の進言を聞き終えた天武天皇は、怒るでもなく、静かに冷ややかな笑みを浮かべた。


「……進麻呂よ。お前はまだ、歴史というものが分かっておらんようだな」


 天武天皇は進麻呂の目の前に歩み寄ると、その肩に重い手を置いた。


「『真実』などというものは、過ぎ去れば風と同じだ。形として残るのは、勝者が紙に記した『文字』だけなのだ。我が天武の血脈が神の時代から正統であり、大友や蘇我のような逆賊を討ってこの国を正した……それこそが、この国が永遠に一つにまとまるために必要な『正しい歴史』なのだ」


 「しかし、大王(おおきみ)…歴史書は、事実を記さねばなりません」


 天武天皇の瞳には、一切の迷いも妥協もなかった。

 進麻呂の進言に対し、一言、返したのみであった。


「お前が書くのは、過ぎ去った事実ではない。これから千年の国を支える『物語』なのだ。……余の言う通りに書け、進麻呂」


【苦痛の時間】


 それからの日々は、進麻呂にとって拷問に等しかった。


 現実の予備校講師・伊崎進として、歴史の教科書を教え、受験生たちに知識を授けてきた記憶が蘇る。

 自分が教えていたあの「歴史」の裏側に、どれほど多くの敗者たちの血と無念、そして都合よく捏造された事実が隠されていたのか。


 筆を握るたびに、指が鉛のように重くなった。

 無念のうちに首を括った蘇我石川麻呂の顔が。

 自害した大友皇子の優しかった瞳が。

 そして、歴史の陰に追いやられ、悪名だけを刻まれていく蘇我入鹿の無念が、暗闇の中から進麻呂をじっと見つめている気がした。


(俺は……一体何のために、この時代に来たんだ……? 嘘の歴史を作る手伝いをするためなのか……?)


 自分の手で歴史が折り曲げられていく恐怖と虚無感。

 声を出せない進麻呂は、密室の中で一人、あふれ出る涙を必死にこらえながら、偽りの文字を竹簡に刻み続けるのだった――。

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