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第35話「秀長、倒れる」
「秀長、寝とったらいかんて! 起きてちょうよ。おみゃあさんがおらんと、わしゃあ明日のごはんの献立一つ決められんがや!」
万作は、病床に伏した秀長の手を握りしめ子供のように泣きじゃくっていた。天下統一という過酷な大仕事を実質的に一人で回し続けてきた秀長の体は、すでに限界を超えていたのだ。万作にとって秀長は、単なる知恵袋ではなく己の魂の半分そのものだった。
「兄上、騒がしいですよ……。私は少し、休みが欲しくなっただけです。あとのことは、石田三成や大谷吉継たちが上手くやってくれますから……。あなたはただ、どっしりと座っていればいい」
秀長は、枯れ枝のような指で万作の涙を拭おうとしたがその力さえ残っていなかった。彼の瞳には、自分がいなくなった後に暴走するであろう兄への深い懸念が揺れていた。
「三成だの吉継だの言ったって、あいつらはわしの正体を知らんがね! わしのボヤきを笑って聞いてくれるのは、おみゃあさんだけなんだわ!」
「……兄上。強くなってください。あなたはもう、ただの万作ではないのですから」
秀長が目を閉じるたび、万作の周囲から色が消えていく。明るく陽気な豊臣秀吉という物語に修復不可能な亀裂が入っていくのだった。




