公女と従者の戦い
その黒い燕尾服の男はエルザとリシルに向き直ると、鋭い視線を向けた。
「俺の名は三将が1人にして、イラ様の側近ジーダ。お前達の命、貰い受ける」
「・・そう簡単にはやられない」
エルザはリシルに1つお願いをしていた。
リシルは今回エルザの護衛だが、なるべくエルザに戦わせて欲しいと頼んだのだ。
この"汎用機"でどこまで戦えるかはわからないが、それでも自分が戦闘になっても怯えないかどうか、試したいと思った。
「"ガトリング"」
エルザの魔導鎧から高速で鉛の弾が乱射された。
「"斬結界"」
高速で飛来する鉛の弾を燕尾服の吸血鬼ジーダは刀で全て斬り落とした。
「"飛斬"」
更にジーダは斬撃をエルザに飛ばしてきた。
エルザはそれを跳んで避けた。
「"飛斬"」
エルザが飛んだ先に更に斬撃が飛来した。
エルザはそれに反応出来ない。
「それはさせません」
ドプン、とリシルがエルザの影からエルザの前に割って入り、斬撃を影の刀で叩き落とした。
そしてリシルはすぐさまドプン、とエルザの影に戻った。
「なるほど、護衛付きという訳か」
「"ガトリング"」
エルザが再び鉛弾を高速で乱射する。
今度は斬り落とされずに身のこなしだけで回避されてしまう。
「"魔導砲"」
鉄の砲弾がエルザより放たれる。
だがそれもジーダの刀によって両断されてしまった。
両断され真っ二つになった砲弾が左右で爆発する。
ジーダは砲弾を切断すると一気に間合いを詰めてきた。
エルザは咄嗟に右の腕を振るう。
「"斬結界"」
刀の間合いに入った魔導鎧の右腕が肘先から両断された。
エルザはすかさず左腕を振るうが、左の腕も同じように両断された。
「・・くっ」
エルザは後ろに大きく飛び下がるが、ジーダはそれを読んでおり、ぴったりくっついてきた。
「お前には戦闘経験が足りないようだな」
ジーダはそう言って刀を振るった。
「させません」
リシルがエルザの影から現れ、ジーダの刀を影の刀で受けた。
更にジーダは刀を何度もエルザに届かせるべく振るうが、リシルがそれを全て斬り落とした。
「護衛は優秀だな」
ジーダが感心したように言った。
リシルは隙をみてジーダの腹を蹴り飛ばした。
ジーダも後ろに大きく跳んで衝撃を逃がした。
「エルザ様。ここまででございますね」
エルザの魔導鎧は両腕が両断されてしまっている。
魔導砲と魔導銃は無事だが、通用しないのは既に実証済みである。
「・・わかった。あとはよろしく」
エルザにもそれは理解できていたので、エルザは素直に引き下がった。
(もっと強くならないと)
でなければ、ディスターの旅に付いていく事は許されないだろう。
そう思って、拳をぎゅっと握りしめていると。
「エルザ様。"専用機"が出来ましたら、わたくしと一緒に訓練をしましょうね」
「・・うん!」
リシルはそんなエルザを気遣い声を掛けた。
アフターケアまで完璧なメイドであった。
エルザは魔導鎧に乗ったまま下がり、安全な位置に退避した。
あの場所ならば攻撃を届かせる事もあるまいとリシルは一安心した。
あとは目の前の敵を倒せばディスターからの指示はあらかた達成できよう。
その後は戦闘の余波からエルザを守ればいい。
リシルにとってディスターは神に等しい。
そのディスターからの命令を失敗することはリシルにとって許されない事であった。
「お前は吸血鬼だな」
「ええ。ですがあなた方とわたくしでは"格"が違いますので。呉々もお気をつけください」
リシルは吸血鬼の真祖の血を色濃く継いだ先祖返りだ。
その能力は他の吸血鬼達の追随を許さないほど。
それ故前の世界ではリシルの力を恐れた同族達に何十年も軟禁されていたのだが、リシルにとってそれはどうでもいい事であった。
この世界に自分より強い者は居ないのではないか。
そう考えるが故の孤独。
それが当時の彼女を支配していた感情だ。
吸血鬼は魔族の中でも優れた血族であった。
その吸血鬼の中でも更に優秀な者達は居たが、それらもリシルの足元にも及ばなかった。
当時の魔王も吸血鬼の里を訪れたが、やはりリシルの力には及ばなかった。
魔王になれ、と言われたが外界に興味を持たなかったリシルにはどうでもいい事であったので、即座に断った。
それからはリシルに挑みに来る者が増えた。
己の実力に自信のある者や、何々の伝説を残しているという英雄達。
彼らは一様にリシルに挑み、そしてまた一様に散っていった。
そうしてリシルは孤独を強めていった。
当時のリシルにとっての唯一の娯楽は本のみであった。
本の世界はどこまでも広かったし、物語の英雄達はもしかしたら自分よりも強いのでは、とリシルの心を躍らせたものだ。
ある時、新しく魔王になったという者が1人で吸血鬼の里を訪れた。
先代魔王が負けたという吸血鬼の先祖返りに興味を持ったらしい。
リシルはまたどうせ自分にも敵わないような中途半端な強さの者だろうと高を括っていた。
リシルは負けた。
それはもう、完膚なきまでに。
リシルの力はその新しい魔王の足元にも及ばなかった。
リシルはその絶望的なまでの力に心酔した。
自分は孤独ではなかった。
世界には、自分が及びもつかないような強者がまだまだいるのだ。
そうしてリシルは何十年と続いた軟禁生活を終え、新たな魔王の従者となった。
新しい魔王の名はディスアスター・サタン。
彼女はその後、魔王と正面から殴り合える龍神や異世界の勇者と出会い、更に己の世界を広げていった。
リシルはその身に宿る莫大な魔力を解放した。
その威圧感にジーダが一歩後ずさる。
普段は莫大な魔力は相手を威圧するだけなので、メイドとして相応しくないとヤマトから教えられ、隠蔽しているのだ。
「確かにお前は格が違うようだな」
ジーダの額に汗が滲む。
だが、ジーダは強い瞳で自身の刀を握り締めた。
ジーダは三将の中では使える魔法も魔力も一番低い。
それでもジーダが三将の中で唯一イラの側近たり得ているのは、その技故だ。
自分が格上に挑むのはいつもの事だ。
そう考え、ジーダは地面を蹴った。
「"影の操り人形"」
リシルの影が5体一気に現れた。
その全てが影の刀を持っていた。
リシルの影達は迫り来るジーダに一斉に襲い掛かった。
「"斬結界"」
ジーダの周囲、刀が届く間合いに斬撃の結界が展開される。
リシルの影達は影の刀を振るいその結界に突っ込んだ。
その瞬間5体の影は全てその刀ごとバラバラに斬り刻まれて霧散した。
だが、いくら影が斬り刻まれようと、リシルの本体には何らダメージはない。
減るのは少々の魔力くらいのものである。
すぐさまリシルは5体の影達を出現させ、ジーダに襲い掛かった。
今度は一度に斬り刻まれないように、タイミングをずらして襲いかかる。
「"斬結界"」
まず1人目の影が刀ごと斬り刻まれた。
「"飛斬"」
2人目の影に斬撃が飛来し、防御した刀ごと首が落ちた。
「"飛斬"」
3人目はその斬撃を回避してジーダに肉迫した。
「"斬結界"」
しかし斬撃の結界にやはり斬り刻まれた。
4人目と5人目はジーダが直接近付き、その刀で斬り刻んだ。
これではエルザが手も足も出なかったのも仕方ない。
この男は魔力こそ多くないが、それを補って余りある程の技量があるのだ。
リシルはジーダの評価を上方修正した。
「どうした。諦めたか」
次の影を出さない事に疑問を感じたジーダが言った。
「いえ。貴方相手にいくら影を出したところで無駄であろうと思いましたので」
「ならば次はお前が直接戦うのか」
「そうでございますね。まさか敵の王の側近如きにコレを使う事になるとは思いませんでしたが」
そう言ってリシルは自身の左の手首をその長い爪で深く斬った。
そこから血がドバドバと溢れ出す。
「特別に、ご覧に入れましょう」
その血が徐々に一振りの大鎌を形成していく。
「なんだ、それは・・」
その大鎌にはあり得ないほど莫大な魔力が籠められていた。
余りの魔力に大鎌の周囲の空間が揺らめいていた。
「"真紅の女帝"」
やがて左手首の血が止まり、大鎌が完成した。
リシルはその真紅の大鎌をクルクルと遊ぶように回した。
「コレを見せた以上は」
ピタリ、とリシルは回転を止め、大鎌をジーダへと向けた。
「努努、生き残れるとは思いませぬように」
リシルが大鎌を構え、優雅にジーダへと歩み寄る。
「"斬結界"」
ジーダは自身の第六感が告げる警戒信号に従い、斬撃の結界を展開した。
「それは」
リシルが大鎌を振りかぶる。
「悪手でございます」
大鎌がリシルの絶大なる力により振り下ろされ、ジーダをその斬撃の結界ごと真っ二つに両断した。
「ぐっ・・だが、吸血鬼は再生する!」
ごぽり、と口から血を吐くジーダが叫ぶ。
彼の身体は腰から上が両断されていたが、すぐに再生を開始していた。
「詰み、でございます」
そう言ってリシルは左手を前に掲げた。
「"真紅の女帝"」
リシルが魔法を唱えた瞬間、ジーダの傷口から身体の中の血液という血液が全て体外に放出された。
再生を開始していたジーダの身体は一瞬で干からびた。
「かっ・・・・!」
干からびたジーダは掠れ声を上げる事しか出来なかった。
ジーダから放出された血液は全てリシルの手の中に集まり圧縮され、やがて1つの球の形に凝固した。
「血、血を・・・返せ・・」
「同族の血は不味いので必要ありませんね」
そう言ってリシルは血の球を後ろに放り投げた。
それを見たジーダはその光景を最後に息絶えた。




