TRICK 6-1
藍沢美月は、目を覚ました。
あたりを見渡すと、照明の消えた電車の中に。
いつの間にか、乗っていたようだ。
「あれ、私・・・・・」
何か忘れている気がする。
ましてや、この電車に乗っている理由すら、わからない。
いつも乗っている、電車とは違う感覚。
外は真っ暗で、街の明かりすら見えない。
それに、車内の人々はそれに動じず、スマホの明るい画面をただ凝視している。
「すみません、今何が起きてるんですか?」
「・・・・・」
乗客は、美月の問いかけに反応しない。
それどころか、声に気づいていない。
怖くなって、席を立つ。何か変だ。
美月はそう思って、車両を前の車両に変える。
寝過ぎたのだろうか。頭が痛い。
前の車両に移動すると、さっきより意識がはっきりとしてきた。
一つ、気づいたことがある。
この電車、止まっているのだ。
意識がはっきりして、音がしなくて、外の景色が動いていないし、動いている感覚もしないから、多分そうだ。
何か、事故に巻き込まれたのだろうか。
美月は考える。
乗客が問いかけに反応しないのであれば、運転室や車掌室に行けば、状況がわかるかもしれない。
前か後ろか。進行方向がわからなかったから、とにかく美月はただ前に進むことにした。
車両を変えるごとに、同じように問いかけても、誰もなにも反応しない。
ただただ、暗い車内で、皆うつむきながら画面を見つめているだけだ。
そして、一番前方の車両にたどり着く。美月は運転室の人間を確認しようと、ガラスをのぞき込む。
そこには、ちゃんと運転手がいて、指さし確認をしていた。
しかし、その手はまっすぐ延びたまま、微動だにしていない。
美月が声をかけても、その運転手はなにも反応しない。
疑問が、確信に変わった。
乗客が反応しないのではない。
電車が止まっているわけではない。
時間が、自分以外の時間が、止まっているのだ。
そうとしか、今体験している現象を表現できない。
「信じられないわ・・・・・」
彼を呼ばなくちゃ。
何か、悪い予感がする。
そう美月は感じて、ハンターフォンを取り出す。
その瞬間だった。
<Peeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee>
「モスキートノイズ!?」
この音は、やばい。
美月のハンターフォンは、画面が赤く光っていた。
乗客のスマートフォンや車内広告、運転台の画面など、ありとあらゆる”画面”が赤く光って、それぞれのスマートフォンから、モスキート音を発している。
画面はただ赤いだけではなく、血の色に似た液体がこぼれ始め、床に垂れ落ちる。
そして、獣臭い臭い。
これは、間違いない。ガーディアンが来る。
「呼ばなきゃ、呼ばなきゃ・・・・・」
<ミツキ。アイザワ・ミツキ・・・・・>
どこからともなく、不気味な声が聞こえてくる。
<アナタハナニモシラナイ。シラナイ。ノウノウトイキテイル。ワタシニハソレガニクイ>
低めの機械音声。美月は動揺した。
<ニクイ。憎い。憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い>
憎い。という言葉を発する度に、電車が大きく揺れ、赤い画面から多数の手が這いずり出てくる。
<オノレノタチバモシラナイデ>
<ナゼオマエガ”アイザワ”ナノカ!!>
美月は、憎悪むき出しのその声に、さっきまで恐怖していたが、その言葉を聞いた瞬間、ふと我に返る。
いつもの風景。
とはいっても、部屋を変えたので天井は少し違うが。
久しぶりに、悪夢を見た。
というより、夢でよかった気がする。
「夢だったのね」
昨日、ガーディアンに殺されかけそうになったから、余計だろう。
目覚めの悪い朝に、夢の中の怪物にとびきりの憎悪を向けられたのだ。しかし、夢の途中まで恐怖を感じていたのに、怪物の最後の言葉が気になった。
ーー何故お前が、藍沢なのか。




