魔王と王女の1日
それから数日は特に何事もなく、ゆっくりと時が流れた。
変わらずシスが王都の情報収集を進めてくれていたが、不自然なほどに静かで何もないらしい。
ただ、1つ挙げるとすれば、第1王子のスーガードが執務室からほとんど出てこなくなった、という情報であろうか。
彼は軍部のトップであるのだが、殆ど部下に任せ切りで何かをやっているらしい。
何をしているのか気になるところだが、犯罪を犯しているわけでもないのでつつけないらしい。
俺の中ではスーガードの印象は最悪なので、スーガードが敵と通じているのでは、とすら考えていた。
まぁ誰が何を企んでいるにせよ、"切り札"はサタン邸の住人とルーガート、そしてユーリにしか知らせていないので、なんとかなるだろう。
逆に言えばそれでもどうにかならない状況があるとするならば、それはもう割り切るしかない。
さて、本日はエミリアと久し振りに2人で共に王城へと向かっている。
ララは教会での治療の仕事があるとの事なので、別行動をしている。
ちなみにララは先の戦の功績が認められ、助祭から司祭になったと言っていた。
また、彼女を利用していたラビエラ・ハーンは司祭まで降格し、地方に飛ばされたとの事だ。
やはり国最大の権力者を敵に回すとはこういうことなのだ。
今日何をしに王城に向かっているのかと言うと、王から褒美として貰った飛空挺を強化しに行くのだ。
「なんだか2人きりになるのは久しぶりな気がするわね」
「確かにそうだな」
確かに最近は必ずララも一緒に居たしな。
「ね、ちょっと寄り道しない?」
「・・そうだな。寄り道しようか」
「ふふ、ありがとう」
そう言ってエミリアは笑いながら、腕に抱き付いてきた。
婚約した次の日にはララと婚約したからな。
それを後悔する事はないし、むしろ婚約して良かったと思っている。
だが、それ以来エミリアと2人で何かをするという事はなかった。
これからはエミリアもララも2人きりの時間を増やす事にしよう。
「珈琲の美味しい喫茶店があるのよ。そこに行きましょう」
「それは良いな。ぜひ行こう」
エミリアに案内されて入った喫茶店は落ち着いた雰囲気の木造の建物であった。
店内はあまり客は居なかったが、それがむしろこの喫茶店の特徴なのだろう。
緩やかに時の流れる良い空間であった。
エミリアは席に座ると珈琲とモンブランを、俺は珈琲のみを注文した。
「ふふ、婚約してから初めてのデートね」
「悪かったな、あまり時間を作れず」
「良いのよ、仕方ないのはわかっているから」
そう言うと、エミリアは下から俺を上目遣いで覗き込んだ。
「でも、あんまり放っておくと、どこかに飛んで行っちゃうかもしれないわよ?」
「・・それは嫌だな」
「なんてね、冗談よ。一生貴方の隣に居るわ」
そう言ってエミリアはふわりと微笑んだ。
俺は、この笑顔を見る度に、彼女に夢中になるのだ。
「・・俺もお前を離しはしない」
「ふふ、そうしてね」
そんな事をやっていると、店主が珈琲とモンブランを盆に持ってやってきた。
店主は燕尾服に眼鏡を掛けた、老年の落ち着いた男性であった。
「ごゆっくりどうぞ」
洗練された動作でお辞儀をすると、店主は去っていった。
「良い店だな」
「でしょ」
珈琲に口を付ける。凄く美味い。
「・・美味い」
「絶対に貴方は気に入ると思ったわ」
エミリアはそう言ってウインクをした。
◇
所変わって王城の飛空挺発着場。
俺は褒美として貰った飛空挺にエミリアと乗り込んでいた。
「どんな改良をするの?」
「まずは全受信型の汎用転移魔法陣だな」
飛空挺にはあくまで受信専用の転移魔法陣を用意する。
無いとは思うが、送信型の、例えば魔王邸行きの魔法陣なんかを設置してしまうと、万が一この飛空挺を乗っ取られた時にそのまま魔王邸への侵入を許してしまう事になるからだ。
「どこに設置するの?」
「どこかの船室だろうな。探してみよう」
小型とはいえ飛空挺内は広い。中には良さそうな船室もあるだろう。
「ここなんかどうかしら?」
「良いな」
その船室は奥ばった所にあり、簡単には辿り着けない場所であった。
その船室の床に直接転移魔法陣を刻む。
「これでこの飛空挺にも転移できるようになったぞ」
ドワーフ領であるアルメイダ公国に行く際は操船はリシルの影に任せて俺たちは魔王邸に居ることにしよう。
「本当に転移魔法って便利よね」
「そうだな。向こうの世界では必需品とも言えた」
さて、次は装甲を強化しよう。
甲板に移動する。
「次は何をするの?」
「装甲に障壁を張るんだ」
「一体何と戦争する気よ」
「魔族とだ」
「・・それもそうね」
基本的には俺達が居合わせているので大丈夫だと思うが、リシルの影だけ残している時に攻撃を受けるかもしれない。念には念を入れるのだ。
ヤマトにも言われたが、俺は石橋は叩いて渡る主義なのだ。
そうしてエミリアとの1日は終わった。