魔王ペットと従者を召喚する
所変わって、庭。
俺はこの二日間で用意した魔法陣のスクロールを広げた。
「これが貴方がここ数日取り組んでいた魔法陣ね」
「そうだ」
俺が用意したこの魔法陣は、使い魔の召喚陣だ。
それも、前の世界の生き物を呼べる代物。
とはいえ、さすがに異世界の生き物を召喚するのは初めてなので、成功するかはまだわからないが。恐らく大丈夫だろう。
この魔法陣だが、俺をこの世界に召喚した魔法陣を参考にさせてもらった。
まぁ普通の使い魔召喚の陣を少し複雑にした程度であったので、問題はなかった。
「ディスター様。一体何を召喚されるつもりですか?」
「まずは俺の前の世界でのペットだな。で、それが成功したら次は前の世界での従者を召喚しようと思う」
「ペットと従者?ちなみに何が出てくるの?」
「メイドと番犬の予定だ」
さすがに対象の指定は失敗する可能性もあるが。
「ああ、今はウチには従者が居ないものね。もうすぐ来るはずだけど」
エミリアはちゃんとこの屋敷の従者を手配してくれているのだ。恐らく来るのはエミリア付きの従者であるシスが濃厚だろう。
シスとこれから召喚予定の"彼女"は上手くやってくれると良いのだが。
「じゃあ、番犬の方から召喚しようか」
指の先を噛み切って、血を魔法陣の中心に垂らす。
すると血は瞬く間に魔法陣全体に広がっていき、魔法陣が発光し始めた。それに伴いかなりの魔力が持っていかれた。
「念のため警戒はしていてくれ」
そう言うと俺も身体強化魔法を掛ける。
魔法陣の直上に光の柱が立ち上がり、やがてその光の中に高さ2メートルほどはある巨体の影が浮かび上がった。
その巨体はやがて実体を伴うと、俺の姿を見とめた瞬間、突進してきた。
「ディスター!」
エミリアが思わず声を上げる。
魔法陣から出てきたのは三つの頭を持つ地獄の番犬ケルベロスであった。
俺はケルベロスの突進を身体で受け止めた。
すると次の瞬間、ケルベロスの三つ頭全てが俺を全力で舐め始めた。その太い尻尾もぶるんぶるん振っている。
「あ、あれ?襲ってきたのでは?」
ララが戸惑いながら声を上げた。
襲ってきた?
いや、違うな。これは戯れてきているのだ。
「もしかしなくても懐いてるわね」
「ああ。召喚成功だ。紹介しよう、魔王城の番犬で俺のペットのケルベロだ」
ケルベロの三つの頭を両手で交互に撫でながら俺は言った。
その三つの首にはそれぞれ首輪がはまっている。
そう、このケルベロスは前の世界の魔王城で俺が待つ謁見の間の守護をしていた番犬だ。
俺に挑む前にはこのケルベロを倒していかないといけない。
・・まぁ、俺の任期中に挑戦者がケルベロのところまで来る事はなかったが。
「ケルベロとは・・また安直な名前ね」
エミリアは腰に手を当てながら言った。
「ケルベロ今日からお前は魔王城の謁見の間ではなく、この家を守護するんだ。わかったか?」
ケルベロの三つの頭は俺の言葉を受けてバウッ、と一声吠えた。
そう、ケルベロは人語を理解するほど頭が良いのだ。闘えばとても強いので家の番犬には最適である。
「あの、噛まないんですよね?」
ララがおずおずと尋ねてきた。
「ああ。ケルベロ。この2人は俺の家族だから攻撃しちゃダメだぞ」
ケルベロはまた一声低く吠えた。
「・・私も撫でて良いですか?」
「勿論だ。これから可愛がってやってくれ」
ララはゆっくりとケルベロに近付いた。ケルベロの三つの頭はじいっとララを見る。そしてララが手を伸ばすと、撫でやすいように頭を下げた。
それにララはぱあっと笑顔の花を咲かせ、ケルベロを撫で繰り回し始めた。
「かわいいです!ケルベロちゃんかわいいです!」
そんなララの様子を見て、警戒していた様子のエミリアもやっと警戒を解いたのか、同じようにケルベロを撫で始めた。
「毛がふかふかで気持ちいいわね」
「だろ。自慢の毛並みだ」
そう、ケルベロの毛並みはとても気持ちいい。
背中に乗るとふかふかで最高である。
「この辺りで光の柱が・・ってなんだこの化け物は!?」
しばらくケルベロを愛でていると、恐らく召喚の時の光の柱を見たのであろう、衛兵達が走ってやってきて、ケルベロを見て驚いていた。
「ああ、ちょっと説明してくるわね」
そう言ってエミリアが苦笑しながら衛兵に説明しに行ってくれた。
衛兵達はケルベロが侵入者以外には無害であることを伝え、ケルベロが人語を理解している様子を見せると、やがて去っていった。
「すまんな。迷惑をかける」
「良いのよ、今に始まった事じゃないから」
きっとエミリアは今までも俺の知らないところでこうやって俺をフォローしてくれていたのだろう。本当に頼りになる。
「じゃあケルベロ。庭では自由にしてていいからな」
特に縄に繋いでおく事はしない。
必要無いからだ。
「1度目の召喚は成功だ。このままもう1人召喚してしまおう」
そう言ってケルベロを召喚した魔法陣のスクロールを無限収納にしまい、新しいスクロールを取り出すと地面に広げた。
「次はメイドだったかしら。どんな子なの?」
「ああ、吸血鬼の真祖の先祖返りでな。何の言葉もなく俺が居なくなったから、ちょっとどんな反応をされるかわからない」
「危険はないのよね?」
「危険はない、筈だ」
「・・一応警戒しておくわ」
俺にべったりだった彼女の事だ、果たしてどんな行動を取るのか。
戦々恐々としながら魔法陣に血を垂らした。
先程と同じように魔法陣から光の柱が立ち上がった。
そして光の柱の中に人影が現れ、そしてそれはメイド服の女性を形取った。
召喚成功だ。
彼女はキョロキョロと辺りを見回し、俺と目が合った。
そして、次には目からポロポロと涙が溢れ始めた。
「魔王さまっ!!」
彼女は駆け寄り、泣きじゃくりながら俺の頭をその豊満な胸に抱きしめた。
「魔王さまっ!ああ魔王さまっ!お会いしとうございました!お怪我はありませんか?どこも悪いところはございませんか?どうして突然私の前から姿を消してしまったのですか!?」
まさに感情の爆発であった。
「まぁ落ち着けリシル。ちゃんと最初から話すから」
そう言って彼女、リシルの胸元から強引に脱出する。そうでもしないといい加減後ろの2人からの視線が痛いからな。
そうしてリシルを落ち着かせると、俺はこれまであった事を話して聞かせた。
「というわけで、俺はこの世界で生きる事に決めた。この屋敷に従者が必要になったから、真っ先にお前を召喚させてもらった。だが、向こうの世界に戻りたければ戻してやるが。どうする?」
そう言うと、悩む素ぶりすら見せず、リシルは間髪入れずに答えた。
「魔王さま。大変恐縮でありますが、愚問にございます。わたくしは魔王さまに忠誠を誓った身。魔王さまのいらっしゃる場所こそわたくしのいる場所。この身果てるまでお使いくださいませ」
「ああ。お前はそう言うと思っていた。これからよろしく頼む」
そう言うと、エミリアがちょいちょいと服の裾を引っ張ってきた。ちょっと耳貸せの合図だ。
「早く私たちを紹介してよね」
「ああ、そうだな」
「ご紹介が遅れ、申し訳ありません、奥方様。わたくしは魔王ディスアスター・サタン様の忠実なる僕、リシル・ドラキュラと申します。以後、身の回りのお世話をさせていただきますので、何卒よろしくお願い致します」
リシルはその優れた聴覚で俺たちの会話を聞いたのだろう。
メイド服のスカートを優雅に摘んで挨拶をした。
「これはご丁寧に。私はエミリア・ヤマト。そこの魔王様と婚約させていただいてるわ」
「私はララ・ルシエラと申します。同じく、魔王様と婚約させていただいてます」
エミリアとララの2人も貴き御令嬢らしく、優雅に挨拶をした。
リシルはエミリアを見て目をパチクリさせると、エミリアの前に膝をついた。
「エミリア・ヤマト様、貴女のご先祖タケシ・ヤマト様にはメイド道の何たるかをお教えいただきました。感謝を」
「メ、メイド道?」
「ああ、エミリア。メイド道とやらは深く考えなくていい」
ヤマトが自分の理想のメイド像をリシルに教えただけだからな。
ふむ、それにしても。
「リシル。エミリアとララとの会話は大丈夫そうだな?」
「ええ問題ありませんが・・そう言えばここは異世界なのでしたね。どうして言葉が通じるのでしょう」
俺は魔法陣に翻訳能力を授ける細工などしていない。ケルベロにも言葉は通じていたし、これはもう仕様とでも思った方が良さそうだ。
「まぁ、言葉が通じるに越したことはない。あとで文字の読み書きも出来るか試してみよう」
「はい。ありがとうございます」
「さて!それじゃあ召喚も無事終わったし、パーティの準備をしましょう!」
エミリアが手をパンパンと叩きながら言った。
そう、人族の貴族達は家が完成すると親しい人をその家に招待するのだそうだ。
本日はこの国の貴き方達がこの家に集まる予定なのである。
「シスはどうしてるんだ?」
「今頃食料の手配をしてここに向かってくれてるはずよ!そのままシスには住み込みで働いて貰うわ!」
「そうか。リシル、この後お前の同僚が来る。仲良くな」
「はい、お任せください」
リシルがそう言って胸を張った。
その大きな胸が強調される。
エミリアとは大違いだな、と思っていると後ろからエミリアに蹴られた。
おかしい、魔眼も無しになぜ思考が読めるのか。
「視線で丸わかりよ!」
らしい。次からは気を付けよう。
「それにしてもディスター。本当にこの家の侍女はシス一人で良かったの?」
「ああ。その理由を見せてやる。リシル、"影の操り人形"を出してくれ」
「かしこまりました。"何人"にされますか?」
「とりあえず一人で良い」
「かしこまりました。"影の操り人形"」
リシルが魔法を詠唱すると、リシルの影が飛び出し、やがてリシルと同じ形を取ると、優雅にスカートを摘んで一礼した。
「これがわたくしの固有魔法"影の操り人形"。一度出した影はわたくしの意思に従って行動を続けます。出せる影の数はわたくしと同等の動きと力を持つなら5体まで、それ以上数を増やせばその分影の力と知能は下がっていきます」
「ほえー凄い魔法ですね」
ララがリシルの影を眺めながら言った。
戦闘でも、普段の仕事においても非常に強力な魔法である。一つ残念な点としては、影は喋れない事だろう。
「この魔法があるから、リシルは魔王城でのメイドとしての雑務も一人でこなしていたくらいだ。仕事的にはリシルさえ居れば事足りるんだが、それでも一人侍女を頼んだのは、リシルがこの世界の常識を知らないからだな。シスにはそこのところのフォローをお願いしたい」
「なるほど、そういう理由なのね。シスにもしっかり伝えておくわ」
「ありがとうございます」
リシルの影はぺこりと一礼すると、くるりと回ってリシルの影に消えていった。




