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後輩系ラブコメ

「えっと……」


基本的に、遊び部の部室へ来る人間なんてほとんどいない。


だから俺は、すぐには言葉が出てこなかった。


「先輩、私を部活に入れてください!」


その声は、透き通るように軽やかだった。


まるでレモンキャンディのような声。


黎思妙のような甘ったるいマシュマロ……いや、麦芽糖のような声とは違う。


……今夜はレモン味のティラミスでも買って帰ろうかな。


妹は気に入ってくれるだろうか……。


……いやいや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


俺は頭を掻いた。


「……本気で言ってるのか?」


彼女がただ人をからかうことを楽しむタイプの愉快犯である可能性は、まだ否定できない。


念のため、その可能性はできるだけ排除しておきたい。


「は? 何言ってるんですか。もちろん本気ですよ」


彼女はまず呆れたような目を向けた。


その後、わざとらしく「忠誠」を示すようなポーズを取る。


……少し可愛いと思ってしまった。


だが、それ以上に笑えてしまう。


俺は部室を見回した。


いつも通り寂れた空間。


ほとんど何もない部屋。


あるのは、夜中になれば女が這い出てきそうなほど古びたテレビと、どこにでもいそうな少年の姿が映った姿見だけ。


俺は頷きながら、その鏡に映る少年を眺めていた。


その時。


「先輩、私の話聞いてます?」


何か小さな声が聞こえた。


「先輩、聞いてます?」


……ん?


なんだか、どんどん近づいているような。


「――ちょっと!!!聞いてますか?!」


少女の唇が、ほとんど俺の右耳に触れそうな距離まで迫っていた。


「うわあああ!!!」


俺は反射的に耳を押さえて叫ぶ。


「そんな大声出すな!」


改めて彼女を見る。


距離は……半メートルもない。


彼女は銀白色の髪を指で弄りながら、少し照れたように顔を横へ向けた。


頬にはわずかな赤み。


「そ、それは……先輩がずっと聞こえないふりするからじゃないですか」


【おい……なんだこの妙に距離感のおかしい雰囲気は。俺たち、今日初対面だよな?】


【お前の(社)交性、一体どれだけ高いんだよ!?】


俺は咳払いをした。


そして、アニメに出てくる悪徳勧誘業者のようなキャラクターを思い浮かべる。


そこへ少しだけ自分なりのアレンジを加えた。


「入部するのは構わない」


俺は引き出しから素早く入部届を取り出す。


そして、できるだけ恐ろしい声を作った。


「ただし……辞める時は、俺の許可が必要だ」


そう言いながら、机の上に足を乗せる。


「……署名しろ」


【はぁ……活動終了後、机を拭かないとな】


俺は期待していた。


彼女が入部届を破り捨てることを。


あるいは床に叩きつけ、何度も踏みつけることを。


そして怒鳴りながら帰っていくことを。


(別にそういう趣味ではない)


しかし。


彼女は両手を重ね、頭を下げた。


長い髪が顔を覆い、その表情は見えない。


「……すみません」


予想外の返答。


だが、入部届はそのまま俺へ返された。


……よし。


これで四十秒以内に今回の騒動は終了だ。


「そうか……なら仕方ないな」


鏡を見る。


案の定。


俺の顔には、明らかに性格の悪そうな笑みが浮かんでいた。


……気持ち悪いな。


「……あ!」


銀髪少女はまだ何か言いたそうだった。


俺は少し嬉しくなりながら、「どうぞ」と促す。


すると。


「実は私が入りたいのは、みんなで楽しく活動する遊び部なんです」


彼女は続けた。


「根暗な男子生徒が、全然似合っていない悪徳業者の真似をして、自分ではカッコいいと思い込みながら『ああ、この距離感は何なんだ』とか童貞臭いことを考えている、物置同然のゴミみたいな部活じゃありません」


……。


絶対零度のような声。


しかし、その瞬間。


部室の温度は数度上昇した気がした。


「……あはは」


俺は笑った。


「大丈夫ですよ。間違えてませんから」


「この遊び部で合ってますよ――」


指先が机を引っ掻く。


爪の間には木屑が入り込む。


【もし意識だけで人を殺せるなら……こいつはもう六回くらい死んでる】


うん。


縁起のいい数字だ。


俺は殺意レベル999の視線で彼女を睨む。


一方、彼女は何事もなかったかのように入部届へ名前を書いた。


――許諾。


綺麗な文字。


この性格の悪さとは到底釣り合わないほど、繊細な字だった。


そして。


「許諾」。


……やっぱり、あまり可愛い名前ではない。


「殺すぞ」


俺が呟く。


すると彼女は、殺意レベル∞の視線を返してきた。


海のように青い瞳。


そこには波が立っていた。


いや。


これはもう、津波だ。


思わず鳥肌が立つ。


……何で怒っているのか、さっぱり分からない。


本当に可愛くない。


「今……『許諾って名前、微妙だな』って思いましたよね?」


「お前、読心術でも使えるのか?!」


「少しだけですよ~」


「じゃあ、今俺が何を考えてるか分かるか?」


「……暇だな。死ね」


「当たってる!?」


「死ね」


「なんで二回読むんだよ」


「死ね」


……。


どうやら、本当に読心術が使えるらしい。


「ちょっと!」


許諾が突然怒鳴った。


やっぱり全然可愛くない。


「な、なんだよ!」


その時、俺は気づいた。


彼女の指先が、俺の鼻先を指していることに。


「オタク男子の吐息、気持ち悪いです」


そう言って、彼女はすぐに指を引っ込めた。


「じゃあ結局、お前は何しに来たんだよ!」


俺は両手を広げた。


この面倒な後輩に会ってから、もう家に帰りたい気持ちしかない。


「ねえ、先輩」


許諾は笑いながら言う。


「今、彼女……いや、恋愛対象とかいないですよね?」


……何を企んでいる?


「なんで急に言い直した?」


確かに俺には恋愛経験はある。


でも、今の学校では――


「だから!」


許諾は胸を張る。


「恋愛サポート役として! 私を入部させてください!」


「……何の繋がりがあるんだ?」


「その話は置いておきます!!」


強引に話を終わらせる。


本当に可愛くない。


「さあ、軍師として何か聞きたいことがあるならどうぞ」


「じゃあ、なんで遊び部に入りたいんだ?」


「……それ、答えなくてもいいですか?」


大声で言う。


しかし、目線は明らかに泳いでいた。


「つまり、お前は役立たずの置物軍師ってことか?」


俺が問い詰める。


すると。


彼女は黙った。


【え?】


しばらくして。


少し恥ずかしそうに口を開く。


「えっと……どう言えばいいんでしょう」


白く細い指で机の端を軽く叩きながら、視線を逸らす。


「たぶん……道を間違えました」


「は?」


「本当は隣の文学部に入るつもりだったんですけど……」


彼女は髪を掻きながら、困ったように笑った。


「……間違えたみたいです」


「あはは……なるほど」


「はい……そうです」


許諾は俯いた。


本当に謝っているのかは分からない。


まあ。


相変わらず可愛くない。


「いや、何に対して『そうです』なんだよ」


「からかってるのか?」


「じゃあ、なんで出て行かないんだ?」


「だって……先輩に会っちゃったからですよ?」


またその挑発的な表情。


【少女の心って怖いな】


「俺に……?」


信じられないと思いながら答える。


さらに信じられないことに。


心臓が一瞬だけ跳ねた。


咳払いをして、少し赤くなった顔を隠しながら答えを待つ。


「文学部には、悪徳業者の真似をする陰気な男の先輩が部長なんていませんから~」


「死ね」


俺は確信した。


この、まったく可愛げのない奴とは――


絶対に。


絶対に。


絶対に相性が悪い。


俺は机の上に置いてあったプラスチックの箱から、二つのサイコロを取り出した。


「このサイコロで『6』を出せたら、お前の入部を認める」


その瞬間。


周囲の空気が少しずつ冷えていくような感覚がした。


まるで、暗黒の決闘が始まろうとしている。


俺と彼女は、まるで豪華絢爛な客船の上に立っているかのようだった。


「先輩」


許諾は口元を少し上げ、自信満々にサイコロを手に取った。


「このゲーム……私には必勝法がありますから」


「そうか。なら――ゲーム開始だ」


「カラン……カラン……」


サイコロが机の上を転がる。


赤と青の二つのサイコロがぶつかり合い、不規則な交響曲を奏でているようだった。


そして。


やがてサイコロが静止する。


「……2と1ですね」


俺は呟いた。


どうやら彼女は必勝法を持っているわけではなかったらしい。


ただの、みんなに嫌われそうな後輩だった。


顔を上げる。


彼女を追い出そうとした、その時だった。


いつの間にか。


許諾は静かに扉を開けていた。


何も言わず、そのまま部室を出ていく。


「……はぁ」


さっきまでの騒がしい部活動も終わった。


もう許諾のことなんて考える必要はない。


そう思いながら、机を拭き、片付けを始める。


その時。


床に落ちていた一つのサイコロに気づいた。


赤い面。


そこには六つの点が刻まれていた。


「……あ」


頭の中に、勝手に映像が浮かぶ。


さっきの彼女の姿。


少し寂しそうで。


どこか孤独そうだった姿。


胸の奥が、どうにも落ち着かなかった。


「……くそ」


俺は歯を食いしばる。


そして風のように部室の入口へ走った。


普段、誰も開けることのないその扉を勢いよく開ける。


一歩。


足を踏み出した。


外には雨が降っていた。


雨粒は散り落ちた花びらと、湿った土をかき混ぜている。


甘い香りと土の匂いが、二本の糸のように絡み合い、鼻腔を刺激した。


少し先。


銀白色の髪。


それによく似合う学校制服。


鮮やかな紫色のネクタイ。


そして……控えめな胸元。


その細い背中は、細長い廊下の中を歩いていた。


「……気が変わった」


俺は声を張る。


「お前の条件は、別に規則違反じゃなかったし」


少し間を置いて。


「その……残るか? 許諾!」


彼女は振り返らない。


ただ、歩き続ける。


「えっと……その、許諾!」


今度は少し大きな声で呼ぶ。


俺も少し距離を縮める。


すると。


俺のわずかに震えた声を聞いたのか。


許諾の体がゆっくりと45度だけ振り向いた。


その顔には、柔らかな笑みが浮かんでいた。


そして。


たぶん無理やり褒めるなら、少しだけ可愛いと思える八重歯が覗いていた。


「さっきですか?」


彼女は指を顎に当てる。


「廊下の窓ガラスを見ていたら……綺麗だなって、見入っちゃったんですよ」


そして。


少し間を置いて。


「それに……」


彼女は笑う。


「私、最初から諦めるなんて言ってませんけど?」


そう言った瞬間。


彼女の笑顔は、さらに深くなった。


俺も思わず小さく笑った。


【……本当に、こいつには敵わないな】


雨に濡れた窓越し。


弱々しい一筋の光が差し込む。


それは、俺と許諾の間にある廊下を照らした。


水滴に反射した光は、いくつもの色を生み出し


まるで、小さな虹の橋を作っていた。


――――――――――



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