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神殺しの演算者  作者: 夜桜
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第一話 停止した世界

四月。


統合学術都市・天城。


春だというのに、空気にはまだ少しだけ冷たさが残っていた。


天城学園第一演習場には、朝から大勢の受験生が集まっている。


能力者育成機関として世界最高峰を誇る天城学園。


その入学試験の日だった。


観客席では保護者たちが見守り、演習場の上空では監視ドローンが静かに飛行している。


張り詰めた空気。


期待と緊張が入り混じった独特の熱気。


だが、その空気から完全に浮いている少年が一人だけいた。


神代玲司。


十六歳。


彼は会場の隅に設置されたベンチに腰掛け、本を読んでいた。


周囲では受験生たちが最後の確認に余念がない。


能力の調整。


情報交換。


緊張した表情。


だが玲司には関係なかった。


試験に落ちるつもりはない。


かと言って、上位を狙う気もない。


適当に合格する。


それが理想だった。


目立つのは面倒だ。


期待されるのも面倒だ。


そもそも、能力者としての将来に特別な夢があるわけでもない。


だから必要以上の評価はいらない。


それだけだった。


「受験番号1037番。準備をお願いします」


場内アナウンスが響く。


玲司は本を閉じた。


しおりを挟み、立ち上がる。


読んでいたのは推理小説だ。


ちょうど犯人が分かる直前だった。


少し残念である。


試験よりそっちの続きの方が気になった。


演習場の中央へ向かいながら、玲司は小さく息を吐いた。


周囲の視線が集まる。


毎年、天城学園の試験は中継される。


だから受験生たちは皆、必要以上に気合いが入っている。


玲司には理解できなかった。


結果が全てなら、緊張しても意味はない。


むしろ疲れるだけだろう。


演算測定装置の前に立つ。


試験官が事務的な口調で告げた。


「能力を発動してください」


玲司は装置を見つめる。


さて、どの程度手を抜くべきか。


考えていた、その時だった。


不意に。


世界から音が消えた。


歓声が途切れる。


風が止まる。


空気が凍りつく。


違和感に顔を上げた。


試験官が動かない。


観客席の人々も動かない。


上空のドローンすら静止していた。


まるで誰かが世界そのものに一時停止ボタンを押したようだった。


玲司は周囲を見渡す。


驚きはない。


初めてではなかったからだ。


いつからだったか覚えていない。


気付いた時には、時々こういうことが起きていた。


原因は分からない。


理由も分からない。


ただ一つ分かるのは。


この止まった世界の中で、自分だけが動けるということだった。


「またか」


小さく呟く。


誰も聞いていない。


聞ける人間もいない。


玲司は肩をすくめた。


正直、面倒だった。


原因が分からない現象というのは、それだけで落ち着かない。


その時だった。


コツ。


静寂の中で足音が響いた。


玲司は顔を上げる。


一瞬、自分の耳がおかしくなったのかと思った。


足音が聞こえるはずがない。


この世界で動けるのは、自分だけなのだから。


コツ。


コツ。


階段を下りてくる人影が見えた。


銀色の髪。


白い肌。


青い瞳。


少女だった。


玲司は思わず目を細める。


初めてだった。


この世界で、自分以外に動いている人間を見るのは。


少女は迷いなく歩いてくる。


まるで最初から玲司を探していたかのように。


やがて数歩先で立ち止まった。


青い瞳が玲司を見上げる。


不思議な目だった。


見られている気がしない。


観測されている。


そんな感覚に近かった。


居心地が悪い。


初対面の相手に抱く感想ではないが、玲司の正直な感想だった。


少女はしばらく玲司を見つめていた。


やがて。


小さく息を吐く。


どこか安心したように。


長い間探していたものを見つけたように。


そして微笑んだ。


その表情を見た瞬間。


玲司は妙な違和感を覚えた。


初対面のはずなのに。


その笑顔は、自分に向けられることをずっと待っていたように見えたからだ。


少女が口を開く。


「やっと会えた」


次の瞬間。


世界が動き出した。


歓声。


ざわめき。


風の音。


止まっていた全てが一斉に戻る。


玲司は反射的に観客席を見上げた。


だが、そこにはもう誰もいなかった。


ただ一人。


自分だけが取り残されたような感覚だけが残る。


「受験番号1037番?」


試験官の声が聞こえる。


玲司は視線を前へ戻した。


試験は続いている。


誰も異変に気付いていない。


当然だ。


起きたことが現実だったのかどうかさえ、自分には分からないのだから。


だが。


『やっと会えた』


その言葉だけは妙に耳に残っていた。


まるでずっと前から知っていた言葉みたいに。


理由は分からない。


分からないが――


少しだけ気になった。


それが、神代玲司と九条アリスの出会いだった。

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