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第16話『朝です!朝です!出発時間!』

「――!」

「――っ」


 ん……何やら騒がしいな。


「……どうしたんだ」

「朝です!朝です!」

「おはよう」

「ああ、おはよう」


 霞む視界をどうにかするためにまぶたを擦り、盛大に口を開けてあくびをする。

 いつもの流れで体を伸ばすべく両手を上へ持ち上げようとしたときだった。


「んむう」

「おっと」


 フローラが肩に頭を預けていることを思い出すも、既に動かしてしまい、こてっと滑ってしまった。


「おふぁよう」


 未だ夢見心地なフローラは、ふらふらと頭を動かしつつ目を開けていない。

 普段の落ち着いている雰囲気とは真逆に、呂律が回っていない感じがかわいらしいが尊厳を守るために声をかける。


「フローラ、朝だぞ」

「へぇ?」

「よだれも垂れてるし」

「へっ!?」

「おはよう」

「わ、わたし――もしかして、アレンの隣で……?」

「ああ、すやすやだったよ」


 成長したフローラの寝顔は、正直に言ったらかわいいものだった。

 でも、あのときの記憶が呼び覚まされるぐらいには、ちょっと間抜けな表情が混ざっていて、それはそれでいい。


「ご、ごめんなさい!」

「別にいいじゃん。久しぶりにこういうのも。だが、まずは口元をどうにかしてからだな」

「見ないでよぉ」


 顔を赤く染めながら逸らしたフローラは、数年前には想像もできなかった。

 あのときもよだれを垂らしていてみんなから「あれやこれや」と言われていたけど、恥じらいもなく腕や服で拭っていたものだ。

 フローラの成長を感じられると同時に、当時もその状況にちょっかいを入れていた俺は成長していないってこと……?


「主様! もうご飯の準備はできています!」

「すぐに食べられるよう、既に焼き始めているわよ」

「メノウ、セリナありがとう。助かるよ」

「主様のためですから!」

「いい運動にもなったし、ちょうどいいわね」

「セリナは昔から手際が良くて、本当に凄いよな。そっちの水も、セリナが提案したんだろ?」

「うん。でも、それをすぐにアレンは気づいてくれるから嬉しいわ」


 視界に入った、木材をどうやってか桶上の形にした水をためる物に関心を向ける。


 本当、セリナは昔から気配りができていて、人のためにやっていることが当たり前のような態度をしている。

 最初は気が付かなかったが、俺にはできないことを平然とやってしまう姿を目撃してからは、すぐに感謝を伝えるようにしていた。


 今思えば、人間に恐れられる【魔剣】が人間のために尽くしてくれるなんて、どこの誰が想像できただろうな。

 騙されていたと言ったら聞こえは悪いが、寄り添ってくれていたと言い換えたら理解が得られると思う。


「主様、わたくしには!?」

「まだ関係が浅いからな、これからだよ。モンスターとかをボコボコにしてくれてありがとう」

「いやったぁあああああ! 主様に褒めてもらえたぁあああああ!」

「おーい! 追加で食料を持ってくるなよー!」


 よほど嬉しかったのであろう、感情が爆発してしまって走り去って行ってしまった。

 人間の女の子だったら後を追った方がいいのだろうが、まあ心配するだけ無駄というものだ。

 そしてたぶん、契約している関係上そこまで遠くまで行けないのだろうし、置いていかれる心配ですぐに帰ってくるだろうし。


「あの子、どれだけ忠誠心が凄いのよ」

「俺も心配になるぐらいだな」

「でもわたしにとっては、セリナもメノウも驚きよ。【魔剣】と【聖剣】が人間に変われて、こうして普通に話すことができるのだから」

「少し慣れ始めているが、俺もなんとも言えない感情を抱いている」


 慣れるしかない俺はさておき、フローラが飲み込んでくれているのも奇跡に近い。


「さあ、用意してもらった肉を食べよう」

「今日は木の実や野草もあるよ。そっちを食べている間にスープを作るわね」

「ありがとう、助かるよ」


 今思えば、セリナは【魔剣】だから木の実や野草が食べられるかどうかは、とりあえず口に入れたらいいのだから判別は簡単なのだろう。

 そう考えたら1人で生活するのも難しくはないだろうし、何より外敵を恐れる心配がないのは強みすぎだ。


 これだけの条件が揃っていたら、怖いもの知らずだろうな。


「わたしも【聖剣】と契約していたら、当事者になっていたのかしら」


 と、分けた肉を片手に持つセリナは呟いた。


「それはどうでしょうね。少なくとも、私はアレンだったから意識が覚醒したと断言できる。セリナもアレンだったから、と言っていたし」

「……そう、よね」

「どうなんだろうな、実際。お世辞じゃなく、俺は【聖剣】と契約するのはフローラみたいな正義感が強い人だと思い続けていた。なんだったら、今もそう思うほど」

「でもわたしには実力が伴わなかった。それが今の結果よ。考えても仕方ないわね、急に変なことを言ってごめんなさい」


 フローラは、たぶんもしもあった未来に未練があるのだと思う。

 すっぱりと夢を諦めろ、なんて残酷なとは言えない。

 俺も同じ夢を抱いていたし、切磋琢磨し合ったからこそ、抱いていた想いの強さも知っているから。


「私は立場的に大層なことは言えないけど。フローラにとっての聖騎士とは、が重要じゃないのかしら。はいこれ」

「ありがとう、美味しそう――セリナ、どういうこと?」


 スープが出来上がったようで、いつの間にかあった鍋で作られたお椀を手渡され、セリナはフローラへそう問いかける。


「フローラにとっての聖騎士が【聖剣】と契約することなら、少なくともメノウに認められることはないと思う」

「随分と直球で言ってくれるな」

「でも、アレンはもしもフローラが聖騎士になっていたとしても、別の聖剣と契約できていたかもしれない」

「どういうこと?」

「アレンは聖騎士に成ることを目標としていた。けれど、ずっと『誰かのために、誰かが悲しい想いをしないように』、と嘘偽りなく虚勢でもなく馬鹿正直にそう思っているの」


 なんの話が始まったかと思えば、もしかして俺が罵倒される話?

 2人が話しているところに割って入った方がいい?


「つまり――なんて言うのかしらね。聖剣と契約するために必要なのは、力だけではなく意思も必要じゃないのかなって」

「じゃあ、もしもあのとき諦めずに突き進んでいたら、わたしにも【聖剣】と契約する機会はあったかもしれない、とでも言うの?」

「確証はないけれど、昨日初めましてでもアレンとの仲を見たら素敵な出会いがあってもおかしくはなかったと思うわ。だって、アレンの目は節穴ではないもの」


 ねえこれ、本当に俺の尊厳や名誉が傷つけられそうな話じゃないよね? 大丈夫だよね?


「もしも本当にそうであったのなら、わたしは愚かな選択をしたのだな。いいや、そのままそうか。実際に、こうして『力がなかったから』と言い訳して冒険者に身を投じ、信念までも失って生き長らえているのだから」

「それは違うだろ」

「え……」

「俺は、あのときも再開した今も感じていることは変わらない」


 俺の話題で話が進むなら黙認するけど、フローラが目線を下げ、自信を失い過去を否定するのなら口を出す。

 それが、夢を砕いて聖騎士の座についてしまった俺の責任だ。


「『誰かのために』と同じ志を抱き、迷わず他人を優先して行動できていたのを俺は見ていた。その想いが、俺より劣っているなんて思ったことは一度たりともない。」

「……」

「だから自信を持て、とまでは言わない。でも、たった1人で囮になったのも仲間を救うためにやったことなんだろ? だったら、今でも自分の中の正義を貫き通せている証拠じゃないのか?」

「本当、セリナの言う通りね。でもアレン、ごめんなさい」


 目線を上げてくれたのはいいけど、前半と後半で意味が違うような気がしたような。


「わたしはそこまで純粋ではないわよ。少なくとも、助からないとわかって、痛みを味わいながら『これで救われる』と思っていたもの」

「……」

「情けないわよね。助けてもらえなければ、人生からも逃げようとしていたの」

「フローラは昔から、そういう自分を追い込みすぎる悪い癖があるもんな。俺にはわかる」

「え?」


 言い方を間違えるかもしれないが、ハッキリと言う。


「だってそうだろ、決闘に負けたら王都を去るって。変な覚悟を決めすぎなんだよ。覚悟が無駄だったとは言わないけど、もっと俺を頼れよ。仲間だろ」

「……本当の本当に、セリナの言う通りね」

「そうでしょ」

「さっきからなんだよ、そのやりとり」

「私だって直接伝えたのだから、わかりなさいよ」

「わからないって」


 セリナとフローラは、「セリナの言う通り」という言葉だけで目線を合わせて意思疎通を行っている。

 それを理解しろ、と言われてもわからないものはわかないぞ。


「アレンの言う通りね。わたし、まだ体と頭が勝手に『誰かのために』と想って行動しちゃっているみたい」

「今日は町まで行って冒険者登録するんだから、速く食べて出発しよう」

「ええ、そうね」

「――主様! わたくしの分は残っていますかぁ!」


 走り回って気が済んだのか、メノウも戻ってきた。


「食べ終わったら出発だ。フローラ案内は頼んだ」

「うん、任せて」

ここまで読み進めていただき、本当にありがとうございます!


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