TRICK 5-4
「しかし、もう、大丈夫なのか」
モーター音が鳴り響く車内で、二ノ宮が声をかける。
やはり、電気自動車だけあって、音は静かだ。
「何がです?」
聞いていることの内容はおおよそ検討ついていたが、あえて聞いた。
「いや、努さんのことだが」
車は、首都高に乗り、静華灯光学園のある港区へ。
首都高は、思った以上に複雑な構造をしていた。
出口・入口が左右に別れ、カーブも多い上に高低差もある。
よく事故が起きているニュースを転校前に聞いていたけれど、こんな複雑な構造をしているのなら、事故が起きやすくなっていても不思議ではない。
そんな事を考えていた時に、二ノ宮の質問。
その大丈夫はたぶん、自分を心配してくれた一言だろう。
「大丈夫……といったら嘘になりますけど、知りたいんです」
知りたい。
それは本当に変わらない。
親父が死んだ原因。あの、白いガーディアン。
Version Final.
それに繋がる手掛かりがあるのであれば、知りたいんだ。
じゃないと、ちゃんと納得できない。
事実は起きていても、それをちゃんと、納得しないと、落ち着かないのだ。
だから悲しみよりも、どちらかといえば気持ちの整理がつかない状態に近いのかも知れない。
「そうか。なら、いい」
親父がいなくなって、二ノ宮さんが保護者代わりになるわけで。
あまり迷惑にならないようにしなければと、ミヤビは思った。
ふと、ポッケのハンターフォンが震える。
藍沢から、着信だ。
なにかあったのだろうか。
「……もしもし」
『夜分にごめんなさい。今、大丈夫?』
藍沢の声が、普段と違うような、そんな違和感。
少し震えている。
なにか、あったのだろうか。
二ノ宮も電話の相手に気付いたようで、頷いた。
「ああ。どうしたんだ?」
『本当なら、明日話しても良かったんだけれど、今話したくて』
「うん」
『実は私、な、なに……嘘……』
急に、電話の声が遠くなる。
藍沢がなにか言おうとした矢先。
電話の向こうで何かが起きたようで、藍沢が驚いた声を上げた。
『Peeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee……』
モスキート・ノイズ。
電話口から聞いたのは初めてだ。
ミヤビはその瞬間、マズイことが起きていると認識した。
*
少し前。藍沢美月は、調べ物をしていた。
今回の事件の記事について。今、父が葬儀へ向かった、従業員について。
事件の概要は、こうだ。
横浜にある、藍沢エレクトロニクス川崎工場に勤務の経理職員が、夜勤勤務中に首を絞められて死んでいた。
その日、その時間は、その経理職員しかおらず、セキュリティキーの入退室履歴にも掲載されていない。しかし警察の調べでは、自殺のような痕跡もなく、他殺の可能性が高いとの事。
死亡したのは女性で、名前は滝本冬美。入社して1年も間もない、若手社員だ。
被害者のPCのディスプレイが割れており、割れていたディスプレイと、被害者の死には、直接的なつながりはないと書かれている。
(だけど、これって・・・・・)
美月は、ガーディアンによるものだとなんとなく感じていた。画面が割れていたことに結びつけるのもいささか短絡的だが、誰も入退室した経緯がなく、不審な死とあれば、それを疑わざるを得ない。
しかし、手がかりがない。
メディアに出ている情報だけでは、結びつくことができない。
―――これを、調査しろ。
ガーディアンsim、藍沢エレクトロニクスのロゴ。
それを渡されたタイミングで、この死亡事故。
会社のシステムにはもちろん、会社の従業員でしかアクセスできない。それが家族であってもだ。それは当たり前のことであり、もちろん藍沢美月も例外ではない。社長令嬢である彼女であっても、藍沢グループの従業員ではない訳だから、調べることはできない。
父もガードは堅く、家にPCは持ち込んだことがない。それくいらい、藍沢はセキュリティで守られているのだ。
だから、調査しろといっても限界はある。
会社のシステムにアクセスすれば、このガーディアンsimだって、亡くなった従業員だって、容易似調べることは可能だ。
けれど、それができない今、自分にできることがわからない。
――ダッタラ、ツカエ。チカラヲツカエ。
「な、何!?」
突如聞こえた、不気味な声。直接脳に語りかけてくるようだ。小説でよく、そのような表現を聞いたことがあるけれど、まさにこういう事なのだと美月は初めて体感した。
声の主は、ガーディアンsimだ。
ガーディアンを操る、ガーディナイザーになれと言うのか。美月は不気味さとともに、恐怖を感じた。一瞬声に操られ、ハンターフォンにそのsimを差そうとした矢先、ふっと我に返り、ガーディアンsimを投げた。
「……やっぱり、専門家にちゃんと相談すべきよね」
これは、危険だ。ガーディアンsimは、近くにあるだけで、おかしくなる。
藍沢の事件といい、このsimといい、水無に、二ノ宮に、相談してみよう。
自分にとって何が出来るのか、考えながら動いてみた
が、まずは何をすればいいのかわからないし、リスクもある。
だから、そんなときこそ、頼る必要がある。
美月は、充電していたハンターフォンを取り出し、水無に電話をかけた。
『もしもし』
「夜分にごめんなさい。今、大丈夫?」
声を出した瞬間、自分がかなり動揺していることに気がついた。声が、震えているのだ。
こんなこと、かつてあっただろうか。
『ああ、どうしたんだ?』
「本当なら、明日話しても良かったんだけれど、今話したくて」
そう、今、話さないといけない。
こんなもの、早く手放してしまいたい。
自分自身を落ち着かせるためにも。
『うん』
「実は私、」
言いかけたそのとき、違和感。
その違和感は、品川でも、茨城の研究所でも、感じた違和感。
突如、美月のPCが赤い画面に。
「な、何……? 嘘……」
「Peeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee……」
モスキート・ノイズ。
ガーディアンが来る合図。
『藍沢?どうした?』
画面から、這いずりだす怪物の手。赤い液体を垂れ流しながら、不気味な手が出てくる。間違いなく、ガーディアンだ。
《ナゼ……ツカワナイ? チカラヲナゼツカワナイ?》
低くうねるような声で、美月に話しかける。
恐らく、自分がガーディアンsimを使わなかったことで、現れたのだろう。
この腕の意図は、それだ。
「何の事よ」
苦しい。
首を捕まれることが、こんなに苦しいなんて。
息が、出来ない。
『藍沢? おい、大丈夫か!?』
「水無君、ガーディアンよ」
『!? すぐ向かう、場所は!?』
「私の、家……」
場所だけ伝えた瞬間、ハンターフォンを手から落とし、ガーディアンが掴む自分の首を無理やり剥がそうとする。しかし、びくともしない。
このまま、こいつに首を絞められて、死んでしまうのだろうか。
水無には伝えた。
後は早く来てくれることを祈るばかりだ。
そう思った瞬間、美月は意識を失った。




