第7話「特別授業:精霊と俺と、義務教育の限界」
「我が校の生徒がご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」
頭を下げる男。
――って、いや待て。
「聖闘教☆ティーチャーって、マジで先生だったのかよ!!」
俺が思わずツッコむと
男はふっと口角を少し上げて、肯定した。
場所は、カラオケボックス。
ついさっきまで怪人と戦ってたとは思えない、
やけに平和な空間だ。
テーブルにはドリンクバーのコップ。
リモコンには謎のベタつき。
なんでここなんだよ。
と言いたいところだが、お互い人には聞かれたくない話題ということで、初対面にも関わらず、暗黙の了解が成立していた。
「ともあれ、大事な生徒さんが無事でよかったです」
「最近の学生は……LINEeやXxでしたか。
“繋がりすぎる”のも、問題でしてね」
ティーチャーは、まるで職員室にでもいるみたいな顔で言う。
「急に教育論!!」
思わず突っ込む俺を無視して、
「我が校でも指導はしているのですが……なかなか」
少しだけ、表情が曇る。
その顔は、さっきの戦いの時よりも
ずっと“人間っぽかった”。
「あ、えっと……俺、聖川良っていいます。こっちは精霊のアサヒです。」
「私は濱中誠司といいます。
ご存知の通り、高校の教諭をしております」
存じ上げております(笑)
「濱中さんのご精霊は?」
「ああ――ここに」
そう言って、先生は内ポケットに手を入れる。
にょろり。
「えっ」
白い蛇が、顔を出した。
そのまま、するりとソファへ。
「え!?動物!?」
――次の瞬間。
しゅるり、と。
白蛇の体がほどけるように歪み、
黒く、長い髪へと変わる。
現れたのは――女性。
艶やかな黒髪が、首筋に絡むように流れ、
わずかにのぞくうなじが、やけに色っぽい。
その下――
(いや、ちょっと待て)
思考が止まる。
そこで、視線が合った。
切れ長の瞳。
細く、鋭く、
けれどどこか湿った光。
その奥に、
蛇の名残が、確かにあった。
「私のパートナー、“絹華”です」
絹華は、ゆっくりと首を傾ける。
ふ、と薄く目を開く。
(まつ毛、長っ)
見惚れていると、
ゴッ。
「いっ!?」
隣から肘が飛んできた。
「りょうのすけべ」
「“すけべ”って何時代の言葉だよ!!」
いや仕方ないだろ!
あれは無理だろ!
大人の妖艶さってやつに、
完全に当てられてるだけだ!
――その後。
俺が絹華さんに視線を向けるたび、
アサヒが、
自分の胸元をそっと両手で囲って、
ちらっとこっちを見るのが、
なんとも言えず、いじらしかったっていうのは置いといて。
――沈黙。
リモコンの画面が、やけに明るい。
お互いに話したいことがあるはずなのに、どう切り出していいやら、言葉が出てこない。
誰も曲を入れないまま、
時間だけが過ぎていく。
「あのっ!」
「……」
声がかぶる。
一瞬の沈黙。
「どうぞ」
「いやそちらからどうぞ」
どうぞの応酬をしていると
「ハイ!先生!」
アサヒが割って入る。
「はいどうぞアサヒ君」
アサヒはその場ですくっと立つとさながら授業の発表のような口調で切り出した。
「どうしてキヌカはどうぶつの体にへんしんできるんですか?」
先生はオヤっとした表情でアサヒを見る。
「と言う事は、アサヒ君は常に人の姿のままなのかい?」
「ハイ!先生、俺も思いました。」(もう先生でいいや)
絹華さんみたいに変身できれば、会社の周りをうろつかれないし、恥ずかしい店にだって入らなくて済む。
イテッ。今度はアサヒに足を踏まれる。
(りょう悪い事考えた)
「おかしいなぁ。絹華ベースで言えばですが、元々の姿が蛇の姿を模っているはずなんですが」
「えっ……」
どう言う事だアサヒは最初から人間の姿だし、なんなら動物の体には変身出来ない。
「じゃぁ、絹華さんはどうやって人間体に姿を変えられているのですか?」
ぬっと、視線を感じる。
先生は絹華さんに視線を向けると何かやり取りをするように目配せする。
「聖川君は、この子達のことをどこまで知ってるんだい?」
「いえ、ほとんど何も。
アサヒは記憶喪失みたいで、どこから来たとか、以前は何してたのかとか、名前すら覚えてなくて、ただ、アサヒの力を俺が使うことによってストレッサーを浄化できる事くらいしか」
先生は、すっと姿勢を正した。
さっきまでの“職員室モード”が、
わずかに――いや、明確に切り替わる。
空気が、変わる。
ピッ。
リモコンを手に取り、
なぜかマイクの電源を入れる先生。
「――なるほど」
低く、よく通る声。
指を組み、顎に添える。
「つまり君は、“精霊の基礎知識がほぼゼロ”の状態で戦っている、と」
一拍。
そして――
カッ。
画面が切り替わる。
なぜか入っていないはずのモニターに、
星図のような映像が映し出される。
「いいでしょう」
先生はゆっくりと立ち上がる。
マイクを構え、
「――特別授業、開始です」
え、カラオケだよなここ???
「単元は、“精霊の起源と進化”」
いや選曲じゃねぇのかよ!!
「ノートは不要。
ただし――理解は必須です」
ビシッ、とこちらを指差す。
反射的に背筋が伸びる。
「ハイ!先生!」
なんで俺も返事してんだよ!?
パチン、と先生が指を鳴らす。
「精霊とは何か。
そして“ストレッサー”とは何か」
来た。
授業だ。
しかもガチのやつ。
「まず前提として――精霊は本来、“獣の姿”を取ります」
ちらり、と絹華を見る。
「彼女のようにね」
絹華は静かに瞬きをしただけだった。
「そして、ストレッサーを浄化することで“力”を蓄積する。
その力を一定以上得た時――」
先生は指を立てる。
「 より高次の存在――"人の形"へと至る」
「……進化みたいなもんですか?」
「近いですね」
頷く。
「ただし、それはあくまで“段階的な変化”です」
先生の視線が、アサヒに向く。
「最初から人の姿を取っている精霊など――」
一瞬、言葉を切る。
「私は、知りません」
沈黙。
「え……」
俺の喉が鳴る。
「じゃあ、アサヒって……」
「例外です」
はっきりと言い切られた。
その一言が、やけに重い。
「私の知る範囲では、ですが」
先生は少しだけ柔らかく付け足す。
「精霊は“星”と関係がある存在です」
「星?」
「ええ」
先生はテーブルの上の水滴を指でなぞり、
円を描く。
「彼らは、契約時に“紋様”を描くでしょう?」
「紋様?」
そんなの書いてたか?俺の頭上にはてなマークが浮かぶ。
「気づきませんでしたか?彼女たちが精霊体、もとい光と一体になった時」
思い出す。
あの光。
「星座のような図形を模りながら我々と一体化します」
「……あれが」
「私はね」
先生の声が、少しだけ熱を帯びる。
「彼らは“どこかの星から来た使徒”なのではないかと考えています」
急にスケールが宇宙。
「私、一応理科の教員でしてね」
ちょっとドヤ顔やめろ。
「物理を中心に、天体も齧っております」
いや語彙がガチ。
「ですが――」
ふっと、表情が曇る。
「該当する星が、見つからない」
その一言で、
現実味が、ふっと遠のく。
「観測できない星。
もしくは、この宇宙ではないどこか」
「そんなの、アリかよ」
「理論上は」
さらっと言うな。
「――さて」
先生は指を組み直す。
「ここからが問題です」
空気がまた変わる。
「“人の形”を取るには、大量の浄化エネルギーが必要になる」
先生の言葉が重い。
嫌な予感がする。
「通常は、長期間の戦闘経験を経て到達する領域です」
「でもアサヒは最初から……」
「ええ」
先生は頷く。
「仮説は二つ」
指を一本立てる。
「一つ。異常個体」
そして、もう一本。
「もう一つは――」
――
わずかに、空気が張り詰める。
「直前の契約者が、“極めて強大なストレスフル個体”を浄化した可能性」
「エクストリーム級……」
絹華が
ぽつりと呟く。
「その結果、膨大なエネルギーを抱えたまま――」
先生の声が、少しだけ落ちる。
「契約が切れた」
「……切れたって」
「つまり」
静かに。
「前の契約者は――」
言葉が、止まる。
沈黙。
「……」
喉が、乾く。
考えたくない答えが、
頭に浮かぶ。
「――死んだ、可能性が高いでしょう」
その瞬間。
心臓が、嫌な音を立てた。
(じゃあアサヒも――)
「イヤ!!」
アサヒが、叫んだ。
空気が、揺れる。
「イヤ!イヤだ!!」
立ち上がる。
「死ぬの、こわい!!」
ぶわっと、光がにじむ。
「お、おいアサヒ――」
「イヤだイヤだイヤだ!!」
感情に引っ張られるように、
力が――
溢れ出る。
リモコンの画面が、
ビリ、とノイズを走らせた。
「まずい」
先生の声が低くなる。
「制御が――」
「アサヒっ!!落ち着け!!」
上から覆い被さるように、
俺はアサヒを抱きしめた。
触れた瞬間――
ドクン、と。
流れ込んでくる。
熱。
光。
暴れ狂う力。
「ぐっ……!!」
身体の奥に、
無理やりねじ込まれるような感覚。
(多すぎる!!)
このままじゃ、
俺の方が壊れる――
それでも、離さない。
「……大丈夫だ」
耳元で、低く言う。
「俺がいる」
暴れる力を、
押さえ込むように――
抱き締める腕に、力を込める。
"エントロピーの収束"
言葉が、頭に浮かんで消えた。
その言葉と同時に、
拡散しかけた力が、
一気に“戻る”。
逆流するように。
暴走していた光が、
アサヒの中へと収束していく。
「っ……は……」
静かになった。
さっきまでの圧が、
嘘みたいに消える。
腕の中で、
アサヒの震えだけが残っていた。
「――なんと見事なんだ!」
先生の声が、やけに弾んでいた。
「エネルギーの暴走状態からの収束……
しかも外部干渉による安定化……!」
目が、完全に“そっち側”だ。
「理論上はあり得るが、実例はほとんど――いや、私は初めて見た……!」
「誠司落ち着いてください」
絹華が、ため息混じりに言う。
その横で、俺はまだアサヒを抱えたまま動けなかった。
「……大丈夫か」
「……うん」
腕の中で、小さく頷く。
さっきまでの暴れっぷりが嘘みたいに、
おとなしくなっていた。
けど――
「……こわい」
ぽつりと、こぼれる。
「……消えちゃうのも、
りょうがいなくなるのも……こわい」
ぎゅ、と服を掴まれる。
一瞬、言葉に詰まる。
「……消えねぇよ」
それでも、絞り出す。
「俺がいる限り、絶対に」
根拠なんて、ない。
でも――
「……約束する」
アサヒは、少しだけ顔を上げて、
「……やくそく」
小さく、繰り返した。
――そのやり取りを、
先生はじっと見ていた。
観察するように。
測るように。
そして、ゆっくりと口を開く。
「興味深い」
やっぱりこの人ちょっと怖い。
「通常、精霊と契約者の関係は“媒介”に過ぎません」
指を組み、淡々と続ける。
「力を通すための回路。
言ってしまえば、道具に近い」
「道具って……」
思わず顔をしかめる。
「ですが、君たちは違う」
はっきりと言い切る。
「今のは“回路”ではない。
相互に干渉し、影響し合う――」
一拍。
「“系”として成立している」
……また難しいこと言い出した。
「簡単に言えばですね」
先生は少しだけ屈んで、
「君が彼女を支え、
彼女が君を強化している」
「まあ、そんな感じはする」
「“そんな感じ”で済ませるのは惜しい現象ですよ」
即ツッコミされた。
「これは――」
そこで言葉を切る。
ほんの少しだけ、
表情が真面目になる。
「危険でもある」
空気が、変わる。
「力の共有が深すぎる場合、
一方の崩壊がもう一方へ波及する可能性がある」
「……はぁ」
嫌な言い方をする。
「つまり」
淡々と。
「どちらかが壊れれば、
もう片方も無事では済まない」
「……っ」
さっきの言葉が、頭をよぎる。
“死んだ可能性が高い”
無意識に、アサヒを抱く腕に力が入る。
「ですが――」
先生は、そこで少しだけ笑った。
「制御できるのであれば、話は別です」
「……制御?」
「ええ」
コツン、とリモコンでテーブルを叩く。
「訓練すればいい」
さらっと言った。
「……なんだって?」
「今の現象、再現可能でしょう?」
無茶言うなこの人。
「できるかどうかじゃない」
ビシッ、と指を向けられる。
「やるんです」
うわ出た教師。
「というわけで」
すっと立ち上がる。
「聖川君」
嫌な予感しかしない。
「本日より、特別補講を開始します」
「いやいやいやいや!!」
ここカラオケだぞ!?
「安心してください、場所は選びません」
そういう問題じゃない!!
「放課後、もとい業務終了後」
「業務終了後って言った!?」
完全に社会人向けだこれ!!
「理論と実践、両面から指導します」
目がガチだ。
逃げられないやつだこれ。
「拒否権は――」
一瞬、間を置いて
「ありません」
断言された。
「なんでだよ!!」
思わず叫ぶ俺の横で、
「……たのしそう」
アサヒが、ぽそっと言った。
「えっ」
さっきまで泣いてたよな?
「りょうと、いっしょにやるなら……いい」
にへ、と笑う。
……ダメだ。
「……わかりましたよ!!やればいいんでしょやれば!!」
半分ヤケクソで言うと、
先生は満足げに頷いた。
「良い返事です」
「絶対ロクなことにならねぇ……」
「それはどうでしょう」
くるりと背を向けながら、
先生は楽しそうに言った。
「少なくとも――」
ちらり、と振り返る。
「退屈はしませんよ」
――こうして。
俺の“普通じゃない日常”が、
また一つ、増えてしまった。
……そしてそれは、
間違いなく“ろくでもない方向”に進んでいく気がした。
(つづく)




