第41話 視界の端に
ズドォン!!!
錫杖が振り下ろされる。
だが。
ガァンッ!!!
横から飛び込んできた何かが錫杖を弾いた。
鴉天狗
「っ……!」
砂煙の向こう。
緑色の髪が揺れた。
赤い瞳が、鴉天狗を射抜く。
ルーク
「…………。」
鴉天狗
「ァァァァァッ!!!」
咆哮。
すぐさま錫杖が振り下ろされる。
ガンッ!!
ルークの左脚がそれを受け止めた。
石畳が割れて沈む。
鴉天狗
「……ッ!」
重い一撃。
だが。
カァンッ!!
次の瞬間。
ルークの右脚が跳ね上がった。
錫杖ごと。腕ごと。
鴉天狗を蹴り上げる。
鴉天狗
「ギ…ィ…っ…!!」
身体が浮く。
その隙を逃さない。
ルークの身体が大きく捻られた。
ドォォォン!!!
下から突き上げる回し蹴り。
鴉天狗の顎を捉える。
骨が砕ける音が響いた。
鴉天狗の身体が弾丸のように空へ吹き飛んだ。
ディン
「…………。」
緑色の髪と赤い瞳。
視界の端に映った。
その瞬間。
身体から力が抜けた。
ドサッ……
糸の切れた人形のように、ディンの身体が石畳へ崩れ落ちる。
鴉天狗
「……ッ…ギ…ァ…!」
ルークの蹴りによって吹き飛ばされた鴉天狗の身体が、地面へ叩きつけられる。
鴉天狗の顎は砕け、首と腕は変な方向に曲がっていた。
あれだけの威力で蹴られてもなお、死んでいない。
微かに再生しようとしているのだ。
ルークは迷いなく、地面を蹴った。
鴉天狗の視界が緑色に染まる。
次の瞬間。
ズガァァァン!!!
ルークの踵が鴉天狗の頭部へ振り下ろされた。
石畳ごと頭が潰れる。
ルークの脚に骨が砕け、肉が弾けた感覚が伝う。
ルーク
「……ッ…」
鴉天狗はまだ動こうとしていた。
妖族と言えど、この再生力は異常だ。これだけ大きな損傷を受ければ、再生が止まるはずなのに。
ルークは唇を噛み、もう一度鴉天狗に向かって全体重を乗せた蹴りを叩き込んだ。
鴉天狗の頭部が完全に潰れた。
身体が痙攣し、背中の翼が次第に力無く地面に広がった。
やっと、息絶えたのだろう。
ルーク
「………。」
動かない。もう、再生しない。
数秒見つめてそれを確認する。
ルークはそっと目を逸らした。
そして忘れていた呼吸をする。
いつまで経っても慣れないこの罪悪感に襲われる。
でも、今は。
ルーク
「……ディン…!」
ルークは急いでディンの元へ戻った。
地面に横たわるディンを優しく抱き抱えて日陰に移動した。
ルーク
「ディン!しっかり!!」
ルークは日陰に移動したあと、膝をついてディンを自分に寄りかからせた。
顔色が悪い。呼吸も浅い。呼びかけても反応がない。
ぐったりと身体を預けたまま動かなかった。
ルーク
「ディン!しっかりして!」
ルークがディンの肩を叩く。
ディン
「ゔ…ぅ…」
ルーク
「ディン…!」
ディン
「ゔ…お"ぇ…」
肩が大きく震えた。
次の瞬間。
びちゃっ……
胃の中のものを吐き出す。
ディン
「げっほげほ…はぁ…は……はぁ…」
ルーク
「ゆっくり…ね…ディン」
ディン
「ゔ…」
ルークはディンの肩を持って支える。
せめて逆流しないように。
ディン
「ゔ……っ……」
再び肩が震えた。
ルーク
「ディン?」
ディン
「お”ぇ……っ」
びちゃっ……
ルークは慌てて身体を支えた。
今度はほとんど何も出ない。
胃の中はもう空だった。
ディン
「げほっ……げほ……っ」
呼吸が乱れる。肺が痛い。
頭も割れるように痛かった。
ルーク
「大丈夫。ゆっくり」
肩を支えられる。
ディンはしばらく荒い呼吸を繰り返した。
ようやっと、少しだけ意識が浮上した。
ディン
「……る……く……」
ルーク
「うん…!?どうしたの!?どこか痛い?」
ディン
「……あさ……」
ルーク
「あさ…?」
ディン
「ガーリック……」
ルーク
「え?」
ディン
「……食べた…か…ら…」
ルークは数秒固まった。
ディン
「くさ……い…か…も…ごめ…」
ルーク
「い…今それ?」
ディン
「…………。」
ディンは薄く目を開けた。
焦点が合っていない。それでも真剣だった。
ディン
「……ごめ……」
ルーク
「そんなの気にしないよ…!自分の心配してよ…」
ディン
「……。」
ルークは思わず笑ってしまった。
死にかけているのに。
心配するところがそこなのか。
ルーク
「全然臭くないよ」
ディン
「……うそ……」
ルーク
「本当」
ディン
「…………。だいぶ…ガッツリ食べた…んだ…けど…」
ルーク
「大丈夫だってば。……少し動くよ?」
ディン
「……ん…」
ルークはディンを抱き抱えて水路の方へ移動した。
手を器にしてディンに水を含ませて口を濯がせる。
ディン
「ゔ…お"ぇ…ぅ…ゔ…」
今のディンは水さえ受け付けないようだった。
ルーク
「ゆっくり…少しずつでいいから」
水を含ませるたびに吐き気が込み上げる。
それでも何度か繰り返し、ようやく吐かずに口を濯げたところでやめた。
そして自分の腰布を取ってディンの首に緩く巻きつける。
また嘔吐してしまった時の受けにしたのだ。
ルーク
「少しマシになったかな…。ディン、また動くからね」
そっと抱き上げてできるだけ揺らさないように走った。
ディンはぐったりとしており、ルークに全体重を預けていた。
声をかけても応答がない。でも息はできてる。
ルーク
「(よかった…上手く気絶できたみたい…)」
ディンはこうなってしまうと起きている方が辛いといつも言っていたから。
頭痛も、吐き気も、全部まともに感じてしまうから。
ルークはディンを抱え直した。
ヘスティアを探さなければならない。
ディンの症状を少しでも軽くできるのは、今は彼女だけだった。
ルーク
「待っててね。ディン」
そう呟くと、ルークはディンを抱えたまま走り出した。
『アルスダリアの祈り』第41話を最後まで読んでくださいまして、ありがとうございます。
ディンくん、こうなっちゃうからできれば魔法使いたくないんですよね…




