第3章 襲撃計画
【連日の密談】
深夜の密談は幾度となく繰り返された。
中大兄皇子と中臣鎌足は、暗殺計画をより確実なものとするため、蘇我氏の分家でありながら宗家の独裁に強い不満を抱いていた蘇我石川麻呂に目をつけた。
鎌足の立ち回りによって石川麻呂を仲間に引き入れることに成功し、計画は打倒蘇我の核心へと一気に加速していった。
しかし、計画の前に立ちはだかる最大の壁――それこそが、蘇我入鹿本人の武勇であった。
入鹿は政治的野心に満ちた謀略家であると同時に、当代きっての「剣の達人」でもあった。
常に鋭い眼光を走らせ、腰には名刀を差し、側近の精鋭に守られている。
正面から挑めば、返り討ちに遭うのはこちら側だった。
「入鹿の腰から刀を外させねばならん。……だが、あの用心深い男が自ら剣を手放す口実など、果たしてあるか?」
中大兄皇子の問いに、部屋には重苦しい沈黙が落ちた。
刀を奪い、無防備な隙を作り出すこと。
そして間髪をいれず、一斉に襲いかかって短時間で息の根を止めること――。
討ち漏らせば、即座に自邸の私兵が雪崩れ込み、返り血を浴びるのは中大兄皇子たちの方だった。
連日にわたり、息の詰まるような謀議が重ねられた。
進麻呂は、この命がけの謀略を成功させるため、影となり役に徹した。
密談の様子が外部に漏れれば、その瞬間に全員が引き回しのうえ打ち首となる。
進麻呂は己の家来たちを屋敷の周りに配置し、鼠一匹通さぬ徹底的な見張り網を敷いた。
(この密談が漏れれば終わりだ……絶対に誰の侵入も許さない)
現実のコールセンターで理不尽な暴言に怯えていた自分とは違い、今の進麻呂には仲間たちの命と歴史の命運が肩に重くのしかかっていた。
恐怖で膝が震えそうになりながらも、進麻呂は不眠不休で屋敷の周囲を警護し続けた。
そして――ついに決行の前夜が訪れた。
明日、三韓(新羅・百済・高句麗)からの使者を迎える儀式「三韓の表」が飛鳥板蓋宮で執り行われる。
儀式の最中、満座の臣下の前で入鹿を討つという、あまりにも壮大な暗殺計画であった。
作戦の骨子は固まった。
儀式の場という格式高い空間を利用し、言葉巧みに「儀式の最中に刀を差すのは不敬である」と言い含め、入鹿から剣を預かって無力化する。
そして石川麻呂が上表文を読み上げている最中を合図に、刺客が一斉に飛びかかり入鹿を刺殺する――。
静まり返った隠れ家で、中大兄皇子は長槍を強く握りしめ、冷や汗の浮かぶ額をぬぐった。
その隣で、鎌足は不気味なほど落ち着いた笑みを浮かべ、弓矢の手入れをしている。
「……明日だ、進麻呂」
中大兄皇子が低く、震える声で呟いた。
「明日、日の本の歴史が変わる。……あるいは、私が地に伏すか」
進麻呂は地の上に、深く静かに文字を刻んだ。
『皇子、お覚悟を。私も最後までお供いたします』
蘇我氏の「義」、皇子の「焦燥」、鎌足の「野心」――それぞれの思惑が複雑に絡み合ったまま、運命の朝が刻一刻と近づいていた。
静まり返った飛鳥の夜空に、嵐の前触れのような気味が悪いほど静かな風が、ヒュウと吹き抜けていった。




