強欲の王
里を高速で駆け抜ける。
聖樹ユグドラシルは更に魔力が失われ、その枝葉からは生命力が失われていっていた。
ユグドラシルの影には2人の人物がいた。
1人は黒髪で短髪の男。
その男はユグドラシルの幹に手をついており、その手にはユグドラシルの魔力を感じる宝玉が握られていた。
そして、もう1人の男は金髪に長い耳、黒いローブを目深に被った、ユーリ・ローゼンベルクの姿をしていた。
「む、もう来たのであるな」
「ちっ、地獄の侯爵だかなんだか知らねえが勇者1人止めておく事すら出来ねぇのか」
2人はそう言って悪態をついた。
「おいインウィディア。その気色の悪い皮は脱いじまえよ」
「そうであるな」
そう言ってユーリだった者は首に手を掛け、そしてズルリと皮を剥ぐように全身の表面が抜けていった。
そして中からは緑髪で一対の黒い翼を持った魔族が現れた。
「自己紹介だ。こっちの気色の悪いのは嫉妬の王インウィディア。ま、お前らは既に顔馴染みだって話だったな。そして俺が強欲の王アワリティア。よろしくな」
「エルフの里までの案内、ご苦労だったのであるな」
やはりインウィディアがユーリに化けていたのか。
何故それに気付かなかったのか。
更に強欲の大罪。
こいつらは2人とも逃すわけにはいかない。
「おっと。お前の相手はこいつに任せるぜ」
そう言って影から出てきたのは、先程シュリの世話を任せたエルフの女衆だった。
「お願い・・助けて・・」
女衆の顔は涙でグチャグチャであった。
俺は女衆の背後に一瞬で回ると、首元に手刀を放ち、意識を奪った。
「うわ、もう対処法確立してやがる」
強欲の王アワリティアは嫌そうに言った。
「我輩はさっさと逃げるのであるな」
インウィディアはそう言ってアワリティアからユグドラシルの魔力の籠もった宝玉を受け取ると、転移魔法で消えた。
逃したか。
だが、まだ強欲の王アワリティアが残っている。
「エルフ達を操っていたのはお前の仕業か?」
「おう。"強欲王の強奪"ってな。身体の"所有権"を奪わせてもらった。楽しんでもらえたか?」
アワリティアはニヤニヤと笑いながら言った。
楽しんでもらえたかだと。
エルフ達の泣き顔や、リーラの悲痛な叫びを思い出した。
身内が身内にその意思に関わらず、攻撃を行う。
あんな悲劇を作っておいて、楽しんでもらえたかなどというのか、この男は。
こいつは許す事は出来ない。
「じゃあ俺もこの辺で逃げさせてもらおう。お前と戦うのは御免だ」
そう言ってアワリティアは影の中にずぶずぶと潜り込んでいった。
"影の通り道"か。
それはさせない。
俺は一瞬で腕に黒き極光の"鎧"を纏い、影に両手を突っ込み、閉まり掛けていた"入口"を無理矢理こじ開けた。
「おいおい!マジかよ!」
影の異空間に居たアワリティアの頭を腕で掴み、そのまま影から引き摺り出す。
そして思い切り地面に叩きつけた。
ぐしゃり、という音共にアワリティアの体中から血が噴き出した。
「ガハッ!てめぇ、やってくれるじゃねぇか!」
アワリティアは口から血を吐きながら体勢を立て直した。
「お前を倒せばエルフ達の操作は解けるのか?」
「あん?そりゃ俺が死ねば"所有権"は持ち主のもとに戻るからな」
「そうか」
それだけ聞ければ十分だ。
だが、この場で戦うのはまずい。
聖樹ユグドラシルを巻き込みかねない。
「場所を移すぞ」
「あん?」
俺は一瞬でアワリティアの懐に飛び込むと、全力で強欲の王アワリティアを蹴り飛ばした。
アワリティアの四肢は蹴りの衝撃で弾け飛びながら、高速で空中を飛んだ。
俺は"エア・フライト"の魔法を唱えてそれを追走した。
アワリティアが地面に着地したのはユグドラシルから数キロ離れた地点であった。
周囲には木々しかない。
生き物達はアワリティアの"瘴気"に充てられてみんな逃げていったようである。
「よくもまぁこんなに飛ばしてくれたもんだ」
アワリティアは既に全身の再生が終了していた。
アワリティアはゆらりと地面から立ち上がった。
「だがお前は1つミスをした。生身で俺に触れるべきじゃあなかったなあ勇者」
アワリティアがにやりと笑った。
その瞬間、俺の右足が唐突にねじれた。
骨がバキバキと折れる音と共に激痛が右足に走った。
「"強欲王の強奪"。いただいたぜ、お前の右足の"所有権"」
なるほど。
これがアワリティアの能力か。
触れた箇所の"所有権"を強奪し、操る。
「聖樹の魔力を奪ったのもお前だな?」
「その通り。聖樹の魔力の"所有権"を強奪させてもらったのさ」
そう言ってアワリティアは笑った。
先程と違い、その表情には随分余裕が見て取れた。
「聖樹の魔力を奪ってどうする気だ」
「さてな。だが、少なくとも聖樹が枯れたらまずいんじゃないのか?」
アワリティアが言うように、聖樹がこのまま枯れれば大災害が起きるだろう。
「お前を倒してから対処するから大丈夫だ」
「ほう?右足の"所有権"を奪われてなお俺に勝てると?」
アワリティアはそう言うと俺の右足を操り、先程とは逆方向にねじった。
それと同時に激痛が走る。
もう右足の骨はバキバキに砕けている事だろう。
「"レビテーション"」
俺は浮遊魔法"レビテーション"を使用し、右足をアワリティアの制御よりも強い力で操り、元の角度に戻した。
そして問題なく足が曲がることを確認する。
同時に激痛が走ったが気にしない。
初めてやってみたが、案外上手くいくものだ。
「なぜだ!なぜ右足が動く!まだお前の右足の"所有権"は俺にあるはずだ!」
「重力魔法で操っているだけだ。お前の制御力よりも強い力でな」
浮遊魔法"レビテーション"は物体を浮かす魔法だ。
無属性魔法としても生活魔法としてもよく使われる魔法であるが、厳密に言えば"レビテーション"は重力魔法である。
物体に掛かる重力を制御して、物体を浮かせているのだ。
その仕組みをしっかり理解し、使いこなせばこのように自分の制御下にない右足を普段同様に力技で動かす事も可能だ。
感覚としたら操り人形を操る感覚に近い。
「不可能だ!そんな事が可能なわけがない!」
「それが可能だからこうなっているんだがな」
明らかに狼狽えるアワリティア。
まぁ何を言っても無駄だろう。
「お前は直接触れた事が失敗だと言ったな」
俺は黒き極光の鎧を全身に纏った。
黒き極光の中から紅き眼光がアワリティアを見据えていた。
「ならば、直接触れずにお前を殴ろう」
俺は未だ狼狽えるアワリティアの懐に一足で潜り込むと、その顔面を殴り飛ばした。
アワリティアの顔面が弾け飛び、その身体は空中で何回転も回った。
アワリティアの身体が地面に落ちる寸前、俺は再生を始めていた頭部を掴み、膝蹴りを入れた。
頭部が再び消し飛び、衝撃でアワリティアの身体が更に宙に浮く。
「"暴食王の波動"」
黒き極光の"波動"がアワリティアの身体を消し飛ばした。
そしてすぐにアワリティアの身体が再生を始めた。
やはり憤怒の王イラと同じように強欲の王アワリティアも漆黒の"宝玉"を中心に再生していた。
「・・ああ、酷い目にあった」
しばらくして、アワリティアの身体は完全に再生した。
吸血鬼であった憤怒の王イラと比べると、アワリティアの再生速度は遅かった。
「お前はあと何度殺せば死ぬんだ」
憤怒の王イラと戦っていてわかった事がある。
大罪は"魂の宝玉"を中心に再生する。
その"魂の宝玉"にはおそらく何らかの力が蓄積されており、宝玉は最初漆黒に染まっていた。
だが、憤怒の王イラを倒した後の宝玉は中心部分に僅かばかりの漆黒があるのみで、その殆どは純白に染まっていた。
つまり、憤怒の王は身体を再生したり力を振るったりする為に宝玉の中にある力を利用していたのではなかろうか。
そうであれば、この一連の現象に説明がつく。
「知らん。俺の中の"強欲の感情"を使い切ればすぐに死ぬさ」
「"強欲の感情"?」
「あん?お前7人目なのに知らんのか。俺たち大罪は人間の感情を糧にする。俺の場合は"強欲"だな。だから俺ん中の"強欲の感情"を使い切れば、再生出来ずに死ぬだろうよ」
だから憤怒の王イラは死ぬ直前、"憤怒"の感情を使い切っており、全く怒りを感じさせなかったのか。
「ならば、今からお前が死ぬまでお前を殺す」
俺は腕に極大の黒き極光を纏った。
「・・だからお前とは戦いたくなかったんだ」
そして、黒き極光をアワリティアに叩きつけた。
◇
もう何度アワリティアを殺しただろうか。
"波動"を受けたアワリティアは既に再生を始めていた。
その中心の"魂の宝玉"は半分程が白く染まっており、もう半分は漆黒であった。
やっと半分か。
どれだけこの男が"強欲の感情"を満たしたのかは知らんが、まだまだ先は長そうである。
「くくく」
再生を終えたアワリティアが不意に笑い始めた。
殺され過ぎておかしくなったのだろうか。
「はははは!勝った!俺は賭けに勝ったぞ!」
アワリティアはそう言って俺を指差した。
「勇者ぁ!お前の魔法の"所有権"を奪ってやったぞ!」
アワリティアが言った瞬間、俺が纏っていた黒い極光の"鎧"が煙のように消えた。
そして、見覚えのある黒い極光がアワリティアの腕に現れた。
「お前の制御があまりにも強過ぎて何度触れても"所有権"を奪えなかったが!ついに俺は強奪する事に成功したのだ!」
アワリティアが高笑いをあげた。
確かに俺の中に"暴食の王"の反応はなかった。
高笑いを続けるアワリティアであったが、不意にその腕に纏う黒き極光が炎のように揺らめき、次には消えた。
「おっと。流石は最強と名高い"暴食"の力。中々制御が難しいじゃないか。だが、これでお前の勝利は万に一つも無くなったなぁ!」
当然だ。
その力は俺が10年も掛けてやっと制御できた代物なのだから。
そう簡単に制御出来る筈がない。
むしろ暴走させていないだけアワリティアは優秀であろう。
「自分の魔法を奪われた気分はどうだ?ん?」
アワリティアはにやにやと笑いながら言った。
確かに長年使ってきた力を奪われた事には腹が立つ。
だが、"所有権"はこの男を殺せば戻ると、他でもないこの男自身が証言している。
何も問題はない。
「俺から魔法を奪ってお前はご機嫌だろうが」
俺は自身の魔力を極限まで解放した。
「お前はすぐに俺の身体の"所有権"を奪うべきだったな」
俺の周囲に莫大な魔力が渦を巻き、"白色"の極光が集まり始める。
「だが、もう遅い」
全てを白く塗り潰す、白き極光が俺の身体に"鎧"となって纏わり付いた。
「まだ扱いに慣れてないんだ。気を付けろよ」
白い極光に触れた木々が、地面が、全てがまるで白く塗り潰されたかのように消えていく。
「"魔王の鎧"」




