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1-80 恋する太陽

 雷霧と共に喫煙所を出て、まだ熱の残るロビーへと足を向ける。すると、見慣れた面々が直ぐに視界に飛び込んできた。天音にフラン、拓生、ハズレちゃん、竜歌――〈神威結社〉の仲間たちと、日向だ。


「――おォ!ボス!最高の試合だったぜェ!」


「師匠!お疲れ様でしたな!」


「おお、みんなか」


「おにいたま!」


 フランが勢い良く抱きついてくる。その小さな体温が妙に愛おしくて、自然と頭を撫でていた。フランは嬉しそうに頬を擦り寄せてくる。


「おにいたま、ゆーしょー、すごい」


「はは、ありがとう。フラン」


「せつくん、優勝おめでとうございます」


 メイド服の裾を整えるようにして、天音が(うやうや)しく頭を下げる。良く見ると、その目元が僅かに()れているように見えた。


「ああ、ありがとう。天音、大丈夫か?」


「あ、いえ、感動してしまっただけですよ。ご心配なく」


「……そうか」


 ――そう言えば……まだちゃんと言っていなかったな。


「天音」


「はい。なんでしょう」


 不思議そうに瞬きをする天音を見て、俺は言った。


「――蘇らせてくれて、ありがとう」


 その一言で、天音の瞳にぶわっと涙が溢れた。声を震わせながら、それでも、どうしようもなく嬉しそうに返してくる。


「はい……っ!せつくん……っ!」


 ――正直、ここまで俺とやり合える人間がいるとは思っていなかった。そのことが、どうしようもなく嬉しかった。


「ケッ♪オレも(ねぎら)えや♪」


「――雪渚!すごかったのだ!」


 悪態を()く雷霧を横目に、竜歌の背後からぴょこんと顔を出したのは、羊の着ぐるみから顔だけを覗かせた金髪の少女――手毬だった。


「お、手毬か。なんだ、来てたのか」


「ボクだけじゃないのだ!雪渚の知り合いもたくさんいたのだ!」


「幕之内氏なんか感動しておいおい泣いてましたな……」


「みんな雪渚のこと褒めてたのだ!」


「ええ、皆さんからせつくんによろしくと言伝(ことづて)を預かっております」


 天音が涙を拭いながら、手毬の言葉に続ける。


「へー、幕之内まで。そうか」


「お♪幕之内って言やあ(じょう)か♪なんだアルジャーノン♪知り合いかよ♪」


「まあな」


 ――雷霧が優勝した昨年の第九回〈極皇杯(きょうのうはい)〉。幕之内丈も雷霧と同様に昨年の〈極皇杯〉のファイナリストだ。その準決勝で二人が激突したことは聞いている。交流があるのも不思議ではない。


「銃霆音氏に敗れたとは言え、昨年の〈極皇杯〉での幕之内氏の活躍は素晴らしかったですからなぁ」


 そして、先程から俺と目を合わせない――正確には、俺が目を向けると照れたように視線を()らしてしまう一人の女の姿があった。彼女――日向陽奈乃は顔を赤らめながら、俺の目を見ず、照れ臭そうに口を開いた。


「……や、やるじゃんアンタ。ちょ、ちょっとカッコよかったよ」


「あれあれー♪日向どしたん話聞こか♪」


 何かを察した雷霧が、面白がるように口を挟む。


 日向はそれを綺麗に無視して、今度はちゃんと俺の目を見た。


「あの、雪村……ううん、雪渚。あの、ありがと。アタシを銃霆音から庇ってくれたこと」


「礼を言われる程のことはしてない」


「うわ日向♪お前女の顔してんじゃん♪散々男をフってきたお前が?おもろ♪」


「ちょっ……銃霆音!うざいんだけど!」


「ラッパー的には褒め言葉だぜそれ♪」


「ご、ごめん雪渚、えっとね、あ、あの、その、お願いがあるんだけど」


「おい♪オレ無視かい♪」


「お願い?俺に出来ることなら協力するが」


 その場の空気が少しだけ変わる。天音、フラン、拓生、ハズレちゃん、竜歌、手毬――皆が不思議そうに日向へ視線を向けた。


 そして日向は、思い切ったように口を開く。


「――えっとね、あ、アタシを〈神威結社〉に入れてほしい……です」


 一瞬、理解が遅れた。その次の瞬間、どっと歓声が上がる。


「――おォ!いいじゃねェかァ!」


「すごいのだ!陽奈乃もボクたちの恩人だから嬉しいのだ!」


「わぁっ!嬉しいですっ!」


 何も考えていないように見える竜歌と手毬、ハズレちゃんは手放しで喜んでいる。


 一方で、天音と拓生は揃って目を丸くしていた。同じクランに〈十傑〉が二人。その意味を理解しているのだろう。


「おいおい♪マジかよ♪日向、お前〈十傑〉だぞ♪それが何を意味するのかわかってんのか♪」


「もー銃霆音!マジうるさい!」


「〈十傑〉が同じクランに二人なんてあっていいわけねーだろ♪バランス崩壊で大幅ナーフ案件だぞ♪」


「そういうルールがあるのだ?」


「おーチビッ子♪そうじゃねーけどよ♪これ……世界が揺れるぞ♪」


「いやはや驚いてしまいましたが……〈神威結社〉に日向女史が加入というのは喜ばしいことですぞ!」


「え、ええ……そ、そうですね」


 天音の返事は、いつになく歯切れが悪かった。何か引っ掛かるものを感じる。


「ひなのおねえたまもなかま?フラン、うれち」


「んでこれ♪どーすんだよ♪アルジャーノン♪」


「ど、どうかな、雪渚……」


 日向が上目遣いでこちらの返事を待っている。ルビーみたいな瞳の奥には、露骨な位の期待があった。前髪に留めた太陽のバレッタが、ロビーの照明を受けてきらりと光る。


「歓迎するよ、日向。よろしくな」


「ほ、ほんと!?うれしい!」


「マジかよ♪アッツ♪」


「いいだろ?みんなも」


「もちろんですぞ!」


「おいおいボス!陽奈乃が入るなんて最高だぜェ!〈神威結社〉がより最強に近付くじゃねェかァ!よろしくなァ!陽奈乃ォ!」


「え、ええ……嬉しいです。日向さん、よろしくお願いします」


 天音のその微妙な揺れを感じ取ったのか、日向が申し訳なさそうに天音を見る。


「あ、ごめん、あまねえ、アタシ勝手に……。もしかしてアタシが入るの嫌?」


「い、いえ、私も嬉しいです。日向さんが入ってくださるならとても心強いです」


「そっか、よかった!」


 ――少し変だな。EMBの直前までは、二人はかなり仲が良さそうに見えた。実際、俺もそう感じていた。だからこそ、天音がもっと素直に喜ぶものだと思っていたんだが……。何かあったのか。


「うへー♪おもろ♪」


「よろしくですぞ!日向女史!」


「うん!オタクくんもよろしくね!」


「ぶひっ!?オタクくん!?」


「アルジャーノン♪一応言っとくが、日向は〈十傑〉・第七席――第八席のオレより上の席次だ♪これが何を意味するのかわかってんのか?」


「なんだ、雷霧。お前、オレの方が強いとか〈十傑円卓会議(サミット)〉で言ってただろ」


「意地悪だな、アルジャーノン♪アレもアルジャーノンを煽るための方便だよ♪あー〈十傑円卓会議(サミット)〉では悪かったな日向♪まあ何が起こるかわかんねえぞ♪気ぃ付けろよ♪」


「銃霆音氏……さらっと謝罪を挟みましたな……」


「うるせーぞ豚ちゃん♪つーかアルジャーノン♪約束の虹金貨(こうきんか)三百枚だがどーするよ♪細かいのもうねーから虹金貨(こうきんか)で良けりゃ今すぐ渡せるっちゃ渡せるが♪」


「今貰ってもな……」


「師匠!よろしければ小生のユニークスキル、〈霧箱(ウィルソン)〉で運びますぞ!」


「ああ、その手があったか。ホント便利なユニークスキルだな」


「おけ♪」


 そう短く返事をし、クイッと指を動かす雷霧。先程と同じ、大きな電気エネルギーの塊が、まだ(まば)らに人の残るロビーを駆け抜けるようにこちらへ飛んできた。遠方では悲鳴が飛ぶ。


 そしてパチンと指が鳴る。弾ける光の中から現れたのは、大量の――三百枚の虹金貨(こうきんか)だった。


 床へとジャラジャラ落ちる度、虹色の輝きが辺りに散る。ロビーの照明を受けて、三百枚の貨幣が煌々(こうこう)と光を放つその光景は、圧巻の一言だった。


 ――日本円で三億円……!エグい……!旧世界の俺じゃ、一生働いても届かなかったかもしれない額だ……。


「マ、マジかよォ……!もしあのときこの額がありゃァ何回アタイはクソ兄貴を殺すチャンスがあったんだよォ……!」


「これは……凄まじいですな……。今の時代……常人が一生かかっても到底稼げない額ですぞ……。それをたった一夜で……!」


 驚嘆の声を漏らす竜歌や拓生。兄である竜ヶ崎(りゅうがさき)龍帝(かいざ)――奴を殺すチャンスを得るために毎日金を稼ごうと奔走(ほんそう)していた竜歌や、商人である拓生にとっては、特にその価値が一層増して見えるのかもしれない。


「おにいたま、これ、おかね?」


「そうだぞ、フラン」


「おー」


「受け取れよアルジャーノン♪お前は本気のオレに勝った♪これを受け取る権利がある♪」


「当然断らねーぞ。ありがたくいただこう」


「おう♪」


虹金貨(こうきんか)三百枚ですぞ……!?一生遊んで暮らせる額をこんなあっさり……流石〈十傑〉ですな……」


「拓生、じゃあ頼む。後で〈オクタゴン〉の倉庫にあった金庫にでも鍵を掛けてぶち込んでおこう」


「りょ、了解ですぞ……!」


 拓生は未だ現実感がないらしく、半ば呆然とした顔のまま、いそいそと虚空へ虹金貨(こうきんか)を放り込み始める。


 その横で竜歌と手毬が、床の金貨を拾っては拓生に投げ渡していた。


 すると、雷霧のポケットの奥で何かの着信音が鳴った。スマホを取り出した様子からして、仲間から連絡が来たらしい。


「じゃあなお前ら♪オレも仲間んとこ戻るわ♪」


「ああ、達者でな」


「おう♪」


 そう言って、雷霧はポケットに片手を突っ込んだまま去っていった。もう片方の手だけをひらひらさせて。


 銃霆音雷霧。数時間にも(わた)る死闘を経て、真正面から認め合ったこの夜。去っていくあの背中は、何処(どこ)(たくま)しく見えた。


「ボクもまた(ジョー)の家でグータラしに戻るのだ!」


「手毬さん、お元気で」


「手毬女史もまた会いましょうぞ!」


「おォ!そうか手毬!元気でなァ!」


「またなのだ!雪渚!〈極皇杯〉の決勝で会おう、なのだ!」


 手毬は羊の手をぶんぶん振りながら、スキップで帰っていく。


 その一方で、日向はまだ顔を赤らめたまま、胸の辺りを押さえ、ただ一点を見つめていた。


「日向はどうするんだ?一応俺達、シェアハウスで暮らしてるんだが、日向も来るか?荷物は後日でもいいぞ」


「あっ、えっと、う、うん……。そうする。ありがと」


「そうか。じゃあ俺達も帰るか。〈オクタゴン〉に」


「そうですな!」


「はい、せつくん」


「帰りましょうっ!」


「おォ!帰ったらまたトレーニングだぞォ!拓生ォ!」


「いや竜ヶ崎女史……!それは勘弁してくだされ……!」


 エントランスを抜け、外へ出る。夜空には満月が浮かんでいた。今日あった出来事に、思いを()せる。


 ――長い夜だった。C級昇格戦、天音が〈十傑〉・第二席だと判明したことから始まり、〈十傑円卓会議(サミット)〉での〈十傑〉との邂逅(かいこう)。そして〈十傑〉・第八席――銃霆音雷霧との衝突。日向の辛い過去。雷霧との決死の攻防戦。そして――雷霧と言葉で殺し合った決勝戦。


 EMBが始まる前、大会の真っ最中は人がごった返していたこの敷地内も、大会の余韻を残しつつも、それが静かに夜空に溶けていくかのように、(まば)らに人が残っているだけだ。


「いやはや……さっきまで地獄のように人が密集していたのが嘘みたいですな」


「二時台が終電なんだろ?みんな急いで帰ってるなこりゃ」


「今夜の決勝戦は……きっと皆さん、一生忘れないでしょうね」


 天音はそう言って、満月が上る夜空を見上げた。夜風が吹き付け、天音が雪のように白い髪を掻き上げる。その光景は美しく、まるで天音の声音が、夜空に溶けてゆくように感じた。


「――ボス!ちょっと駅まで急いだ方がいいんじゃねェかァ?」


「終電ならもう時間もないですよっ!雪渚センパイっ!」


「この辺りの〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉はメンテナンス中で使えませんからなぁ」


「ん……そうだな。行くか」


 そうして背後を振り返ると、日向が何かを覚悟したような、そんな表情を浮かべた。月明かりが、その金髪ツインテールと、桜色の毛先を優しく照らしている。


 そして、日向は言った。


「あ、アタシ、あまねえに話があるからみんな先行ってて」


「日向さん……」


「おや……そうなのですかな?」


「おォ!間に合わなくなるから急げよォ!」


「竜ヶ崎女史、お二方は最悪飛べますぞ?」


「おォ!そうだったなァ!」


 俺は日向と天音に一言だけ残し、仲間達と共に超渋谷駅へ向かう。


「そうか……。じゃあ先に帰ってるぞ。まあ二人なら大丈夫だろうが、気を付けてな」


「う、うん。ありがと、雪渚」


「はい。せつくんたちもお気を付けて」


 夜風がまた吹いた。何かが始まる前触れみたいに、俺の白髪(はくはつ)がふわりと(なび)く。

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