1-79 韻果応報
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
――またか……!歓声は半々……!これは……!
必死に歓声を上げる。竜歌さんも、フランちゃんも、ハズレさんも、汚宅部さんも、日向さんも、手毬さんも、皆同じだった。
会場中からせつくんへ浴びせられる声援は、Thunder Rhymeにまるで引けを取らない。割れんばかりで、畝るようで、空気そのものを震わせる大歓声だった。
余りに拮抗した大接戦。決め兼ねた司会が、もう一度だけ観客に判断を委ねる。
『もう一度聴かせてください!先攻――Thunder Rhyme!!』
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
『後攻――MC Algernon!!』
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
必死に声を張り上げる。喉が裂けてもいいと思った。そして――勝者が決まった。
『勝者……ッ!!MC Algernon!!』
――勝った……!
『よってEXTREME MC BATTLE 2110 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL!頂点に立ったのは――MC Algernon!!!!』
――せつくんが勝った……!
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
司会がステージの下手に立つせつくんを力強く指し示す。大歓声と拍手喝采が、これでもかとせつくんに降り注いだ。せつくんは握った右拳を、夜を突き抜けるように高々と掲げた。
――おめでとう……!おめでとうございます!せつくん……!
「――ッしゃァ!ボスが〈十傑〉を殺ったぞォ!」
「おめでたい!おめでたいですぞ!師匠!」
「すごいのだ!雪渚はすごいのだ!」
一方のThunder Rhyme――〈十傑〉・第八席、銃霆音雷霧は、マイクを通さず、全てを出し尽くしたような顔でアリーナの天井を見上げていた。そして一人、ぽつりと呟く。
「…………そうか♪負けたか♪」
止むことのない拍手は、せつくんを祝福するだけのものではなかった。全力で戦い、この夜を何度となく沸かせたThunder Rhymeへの賞賛もまた、その中に確かに含まれていた。
『おめでとうございます!MC Algernon!こちらが優勝賞金になります!』
せつくんは司会の男から、「20,000,000G」と大きく記された賞金ボードを受け取る。その際にも軽く頭を下げるのが、何だかせつくんらしかった。
そしてその賞金ボードを抱えたまま、せつくんはマイク越しに司会へ尋ねる。
「あのー、これ、今換金出来ます?」
『えっ……と、今ですか?』
会場中のオーディエンスもまた、不思議そうに騒めき立つ。せつくんは、毅然とした態度で答えた。
「はい。今です。図々しい序に、虹金貨や白金貨ではなく金貨あたりだとありがたいんですが」
『えっと……すみません、MC Algernon。今すぐにこの額は――』
「――お♪オレが立て替えまっせ♪」
口を挟んだのはThunder Rhyme――銃霆音さんだった。
彼が指をクイッと動かすと、会場後方からバチバチと火花を散らす大きな電気エネルギーの塊が引き寄せられてくる。それは私たちの頭上を越え、ステージ上の銃霆音さんの手元へ吸い寄せられた。
『あっ、ありがとうございます!Thunder Rhyme』
「いいんすよ♪世話になってるんで♪ほらアルジャーノン、受け取れよ♪おめでとう♪」
銃霆音さんが指を鳴らす。すると、その大きな電気塊の中から金色の硬貨が大量に現れた。光を受けて煌めくそれは、まるで金そのものが雨雲になったみたいだった。
せつくんはそれを受け取りながら、半ば呆れたように問う。
「ああ、ありがとう。お前そのユニークスキル……万能過ぎないか……?」
「〈十傑〉舐め過ぎっしょ♪ま、いいけどよ♪で、なんだ♪」
「ああ……」
せつくんは短く応じると、その大量の金貨を、今度は会場へ向かって散蒔いた。アリーナに、金の雨が降る。
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
観客たちが歓声を上げながら両手を伸ばす。
その中でせつくんはマイクを握り、静かに告げた。
「優勝させてもらっておいて悪いんだが、俺はラッパーには戻れない。生き返ったばっかで、まだ恩を返さなきゃならねえ奴がいるからな。だからこの賞金を受け取る資格はない」
「おほっ♪」
「この金はお前らが愛する音楽のために使え」
「カッケ♪アルジャーノンの時代で言うトコの日本円で二千万円だぞ♪」
「なーに、お前から虹金貨三百枚――三億円ぶんどれるしな。〈神威結社〉には優秀な商人もいるし金の心配はねーよ」
「天才が♪何処まで仕組んでたんだ♪」
「さあな……つーか随分あっさりしてるんだな」
「ガチで戦って負けたのは初めてだ♪結果には文句もねえ♪オレがお前に上げたAudienceの声援を奪い取れるほど力がなかったってコトだ♪クソ楽しかったよ♪」
「そうか。俺もだ」
「改めておめでとう♪マイメン・アルジャーノン♪」
二人は力強く握手を交わし、そのまま肩を抱き寄せ合った。
〈十傑円卓会議〉での衝突から、異能バトル、そしてMCバトルへ。殺し合いに近い熱を交わし切った末に、二人はようやく真正面から互いを認めたのだ。
『――改めてEXTREME MC BATTLE 2110 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL!優勝は!MC Algernon!!!』
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
そんな二人を称えるように、拍手はいつまでも、いつまでも鳴り止まなかった。いつまでも、いつまでも。その余韻は、まるでこの夜そのものを祝福しているようだった。
――こうして、第八十八回・EXTREME MC BATTLE GRAND CHAMPIONSHIP FINALは、雪村雪渚改め、MC Algernonの八十六大会ぶりの優勝で幕を閉じた。
「あー♪後で物販でドリームチケット売ってるから暇な奴は声掛けてくれや♪」
「ドリームチケット?なんだそれ」
「麻薬♪」
「おい」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――数十分後。激闘を終えた雪村雪渚と銃霆音雷霧の両名は、〈超渋谷第一体育館〉内にある、出場者控室付近の喫煙所にいた。
俺は煙草の煙をゆっくり吐き出しながら、同じく壁に凭れ掛かって煙草を吸う銃霆音に問う。
「成程……。お互いがお互いの思惑を完全に見透かした状態で戦ってたってことか」
「みてーだな♪つーか滅茶苦茶エグいバトルだったくね!?クッソ♪ギリ勝ったかと思ったんだけどな♪」
「もう途中から楽しんでしまったな」
「『音を楽しむ』で音楽だからな♪」
「シャバい音楽教師みたいなこと言うんだな……お前……」
「くーっ♪マジで最後、弾みで『九連宝燈』って言っちまったのが悔やまれるぜ♪」
「もう一回やったら全然結果が変わってただろうな……」
「まあ何にせよだ♪これでオレの『負けた奴は〈十傑〉に要らない』って論理は通らなくなる♪なんせオレも負けたワケだからな♪」
――コイツは……。
「つーか銃霆音、お前音源で十分結果出してんだからもうバトルしなくていいだろ。既に三連覇してんだろ?」
――銃霆音雷霧が〈鉛玉CIPHER〉の仲間と共にリリースする音源――楽曲の数々。それは何れも数億回に上る再生回数を誇る。
――MCバトルに出場するラッパーの多くは、所謂売名のために出場する。結果を残し、名前を売り、その先で自分の作品に興味を持たせる。そういう意味では、既にアーティストとして十二分に大成している銃霆音に、バトルへ出続ける動機は薄い筈だった。
「バトル出る理由、ってか♪簡単だ♪オレと仲間たち――〈鉛玉CIPHER〉の音源をこの新世界で聞いたことねえって奴を根絶やしにするまでオレはバトルに出続ける♪」
「一人残らずってか?イカれた夢物語だな」
「その夢を実現するため足掻くのもまたHIPHOPだろ♪それにアルジャーノンの時代のレジェンドたちに比べれば俺もまだまだだ♪〈十傑〉であることに驕るつもりもねーよ♪」
――銃霆音雷霧。「フェイク野郎」であることの一点を除けば、恐らく文句のつけようのないラッパーだと俺は思う。
――今夜のバトルで確実に銃霆音ら〈鉛玉CIPHER〉の音源に興味を持つ者は増えた。そういう意味では彼もまた勝者なのだろう。
「異能バトルも良かったよな♪オレと引き分けるなんて立派じゃね?」
「あー、それ聞きたかったんだが……あれお前の何割だ?」
「お♪ガチで戦ってたのか、ってコトか♪まあそりゃ殺すつもりはなかったから多少は手加減したが、バイブス的にはガチだぜ♪んー、一割弱ってトコか?」
――あれで一割弱かよ。改めて〈十傑〉という存在の異常さを思い知らされる。
「……マジか。それで?俺は結局、お前の御眼鏡に適ったのか?」
「ケッ♪それ聞くか♪文句なしの合格だよ♪」
「それなら良かった。これで駄目なら打つ手なしだった」
「次の〈十傑円卓会議〉でアルジャーノンを〈極皇杯〉の〈十傑推薦枠〉として推薦する♪」
――〈十傑推薦枠〉。四十万人を超える〈極皇杯〉の全参加者のうち、僅か一名のみに与えられる特別優待枠。本戦にシードで出場出来るとか、そんな実利がある訳ではない。ただ〈十傑〉が推す一名、というだけの名前だけの枠。
――だが、その名が持つ重みは桁違いだ。毎年その枠を与えられた者は、予選を実力で勝ち抜き、本戦でも好成績を残してきた。〈十傑推薦枠〉に選ばれるということは、その瞬間に優勝候補の烙印を押されるのと同義だった。
「まあ他の〈十傑〉次第でもあるがまあ今日の一連のアルジャーノンの動き、俺の理想通りだ♪〈十傑〉からも異論は出ねーだろ♪」
――別に俺は〈十傑推薦枠〉を狙っていた訳ではない。だが、貰えるものなら貰っておくべきだろう。どのみち、もう十分過ぎるほど目立ってしまった。今更「目立ちたくない」は通らない。
「結果はババアあたりを通して伝えることになんのかね♪」
「お前、天音をそう呼ぶのやめろ。ぶち殺すぞ」
「おいおいつれねーな♪いくらアルジャーノンに言われてもやめねーぜ?オレはオレの信念でやってるからな♪」
「はあ……天音の前では言うなよ」
「勘違いすんなよアルジャーノン♪ババアもだが、オレは〈十傑〉の連中は好きなんだよ♪こんな捻じ曲がっちまってるオレなんかを受け入れてくれたからな♪」
「それで〈十傑推薦枠〉を選ぶのに、独断であんなことしたのか」
「ああ♪恩義があるから〈十傑〉の格を落とすような真似はできねえ♪〈十傑推薦枠〉の選出は〈十傑〉にとっても大事なコトだ♪だったら『フェイク野郎』と言われてでも〈十傑〉のためにガチで〈十傑推薦枠〉に相応しい人間を選ぶ♪そこでオレの中で、アルジャーノンに白羽の矢が立ったってワケだ♪」
「お前マジで後で日向に謝っとけよ……」
「どっちにしろ日向はオレのこと嫌いだろうから許してくれなさそーだが♪まあOK♪つかあのときのアルジャーノンのキレっぷりは感じたぜ♪」
「それイジんなよ……。流石にキレるだろあれは……」
「それを狙ってやったんだっつの♪……にしてもあのMC Algernonと戦れたのはオレの中でデケーわ♪これも蘇らせてくれたババ――おっと、雨ノ宮のお陰だな♪」
――天音は、「死者の蘇生」という、人間が決して踏み込んではならない禁忌を犯した。その代償として、心が壊れた。
本来なら、普通の可愛らしい女の子だった筈なのに。崩れた心をどうにか保つために、自分は雪村雪渚に仕えるメイドなのだと、自分自身へ「役割」を課した。だから今も、日夜メイド服を着て、俺にすら敬語で話している。
――そして、銃霆音と実際に戦ってみて、俺は確信した。神話級ユニークスキル・〈雷槌〉。「韻を踏む度に落雷を発生させるユニークスキル」。いくら超常の力でも、あれ程の雷を呼ぶなら、何らかのエネルギーが要る筈だ。代償がない訳がない。あんな異能を振るって、人間の身体が正常でいられる筈もない。
「なあ銃霆音」
「てか雷霧って呼べよマイメン♪一晩で二度も殺し合った仲だろ♪」
「……じゃあ雷霧。天音が神話級ユニークスキル・〈聖癒〉による蘇生の力を使って……『壊れて』しまったのは知ってるよな?」
「まあな♪雨ノ宮はオレたちが生まれるよりずっと前から生きてるから、初めて会ったときからあの調子ではある♪〈十傑〉は気を遣って誰も指摘しねーが、薄々は蘇生による代償なんだとみんな気付いてるよ♪」
「他の神話級ユニークスキルも同様なんじゃないか?雷霧と戦ってわかった。神話級ユニークスキルは……『異常』だ」
「アルジャーノンも神話級ユニークスキルだけどな♪だがまあ正解だ♪歴史上――神話級ユニークスキルを持った人間は、一人残らず三十歳を迎える前に死んでる♪」
――そうか……。天音は、老化を神話級ユニークスキル、〈聖癒〉の回復の力によって相殺している。だから寿命の代わりに、心を代償に差し出した。
「三十歳を迎える前に死ぬって言っても戦死じゃねー♪ユニークスキルってのは寿命を削ってんだ♪上位ランクのユニークスキルであればあるほどな♪だから多分、オレもあと十年以内には死ぬ♪」
そう言って銃霆音――雷霧は、煙を吐きながら虚空を見上げた。ほんの一瞬だけ、その横顔に寂しさのようなものが差す。
「死にたくねーなあ♪まだまだやりてーこと色々あんだけどよ♪」
――改めて思う。この異能至上主義の新世界は異常だ。根本から、狂っている。
「なあアルジャーノン♪教えてくれよ♪死ぬのって……怖かったか?」
「あのときは……そうだな。望んで海に沈んだからかな、不思議と死ぬのは怖くなかったよ。自分の身体に穴を開けたときはクソ痛かったけどな」
「そっか♪」
先程まで心地良かった筈の煙草の煙。だがこの時だけは、肺を満たすその煙が、妙に苦く、酷く不快だった。
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