第17話 雲と虹
王都行きまでの二ヶ月間はあっという間だった。サラを雇うことの許可を父上から取ったり、最初に予定していた内容を修了した使用人たちが増えてきたので新しく内容を考えたり、道中で万が一のことが起こったときのために剣術や魔術、飛翔の訓練をしたりした。
使用人たちに新しく教えようと思っているのは理科だ。ようやく僕の専門分野だけど、世界が違うことで魔物という元の世界にはいない生き物がいたり、地動説が正しいのかわからなかったりするのでそこは気をつけるべきポイントだ。でも、世界が違うからこそ前世の知識から新しい何かが生まれるのではないかとワクワクしている。あとは動植物や物質の知識が魔物の攻略とか薬とかに役立てば嬉しいね。
訓練の方はどれも難航していた。
まず剣術だが、これまでアルゴに一撃当てることすらできていない。騎士の概念そのものであり最高の騎士の彼に対して攻撃を当てるのが非常に難しいのはわかっていた。でもアルゴに習い始める前から剣術をやっていたのにそれはちょっと悔しい。まぁたまに来る前の剣術の先生も同じようにあしらわれているので年数ではないと思えるんだけど。いや、アルゴはこれまでの騎士の歴史そのものだから年数としてはぶっちぎりか。それはともかく、アルゴは指導者としての騎士も含むからか教えるのも上手いので、僕は短期間でメキメキと成長できていた。……僕の成長を一とすればアルゴの実力は百くらいあるんだろうけど。まったく、頼もしいね。いつかは追いつきたいものである。
魔術はレイヌと大精霊たちの指導で四大属性を、ティアの指導で雷属性を訓練している。四大属性の方は火水地風そのままの魔術なら難しくなかった。イメージを伝えれば精霊たちが形にしてくれるからだ。ただ、どうしても僕のイメージと発動する魔術にズレが出ることもあった。そこは仕方ないと割り切るしかないかな。別の個体なのでイメージを完璧に伝えるのは無理だ。そこは教育でも同じで、完璧に伝えようと思っていると先生も生徒も不幸になるからある程度割り切る必要があるんだ。幸いにも僕が魔術を使う際は大精霊たちが来てくれるようだから、ある程度余裕ができたら錬金術で投影機的なものを作るなりしてイメージを画像で伝えられるようにしよう。雷属性は威力の調節が難しい。召喚と契約のおかげで力が増しすぎて弱めるのが大変なんだよね。怖かったので最低ランクの魔術である《小雷》を使ったのに魔術耐性がある的が消し炭になったからね。生き物に対しては使えないな。これは自分で威力調整をするよりもっと弱い魔術を開発した方が良いかもしれない。上手く使えばスタンガン的な使い方ができそうだから頑張ろう。
飛翔はメルが教えてくれようとしているけど……。伝え方が可愛いね、うん。擬音語擬態語が満載なので伝わりやすい人と伝わりにくい人に分かれるタイプだ。僕はあまり擬音語擬態語から伝わらないタイプなので苦しい。あと翼という器官が元々着いているわけではないので感覚がわからないのと普通に高いところが苦手なんだよ。前世でもタワーとか高層ビルとかとても苦手だった。観光タワーにある透明な床から地面を覗けるところに家族が無理矢理連れて行きやがったのは今でも許していない。実の息子が楽しめるかそうじゃないかの判断すらつかないのか。こういう「自分と同じ価値基準を全人類が持っている」と思い込んでいる輩が苦手になったのは完全に前世の親の影響だ。……話が逸れた。そういうわけで飛翔の訓練も難航中だ。でも少し浮かぶことならできるようになった。あとは安定して高度を上げて移動するだけだ。一気にどうにかしようとしてはいけない。少しずつ少しずつ、安定させれば良い。人間があの眩しい太陽に近づきすぎてはいけないのだから。
使用人研修にはライラ殿下も混ざっている。そのために来たのだから当然だね。幸いなことに最初の方に教えていた教養の範囲は殿下も習い終えた後だったのでその先の授業を行うことができた。
「今日は天気について勉強してみようか」
理科の地学領域にあたる天気の内容だ。ただ、「地球」というものがこの世界に当てはまるのかは微妙なところなのでコリオリの力とか偏西風とかそういうのは省く。
じゃあ何をやるかといえば雲のでき方とか、虹のできる理由とか、実際に遊べるものである。ということで今日は青空教室である。
「雲って何からできてるか知ってる?」
「いえ、存じ上げません」
ライラ殿下が代表して答えると皆追従する。そりゃ、あんなに高いところにあるんだもの。知らないよね。流石に高い山に行くと雲海が見えるような場所もあるとは思うのだけど、見えたとして研究するというのはそれこそ雲を掴むような話である。
「さっき部屋を掃除して出た細かい埃を風魔術でコントロールして集めておいて、そこに水魔術で空気中から集めた細かい水を足す。そしてまた風魔術で気圧を下げてあげれば……」
「あっ、小さい雲ができました!」
埃は凝結核の代わり、水を気圧を下げて冷やすことで細かい氷の粒にする。こうすれば雲を作れる。前世ではペットボトルとポンプと線香とかだったっけ。この世界では魔術で代用すれば準備いらずで便利だね。
「じゃあ続けて虹も作ってみようか」
「狙って作れるのですか!?」
これには皆が驚いている。まあ虹って神秘的だし幸運の象徴みたいな扱いなので人工的に作るのはちょっと不謹慎かも知れない。
「水魔術でジョウロの水をイメージした細かい水をばら撒くと……」
「「「おおーー!!」」」
やったね大歓声。では解説だ。取り出したのは錬金術で作っておいたレーザーポインター的なもの。赤、緑、青の三色ある。
「この道具は直線上に細い光を照射できるように作ってある。黒板を遠いところから指すのとかに使う用だね。そして氷の塊を魔術で作って光を当てると……」
氷のイメージは凸レンズだ。ガラスと氷では屈折率が違うけどまあ見え方はそこまで変わらない。レンズの中心を通るとそのまま通り抜け、それ以外は焦点に向かって曲がる。
「光が曲がるんだ。ちなみに色ごとに曲がり方が変わる。これが雨とかその後の湿った空気中の水とかで起こって太陽の光が色ごとに分かれることで虹が見えるんだ」
「すごいです! このような知識をどちらで?」
またやったわー。いつもの誤魔化し方に頼るしかない。
「錬金術の古い本に載ってまして……」




