死神の最後
第5話です。
スオォォォォォォ!!
死神の腕が、僕らを天高くから見下ろしている。
全てを嘲笑うかの如く、僕たちプレイヤーのこのゲームに対する思いすら踏みにじって。
正直僕は許せない。僕たちを意識不明にするこいつを、この心怪と言う存在を。
そしてそんなモンスターを作り、高々と僕たちを見下ろすこの世界の王、ゲームマスターを。
人々の恐怖を報道せずひた隠しにするこの国を、世界を―――。
「アイス!僕の攻撃は奴には効かない、だから君をバックアップする!!」
「それが最善の策だよハイドくん。それと……隙あらばあなたの友達の非難を優先しなさい。最悪私を置いて全員で逃げても構わない」
「そ……それは」
アイスのその発言に抵抗を覚える僕。
いくらアイスがめちゃくちゃ強かったとしても、仲間を一人で置いて行くわけには……。
僕の戸惑う表情でそれらの真意が伝わったのだろう。アイスは心配ないという顔で僕に声をかける。
「あなたに会うまで私はほぼ一人で心怪を倒してきた。あなたを信用していないわけではないけども……仲間を失いたくないのは私も同じ」
……そうか、そうだよね。
誰かが傷つくのを見過ごせないのは僕だけじゃない、アイスだって同じ気持ちを抱いているんだよね。
確かに僕らは自分勝手だ。本来なら死ねば意識不明にあると知っているなら自己を最優先するだろう。
普通はそうだ。自分が誰よりも可愛いさ―――けどね。
あいにく僕らは変わり物でね、自己犠牲で人が救えれば光栄なのさ。
最もそれが本当に正しいかなんてわかんないけど。
―――今は考えるのをやめよう。自己犠牲の尊さを説くほど僕は偉くなんてないさ。
本来ならば人を救うなんて大きなことなんてできないちっぽけな人間だよ。言うこと成すことが偽善だと思われても仕方のないことだよ。
だけど、それでも……僕は覚悟を決めてここに立ってるんだよ。
―――なめんな!
「アイス、パワープラスを……」
僕がそう言って補助魔法スキル≪パワープラス(中)≫をアイスにかけようとする。
が、そこでアイスからストップがかかる。
「ハイドくん、ここはガードプラスだよ。やられたら元も子もない」
アイスは≪パワープラス≫ではなく≪ガードプラス≫をかけることを指示する。
少しでも心怪の攻撃によるダメージを防ぐためだ。
これは短期決戦ではない、長期決戦でも確実に心怪を仕留めなければ話にならない。目的を遂行するための焦りは死を意味し結局は全てが無に帰す。
そういえばアイスの浴衣は回避性能を重視した装備だった。今思えば彼女は心怪を倒すために最も必要な物を用意していたのだろう。
それに加えアイスの技術、ここ一ヶ月くらいだけどアイスはプレイヤー技術は他のプレイヤーよりもはるかに上のレベルだ。
幾度なく聞こうと思った。
一体いつからこのゲームを始めたのか、最初に心怪を倒した時の話とか。
だけどアイス自体あまりそういうのを語るのが苦手そうだったから、あえて今まで触れなかったけど……。
色々詮索することはある。それら色々考えた上で今ハッキリと言えるのは。アイスの腕は本物だということ。
これだけは、断言できる。
「わかった!ガードプラス!!」
僕は言われるがまま≪ガードプラス(中)≫を発動。
初心者の僕の魔法では付け焼刃にすぎないだろうけど、これがぎりぎり命を繋ぎとめることだってある。
後は少しずつ補助を追加しつつ、隙ができたら鈴音達を……。
「廃土くん!わたしたちもなにか……」
「だめだ鈴音!僕らがどれだけもがいてもあの化け物にダメージを与えることはできない!!だから君は塔宮と一緒に逃げることだけ考えてほしい!!」
今下手に加勢をすれば逆に状況は悪化するだけだ。
相手は普通のモンスターじゃない。腐った何物かが僕らに放った悪意の塊。
本当に今は逃げてほしい。大成の敵なら僕が……僕らが……。
「ぐっ……かっこつけんなよ廃土!!俺たちだって」
「塔宮!!」
「な!?」
無理に加勢しようとする塔宮に、僕は今までにないくらいに叫ぶ。
僕が他人を威圧するなんて、それほどまで僕の精神状態は崖っぷちなのかもしれない。
恐怖とか感激とか、言葉にできないあらゆる感情が漏れ出すのを必死に無茶して食い止めて。
……やっばいな。トリップしそうマジで。
こんな状態で塔宮や鈴音まで意識不明になってみろ。明日から僕が僕じゃなくなってしまいそうだよ。
「塔宮。お願いだ……引いてくれ」
「……わかった。だが手は出さないが逃げない。この戦いを見届けさせろ」
「塔宮……っ」
「廃土、頼む。これがせめてもの……」
……僕は諦めた。
いや、この場合は素直に諦めるしかない。変に言い争いをしているほど余裕なんてないから。
鈴音の方をちらっと見ると、彼女も居座るようだ。自己防衛くらいはすると本人たちは言うが……。
「ハイドくん。お友達と一緒に固まってなさい。防御スキルを重複させれば致命傷は免れるから」
心怪と戦っている最中で会話が聞こえていたのか、そう支持をするアイス。
いざって時に心怪が僕らを攻撃してきたとして、あれを回避するのは絶対に不可能。
狂乱の死神は消えると同時にプレイヤーを攻撃する。それは前回あいつを見た時に散々見たからわかる。
アイスの場合は常に氷の膜を張り、心怪が出現した際に氷の割れた"音"を聞きギリギリで回避している。
僕らの場合は奴が消えた瞬間に防御スキルを発動し、ジャフトガード扱いで攻撃を受け流すしかない。
攻撃を喰らうことは前提とするが、死ぬことは前提としない。
スオォォォォ……。
死神が消えた!!
アイスは氷の膜を、僕は鈴音と塔宮3人でそれぞれ防御スキルを発動する。
攻撃は……どっちに……!?
「ぐっ!!」
どうやら攻撃は僕らの方にきたようだ。運が悪い!!
アイスがすぐさまそれに対応し、追加攻撃が出ないように氷の銃弾を心怪に浴びせる。
一方攻撃を喰らった僕らは、あの不可思議な現象を味わう。
ものすごい頭痛。頭の中に響き渡る声にならない音。そして……。
「なに……これ……!!」
「あったまいてぇ!!」
鈴音と塔宮も同じ現象が起きているようだ。
早く収まってくれ、早く、早く。
はや……く……。
………。
…………。
―――どうするの翼くん、灰土くんが……。
―――あの弱虫が、少し言いすぎたかな。
―――灰土くん、本気でその化け物を倒す気だよ。
―――こうなったのも俺のせいだ。俺が、俺があいつの気持ちも考えないで……。
―――翼くん!どこ行くの!?
―――大成をやった心怪の場所がBBS乗ってた。鈴音、付いて来てくれ。やつは俺たちが倒すぞ。
―――だめだよ翼くん!!危ないよ!!
―――ばか!灰土がやろうとしてんだ。俺たちのせいで無茶しようとしてる。止めなきゃ、俺が……責任もって。
―――月村灰土は……俺らの大切な仲間だからな!!
………。
…………。
この……声。
あの時と同じ、塔宮と……鈴音の……。
「灰土……お前」
「塔宮……」
塔宮の様子もおかしい。鈴音もなんか泣いてるし。
僕も、何か知らないけど。急に涙が止まらなくて……。
「……すまねぇ。お前に無茶を押しつけたのは俺だ。あの時は殴ってすまなかった。お前だって色々思いこんでいたはずなのに」
「……廃土くんごめん。あなたを……助けてあげたかった。けど……力になれなくて」
塔宮、そして鈴音の本心が。それらが籠った暖かい言葉が僕を照らしてくれる。
あの現象。どうやら嫌なことだけじゃなかったらしい。一体どういうシステムでこんな現象を引き起こすはわからないけど。
……ますます僕の中で、この仲間を失いたくないって思った。その思いが一層強くする。
だから、だから!だから!!
かならずこの……死神を!!
「……ハイドくん、あなたたちのその思い……私にも聞こえたよ」
アイ……ス……。
そう言って彼女は僕らに優しく微笑み、そして目の前にいる死神を強く睨む。
お願いアイス。このお礼はいつかかならずする。
いつか僕も、君の力になる。そして今度は僕が……君を守るから。
「アイス…………お願い!!」
僕の心からの叫びを聞いて、彼女が銃を構える。そして。
「フリージング……メイデン!!」
必殺技スキル≪フリージングメイデン≫。
アイスの必殺技の一つ。発動と同時に地中から氷の棺が現れ心怪を閉じ込める。
身動きが取れなくなったのを確認し、アイスが俊足で心怪に近づき、霰のごとく銃弾を打ち続ける。
「はあああああああああああああああああああああああああ!!」
アイスの叫びと平行するかのごとく銃弾が呻きを上げるように二丁の銃から発射される。
それらは一斉に棺へと命中し、死神が中から苦しみの雄たけびをあげる。
だが雄たけびを上げようが銃弾の霰は止まること知らず。限りなく無限に近い銃声、ダメージを受けないといわれる心怪が徐々に弱弱しくなっていくのがはっきりとわかる。
「アイスフォールランサード!!」
アイスの攻撃はそれだけでは終わらない。
必殺技スキル≪アイスフォールランサード≫。槍のように尖った四つの巨大な氷柱を空中に召喚する。
そしてそれらを一斉に心怪が閉じ込められている棺に付き刺す。棺は破壊されたが今度は氷に刺さって動きが取れない。
刺さったのを確認したのち、アイスは後ろに跳躍し心怪から距離を取る。そして銃をクルクル回し二の得物をくっつける。
するとそれが巨大な銃へと変化し、銃口から巨大なエネルギーが灯る。そして……。
「ラストよ。アブソリュート……ゼロ!!」
最後の必殺技スキル≪アブソリュート・ゼロ≫。
巨大な氷の光線が心怪に向け発射され、それを浴びた心怪はまたたく間に凍りつく。
巨大な氷の塊と化した心怪≪狂乱の死神≫。そして1カウント、2カウント、3カウントでひびが入り。
アイスの最後の一言で死神ごと氷が割れ落ちる。その一連の流れには優美さすら感じられた。
仮想空間なのに氷によって寒さすら感じられるほどの神秘なる空間。これが……絶氷と呼ばれたアイスの戦い。
「勝っ……た……?」
心怪の身体に光が灯り、徐々にその肉体が崩れ落ちていく。
ようやく終わったんだ。と、次の瞬間だった。
僕は、巨大な光に包まれた。
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―――ここは。
目が覚めると、ここは真っ白な空間だった。
なんだ?何かの演出か?それとも……まさか最後の反動でHPが〇になって意識が不明になったとか。
いやいや笑えないって!!ようやくやつが消えたと言うのに!!
とか色々思っていると、なにやら奥から人影が。
そしてこちらにやってくる。アイス……なのかな?それとも塔宮か鈴音か。
いや、姿がはっきり見えて僕はその誰でもないことを悟る。
その人物―――そこには少女が立っていた。
少しくせっ毛のある長めの金髪。どこの高校のものか制服姿で、茶色のカーディガンを羽織っている。
顔立ちは文句なしで、美少女と例えてもいいくらいに整っている。年は僕よりも2~3個上くらいだろうか。
『君は……』
と、その少女に語りかけたところであることに気づく。
今の僕の姿はゲーム内のアバターではない、現実世界の僕の姿だ。
右目はふさがっており眼帯で覆っている。右足も銀色の義足。
そしてその少女もゲームのアバターではない。明らかにそれは現実世界の人間の姿だった。
『………』
少女は何も答えない。
まるで壊れた機械のように、虚ろな目でこちらを見ているだけ。
『……あの?』
なんだ。この感覚。
不思議な感覚だ。まるで僕は……この少女を知っているような。
ザザッ……。
突如、この空間がノイズで揺れる。
なんだろう。まだこの空間が消えては欲しくないと僕の感覚がそう訴える。
この少女に聞かなければならないことがある。いや、この少女は恐らく何かを知っている。
『ねぇ!君は何かを知っているの!?』
必死に聞くが答えない。
どんどん空間が崩れる。駄目か……僕がそう諦めた時。
最後の最後、その瞬間に少女は……か細い声で言った。
まるでそれは助けを求めるように、そしてそれは……怨念のような。
『……きこ……える』
『……え?』
『いや……だ……もう……きき……たく』
―――そこで、僕はまた意識を失った。
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「……う……ん」
目が覚めると、そこはゲーム内ではなかった。
そこは現実世界だった。窓を見ると外は夜景色で、ゲームを始めたのは昼前だから、結構な時間僕は心世界オンラインをやっていたらしい。
どうやら意識不明にはなっていないようだ。だけど何かしらの誤動作が起きて強制ログアウトを喰らったのだろう。
まぁ、あんな使用外のモンスターを倒したんだ。何があってもおかしくない。
「一応、ログイン画面を繋いで……」
僕はコンパソに繋いだドリームゲートを開き、心世界オンラインを起動する。
まさかデータが消去されてるなんて……ことはなかった。
それどころかステータスを見ると、なんとすぐさま昇格の文字が。
きっと心怪を倒した時にごっそりポイントが手に入ったのだろう。僕はすぐさま昇格を押し、スキルを貰う。
その後上のラインを見ると、メールが一件あるのに気づき、クリックする。
差出人はアイス。
用件:大丈夫?
――急にアバターが消えたから心配したよ。
無事だったらメールしなさい。じゃないとパートナーを解雇するから。
あと、私から一つプレゼントがあるので、意識吹っ飛んでなかったら受け取っておきなさい。
……本当に頑張ったねハイドくん、無事だったら、これからもよろしくね。
……なんだろう。すっげぇ泣けてくる。
解雇されたくなかったのですぐに無事のメールを返信する。
次に送られてきたプレゼントを開く。中身はアイテムのようだ。
開くと≪XA#KO$O%HJ\\≫なんていうアイテムがリストにある。
……すっごい文字化け、すっごい怪しい。まさかウイルスしこんでたりとかしないよね?
一応僕が疑うことを兼ねてか、こんな補足説明が書かれていた。
『ウイルスとかじゃないから安心して、これが心怪のコアよ、これをあなたにあげる。どう使うかはあなたの好きにして』
心怪の……コア。
ということは……。
これを使えば僕も……シャーデンフロイデを手に入れることができる。
僕にも、心怪と戦う力を手に入れることができる。そしてそれを手に入れたら今度は……僕が……。
『――力を持つものには、それ相応の責任が問われる』
……。
いつぞや、アイスに言われた言葉を僕は思いだした。
責任か、手に入れれば逃げることも後悔することもできなくなる。
「……まずは考えよう」
僕はそう呟くと、一件のメールが受信された。
お察しの通り、相手はアイスだった。
用件:よかった。
―――安心したよ。
じゃあね、おやすみハイドくん。
「……おやすみアイス」
今日は疲れた。ゆっくり寝よう。
今日は何も考えなくていい、ただ……ゆっくり……眠らせ……。
……アイス。
……今度は……僕が。




