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どぐらす  作者: 藻翰
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4/5

老眼鏡

大変お待たせいたしました


 カラァン


 店に似合わない音が耳に入る。


 外が明るかったせいなのか、はたまた自分の歳のせいなのか、店内が暗くみえる。


「らっしゃい、ゆっくりどうぞ」


 思わず眉を寄せるようなぶっきらぼうな言葉が耳に入って来た。


「なんだい、ここは客を客と思わないのかい?」

「いえ、そんな事はありませんが。……本日は、何をお求めで?」

「眼鏡屋に眼鏡以外求めに来ないだろう?」

「それは、おっしゃる通りですね」


 女性店員は少し悩んだそぶりを見せ、とりあえずとわざわざ言いながら、どうぞとそこの椅子を勧める。

 やっと目が慣れてきて、店内が見えるようになってきたがまずは案内された椅子へ座る。


「何個も持っているんだけど、すぐに無くすんだよ。老眼鏡をね」

「新しく作りたい感じですか?」

「そうなるね。ああ、眼科で前に貰った数字の紙が……ほら、コレだよ」


 丁寧に折りたたんである数年前の紙を渡すと、数字と私を何度か往復して見てきた。


「家にある老眼鏡で、見えてはいるのですね?」

「新聞を読むのには使うんだけどね、テレビの時は邪魔だろう?それでポンと置くのはいいんだけどね、まあ気が付いたら踏みつぶす爺さんは居なくなってせいせいしているからありがたいけどね」


 箪笥の上、机の上、ああこの間はレンジの横だったかい。あまり高い所に置いているつもりは無いんだが、手元が見えない時に欲しくて、欲しい時に限って近くに無くて、確かに文字が見えるのは助かるが、いつも少し足りないんだ。


「なるほど。因みにですが、家にはいくつあるんです?老眼鏡」

「いくつだろうね……爺さんのも使っているから、四個以上はある気がするんだけどね」

「結構ありますね。……私がいうのも何ですけど、気分転換とかで欲しいという話じゃないのであれば、無理に作る必要はないと思いますが?」


 なんとまあ。

 横柄親切な子だった。


「客のあたしがいうのも変な話だけどね、商売っていうのはねぇ、売り上げも大事なんだよ?」

「わざわざご心配ありがとうございます。でも、オーナーの方針?というか、売り上げをあまりここのお店の人は気にしていないみたいで」

「お店の人って、アンタもだろう?」

「そうなりますね。まあ、そういう風にしていいといわれて、ここに勤めているので、私は問題ないんですけど……ああ、えーっと、ちょっと待っていてくださいね」


 両手でトントンと肩を触るような優しい動きで、座っていろという動きをすると女性店員は店の奥へと行ってしまった。


「……変な店に入っちまったね」


 ぽつりと言葉が出るが、返事はもちろんない。

 大昔に飼っていた文鳥のキューちゃんとは似ても似つかない不細工なフクロウがジッと私を見てくるから、仕方なく入った店だった。


 少し話をして冷静さも戻ってきて、店内をキョロキョロと見回すと、ちゃんとしたいい物もあるようだ。


「あれは、べっ甲のやつみたいだね。それに、こっちのレンズは鯖江かい。……はん、ちゃんとしている店に違いはないのかい」


 少しばかり商売にはうるさい私は、目敏く高価なものが見つけられる。

 安かろう、悪かろう、ではない商売人の店だというのがよく分かった。


「はい、こういうストラップは、持っています?」


 いつの間にか戻ってきていた女性店員が手に持っているのはただの紐。


「なんだい、これは」

「眼鏡用のストラップですよ。先セルのところに、こうやって括るんです」


 そういって、自分の眼鏡を女性店員が外すとレンズとは逆側の先っぽの所に紐を結んだ。


「なかなか便利、なんですよ?」


 そういうと、自分の眼鏡を再びかけて、わざとらしく眼鏡を外した。


「こうやって使わない時、何処かに置いて、忘れちゃうわけじゃないですか。でも、この紐があれば、こうやって首にかけておけるんです」

「……なんというか、犬っころに自分がなったみたいで、いやだね?」

「あはは。そういう表現をされるとは思っていませんでしたね。紐タイプではなく、首掛け用のもう少し硬い素材も一応あるにはありますが……あまりこういったものは好みませんか?」

「……勧めてもらって言うのも何だが、いい気分ではないね」

「そうですか。やや、耳に負担はかかりますけど、そうなると……こんな感じの耳に引っ掛ける形の、ゴムは、どうです?」

「ゴム?かい」


 女性店員はつけていた紐を解くと、シリコンの部分に耳と同じぐらいのゴムをくっ付けた。


「こんな感じで、元々は落とさないようにというマスクの紐みたいな感じのモノでもあるんですけど、落ちにくく、でもそばに常におけますし、芸人さんがよくやるような額のあたりへ眼鏡を乗せてもズレないので、結構便利なんですよ?」

「それはそれで、また耳が痛そうにみえるけどね?」

「あー、負担が無いとは言えないんですよね。でもそうなるとやっぱりストラップチェーンの方が、いいかもしれませんね」


 私の事を気にしてくれているのは分かるが、どうしたいのかが計りかねる。

 客の私が何で悩まなければいけないと思ってきたら、少しだけ腹が立った。


「家が近くだからね、とりあえず老眼鏡を持って来てもいいかい?人様がやっているのを見る分には嫌だがね、やってみたらなんてことはない事もあるんだろう?」

「それは、おっしゃる通りですね。折角ですから古い眼鏡は掃除していない事も多いので、掃除ついでに持って来てもらえれば、試して貰いますよ」


 本当に売る気がないんだと分かって、なんで私が苦笑いをしないといけないとも思ったが、負けた気分になったので、また来るよと伝えて、その日は店を出る事にした。


「最近は暑い日も多いですからね。涼みに来てもらっても大丈夫ですよ。まあ、あまりお構いできない日もありますし、長居されて困る時もあるかもしれませんが、基本的にお客さんが入っていないと他のお客さんって、覗きに来たがらないので、居てもらうだけでも十分な効果ってあるんですよね」


 あけすけなく言うのは悪い事じゃあないが、それはあんまり言わない方がいい話だと客商売をしていた身として、忠告する事に。


「まあ、客を選んで喋っているように見えるからいいが、馬鹿にされることもあるかもしれないから、気を付けるんだよ」

「ええ。お気遣いありがとうございます」


 変な店に入って、変な接客をされて、逃げるようにお店を出て、また来ることを約束して。


「……呼ばれたにしては、不思議だったね」


 久しぶりに、気分がいい午後を過ごせた。





 今週は何故か結構忙しい。

 日に数人が常なのに、ここのところほぼ毎日二桁の人が来店。

 そして、とりあえず一つという感じで、眼鏡を作る。


「まあ、裏でパパっと作るのはきらいな作業でもないんだけど……こう毎日だと、飽きるというか、疲れるというか……」


 普通、お客さんが居ない時は店内清掃やレイアウトの変更をやらされることが多いのだが、このお店だとそういう事は殆ど無く、レイアウト変更がある時は数人ではなく大人数で一気に変えるので、やれる事はまあ清掃ぐらいしか残らない。

 ただ、その清掃も適当にやると逆にいい事がないと言われ、無理にやらなくてもいいと言われる始末。

 その為、このお店において私のやる事は眼鏡を作る事と接客をする事だけ。

 どうしても気になる汚れがある時は、自分で清掃をする事もあるが、そういう時はしっかりと報告も必要だ。


「さてと、この眼鏡もいい感じ。度数よし、角度よし、見え方も悪くないし……曇り止めのコーティング剤でも勧めた方がいいかな?」


 寒い時期のマスクからの温かい息で眼鏡が曇るのだが、そういう曇りを止められるものもあって、レンズに軽く塗るだけなのだが、凄く長持ちするというわけでもなく、つど洗わないといけなかったりするので、人によってはあまり好まない事も多い。


「お客さんと相談して……かな」


 人によっては大きなお節介にもなり、でも喜んでくれる人も居る。

 どっちが正解という事も分からないというのが、この仕事の困るところでもあり、嬉しい所でもある。


「難し……くは、ないか。ちょっとだけ考えすぎた、かな」


 ふっと、なぜか昔の自分を思い出すキッカケになりそうだったが、そんな私の都合を気にせず、ドアベルが来客を知らせる。


 カラァン


 少しだけ気分が落ちそうだったが、今は落としていいタイミングじゃない。

 わざと大きく息を吸って、鼻から息を強めに吐き出す。

 すると、自分の中の芯がパリッと見える気がした。


「相変わらず、商売っ気がないねぇ」

「ああ、その節はどうも?あれ?違いますね。えーっと、その手のモノが老眼鏡ですか?」


 この間のおばあちゃんが袋をカラカラと音を立てながら持って来たのは老眼鏡だろう。


「家にある奴、多分全部だよ」

「じゃあ、とりあえず掃除、しちゃいましょうか」

「……頼むよ」


 おばあちゃんが持って来てくれた老眼鏡は、どれもこれも全てケースに収められていて、そっと取り出すと、拭いた後があった。


「人様に見せるものが、汚いままとはいかないだろう?」

「ええ。お気遣いありがとうございます。座って待っていてください」

「そうさせて貰うよ」


 おばあちゃんを席に案内して、一つずつ、老眼鏡を洗っていく。

 二つの老眼鏡は殆ど汚れが無かったが、残り二つの老眼鏡はかなり汚れが目立った。


「元々、この二つを使っていたんですか?」


 汚れが多かった二つをコトンと机において確認する。


「ああ、そっちの四角い奴は爺さんの。もう一つのは、その時に合わせて買ったやつだね。残りの二つは最近のだよ。……わかるもんなんだね?」

「汚れで、なんとなく、ですよ。ただ、どの眼鏡も傷は殆ど無いので、このままでも大丈夫そうですが……」

「なんだい?」

「この、老眼鏡の鼻パットは変えた方が良さそうですね。長年の皮脂汚れも酷いですし、後……なによりも、鼻、痛くありませんでした?」


 それは四角い眼鏡でおばあちゃんの目がふっと優しくなる。


「老人ってのは、小さい事が気にならなくなるもんなんだよ。部品交換するなら、少しぐらい取れるのかい?」

「あー、残念ですけど、無料の範囲内ですね」

「この間の紐は?」

「百均で買ってもいいんですよ?」

「……そこまでお金に困っているわけじゃないから、手間賃だよ」


 色々なお客さんがウチのお店にも来ますが、あの目はもう決めたという目。

 私がこれ以上何かを言っても、多分駄目だと分かります。


「じゃあ、ちょっと特別にお掃除しちゃいますか」

「なんだい、特別な掃除って」

「すぐに分かりますよ」


 そういって、私が弄るのはおじいさんが使っていた方ではなく、おばあさんが同じタイミングで買ったと言っていた老眼鏡。

 鼻パットを変えて耳にかかりやすくして、ネジを回してレンズを取り出します。

 そしてレンズを抜いた状態でもう一度フレーム掃除をして、見えづらい場所の長年の汚れも取ります。

 更に少しだけレンズの出っ張りを軽く削って、ほとんど触れないハズの肌に当たった形跡のある部分だけを削ったら、新しいネジで老眼鏡に戻していきます。


 ついでに、お金を出したいと言っているので、この老眼鏡に似合うストラップチェーンを見繕って、曲げた先セルに括りつけます。


「こんな感じですね」


 どうぞと、手渡すとキョトンとした顔でしたが、目を少しだけ細めながら受け取ってくれたおばあちゃん。


「とりあえず、かけてみて下さい」

「ああ、そうだね」


 両手でおばあちゃんは眼鏡をかける。

 鼻パットの位置が少し下がり、予想通り曲げた先セルが耳をフィットしているが、パッと見た感じきつそうでもない。


「おやおや、下が、見やすいね?」

「鼻パットが合わなかったのと、かけ心地が悪かったのが合わさって、少しだけ目の下の辺りにあたる時があったのでは?」

「まあねえ。気にしてもいなかったけどね」

「その辺りは少しだけ、削りました。あ、勿論変な感じがあるようでしたら、弁償しますから、正直に言って下さいね」


 私の見立てが間違っている事は、往々にしてある。

 でも、なんとなく、あの痛さは、無い方がいい痛さ。

 下を向いた時に浮くものが浮かず、当たると違和感があって。

 そういう、余計な痛さ。

 勝手に私が削ったので、どうだったのかと思ったのですが、その目は優しかった。


「長年の患いは、こんな簡単だったのかい」


 ああ、なんてことだ。

 そんな顔をしたおばあちゃんだったが、私を見る目は笑顔だった。


「他の二つも、悪いところがあるなら、私に合わせてくれるかい?」

「ええ。もちろんですよ」

「でも、そいつは、触らないんだろう?」

「まあ、そうですね。ただ、かけ心地だけは、ね?」


 おばあちゃんが一緒になって笑い、わざとツンツンとしたのは四角いフレームのお爺さんの眼鏡。


「本音の所はどうなんだい?」

「……いいんです?」

「いいよ。別に怒りゃあしない」

「生きている人に合わせた方がいいって思います。でも、それは私の我儘で、残したいって気持ちを蔑ろにしたい訳でもないんです」

「だろうね。私もどっちの気持ちも、わからないわけじゃあないね」

「でしょう?だから、私はなるべくこうやって、聞くようになりました。まあ、怒られることも結構あるんですけどね」


 結構どころか、週に一回ぐらいはダメダメな時がありますが、正直に言わなくても大丈夫な気がします。


「それでいいんじゃないかい。ああ、少しこの辺りで聞いたら、喫茶店も紹介してくれるんだって?」

「……え、それ誰から聞きました?」


 私が自分から紹介する以外では、喫茶店を紹介する話、広まっていないと思っていたのですが、ニヤリと格好のいいおばあちゃん。


「蛇の道とは言わないけど、商売人には商売人の伝手っていうのがあるんだよ」

「凄い伝手ですね。ええと、これですね」


 私は机の中から無料券を渡す。


「飲み物の無料券ですね。まあ、私はランチを食べによく行きますけど」

「楽しそうな店だね?」

「オーナーのお店です。こんな私を雇ってくれるようないい人ですからね」


 そうかいそうかい、とおばあちゃんが言うと、スクッと立ち上がります。


「掃除はもう少しかかるんだろう?お茶の一杯でも飲んで来るよ」

「そうですね。あ、ただ坂の上なので、足腰……大丈夫そうですね」

「これでも散歩は欠かさずにしているからね。元気なもんだよ」

「じゃあ、出来るだけ早く終わらせておきます」

「頼んだよ」


 おばあちゃんは格好のいい背中を見せて、私に眼鏡を預けてくれた。


「よし、キレイにしちゃおう」


 なんというか、ちょっとだけやる気の出るいつもと違う午後な一日になった。


 ああ、そういえば結局五百円も貰う事になってしまったのですが、私としてはその価値を認めてもらえたような気もして。

 財布に入っていた五百円玉とすぐに取り換えたのは、誰にも言わない秘密です。




少しばかり、文字数が減りましたが……ギリギリ月一更新が出来てホッとしています。


次の話は……もう少し早めに出せるように努力します。

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