第4話:俺、リア充らしいんだが?〜理想と現実の落差がえぐい〜
今回は日常回でなので短めです。
帰ろうとした、そのときだった。
背後から、やけに含みのある声が飛んでくる。
「おーい、聖川ぁ」
振り返るまでもない。このニヤついた声音は一人しかいない。
矢島だ。
案の定、視界に入った瞬間から顔がうざい。口角が無駄に上がっている。
「なんだよその顔」
「いやぁ?別にぃ?」
絶対“別に”じゃない。
じり、と距離を詰めてきた矢島は、俺の後ろを覗き込むようにして――止まった。
「、、、なあ、聖川」
来た。
「なんだよ」
「この美少女、なに?」
終わった。
反射的に振り返る。
そこには、いつもの調子でぼーっと立っているアサヒ。
ワンピース一枚。場違い。説明不能。
「彼女できたら教えろって言ったよなぁ?」
「違う」
即答した。
「え、違うの?じゃあなに?説明して?」
「無理」
「無理ってなんだよ」
無理なもんは無理だろ。
精霊です、とか言った瞬間に終わる。
俺の社会的な何かが。
矢島の視線は完全に確信犯だった。逃げ道はない。
「、、、とりあえず帰るぞ」
「おう、行く行く」
「来るな」
「行くって」
来た。
終わった(二回目)。
⸻
そのまま家に向かう――はずだったが。
「ちょっと待て」
俺は足を止め、進路を変えた。
向かう先はスーパーだ。
「え、なんで?」
「黙ってついてこい」
疑問符を浮かべたままの矢島を引き連れ、店内へ突入する。
カゴを掴む。
そして――迷わない。
乾麺コーナーへ直行。
パスタを掴む。
一袋。
二袋。
三袋。
四袋。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て!?なんでそんな入れんの!?」
「聞くな」
カゴに放り込む音が店内のBGMの合いの手の様に響く。
合計、四袋。
値段を見る。
だいたい1200円。
「いやいやいやいや!?お前んち何人暮らし!?」
「二人だ」
「絶対違うだろその量!」
うるさい。
これは必要経費だ。
――主に、あいつのせいで。
⸻
家に着くなり、俺は靴もそこそこにキッチンへ直行した。
アサヒは当然のように、靴を脱ぎ、いつものクッションに直行。まるでこの家の住人のように馴染んでいる。
「お邪魔しまーす、、、ってやっぱり一緒に住んでんじゃねーの?このリア充め」
「名前なにちゃん?」
「アサヒ、、、。」
後ろで矢島がなんか色々言ってるが無視。
アサヒ、、、。いらんこと言うなよ。
鍋を出す。
でかいやつだ。
水を入れる。
火をつける。
沸騰を待つ――時間が惜しい。
その間に、手は止めない。
ピーマン。
玉ねぎ。
まな板の上でリズムよく刻む。
トントントントン。
自分でも驚くくらい、手慣れている。
「え、なにその手際、、、怖、、、」
うるさい。
慣れだ。
全部、慣れだ。
やがて、鍋の中で湯が踊り出す。
迷いなく――
ドサッ。
パスタ四袋、全投入。
「入れすぎだろ!!!」
知ってる。
だがこれが正解だ。
⸻
しばらくして。
無理やり茹で上がったパスタを、ザルも使わず鍋の中でどうにか処理し、
そのまま具材を投入する。
ピーマン。
玉ねぎ。
そして――
ケチャップ。
どばどば。
コンソメ。
ばさばさ。
味見?
するわけないだろ。
これは戦いだ。
「料理ってそういうもんじゃなくない!?」
黙れ。
完成すればすべて正義だ。
⸻
そして。
ドン!!
テーブルに置かれたのは、
常識を無視した量のナポリタンだった。
山。
もはや山。
赤い。
とにかく赤い。
矢島は絶句していた。
アサヒは、きらきらと目を輝かせている。
俺は――ゆっくりと口を開いた。
「いただきます、、、じゃねえ」
一拍。
深く息を吸う。
「戦闘開始だ」
俺の心の中で、ゴングが鳴った。
――カァン。
戦闘開始の合図。
目の前では、すでに戦いは始まっている。
一歩遅れた矢島は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
視線の先――
アサヒのフォークが、信じられない速度で動いている。
巻く。
運ぶ。
消える。
巻く。
運ぶ。
消える。
まるでベルトコンベアだ。
いや、それ以上だ。
「……うそだろ」
矢島の声は、かすれていた。
無理もない。
山のようにあったはずのナポリタンが、
目に見えて減っていく。
しかも主犯は、あの小柄な少女一人。
「矢島も食えよ!無くなるぞ!」
俺はトングを掴み、パスタを掴む。
どさっ、と遠慮なく矢島の皿に叩きつける。
「いや待て待て待て!!」
「いいから食え!」
「状況が理解できてな――」
その間にも。
減る。
減る。
減る。
「うそだろ!?」
「だから言っただろ!!」
これは戦いだ。
ためらったやつから負ける。
⸻
数分後。
気づけば。
大鍋いっぱいにあったはずのナポリタンは
綺麗さっぱり、消えていた。
鍋の底が、むなしく光っている。
静寂。
ただ、フォークが皿に当たる小さな音だけが残る。
矢島は、ゆっくりと顔を上げた。
「、、、なあ、聖川」
「なんだ」
「これが、、、リア充、、、?」
「違う」
即答だった。
アサヒは遠慮なく部屋を使い、好き勝手にくつろいでいる。
それを見届けた矢島は、静かにこちらへ視線を向けた。
何も言わない。
ただ――
やけに優しい顔で、ひとつ頷く。
、、、やめろ。
その理解したみたいな顔。
「聖川、、、強く生きろよ」
鍋の底を名残惜しそうに見つめているアサヒを、
遠い目で見ながら、
俺は何も言い返せなかった。




