2-5 開会式
「「「ミルルーーーーーーーーーーン!!!!!!」」」
一千万人の絶叫が、巨大な闘技場を内側から揺さぶった。声というより、衝撃だった。
幾重にも積み重なった観覧席から押し寄せる音圧が、空気を震わせ、足元の石床を低く鳴らす。遠く離れた観客一人一人の声など聞き分けられる筈もない。それでも全員が同じ名前を叫べば、それは嵐に近い現象へ変わる。
『みんなありがとー!!!』
その熱狂の中心――円形、厳密には楕円形をした〈天上天下闘技場〉のアリーナに、一人の女が出現した。
ラベンダー色のウェーブがかった長い髪。彼女はアリーナ中央に鎮座する女神像――〈翔翼ノ女神像〉の前へ立つと、満面の笑みで裏ピースを掲げた。
『司会は私!!インターネットアイドルの見来未流流こと、ミルルンでーす☆よろしくーっ!!』
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
またしても、観客席が爆発する。
紫色の髪を揺らしながら手を振る彼女は、遠目には生身の人間と区別がつかない。
だが目を凝らせば、輪郭の端に僅かな光の粒子が走っている。衣服の表面にも、時折デジタルノイズに似た揺らぎが浮かんだ。
精巧な立体ホログラム。実体を持たない彼女は、それでも一千万人の視線と、世界中の視聴者の熱狂を完全に掌握していた。
『四十八万人の!!人生を懸けた戦い――〈極皇杯〉!!SSNSの世界トレンドはもちろん一位!!さあ!!皆さん、心の準備はできていますか!?』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
「「「ミルルーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!」」」
――動画配信サイト、「NewTube」。
見来未流流――通称・ミルルンは、そこを拠点として活動する、二一一〇年を代表するバーチャルNewTuber。旧世界で言うところの、VTuberらしい。
「ふおおお……!!生ミルルンですぞ!!!あの犇朽葉氏と同じ事務所の!」
隣に座る拓生が、興奮の余り、鼻息を荒くしている。
「本物ですーっ!」
——ホログラムに本物もクソもあるのだろうか。
ミルルンはマイクを握り、一千万人で埋め尽くされた観覧席を、上半身ごと大きく回しながら見渡した。
『皆さん準備はバッチリのようですね!!!では開会式!!!まずは!!!〈極皇杯〉の会場となる、ここ!!!〈天上天下闘技場〉や異能バトルのメッカ・〈王手街エリア〉はこの国から生まれた!!!』
一区切りごとに、観客の期待が膨れ上がる。
『〈日出国ジパング〉の女王!!!杠葉菰様より御挨拶と開会宣言です!!!!』
ミルルンが、真冬の青空へ片手を掲げた。
一千万人の観客が示し合わせたように顔を上げる。
俺も視線を追った。
闘技場の遥か上空。陽光を背負い、一人の女が浮かんでいた。
「おォ!女王様のご登場かァ!」
重力すら彼女へ傅いているようだった。
女は空中を、ふわり、ふわりと降りてくる。緑と黄緑を基調とした衣装は、中国神話に登場する仙女を思わせる。両肩から伸びた白い布は風を受けて優雅に波打ち、まさしく「天女の羽衣」としか形容出来なかった。長い黒髪が、冬の日差しを受けて艶やかに輝く。
――杠葉菰。世界八国の一角、〈日出国ジパング〉を統治する女王。槐と樒――〈十傑〉・第十席に座する杠葉姉妹の実姉でもある。
まだ一言も発していない。それにも関わらず、その姿を視界へ入れただけで空気が変わった。強者が放つ威圧感とはまた違う。何億もの人間の人生に決断を下し、一国の未来を背負い続けてきた者だけが纏える、統治者の重圧だった。
絶世の美女。〈十傑〉にも引けを取らない存在感。この巨大国家の頂点へ立つ器を、否応なく理解させられる。
杠葉菰は羽衣を風に遊ばせながら、音もなくアリーナへ着地した。懐からマイクを取り出す。
先程まで狂乱に近い歓声を上げていた観客達が、次々と口を閉ざしていく。静かにするよう命じられたわけではない。誰もが彼女の次の一言を聞き逃すまいと、自然に息を潜めたのだ。
『皆の者。妾は、紹介に預かった〈日出国ジパング〉の王――杠葉菰じゃ』
広大な闘技場へ、落ち着いた声音が染み渡る。
『まずはこうして、今年も無事に〈極皇杯〉が開催されることを、とても嬉しく思うのじゃ』
「フラン、あの人は杠葉姉妹――槐と樒のお姉さんだぞ」
「えらいひと?」
「そうだな。〈十傑〉と同じくらい偉い人だ」
「おー」
フランはわかっているのかいないのか、小さく感嘆の声を漏らした。
『こうして今年も〈極皇杯〉が開催できるのも普段の皆の働きがあってこそ。〈日出国ジパング〉の女王として其方らに深い感謝を申し上げるのじゃ』
杠葉菰の語り口は、決して大仰ではない。淡々としている。それでいて、一語一語には誰にも遮らせない品格が宿っていた。
『本日と明日の二日間に渡って開催される第十回〈極皇杯〉――其方ら四十八万人の健闘を祈り、妾からの挨拶とするのじゃ』
気付けば、闘技場上空には幾つもの巨大ホログラムディスプレイが展開されていた。空へ浮かぶ大型マルチビジョンには、杠葉菰の姿がリアルタイムで映し出されている。
画面右側では、内容を読み取れないほどの速度で視聴者コメントが流れていた。左上には同時視聴者数。十億人を超えている。世界人口は約十一億人。
この闘技場へ来場している観客や出場者まで含めれば、開会式の時点で世界人口の九割五分以上が、この光景を見届けている計算になる。
同じ時刻。世界中の街から人が消え、家庭や酒場や大型モニターの前へ、人々が集まっているのだろう。改めて、〈極皇杯〉という大会の異常さを思い知らされる。
『さて皆の者、準備はよろしいか?』
静寂へ投じられた女王の問い。
その瞬間、一千万人の熱狂が再び解き放たれた。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!」」」
「「「菰様ぁーーーーーーーーーーーーー!!!!」」」
空気が震えた。
杠葉菰は一度だけ観覧席全体を見渡し、満足そうに頷く。
『其方ら!研鑽を示せ!』
羽衣が、大きく翻る。
『第十回〈極皇杯〉、此処に開会するのじゃ!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
拍手喝采。立ち上がる観客。振られる旗。打ち鳴らされる無数の足。一千万人分の祝祭が、巨大な渦となって冬空へ昇っていく。
杠葉菰は優雅に会釈すると、アリーナ外周に設けられた通路へ歩いていった。
その背中を見送ったミルルンが、すぐさま司会へ戻る。
『〈日出国ジパング〉・女王!!!杠葉菰様による御挨拶と開会宣言でした!!!ありがとうございました!!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
女王が消えた通路の暗がりに、別の人影が見えた。通り過ぎる杠葉菰へ、深く頭を垂れている。
黒い燕尾服。端正な顔立ち。清潔感のある短い黒髪。杠葉家に仕える執事――黒崎影丸だ。
――〈十傑〉の杠葉姉妹に仕えているのだから、その姉である女王に仕えているのも当然か。
「――ボス!拓生ォ!ハズレェ!すげェ盛り上がりだなァ!」
「そうですな!師匠と銃霆音氏が戦ったEMBの決勝を思い出しますな!」
「テンション上がってきましたーっ!」
「これが……〈極皇杯〉か……」
俺が戦う大会。世界中へ優勝を宣言した舞台。
これ程の熱狂を目の当たりにすると、胸の奥に埋め込まれた〈犠牲ノ心臓〉が存在を主張するように脈打った。
『さあ!会場の熱も最高潮ですが!!!続いては!!!〈十傑〉を代表して、〈十傑〉・第一席の皇世王様からも御言葉をいただきたいと思います!では皇様!お願いします!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
「皇様ー!!!」
「すげえ!初の〈十傑〉勢揃いだ!」
俺達の座る出場者観覧席、その真向かい。一般席とは明確に隔てられた一角に、十一脚の玉座が横一列に並んでいた。
その中央に座るのは、鮮やかな赤髪を持つ男。色町のホストを思わせる派手な赤いスーツ。その上から、縁へ白い毛皮を施した黒いクロークを羽織っている。頭には、小ぶりな白い王冠。整い過ぎた顔立ちと、白く長い睫毛。
――〈十傑〉・第一席、皇世王。
この新世界における、人類最強の男。
〈十傑〉が全員、神の名を冠する神話級ユニークスキルを持つことは、ネットで調べて把握している。当然、その頂点に立つ皇も例外ではない。
皇が玉座から立ち上がる。
それに合わせ、残る〈十傑〉も一斉に立ち上がった。
天音。
陽奈乃。
雷霧。
師匠。
飛車角さん。
徒然草。
噴下さん。
涙ちゃん。
杠葉姉妹。
新世界の頂点に君臨する十一人が、一列に並ぶ。ただ立っているだけだった。だが、遠く離れた出場者席にまで、密度の異なる空気が届く。
個性も、体格も、服装も、立ち方さえ統一されていない。それでも全員が、その一人だけで国家戦力と呼べる怪物だった。
「おォ!姉御に陽奈乃ォ!」
「涙女史もいますな!」
「飛車角センパイっ!」
「おねえたまたちだ!」
皇はマイクを手に取った。赤い毛先が、上空を吹き抜ける風に揺れる。
『こんにちは。〈十傑〉・第一席の皇だ』
穏やかな第一声。声を張り上げた訳ではない。
それでも観衆は、先ほど女王を迎えた時と同じように静まり返った。
皇の声音には、人の意識を自然に引き寄せる不可思議な力がある。
『昨年の〈極皇杯〉優勝者が、その後どのような道を歩んだかは、皆も知ってくれていると思う。彼が〈十傑〉へ加入してからの活躍は、実に目覚ましいものだったね』
皇の視線が、隣へ向く。
話題の当人は、いつもの黒いパーカー姿だった。編み上げたコーンロウ。側頭部へ走る、稲妻形のブロンドメッシュ。歯を見せれば、銀色のグリルが覗く。
〈十傑〉・第八席――銃霆音雷霧。
雷霧は懐から、見覚えのあるダイナミックマイクを取り出した。〈|Babylon Ω‐58《バビロンオメガゴッパチ》〉。俺との異能バトルでも使用した、奴の愛用武器だ。
『ま、なんだ♪〈極皇杯〉に人生懸けてる奴も沢山いるだろーし、それぞれ叶えたい願いもあんだろ♪』
銀色のグリルを覗かせ、雷霧が笑う。
『「優勝すればどんな願いでも叶えられる」――フェイクでも誇張でもねえ♪大マジだ♪でもそんなことよ、オレは知ったこっちゃねーんだよ♪』
観客が、次の言葉を待つ。
雷霧は四十八万人の出場者を煽るように、マイクを持たない手を広げた。
『――最後まで立っていた一人が勝者だ♪Are you OK?』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
単純な言葉。だが昨年、四十万人を超える参加者の頂点へ実際に立った男が口にすれば、重みが違う。
最後まで立つ。この大会では、それが比喩ではない。四十八万人のうち、四十七万九千九百九十九人は、一度殺される。
雷霧は皇へ視線を送り、マイクを下げた。
皇は小さく頷く。
『皆の活躍を期待しているよ。今日まで積み重ねてきた成果を、余すことなく出し切ってほしい』
皇の視線が、出場者観覧席をゆっくりと擦る。一瞬だけ、俺と目が合ったような気がした。
『僕たち〈十傑〉も、最後まで見届けさせてもらう』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
「すげェ人気だなァ!姉御も陽奈乃もよォ!」
「同じクランに所属していると感覚が麻痺しますが……流石〈十傑〉ですな……」
大歓声の中、天音は右足を斜め後ろへ引き、左膝を軽く曲げた。メイド服のスカートの裾を指先で摘み、優雅に一礼する。
隣の杠葉槐も、淀みのないカーテシーを披露した。
樒は一拍遅れ、おどおどしながら小さく頭を下げる。
陽奈乃と涙ちゃんは、観客へ大きく手を振っていた。巨大ディスプレイへ二人の顔が映る度、観客席の一角から一際大きな歓声が上がる。
軈て〈十傑〉の面々は、再び玉座へ腰掛けた。
一人――第九席、漣漣漣涙だけを残して。
「あァ?なんだァ?」
竜歌の疑問とほぼ同時だった。
アリーナの大地が、低く鳴った。
次の瞬間。
地面から、途方もない量の水が噴き上がる。
「うおっ……!」
巨大な水柱が、闘技場上空へ向かって伸びた。陽光を透過した水が青く煌めき、頂点で轟音と共に弾ける。無数の水滴が空へ散乱した。快晴の冬空に、巨大な虹が架かる。
雨のように降り注ぐ水飛沫が、俺の赤いニット帽と頬を濡らした。真冬の水は冷たかったが、観客の熱気がそれを瞬く間に打ち消していく。
アリーナへ視線を戻す。先程まで何もなかった場所に、三人の女が立っていた。
同時に、闘技場全体のスピーカーから、弾けるようなポップミュージックが流れ始める。
『ではこのままオープニングセレモニーへと参りましょう!!!なんと!!!今年はあのトップアイドルユニット!!!』
ミルルンが大きく息を吸う。
『Triple Crownが来てくれました!!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
「――ぶひっ!?ト、トリクラですとぉ!?」
隣で拓生が、椅子から転げ落ちかけた。
「わあっ!初めて生で観ますーっ!」
「トリクラ……と言えば涙ちゃんが所属するアイドルユニットか。大人気だな……」
「すげェぞォ!アタイでも知ってるくらいだからなァ!」
「フォッ!フォオオオオオオオオオオオウ!!!!最高ですぞ!!!」
重力に引かれて降り注ぐ水飛沫。
その中心で、涙ちゃんはマイクを口元へ運び、満面の笑みを浮かべた。
『いっくよーっ☆「恋のきゅんピッド☆発射準備OK!」っ☆』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
イントロが鳴り響く。
涙ちゃんをセンターに据えた三人の女が、軽快な振り付けで踊り始めた。衣装は三人とも、いわゆる王道のアイドル衣装から大きく外れている。それでも一度音楽が始まれば、彼女達以外を見ている者はいなかった。
可愛らしい容姿とは対照的に、低音の効いた中毒性の高いポップサウンド。完璧に同期した振り付け。
一千万人の観客が、決められた箇所へ一斉に合いの手を入れる。
遠くの一般観客席では、サイリウムを両手に持った猛者達が、寸分違わぬ動きでオタ芸を打っていた。
――〈Triple Crown〉。通称・トリクラ。蘇って間もない俺でさえ、コンビニ、書店、駅前の大型モニターと、至るところで彼女たちの姿を目にしてきた。この新世界で「知らない」はまず通らない。それ程の存在だ。
「最高ですぞ!生トリクラが観られるとは!」
――トリクラは熱狂的なファンを生み出し続けている。その圧倒的なビジュアル、圧巻の歌唱力にキレのある振り付けとパフォーマンス――どの要素を抽出しても圧倒的だ。人気があるのも頷ける。
音楽チャートランキング一位の楽曲――「恋のきゅんピッド☆発射準備OK!」はAメロ、Bメロを駆け抜け、観客の期待を引き絞る。そして、サビへ入った。
『『『神も悪魔もハート撃ち抜けっ☆彡』』』
『きゅんで天界パニック状態!?』
センターで歌う涙ちゃんの右側。ピンク色のショートボブを揺らし、小柄な女がマイペースにステップを踏んでいる。頭頂部では一部の髪が猫耳のように立ち上がり、親しみやすくコミカルな印象を与えていた。
モコモコの白いファーダウンジャケット。アイドル衣装というより、真冬の外出着に近い。
彼女は、話題作のヒロイン役を次々と射止め、歌唱したキャラクターソングを軒並み大ヒットさせてきた超人気声優――四季ノ音奏。
『ズッキュン☆ドッキュン☆恋心Boom!』
涙ちゃんの左側に立つのは、他の二人より頭一つ分ほど背の高い女だった。
狼を模したフード。英字をプリントした黒いパーカー。ブロンドの髪を揺らしながら、クールな表情のままエレキベースを弾いている。
沙汰無静寂。「NewTube」へ趣味で投稿した一本のオリジナル楽曲をきっかけに、即座にメジャーデビューを勝ち取った鬼才のシンガーソングライター。
口の中では、フーセンガムを膨らませていた。
『ラブの暴走止めらんないの!』
そして、中央。トリクラの心臓。〈十傑〉・第九席――漣漣漣涙。
上半身には水色のビキニ。その上から、白い毛皮で縁取られた海色のケープを羽織っている。下半身は同色のショートパンツ。
普段から見慣れた個性的な服装だ。どうやら、あれが正式なアイドル衣装だったらしい。
『『『『神も悪魔も恋に落ちちゃえっ☆彡』』』』
鮮やかなオレンジ色の髪。淡い青のメッシュが螺旋状に入り、大きく編み込まれたサイドテールが肩へ垂れている。頭には、巨大な貝殻の髪飾り。
『最高速の「好き」が爆誕!』
漣漣漣涙は、オーディション参加時から記録的な人気を獲得し、圧倒的な票数で合格した。
ソロアイドルとしてデビューしたのち、その華やかな容姿と、明るく元気溌剌としたキャラクターが爆発的に支持され、現在では陽奈乃に次ぐSSNSフォロワー数世界二位。
そして今、歌いながら一千万人の観客を、自分の手足のように動かしている。
『てゆーか運命じゃない?これ???』
三人とも、まるでアイドルらしくない衣装だ。だがそんな感想は、すぐにどうでも良くなった。
王道から外れているのではない。この三人が立つ場所に、新たな王道が生まれているのだ。
『きゅんの暴走!正義なんで!!!』
上空の大型ディスプレイでは、賞賛のコメントが奔流となって流れている。
アリーナから押し寄せる音。観客席を埋め尽くす光。一千万人が同じ拍子で動く度、巨大闘技場全体が一つの生き物のように脈打った。
俺まで、熱に呑まれそうになる。
――雷霧といい、師匠といい、涙ちゃんといい。
〈十傑〉は、戦闘力だけで世界の頂点へ座っているわけではない。一人一人が、それぞれの領域で世界そのものを塗り替えてきた怪物なのだ。
「ガッハッハ!楽しいなァ!」
「小生は感動していますぞ……!」
「すげーな……涙ちゃん……」
軈て楽曲は、最後のフレーズへ駆け上がった。
歌声。演奏。振り付け。水と虹による演出。全てが一つへ収束していく。
最後の音が止まった瞬間、涙ちゃんが満面の笑みで片手を掲げた。
『みんなありがとーっ☆☆☆』
「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!いいぞトリクラーーーー!!!!」」」
「「「最高ーーーー!!!!」」」
再び、アリーナから巨大な水柱が噴き上がる。三人の姿を覆い隠し、上空で弾けた。雨のように降り注ぐ飛沫が晴れた時、アリーナからトリクラの三人は消えていた。
――神話級ユニークスキル、〈淼精〉。
涙ちゃんが持つ、水や液体を自在に操る能力。戦場では天災となる力を、今は観客を楽しませるためだけに使っている。
大盛況のライブを、〈翔翼ノ女神像〉の前で見守っていたミルルンが、胸元へ片手を当てた。
『うおお……流石〈Triple Crown〉でしたね……!同じアイドルとして悔しいですが……っ!』
名残惜しそうに声を震わせたのも束の間。
ミルルンは表情を切り替えた。先程までの明るい笑顔に、獰猛な期待が混ざる。
『――それじゃあ、イっちゃいましょうか!』
観客席が騒めいた。祝祭の空気が、僅かに変質する。歌と踊りの熱狂から、血と暴力を待ち望む熱狂へ。
『開会式のラストを飾るのは!』
俺は正面の〈十傑〉観覧席へ目を向けた。
天音と陽奈乃。二人も既に、こちらを見ていた。
『〈十傑〉同士の!!』
天音は静かに微笑み。
陽奈乃は八重歯を覗かせ、不敵に笑う。
『親善試合です!!』




