TRICK 6-2
朝。水無ミヤビは、地下鉄の駅構内で立ち往生していた。
どうやら、人身事故が原因で運転を見合わせているらしく、電車が一向に来る気配がない。
静華灯光学園へは、電車ではこの地下鉄しか手段がなく、バスもあるにはある。そのバスへ振替輸送として利用してほしいと放送が流れており、バスを利用するしかなさそうだ。
復旧の見込みは今の所ないらしい。
このままだと、遅刻確定だ。
仕方がないから、階段を登りバス乗り場へ向かう。
バス乗り場には、大量の人が押し寄せ、長蛇の列ができていた。
《こりゃあ、1時間はかかるな》
ミヤビのハンターフォンから、ブレイクアバター、火炎流星丸の声がした。
「どうして分かる?」
《人の流れと、バスの最大積載でざっと計算してみた》
「たまには役に立つんだな。お前」
《おいっ!! たまにはってなんだたまにはって!!》
「言葉通りだが?」
《めっちゃ役に立ってるだろ毎日毎日!! 昨日だって俺がバイク持ってこなきゃ間に合わなかったかもしれねえし》
「まあそうだな。それは感謝してる」
《お、おう。今日はやけに素直だな》
「まあ。たまにはね。しかしどうしようか」
《こういう時お前あんまりイライラしないんだな》
「どうして?」
《“時間”っつーもんに縛られてんじゃん、こいつら。お前もその中のひとりかと思ってた》
「んー。こればかりはどうしようもないだろ。人身事故だし。そんなことでイライラしてたら意味ないし」
《そんなもんか? 周りとかめっちゃイライラしてそうだが》
「多分、遅刻とかできない人たちなんじゃない。」
《静華灯光学園も同様じゃねえの?遅刻3回で1日欠席とみなされるみたいだし》
「と、思うだろ? 俺も思ってたけど、だいぶ前に藍沢に教えてもらった」
そう言いながら、ミヤビはハンターフォンの中に搭載されている電車アプリを起動した。ミヤビが普段使用している鉄道会社の、最新情報や乗り換え検索が出来る。
しかも、定期区間をハンターフォンに記録しているから、こうしたトラブルがある際、“遅延証明”が自動的に配信される仕組みになっている。
《なんだこれ?》
「アプリだよ。ハンターフォンは静華のシステムと連携してるから、このアプリに遅延証明書が配信された瞬間、静華の出席管理システムと自動連携して、欠席扱いにならない。だから大丈夫」
《へー知らなかったぜ!》
「いや、それお前のほうが知っておくべきなんじゃないか? ずっとここに住んでるわけだし」
ハンターフォンの中に住んでいると等しい火炎は、そんな情報もすでにインプットしていると認識していたが。
《俺はガーディアン倒す以外のことにはあんまり興味ねえからな》
「何を自信満々に」
《ま、バスで行こうぜバスで》
しかし、今日の火炎はなんだか楽しそうだ。
こいつも、機嫌のいい時があるのだなとミヤビは思いつつ、列に並んだ。
「おはよ、ミヤビ君」
肩をぽん。と叩いたその女の声で、すぐ黒崎だとわかった。黒崎だ。
ライダースジャケットに、ジーンズ。
女子大学生にしては、大人びて見える。
「おはようございます」
「いやー大変だよね。私1限からだったけど、かなり遅れていくことになりそうかな」
そういえば、一緒に住んでいるにもかかわらず、通学場面で一緒の時間帯に行くことになることは、初めてかもしれないとミヤビは思った。
数日顔を合わせていないだけで、かなり久しぶりな気がしてくる。
それだけ、黒崎の存在感が大きいということなのだろうか。
「最近どう? 彼女できた?」
「いえ」
「つまんないのー。目当ての子とかすぐとられちゃうぞ?」
「いないですから」
「ええー? 藍沢って子は~?」
「そんなんじゃないって」
「かわいいのに?」
「というか、なんでそんなに藍沢推しなんですか」
「かわいいから」
「美人なのは認めますけど」
「おっ、タイプってこと?」
「……」
「かわいいなぁ少年。お姉さんはうれしいぞ♪」
「何が嬉しいんですか」
「いやあ、青春だなって」
「意味わかんないですから」
「にひひ」
しかし、黒崎の顔。
誰かに、似ている気がする。
そういえば、妹がいると言っていたが、妹をどこかで見たことがあるのだろうか。
妹の名前を聞くのも変だし、ミヤビは心の中でとどめておいた。
駅の前の大きなスクリーンに、藍沢エレクトロニクスの経理職員死亡事件のワイドショーが流れていた。
捜査の進展は、未だ無いようだ。
よく知らないコメンテーターが、ぺらぺらと藍沢財閥の闇だとか、不正の事件とか、場をつなぐコメントを言っている。
普通にニュースであれば、起きた事実を言ってくれるのだが。
ワイドショーとかは、その事実を独自の解釈で話してくる。
その分野に専門的な人が話せば、なんとなくそういうことなんだろうって思うけど、でっっち上げで適当なことを言っているのを聞くと、なんだかイライラする。
けどそれはワイドショーに限ったことではなく、ネットだってそうだ。
厄介なのは、ネットでもワイドショーでも、その拡散力が強い人ほど、嘘だろうが本当だろうが、みんなは事実と受け止める。
ミヤビは一瞬だけワイドショーのディスプレイを見て、そらした。
「そういえば、バイクの調子はどう?」
「順調ですよ。やっぱ最新型は違います」
「いいね。やっぱメンテナンスとかちょくちょくしてる感じ? ガレージにグッズが増えてるから」
「はい」
チェーンメンテナンス用のグッズとか、洗車道具とかを置いているからだろう。
「いいね。モノを大事にしておく系男子」
「なんですかそれ。まあ、好きなだけですし」
親父がくれたプレゼントでもあるから。という理由もあるけれど。
「ミヤビくんのバイクってレーサーレプリカだけどさ、ああいうのが好きな感じ?」
黒崎からそんな言葉が出るとは思わなかった。
この人は、バイク分野に詳しいのだろうか。
レーサーレプリカ。
所謂バイクレースとかで使われるような、バイクの種類。
今はスーパースポーツという名称の方がメジャーだろうか。
「はい」
「あれって排気量ってどれくらいなの?」
「400ですよ」
ミヤビの年齢では、大型免許に乗れないわけだから、親父がそのことを考慮して400ccにしたのだろう。
16歳から取れる中型二輪免許は、400ccまでOKで、それ以上は大型二輪免許。確か18歳から取れたはずだ。
しかし、400ccの最新モデルをベースにしてあるが、いたるところで改造してあり、フルカスタムとなっていて、同じ型のバイクを知っている人からすれば、ベースモデルとなったバイクから、あのバイクになったというと驚かれるかもしれない。
「そうなんだ。私もバイク乗りたいな」
「免許はあるんですか?」
「あるよ。ピザ屋のアルバイトしてたことあるし」
「そうなんですか」
「うん。通学でバイク使えると最高だよね」
「ですね……こんな日にも行けるし」
「あ、そういえば私こっち方面じゃなくて別の乗り場だった……じゃあねミヤビくん!」
「お疲れ様です」
《元気だよなあの女》
「うん」
黒崎と別れ、1時間遅れで学校についた。
静華の生徒は殆ど遅延に巻き込まれたようだ。
入り口でハンターフォンをかざし、校内へ。
理科室へは、放課後に行くことにしよう。
教室にたどり着くと、空席が目立つ中に、藍沢は自習をしていた。
ミヤビに気付いたようで、挨拶をする。
「おはよう」
「おはよ。元気?」
「体調はね。昨日の今日でいろいろありすぎて気持ちの整理はできてないけれど」
「そうか」
「今日、帰る前に理科室で調査して、その後事務所へ向かうのよね」
「ああ。別に落ち着いてからでもいいけど」
「いえ、多分、これは早めに解決しないといけない問題だと思うから」
「“藍沢”の問題か?」
「ええ。躊躇していたら他の犠牲者が出るかもしれない。その前に私に出来ることがあればやっておきたい。あなたの手助けや、この事件の調査に力を貸すことが私の立ち位置なら、尚更ね」
「……わかった」
そう言いながらも、藍沢の手は少し震えていた。




