動乱
解放したエルフ達を里に連れて帰る。
先頭にはケルベロを歩かせ、俺は最後尾で奇襲を受けないように全員を見張った。
泣き止んだ後のリーラといえば、顔を耳まで真っ赤にして俺から少し離れた所を歩いていた。
そしてチラチラとこちらを見ては、目が合うとぷいっ、とそっぽを向いてしまう。
「リーラ」
「な、なによ」
「そういう反応をされるとこっちも気になるんだが」
「そ、そういう反応ってなによ」
「チラチラこっちを見ては目を逸らしたりとかな」
「べ、別にあんたを見ようが見まいが私の勝手でしょ!」
リーラはそう言ってフン、と鼻を鳴らして反対側を向いてしまった。
だがやっぱりこちらをチラチラと見てくる。
これはエミリア達に見られたらまた苦い顔をされてしまいそうだ。
俺は心の中で溜息を吐きながら護衛を続けた。
その後はアンデッドに襲われる事もなく、平和にエルフの里に戻る事が出来た。
これだけの距離移動してアンデッドにも魔物にも襲われないのだから、逆に不気味だ。
あれだけ多くいたアンデッドの気配が今は消え失せてしまったかのようだ。
いずれにせよ、何か事態が動き出している事が感じられた。
エルフの里に戻ると、エミリア達に広場に集められて護衛されていたエルフの人々が俺たちを迎えた。
リーラのもとにはターラが駆け寄った。
そしてリーラを力強く抱き締めた。
「リーラちゃん!良かったわ!見つかって!大丈夫?怪我はない?」
「大丈夫よ!サタンが守ってくれたからね!」
リーラは俺を見ながら言った。
幸運な事に誘拐された全ての人に怪我はなく、失踪した全員が見つかった事が確認された。
「ディスター、お疲れ様。で、ちょっとこっちに来なさい?」
エミリアが満面の笑みで俺を呼ぶ。
その先には同じく笑顔を浮かべたララとじと目のエルザが待っていた。
「ねぇディスター、まさかとは思うんだけど」
「ディスター様、またですか?」
エミリアとララが笑顔のまま言ってくる。
その笑顔には圧が込められていた。
「また、とはどういう意味だ?」
「・・惚けても無駄」
エルザにばっさり切られてしまった。
やはりバレているらしい。
俺にはそんなつもり一切無かったんだがな。
「あのね、いつも言っている通り、私は貴方の考えを尊重するけれど。それでもこう毎回だと心配になるのよ。あと一体何人増やすつもり?」
エミリアは笑顔を崩し、溜息を吐きながら言った。
「俺だって狙ってやっている訳じゃないんだ」
「貴方にそのつもりは無くても、相手がその気になっちゃえば一緒なの」
エミリアはそう言うと真剣な表情を浮かべ、耳元に口を寄せた。
「あのね。私だってそこらの貴族の令嬢なら何も言わないわ。断れば良いからね。でも毎回貴方がその気にさせるのは、相手が悪いの。里の次期最長老候補筆頭なんて断ったら外交問題じゃない」
たしかにエミリアの言う通りだ。
次からはもっと距離を置く事にしよう。
「まぁ、貴方は人数が増えてもちゃんと愛してくれるってわかっているから、いいわよ。この出来た正妻を褒めなさい」
「ああ、いつも助かっているよ」
そう言ってエミリアの頭を撫でた。
「まぁ、私達はエミリアのように文句を言う権利はないので、ディスター様の思うままにしていただければ。でも頭は撫でてください」
「・・私も。頭は撫でて」
というわけで3人の頭を順番に撫でた。
まぁなんにせよ相手から言ってこなければこの問題は解決するのだ。
このまま何もなく進むことを願おう。
俺はエルザの頭を撫でながら、それを羨ましそうに眺めるリーラを視界に入れないように気を付けながら心でそう思った。
広場は再会を喜ぶ人達で賑わっていた。
一時はどうなるかと思ったが、無事に全員戻ってこれて良かった。
広場には温かな平穏があった。
そしてその平穏は、すぐに音を立てて崩れていく。
「大変です!シュリ様が倒れました!」
その報は里に残っていたエルフの女衆から齎された。
この里の最長老には聖樹ユグドラシルを守護するという役目がある。
シュリは聖樹ユグドラシルの守護があるので、この広間には集まらず、1人で家に残っていた筈だ。
俺たちはエルフの女衆に連れられシュリのもとへ急いだ。
シュリは真っ青な顔で自宅の居間で倒れていた。
ララがシュリの状態を急いで診察する。
「どうしてこんな事になったんだ?」
俺は青い顔をしてララの診察の様子を見ていた女衆に尋ねた。
「それが、先程までユーリ様がいらしていて」
ユーリはシュリの血を継ぐハイエルフと人族であるローゼンベルク侯爵とのハーフだ。
シュリの親族であるので、ユーリがシュリの元を訪れるのに疑問はない。
「ユーリ様が帰られて、それからシュリ様の様子が急におかしくなったんです」
ユーリが帰ってから急に様子がおかしくなった。
俺の脳裏に嫌な予感が走った。
すると、診察の終わったララが口を開いた。
「診察が終わりました。シュリ様には・・毒が盛られています」
そう言ってララは解毒魔法を唱えた。
解毒魔法により解毒されたシュリの顔に赤みが差してくる。
毒。
その言葉を聞いた瞬間、俺は叫んだ。
「エミリア!すぐにルーガートに連絡しろ!」
「今してるわ!」
俺と同じ想像に至ったらしいエミリアは既にルーガート王に通話のピアスで連絡をしていた。
しばらく会話をしている様子だったが、やがて青い顔をしてエミリアは口を開いた。
「ユーリは、里帰りはしているけれど、それはこのエルフの里ではなく、ローゼンベルク領の方だそうよ」
つまり。
この里に来ているユーリは、ユーリではなく。
俺の中にあった疑問の最後のピースが、カチリとはまった。
その時、俺のエルザと繋がっている通話のピアスから切迫したエルザの声が聞こえてきた。
『・・ディスター!すぐに広場に戻ってきて!攫われていた人達が急に暴れ出した!』
俺達はシュリの世話を女衆に任せ、広場へと急いで戻った。
そこは地獄絵図であった。
先程まで再会を喜びあっていた人達が、泣きながら戦っていた。
「誰か俺を止めてくれ!勝手に身体が動くんだ!」
エルフの男衆が他の男衆に殴りかかりながら泣き叫んでいた。
「嫌よ!魔法なんて使いたくない!止まってよ私の身体!」
エルフの女衆が精霊魔法を放ち、広場の周りの家に火を放っていた。
攫われていた里のおよそ半数の人々が、至る所で泣きながら暴れ回っていた。
それを、残りの半数の人がなんとか止めている、といった様子だ。
そして、泣きながら暴れ回る中にはリーラの姿もあった。
「嫌!嫌ぁ!誰か!誰か私を止めてぇ!!」
リーラは至る所に精霊魔法を放ち、木々の根が多くの人々の身体を締め付けていた。
そして彼女の足元には傷付き倒れるターラとリーレの姿もあった。
彼女の溢れるばかりの才能が、里の人々に牙を剥いていた。
俺は一縷の望みを掛けてリーラに駆け寄った。
襲いくる木々の根を躱し、リーラの懐に飛び込む。
「"ブレイクマジック"」
しかし、魔法を破る感触は無かった。
リーラはやはり暴れたままだ。
「サタン!助けて!」
俺は木の根を躱しながら、リーラの背後に回った。
そしてリーラの首元に優しく手刀を入れた。
リーラは意識を手放し、それと同時にふらりと身体が倒れ掛かった。
俺はそれを抱き止めると、リーラの行使していた"木属性魔法"の木々の根が姿を消した。
締め付けられていた人々が地面に落ちる。
「暴れている人達の意識を奪え!そうすれば暴走は止まる!」
俺はすぐに周囲に指示を飛ばした。
だが暴れ回る人々は見境なく暴れているため、家族や友人を傷付けたくない人々は中々上手く意識を奪う事が出来なかった。
そして、更に動乱は加速する。
「た、助けてくれ!突然アンデッドの群れが襲ってきた!」
それは里の入口で門番をしていたエルフの男衆であった。
その姿は傷だらけであった。
「エミリア!この広場は任せられるか!」
「ええ!任せて!」
エミリアなら結界で暴れる人を隔離できる。
この場の混乱を収めるには彼女が一番の適任だ。
ララは即座にエルフの男衆に治癒魔法を掛けた。
そのエルフの男衆の案内で里の入口まで戻ると、そこにはアンデッドの群れが次々と霧の中から現れる光景が広がっていた。
その中には黒い鎧の騎士の姿もある。
何より、このアンデッドの群れには全て気配が無かった。
そして、その気配のないアンデッドの群れの中から、莫大な魔力の反応を持つ青ざめた馬が歩いてきた。
そしてその馬は瞬く間に黒いローブ姿で杖をつく老人の姿を取った。
「儂の名は死霊侯爵ガミジン。この里を滅ぼしにきた」
死霊侯爵ガミジンを名乗る老人が、しわがれた声でそう言うと、その莫大な魔力を解放した。
それと同時にアンデッドの数が更に増え、もはや視界はアンデッドに埋め尽くされる程になった。
その瞬間。
ざわり。
周囲の空気が一変した。
俺は身体に悪寒を感じ、思わずガミジンから目を離し、後ろを振り返った。
青々と茂っていた聖樹ユグドラシル。
その聖樹ユグドラシルから、魔力が失われていき、急激に聖樹ユグドラシルは枯れていっていた。
『聖樹ユグドラシルを守ってください』
創造神アルカディアのお告げが呼び起こされた。
間違いなくいま、聖樹ユグドラシルに何かが起きている。
このまま放っておけば、取り返しのつかない事態に陥る予感があった。
だが、目の前のガミジンを放っておく事も出来ない。
どうする。
「ディスター様。すぐに聖樹ユグドラシルのもとへ向かってください」
俺の悩みに答えを出したのは、ララであった。
「ここは私達だけで抑えます。ですからディスター様は一刻も早く聖樹のもとへ」
「・・任せて」
俺はララとエルザの顔を見た。
2人は力強く頷いた。
俺は身体強化魔法を全力で発動し、聖樹ユグドラシルのもとへと全速力で向かった。




