第二話 首席と最下位
入学試験から三日後。
天城学園中央広場。
朝の光がガラス張りの建物に反射し、広場全体が淡く白く染まっていた。
その中心に、巨大なホログラムモニターが浮かんでいる。
新入生の成績発表。
周囲にはすでに多くの生徒が集まり、緊張と期待が混ざった空気が漂っていた。
⸻
「今年の首席、誰だと思う?」
「九条じゃね?あの試験やばかったし」
「でも他にも化け物いたろ」
そんな声が飛び交う中、
神代玲司は少し離れたベンチに座っていた。
缶コーヒーを開ける。
特に興味があるわけではない。
ただ、結果はもう分かっていた。
あの試験で自分が全力を出していないことも。
だから評価が低いのも当然だ。
それだけの話だ。
⸻
モニターが点灯する。
空気が一瞬だけ静まる。
そして順位が流れ始めた。
⸻
「おい……出たぞ」
「一位……九条アリス」
一瞬、広場の空気が変わる。
納得と驚きが同時に広がる。
「まあ、そりゃそうだよな」
「あの試験見てたらな」
玲司はモニターを見上げた。
九条アリス。
あの銀色の髪の少女。
停止した世界で、ただ一人動いていた存在。
『やっと会えた』
意味の分からない言葉。
だが、なぜか頭から離れない。
⸻
「うおおおおお!!」
突然、背後から大声が響いた。
玲司は思わず振り返る。
茶色の髪の少年が、全身で喜びを爆発させていた。
「Aランクだ!!やったぁぁ!!」
周囲の視線を気にする様子もない。
むしろ誇らしげですらある。
玲司は少しだけ目を細めた。
ああいうタイプは苦手だ。
騒がしい。
距離が近い。
そして、たぶん面倒だ。
⸻
「おい!」
予想通りだった。
少年はまっすぐこちらへ走ってくる。
玲司は缶コーヒーを口に運びながら、視線だけ向ける。
逃げるのも面倒だ。
⸻
「神代玲司だよな!」
「そうだが」
「俺、霧島隼人!」
差し出された手はやけに力強かった。
初対面の距離感ではない。
玲司はその手を見下ろす。
⸻
「友達になろうぜ!」
一瞬、間が空く。
玲司の中で判断は早い。
不要。
面倒。
継続コストが高い。
⸻
「嫌だ」
即答だった。
⸻
隼人の動きが止まる。
笑顔のまま、数秒フリーズする。
「……え?」
聞き間違いを疑っている顔だ。
玲司は缶コーヒーを飲む。
⸻
「いや、今の流れで断る!?」
「面倒だからだ」
「理由それ!?」
隼人は頭を抱えかけるが、すぐに顔を上げる。
なぜか笑っていた。
⸻
「お前、面白いな」
玲司は少しだけ違和感を覚えた。
普通ならここで終わるはずだ。
距離を取るか、怒るか、どちらか。
だがこの少年は違う。
⸻
「友達になれなくてもいいけどさ」
隼人は隣に座る。
勝手に。
「俺はお前のこと気に入った」
「そうか」
「軽いな反応」
「興味がない」
「それ言うとこまでセットかよ」
⸻
その時だった。
空気が少しざわつく。
人の流れが自然と割れていく。
玲司は視線を上げた。
⸻
銀色の髪。
青い瞳。
九条アリス。
⸻
周囲の空気が変わる。
誰もが無意識に距離を取る。
彼女はそれを気にする様子もなく歩いてくる。
一直線に。
玲司の前で止まる。
⸻
隼人が小さく息をのむ。
「うわ……マジで来た」
⸻
アリスは玲司を見た。
しばらく黙っている。
まるで確認しているようだった。
そして静かに言う。
⸻
「神代玲司」
「なんだ」
少し間。
⸻
「友達になって」
⸻
隼人の表情が固まる。
さっきの自分と同じだ、と玲司はどこか他人事のように思った。
⸻
「嫌だ」
再び即答。
⸻
アリスは一瞬だけ目を瞬かせる。
理解できない、というより「想定外」という顔だ。
そして小さく首を傾げる。
⸻
「なぜ?」
玲司は少し考えてから答える。
⸻
「知らないからだ」
アリスはその言葉を反芻するように沈黙する。
数秒後。
⸻
「では知ればいい」
「ならなくていい」
「理解不能」
⸻
その言葉を、アリスは本当に理解できない様子で呟いた。
⸻
隼人が小さく笑う。
「お前ら、面白すぎだろ」
誰もその言葉の意味を正確には理解していない。
だがその場の空気だけが、少しだけ変わっていた。
⸻
玲司は気付いていない。
この日から、自分の日常が静かに壊れ始めていることに。




