21
「その光景は不快だった。壁も床も柱までもが、まるで呼吸しているかのような肉質のテクスチャーに覆われていた。
立っていること自体が困難だった。それは床が変わったからだけではない。体がもう限界だと叫んでいた。
筋肉も骨も、そして魔素も尽きかけていた。呼吸も苦しかった。匂いと、空気が濃くなったせいもある。まるで場所全体がモンスターの魔素で満たされているかのようだった。
ユキも同じように見えた。剣を掲げてはいたが、腕も脚も震え、その呼吸はさらに荒くなっていた。
この全ての中心にゴーレムがいた。金属の部品は全て失い、今は地面に張り付いた肉の塊に過ぎなかった。しかし、かすかに見えるものがあった。核だ。ひび割れがあり、しかも動いていた。
あのものを倒さなければ、確実に死ぬ。
——「零、どこまで戦える?」
ユキがゴーレムから目を離さずに尋ねた。
——「長くは持たないと思う」
——「私もだ…」
彼女は剣の柄を握りしめた。
この敵に第二段階があるとは、全く予想していなかった。おそらく別の核があるのか、あるいはあの変化がそうさせたのか。
ユキが一瞬こちらを見た。その目に何が込められているか理解できた。それは恐怖だった。しかし、彼女自身のためではなく、俺のためだった。その目は心配で満ちていた。
——「零、この部屋から逃げて。残りは私が何とかする」
その一言で、彼女が生き残るつもりがないことを理解した。
——「こんな時に一人で置いて行くと思っているのか?」
——「一人でできる」
彼女は俺の言葉を遮り、決意を込めて言った。その姿は、彼女がなぜこのゲームの主人公なのかを思い出させた。
——「私を信じて」
しかし、彼女を死なせるわけにはいかなかった。
話している間、遠くに何かが見えた。細長い形が壁から現れ始めた。
——「危ない!」
叫び、彼女を横に押しのけ、武器で何が襲ってきたのかを切り裂いた。
それが地面に落ちると、何かが分かった。触手のように見えたが、その先端は鋭利なものだった。それが何かは分からなかった。
地面のユキを見た。
——「本当に一人でできると思って、あの後も信じられるのか?」
彼女は驚いていたが、それから少し笑った。緊張した笑いだったかもしれない。
——「格好つけようとして、結局助けられるなんて、なんて情けないんだろう…」
彼女の顔が崩れた。強い戦士の仮面が割れ、その下にあるものが見えた。恐怖、絶望、何をすればいいのか分からない少女の姿だった。
——「できない」
彼女は囁き、その声はか細かった。
——「一人じゃできないよ、零。できない…どうすればいいのか分からない…」
彼女をこんな風に見たのは初めてだった。今はただの怖がった少女だった。
深く息を吸った。
——「大丈夫だとは言わない。それは嘘になるから」
しゃがみ込み、地面に落ちていたユキの剣を拾い上げた。彼女に差し出した。
——「でも、諦めさせるつもりもない。だから立ち上がれ。這ってもいい。構わない。ただ、そこに留まるな」
ユキは剣を受け取った。
——「分かったか?」
彼女はうなずいた。喉が渇きすぎて言葉が出なかったのだろう。
触手が壁から現れ始めた。
しかし、今度は一つだけではなかった。何十もの触手が壁から、床から、天井から現れた。それぞれが明確な意図を持って動いていた。私たちを殺すために。
——「ユキ、中央へ!」
彼女はうなずいた。剣が掲げられ、一瞬、彼女の目にかつてあった輝きが戻った。
走り出した。
最初の触手が正面の床から現れ、その先端は槍のように鋭かった。ユキは一振りでそれを切断したが、脇からさらに二本が現れた。
踵を返し、薙刀で弧を描き、両方の触手を切断した。
肉が湿った音を立てて地面に落ちたが、すぐに新たな触手がその場所に生え始めた。
消耗戦では勝てなかった。
——「全部は切れない!」
ユキが別の触手を切りながら叫んだ。
——「核に届くだけでいい!」
肉の塊まで約二十メートル。地獄の二十メートルだった。
触手が追いかけてきた。
切り、かわし、跳んだ。動きの一つ一つが前よりも体力を奪っていった。肺が燃えていた。
肉の塊まであと十メートル。
塊の中心から巨大な触手が現れた。他のものより太く、その先端は棘で覆われていた。鞭のように動き、まっすぐに私たちを狙った。
——「ユキ、伏せろ!」
彼女は迷わず従った。触手が頭上を通過し、その瞬間を利用して薙刀をその基部に突き刺した。肉が裂けた。触手はのたうち回ったが、倒れなかった。
——「足りない!」
叫んだ。
ユキは地面から剣を掲げ、触手を真っ二つに切断した。上部が地面に落ち、のたうち回った。
——「今だ、零!」
肉の塊が目の前にあった。核が輝き、先ほどつけたひび割れがはっきりと見えた。
——「ユキ、援護を!」
彼女は躊躇しなかった。背後に立ち、剣を回転させて近づく触手をそらした。一撃ごとに彼女の体力は奪われていった。腕は震え、呼吸は絶え間ない喘ぎ声だった。
俺には攻撃のチャンスが一度だけ残されていた。魔素はほとんど尽きていた。もしこれが失敗すれば、二度目の攻撃をする力は残っていないだろう。
世界が一つの線に収束した。ひび割れ。刃が当たるべき正確な一点。
向かってくる攻撃の合間を縫って、全力で駆け抜けた。触手が届こうとしたが、ユキがそれを食い止めた。
そして、一突きで薙刀の先端が核に触れた。
その衝撃が全身に走った。刃がひび割れを貫き、結晶に沈み込んだ。刃の下で砕ける感覚、エネルギーが爆発的に放出される感覚。
全てが止まった。
触手が空中で凍りついた。肉が動くのをやめた。匂いが消え始めた。
そして、全てが崩壊した。
肉の塊はゆっくりと崩れ去った。壁は元の姿を取り戻した。空気が再び呼吸できるものになった。
膝をついた。薙刀が地面に落ちた。もう持ち上げられなかった。
ユキは背後に立ったまま、剣を掲げていた。核はゆっくりと崩れ去り、その破片が灰のように地面に落ちていった。
ユキが振り返った。その顔は青白かった。しかし、微笑んでいた。
——「やったよ」
彼女の声は震えていた。
——「やったんだ、零」
答えようとしたが、できなかった。体が言うことを聞かなかった。ただ、ユキがゆっくりと近づき、目の前に跪き、その手が頬に触れるのを感じることしかできなかった。
——「零、大丈夫? 答えて!」
——「……眠い」
やっとの思いで言った。
彼女は笑った。か細い笑い声だった。
——「君って本当に…」
頭を彼女の肩に預けた。もう何もする力は残っていなかった。ただ目を閉じて休みたかった。
しかし、拍手が平手打ちのように響いた。
ゆっくりと。嘲笑うように。一拍一拍が空っぽの部屋に反響した。
ユキが即座に立ち上がり、剣を掲げた。俺も同じことをしようとしたが、脚が応答しなかった。ただ顔を上げることしかできなかった。
天井から、一つの影がゆっくりと降りてきた。
それは女性だった。しかし、完全に人間とは思えなかった。白い髪は薄明かりの下で虹の全ての色に輝いていた。そして、その背中には昆虫の翅が優雅に広がっていた。
冷や汗が出始めた。
彼女が誰か分かっていた。前世のゲームの画面で見覚えがあった。世界が終わろうとしている時に現れるラスボスの一人だった。
——「見事だ」
その声には軽蔑が込められていた。
——「強化された守護者を倒すとは。期待以上の働きだった」
ユキは剣を下ろさなかった。
——「誰だ? 何が目的だ?」
女性はユキを無視した。その紫色の瞳が二人をじっと見つめた。
——「異常に大きな魔素を持つ個体と、異常に小さな魔素を持つ個体…」
その視線は分析するように動いていた。
——「奇妙だ…人類の男性を絶滅させたはずだったが…近くで見れば間違いなくお前は男性だ」
ユキはその言葉に困惑したようだった。
——「教えろ」
女性が俺を指さした。
——「まだ他に男性はいるのか?」
ユキが一瞬、困惑した表情で俺を見た。そして、女性の言葉の意味を理解した。
——「答えると思っているのか?」
やっとの思いで言った。
——「零、何が起きてるの?」
ユキの声は緊張していた。
ユキに説明できなかった。説明する力が残っていなかった。
女性が手を伸ばした。紫色の光がその掌に集まり始めた。
——「これ以上計画を邪魔される前に、今のうちに始末しておくのがいいだろう」
ユキが俺と女性の間に立ちはだかった。
——「近づくな」
ユキは動かなかった。その剣は震えながらも掲げられたままだった。
女性が手を掲げた。紫色の光が強まった。その周囲の空気が歪み始めた。まるで空間そのものが、その力の圧力で曲がっているかのようだった。
攻撃が放たれた。紫色の光の閃光だった。
そして、金色の障壁が俺たちの前に現れた。
紫色の光がそれに激突し、爆発音が響いた。その衝撃で部屋中に衝撃波が走り、瓦礫が舞い上がった。その風が私たちを襲い、弱り切った体では耐えきれずに倒れ込んだ。
——「まさか、もう私を抜かしちゃったのかい?」
その声が部屋に響いた。混乱の中でもはっきりと、確固として。
山田校長が入り口から現れた。大きな魔女の帽子と杖を手にしている。その笑みは大きく、ほとんど嘲笑うようだった。
——「ちょうどいいタイミングだったね」
彼女は言い、その目は翼の生えた女を捉えていた。
——「山田…」
翼の生えた女が舌打ちをした。
校長は肩をすくめた。
——「まさか、傷ついた生徒を攻撃するなんて、そこまで冷酷になったのかい? 恥ずかしくないのか?」
——「ただの掃除だ」
翼の生えた女が再び攻撃しようとしたが、山田は既に動いていた。その杖が掲げられ、金色の障壁が零とユキを包み込んだ。
——「お嬢さんたち、そこにいろ」
翼の生えた女が再び紫色の光を放ったが、山田は杖を一振りしてそれを逸らした。光は壁に激突し、金属に穴を開けた。
——「それだけか?」
山田は挑発するように言った。
——「錬金術の実験室で見る火花の方がまだマシだよ」
——「相変わらずだな、山田。いつもその傲慢な態度」
——「君も相変わらず冷たいね。誰かを殺そうとせずに挨拶はできないのかい?」
翼の生えた女が両手を広げた。紫色の光が周囲で強まり、空気が再び歪み始めた。
——「今度は止まらないぞ、山田」
——「残念だ」
山田は杖を掲げて言った。
——「なぜなら、私も止まるつもりはないからね」
山田の杖が強い金色の光を放った。その光が広がり、部屋をその輝きで満たした。
翼の生えた女が攻撃を放った。
山田が反撃した。
金色の光と紫色の光が部屋の中央で激突した。その衝撃はまるで地震のようだった。壁が震え、床にひびが入り、天井が崩れ始めた。
光が収まると、翼の生えた女は後退していた。
——「この戦いで勝利する可能性は十分に高くない」
指を鳴らすと、翼の生えた女は紫色の粒子の雲となって消え去った。
静寂が戻った。
山田は杖を下ろし、その呼吸は少し荒かった。私たちの方に向き直り、その笑みが戻った。
ユキは疲れ果てて地面に座り込んだ。
——「何が…何が起きたの?」
校長はすぐには答えなかった。私のそばに近づき、膝をついた。
——「二人とも保健室に連れて行く」
話そうとしたが、声はかすれてほとんど聞こえなかった。
——「校長…あなたは一体…何者なんですか…?」
山田は優しく遮った。
——「休め。後で話そう」
そして、世界が暗転した。」




