オムライス
カラァン
お店に入って来たのは、いつもの峰春さん。
「マスター、今日のランチはー?」
「そうですねぇ。オムライスの気分ですけど、オーダーがあれば何か作りますよ」
「いえ、オムライスって言われたら、オムライスの気分になったので、お願いします」
「それは助かります。ああ、ケチャップでいいです?それとも、デミグラスソースがいいですか?」
「どっちでもいいというのであれば、ケチャップの方かなぁ」
「わかりました。具からなので、少々お時間を下さいね?」
「はーい」
そういって、峰春さんはぐでーっとだらしない恰好でソファー席を占領した。
ここは、坂の上の喫茶店。
メニューらしいメニューは無く、オーダーを貰い、冷蔵庫にある物で作れるものがその日のメニューという感じの、あまりやる気のないお店。
峰春さんは、坂の下にある眼鏡屋さんの店長で、アルバイト。
彼女があのお店を開けてくれるようになってから、色々と活気づいているのだが、本人にはそのような自覚はない。
「あ、上にたっぷりのケチャップ欲しいので、ケチャップ皿もお願いします」
「ええ、出す時に用意しますね」
とりあえず、田中君にお願いをして胃が驚かないように飲み物でも出しましょうか。
このお店に看板は無く、地元の知っている人は気にせずに入ってくる事はありますが、知らない人にとっては中々入りづらいお店みたいで、どうしたものかと考えていたのですが、その辺りをいい感じにつないでくれたのが彼女。
なかなか面白い子で、大学の頃からこのお店の常連さん。
オムライスの具であるチキンライスを作っていると、ついつい昔の事を思い出してしまい、彼女がこのお店に初めて来た日を思い出します。
カラァン
「えぇと、本当に、ココって、喫茶店……?」
奥の方で別の作業を私たちはしていたので、少しばかり出遅れたタイミングでお水とお絞りを持って接客を始めます。
「いらっしゃい。そこにある通り、メニューがあってない様なものですが……どうします?」
「え、あ、本当だ」
ご注文の品を出来るだけお届けします
そう書いてあるメニューを彼女はテーブルに戻すと、悩んだ後に注文してきたのはコーヒー。
「色々と、ご用意できますが、なにかこだわりなどは?」
「え、コーヒーに拘り?ないない。アメリカン?ブラック?のコーヒーで大丈夫です」
「ええ。では、すぐご用意しますね」
私なりの観察眼では、ミルクたっぷりの甘めのラテが良さそう。
ただ、オーダーはブラックのコーヒー。
「もしよければ、ですが……ラテをお入れしても?」
「あ、じゃあそれで」
少しばかり彼女の奔放さに、私は昔を懐かしむ。
エスプレッソを淹れて、ミルクを温め、ラテアートを施す。
やや、ミルクは泡を多めでラテとはいいつつ、カプチーノに近い状態だが、多分彼女は気にしない。
そんな気がした。
「お待たせしました。ラテです」
淹れ立てをすぐにお持ちすると、コクンと会釈を返して、ちびりと口をつける。
眉間にしわを寄せ、毒味をするかのような飲み方だが、すぐに美味しいと分かったのか、普通に飲み、目を見開くと今度は一気にラテを……飲み干した。
「ぷはぁ。って、ああ、コーヒー……おわっちゃった」
「……おかわりを、淹れましょうか?」
「お願いできますか?」
喉が渇いていたのかもしれないと思い、お水を確認したのですが減っている様子はないので、勢い余って……なのかもしれません。
「おひげがついてしまったので、こちらのおしぼり、顔を拭いても大丈夫ですから、こちらを」
この喫茶店は色々なお客さんが来るので、食事や飲み物は勿論出すのですが、どうにも居酒屋のように使う人も居て。
大抵というよりは、そういう人はおしぼりで顔を拭きたくなってしまう……気持ちも分かるので、それ用のおしぼりが実はありまして。
それを渡すと、首から上が一気に真っ赤に。
意地悪というより、恥をかかせてしまったかな、と思う状態ですが、指摘しないままというのももっと恥ずかしいハズ。
改めて、二杯目のラテを淹れて戻ってくると、若干の赤さは残っているものの、平常心は取り戻したみたい。
「ありがとうございます。なんというか、おみせのおしぼりで顔をふいちゃう男子の気持ちがよく分かりました」
「……気持ちいいでしょう?」
「ええ。まあ、私みたいに化粧っ気がない女じゃないと、これは無理ですけどね」
「あー、そうですね。ファンデーションまみれのおしぼりは、お店としてもちょっと困りそうですね」
彼女がコクコクと頷きを返します。
「そういえば、よく、ここがお店だと分かりましたね?」
「あー、ちょっとだけ観察というか、たまにこの辺りで人が消えるっていう噂話を聞きまして。家にしか見えないけど、色々な人が入る場所だったので、じゃあもしかして?って、この間、このお店から出た人に聞いてみたら、ただの喫茶店だよって」
「なるほど」
ウチのお店は当たり前のように看板が無く、扉も周りの家々に合わせて自宅風にしているので、知っている人は問題がないのですが、知らない人からすれば、入れるのか分からないという形。
「なかなか、好奇心が旺盛ですね?」
「いいのか、悪いのか、わかりませんけどね」
「どちらかの二択にするのであれば、いい物だと思いますよ。好奇心がなくなると、残るものは経験だけになりますからね」
「……なんです、それ?」
「興味を持つというのは、生きる上で大事、だという事ですよ。いくつになっても、知らない事はいくらでも生まれます。でも、興味をなくすると、なんというか、輝きがなくなる感じ……ですかね?」
「なんというか、教授の話に近い、深さがある言葉、ですね?」
それほどの深さというか、内容はない気がしますが、彼女の認識としてはそういう感じみたいです。
「あ、そういえば……」
「どうかされました?」
「今更、なのですが……その、あまり……お金を持っていなくて」
彼女が思い出したようにぽつりと零します。
「メニューが無いという事は、このコーヒーも、値段が分からないなーって」
「ああ、いわれてみると」
いつもはいくらぐらいにしていましたかね?ああ、最近はつけのお客さんばかりで、現金を頂いていなかった事にも気が付きます。
「田中君、いくらぐらいになるかな?」
奥にいる田中君に折角なので決めてもらっても面白いかもしれないという事で、確認をしてみます。
「え、僕が決めるんです?」
「誰も困らないぐらいを狙ってくれると嬉しいのですが」
「…………400円ぐらいですかね」
かなり田中君も悩んで、すぐに言葉は出てきませんでしたが、中々妥当な値段を言ってくれます。
「では、コーヒー一杯400円で」
「えぇ、そんな適当で、いいんですか?」
「適当でもないハズですよ?」
「え?」
「田中君、内訳を」
「え、あ、はい。えーっと、エスプレッソはシングルなので、立ち飲み相場で考えると150円ぐらいで、そこへミルクを温めて注いでいるのでまあ量を考えると追加で250円。一応普通に考えたら、技術料や座席料を考えないといけないとは思いますが、マスターはそういうのはまあいいかなって、言う気がしたので」
田中君がすらすらっと内訳を教えてくれます。
「なかなかの慧眼ですね。ただ、今回の値段をつける場合はこの値段からサービス料を引いた金額が正当だと、私は思うので……一杯あたり200円が正解でしたね」
私が言うと、二人分の視線が集まるのが分かります。
「一杯200円って、二杯でも400円ですか?コレだけ、美味しくて?」
「美味しいか、美味しくないかはまあ多少問題もありますが、気にしても仕方ありません。それに、値段が無い事も楽しみとすれば、そのぐらいが妥当でしょう?」
「……マスターの妥当って、本当に、妥当ですか?」
「まあ、取れる場所から取るもので、無理に多く取る必要のない場所からは取らないのも大事ですからね」
「……それはまあ、分からないとは言いませんが」
何やら含みがあると見たのか、彼女が少しばかり興味を示し始めている様子。
「って事は、これだけ美味しくて今日は400円。ギリギリ、足りそうです」
「え?」
声を上げたのは田中君。
「あ、いえ、慌ててお財布を探したんですけど、忘れちゃったみたいで。スマホはあるので、電子決済だったらイケる気がするんですけど、なんとなく現金っぽいなって」
「出来ないとは言いませんが、現金のほうがありがたいですかね」
「え?出来るんですか?」
「もちろんですよ。……田中君に伝えていませんでしたっけ?」
「初耳です」
おかしいな?ってやり取りをしていると、クスクスと笑い始めた彼女。
こんなやり取りが初めての時にあって。
大学の愚痴を言う場所になるのに時間がかかる事は無く、半月もしないうちに常連と言って差し支えのない頻度で来るようになっていきます。
「なんだ、なんだ。また居るのか?」
「居ちゃあ悪いですか?」
「いや、別に。ただ、暇だなぁって」
「それは、おじさんも一緒でしょ?」
「ぐっ、おじ……さん」
勝手にやっかみ、勝手にダメージを受けているのは翼さん。
「そういえば、おじさんってよく来ているけど、何してる人?」
「……べつにいいだろ。何かしらしてる人だよ」
「え、まさか?」
「あー、無職ではないぞ。うん、うん。それは違う」
「……その言い方はかなり怪しいけど?」
「怪しくても、違うからな」
「そうなんだ?」
こんなやり取りを横で見ている田中君もくすくすと笑っていますが、なかなか楽しいやり取り。
「そういえば、教授がアルバイトの一つでもするといいって言っているんですけど……おじさんは、まあいいや。人生の先輩方である皆々様はどう思います?」
「なんで俺はいいんだよ。そういう事こそ俺に聞くべきだろう」
「……ろくな仕事、してそうに無いじゃないですか」
「マジか。本気でそう言ってるのか!?」
「当たり前ですよ。こんな覇気もなければやる気も感じられないおじさんに聞く人間なんて、居ないと思いますよ?」
流石に傷ついたのか、がっくりと肩を落とす翼さん。
それを見てどういうわけか田中君が写真を撮ります。
「麻耶さんにこれは、伝えないと」
「……また、一悶着ありますよ?」
「たまには、いいじゃないですか?麻耶さんがそろそろやる気出してくれるとうれしいなーって、この間も言っていましたから」
「動き始めたら、凄いんですけどね」
「それは、ええ、本当に。ですが、まあ」
と、こっちの話が盛り上がりそうでしたが、今は彼女の悩みに答えてあげましょう。
「カウンセリング学科でしたっけ?」
「ええ。机上の空論とは言わないまでも、人間をやっぱり見ないと正しい理解は得られないって」
「それは、教授さんのいう通りですね」
「やっぱり、ですか」
「ただ、峰春さんに合う、合わないもあると思うので、どういったことをしたいのかにもよりますね」
「どういったもの……っていうか、接客業をしてみるといいとは言われたんですけど、やる気はないわけじゃないんですけど、微妙なんですよね」
「なるほど。翼さん、あのお店は?」
「ん、団員があけてるぞ?」
「一人ぐらい、入れますよね?」
「まあ、べつに。ただ、商売っ気は……ないぞ?」
「知っていますよ。ちょうどいいのでは?」
「……本気か?」
「誰も損をしないのであれば、良いでしょう?」
「まあ、そうだが……ほら、息子もな?」
「そろそろかもしれませんけど、期待はしない方がいいのでは?」
「だけどよ……」
「では、よろしくお願いします」
「……本人がやるって言ったら、な?」
何の会話が目の前でされているのか、さっぱりわかっていない彼女に私が伝えます。
「どうやらこのおじさんのお店?が一人枠があるみたいですが、いかがです?」
「え?あ、おじさんって本当に働いていたんだ。っていうか、いかがです?って何のお店でしょう?接客業……が一応、良いみたいですけど」
「眼鏡屋だな」
「……眼鏡屋さんって、接客……は、あるか」
彼女は自分の眼鏡を触って、どうやって買っていたのかを思い出したみたいで、小さな頷きを繰り返します。
「そうだな……飯は、鳴海ん所で食えばいいし、ああ、事前に休みたい時は言ってくれれば、適当に人を回すし、そうだな、店付きの人間が増える分には悪い事ないな」
なんとなく、話がまとまりそうな気配はあるので、後はこのまま押し切りましょうか。
「では、一応……履歴書でも作って貰って、ですかね?」
「まあ、そうなるかな。あ、ただ、店はウチかもしれないが、お前の方で管轄しろよ?ウチの団員と一緒じゃ可哀想だろう?」
「そうですね。私の方でその辺りはやっておきますよ」
と、まあこんな感じに、峰春さんが眼鏡屋さんの一員になって。
「マスター、ラテ、おかわりー」
出来上がったチキンライスを……成形してもよかったのですが、なんとなく今の気分は包み込むしっかりとしたオムライスの気分に。
「先に淹れますね」
「お願いします。って、そういえばここに来てから、コーヒーって呼ばなくなりました」
「初めての時はそういえば、コーヒーって言っていましたね」
「ラテ、カプチーノ、って美味しいですよね」
「そう言って貰えると、作っている側として凄く嬉しいですよ。さ、包んできますから、もうちょっとだけ、お待ちくださいね」
「はい」
たっぷりの卵をフライパンに敷き、チキンライスを乗せ、スナップを利かせて隙間なく、黄色に包む。
半熟トロトロではない、きっちりタイプのオムライス。
「ああ、ケチャップ多めの、ケチャップ皿もでしたね」
たっぷりのケチャップ。味がケチャップになると言う人も居ますが、逆。
その味が食べたいのであれば、それはその人の今欲しいモノなのですから、それでもいいのです。
「どうぞ、オムライスです」
ちょっとだけ懐かしい日を思い出す、ランチを作った気がします。
月に一回は、出来るだけ、確実に……更新したいと思っています。
どうしても、ゲームのほうがライブというか勢いでぱぱーっと出来てしまって……。
ああ、やっと……主人公の名前が出せた……。
女性店員さん……でいつまで続くの?って思っていたかもしれませんが、その空気を大事にしていきたいという思いもあるので、こんな感じにとろとろと徐行運転のようなスピードですが、出来る限り進むので、お付き合いいただけると嬉しいです。




