第5話女子高生、爆発するとか聞いてない!
日曜日。
人通りの多いショッピングモールの一角で、俺は場違いな気持ちを全身で噛みしめていた。
隣には、いつものように無表情なアサヒ。
そして俺の手には――
紙袋。じゃない。まだ何も持っていない。
つまりこれから買う。
服を。
「、、、なんで俺がこんなことに」
思わず漏れた本音は、人混みに紛れて消えた。
事の発端は、昨日の矢島だ。
『お前、アサヒチャンにその格好させてんのマジでやばいぞ』
真顔で言われた。
余計なお世話だと言いたかったが、自分でもヤバいと思ってただけに否定できないのが悔しい。
『今どきの服屋くらい連れてけって。教えたるから』
そう言って、いくつか店の名前を送ってきた。
――で、今に至る。
目の前には、ガラス張りの洒落た店。
マネキンが着ている服ですら、すでに俺の理解の範囲外だ。
「、、、入るぞ」
一応、声をかける。
「はい」
アサヒはいつも通り、あっさり頷いた。
ゴクッ、と唾を飲み込む。
店内に、一歩踏み入れた。
力の入った拳に、じわりと汗がにじむ。
――やばい。場違いだ。
空気が違う。
なんかもう、全部キラキラしてる。
「アサヒの好きなの選んでいいぞ」
とりあえず言ってみる。
が、俺の視線は落ち着かない。
上を見る。
下を見る。
また上を見る。
無理だ。
この中から服を選ぶとか、無理無理無理。
何をどう見ればいいのかすら分からない。
だって俺の服なんて!
◯NIQLOだぞ!
必殺・マネキン全部買い!
あれ以上に合理的な選択、存在しないだろ。
試着室のカーテンが、しゃっと開く。
出てきたアサヒを見た瞬間――
これは!
俺の好みドンピシャ!!
ピンクのチェック。
ふわふわ。
ヒラヒラ。
リボン。
――あれだ。
俺の理想の、魔法少、、、
――ッ!!
いや待て待て待て!!
これはまずくないか!?
いやいや、、でも、、、
店で売ってるってことは――流行ってるのか!?
俺のセンス、時代に追いついたのか!?
「アサヒ、これが気に入ったのか?」
「りょう、こういうの好き」
「、、、な!!」
待て待て待て。
俺、そんな話一言もしてねえぞ!?
なんで知ってる!?
内心の動揺を必死で押し殺していると、アサヒが続ける。
「りょうと合わさった時、記憶も共有した」
「なんだって!!」
背筋が凍る。
まさか――
あの。
黒歴史の。
封印済みの。
厨二ノートとか、
脳内設定とか、
全部――
バレてるってことか!?
終わった。
俺の人生、終わった。
社会的信用とかそういうレベルじゃない。
人として、終わった気がする。
、、、消えてなくなりたい。
いっそこの場からフェードアウトできないか。
煙みたいに、すーっと。
誰にも気づかれずに。
「お似合いですね」
――現実は、非情だった。
店員の一言で一気に現実に戻される。
「……これ、ください」
気づいたらそう言っていた。
値段?知らん。
見てない。
見たら負けな気がした。
俺は脳死でカードを差し出す。
ピッ。
――終わった。
いろんな意味で終わった。
その直後だった。
店内がざわつく。
「万引きだ!」
「誰か止めて!」
物騒な単語が飛び交う。
なんだなんだと視線を向けるが、よく分からないまま会計が終わる。
紙袋を受け取り、店を出ようとした瞬間――
ドンッ!!
「ってぇな!!」
高校生くらいの茶髪のギャルと、盛大にぶつかった。
足元に、何かが転がる。
口紅だ。
派手なパッケージ。
俺には分からないが、ラベルには“NEW”の文字。
「チッ、、、」
少女は舌打ちをして、俺を睨みつける。
「どけよ、邪魔なんだよ」
吐き捨てるように言い、俺を押しのける。
そのまま――逃げようとした。
次の瞬間。
――ズルッ。
違和感が走る。
少女の足元から、
煙のような、ドス黒いモヤが
滲み出していた。
――ドクン。
空気が、重くなる。
次の瞬間。
――ボンッ!!
黒煙が弾けた。
そこに立っていたのは――
“盛りすぎた女子高生”だった。
ベースは制服。
だが、普通じゃない。
スカートはやたら短く、何重にも重なってフリルみたいに膨れ上がっている。
リボンは胸元で異様に巨大化し、ドクドクと脈打っていた。
カーディガンは片腕だけ着崩れ、もう片方は肩からだらりと垂れ下がっている。
"ちゃんとしてる”と“崩れてる”が、同時に存在しているみたいだ。
手元――指先。
ネイルは長く、鋭く、もはや爪じゃない。
スマホ?の画面をタップするたび、ビキビキと音を立てて光る。
そのスマホも異様だった。
画面には無数の通知。
既読。
未読。
「なんで返信くれないの?」
「今どこ?」
「既読ついてるよね?」
メッセージが、勝手に増殖していく。
顔。
メイクは完璧――に見えて、崩れている。
片目はやたら盛れているのに、
もう片方は涙でぐちゃぐちゃに滲んでいた。
リップは何度も塗り重ねたようにテカテカで、さっき落とした“NEW”の文字が、唇に浮かび上がっている。
そして――
背中から噴き出す、色とりどりのモヤ。
ピンク、紫、黒。
喜び、不安、嫉妬、承認欲求。
全部が混ざり合って、ぐちゃぐちゃに渦を巻いている。
情報量が多い!!
「盛れてんのか崩れてんのかどっちだよ!?」
丸腰の俺の足はカモシカの様に震える。
これは怪人が怖いからじゃない。
女子高生が素で苦手だからだ!!
圧倒されて立ち尽くしていると
浮かび上がる文字。
『思春期』
『BURST』
「シシュンキ バースト……だと……?」
「女子高生怖すぎる!!」
くそっ!
人前でこんな羞恥、晒すことになるなんて……!
だが背に腹は変えられん!!
「アサヒ!来い!!」
俺は半ばやけくそで叫んだ。
アサヒが一歩、踏み出す。
――抱擁。
その瞬間、光が弾けた。
体の奥から、熱が込み上げる。
重なり合う感覚。
視界が白く染まり――
変身!!
肩に装甲。
腕にアーマー。
胸に光る星。
——そして。
真面目なハーフパンツ。
「聖なる星の使者——
聖闘社⭐️リーマン出勤だ!」
腕を振り上げる。
空を切り裂く軌道が、十字を描く。
そのまま体の前をなぞるように振り抜き――
指を弾く。
ピストルの形。
それを、天へと突き上げた。
「聖なる力、業務開始――!」
ビシッと決める。
、、、決まった。
はずだった。
「えぇぇぇぇぇ!!!」
勝手に決め台詞とか言ってるよ!?
うそだろぉ!!
「前の戦いでパワーが溜まったから。
りょう、進化してる」
「そんな進化いらーん!!」
怪人"思春期バースト"が手にしたスマホのような装置を、無造作に操作する。
――ピッ。
次の瞬間、
ビビビビビビッ!!!
耳をつんざくようなサイレンが鳴り響いた。
「な、なんだ!?」
周囲にいた女子高生たちが、一斉にビクッと震える。
スマホを見ていた子も、
笑っていた子も、
動きが止まる。
そして。
じわり、と。
それぞれの体から、色とりどりのモヤが滲み出した。
ピンク。
紫。
どす黒い灰色。
感情の色みたいなモヤが、ふわり、ふわりと浮かび上がる。
「うわっ……」
思わず一歩引く。
「な、なんだこれ……!」
思春期バーストの周囲にモヤが集まり渦巻き
それが壁みたいに立ちはだかる。
さらに。
増えている。
思春期バーストが、もう一体、二体――
集まったモヤが形を持ち始めている。
量産型。
「思春期バーストズ……!?」
圧が、異常だ。
視線が刺さる。
評価されるような、見られているような、
逃げ場のない空気。
「くっ……圧が強すぎる!!」
足が、前に出ない。
思春期バーストズが、一斉に動いた。
スマホを掲げる。
ネイルが光る。
「来るぞ……!」
次の瞬間――
ぐちゃり、と。
足元から粘ついた何かが噴き出した。
「うわっ!?」
ジェル状のヘドロが床を這い、絡みつく。
重い。
動きが鈍る。
「くそっ、なんだこれ!」
「ジェルヘドロ」
「ネーミング雑!!」
間髪入れず、次が来る。
スマホの画面が、一斉に光る。
――ビビビビビビッ!!!
空気が震えた。
「ぐっ……!」
頭に直接響く。
“匂わせ投稿”の羅列。
意味深な一言。
既読無視の圧。
見えないのに、刺さる。
「精神攻撃かよ!!」
「匂わせ投稿電波波動弾」
「だからネーミング雑だって!!」
さらに――
バチンッ!!
鋭い音と共に、何かが頬をかすめる。
「痛っ!?」
長いネイルが、ハサミのように閉じていた。
「コテバサミ!」
「それ違う!!たぶんだけど違う!!
ネーミング雰囲気過ぎるだろ!!」
押される。
完全に、防戦一方だ。
圧が強すぎる。
数が多すぎる。
息が詰まる。
そのとき。
隣で、アサヒがぼそっと呟いた。
「りょう、最底辺」
「うるさーい!!」
だが。
次の一撃が、来る。
思春期バーストズが、一斉にスマホを掲げた。
画面が、異様な光を放つ。
モヤが収束する。
これは――まずい。
「やばっ、、、避け――」
間に合わない。
来る――!!
その瞬間。
――閃光。
赤い!!
鋭い光が、空を裂いた。
「紅き更生の光」
幾筋ものレーザーが降り注ぐ。
一直線に。
正確に。
思春期バーストズへ――!
ドゴォォォンッ!!!
爆炎が、上がる。
衝撃でモヤが吹き飛ぶ。
「な……なんだ!?」
煙の向こう。
ゆっくりと、影が現れる。
逆光の中、立つ人影。
伸びるシルエット。
風に揺れる――コート。
「間に合ったな」
低く、落ち着いた声。
その胸には、刻まれた紅き星
それは
誰かを導く者だけに刻まれる
“導き”の証。
「聖闘教⭐️ティーチャー(セイントティーチャー)」
――現る。




