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1-78 Round3:稲妻は三度落ちる

『――わかりました!では歓声が僅差でも、この試合で決めましょう!それでは再延長戦のbeatです!DJ New World!この素晴らしい試合の最後に相応(ふさわ)しいbeatを!聴かせてください!』


 ドゥクドゥクドゥクドゥク――スクラッチ音と共に流れ始めた最後のbeat。またしても、この決勝という舞台にぴたりと噛み合う名曲だった。


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 観客が一斉に右手を高く掲げ、beatに乗る。無数のサイリウムが赤と青の帯になって揺れ、アリーナの空気そのものが脈打っているようだった。


 DJは数小節程そのbeatを客席へ聴かせたのち、すっと音を止める。直後、アリーナ中からDJへ向けて賞賛の声が飛んだ。彼らのその声音は、この最高の試合の立役者の一人であるDJへのリスペクトに満ち(あふ)れていた。


「「「「Nice DJ~!!!!」」」」


『最高のbeatです!それではいよいよ最後の試合です……!先攻後攻を決めるジャンケンを――』


 せつくんとThunder(トンダ) Rhyme(ライム)が向かい合い、何度かの相子(あいこ)を挟んだのち、ついに手が割れる。Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)はパー。せつくんはグー。


『ではThunder(トンダ) Rhyme(ライム)!先攻後攻、どちらにしますか!?』


「――先攻♪」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 やはり、Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)は先攻を取る。そこには迷いがなかった。


 ――本気だ。やはりこの人も、何が何でもせつくんに勝ちたいのだ。


『それでは……EXTREME MC BATTLE 2110 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL!決勝最終戦!先攻Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)!後攻MC Algernon(アルジャーノン)!八小節四本!』


 ――せつくんなら大丈夫。きっと勝つ……!


『――Ready Fight!!!』


 スクラッチ音。いよいよ始まる最終戦に、会場全体が前(のめ)りになる。


 流れ始めたbeatへ、Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)が最初から熱量(バイブス)全開で飛び込んだ。


「Yo♪オレらが『賛歌(アンセム)』で起こす『酸欠』!!お前はまたしてろよ♪人生を『キャンセル』!!韻の神様が下した『判決』!!お前を葬る死神『ハーデス』!!!ハハッ♪」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「最大級のリスペクト込めて『クリティカル』!!優勝まで牛蒡(ごぼう)抜きの『フリーパス』!!理解(わか)ってる奴だけが『首振らす』!!背負った過去すら気付けば『武器になる』んだぜ!?」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 またしても会場はThunder(トンダ) Rhyme(ライム)の空気に染まる。客の心拍も、視線も、熱も、全て(まと)めて持っていくような掌握力だった。


 ――やはりこの人は凄い。だが――


 せつくんは一歩も引かない。Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)の言葉を正面から受け止めた上で、beatの切り返しと共にマイクを口元へ運ぶ。


「歩んできた人生の『延長線』!!この大波に巻き込む『青少年』!!『点と点』が繋がって『栄光へ』!!さあ終幕(フィナーレ)だ!伝説の『決勝戦』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 観客へと向き、沸き立つのを煽るように手を広げて四小節目をクールに締めるせつくん。それだけで、会場の熱がまた一段上がる。――せつくんの後半四小節が韻を畳み掛けるように続く。


「『ベートーヴェン』みたいにイカしたbeatの上で!もう一度、勝利の女神に貰った『生存権』!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――せつくん……!


()らした『扁桃腺(へんとうせん)』!!MIC(マイク)掴む手が『腱鞘炎(けんしょうえん)』!!それでも叫び続ける日本の『伝統芸』だよ!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 自身の喉と左手を順に指し示し、せつくんがクールに1(ワン)バース目を締め切る。全踏みのその即興の完成度に、私たちも沸く他なかった。


 Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)が銀色のグリルを覗かせ、小さく頷く。そのまま彼のターンが返ってくる。


「そのままもう一回死ねよ『R.I.P.(アーライピー)』!!盆休みに行ってやるよ『墓参り』!!オレがレペゼンminority(マイノリティ)の『代弁者』!!オレだってお前に『勝ちてえんだ』よクソが!!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 その瞬間、私は少しだけ目を見開いた。Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)は声を荒げ、(ほとん)ど叫ぶみたいに吐いていた。敵への挑発でありながら、その奥にあるのは剥き出しの本音だった。Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)足掻(あが)くようなその様は、どこか美しかった。


「その上で!愛してるぜ『雪渚(せつな)』!!おい『根暗』!!掻くんじゃねーぞ『吠え(づら)』!!てかさっきはやってくれたな!?オレの『両腕切断』!!『お礼』に『オレ』が二度目の自殺を『手伝う』!!!!」


 せつくんへのリスペクト。それでも、絶対に勝ちたいという執念。両方が同時に剥き出しになっていた。


 せつくんはその目を真っ直ぐ受け止め、小さく頷く。そして、返す。


「韻を踏むのなら『簡単で』!!俺の御前じゃ成れても『三番手』!!弔花(ちょうか)に添えたるわ!『曼陀羅華(まんだらげ)』!!お前の葬式で奏でる『ファンファーレ』!!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 親指でDJを指し示し、四小節目を切る。また、せつくんの色に塗り替わる。


 ――どちらに転ぶのか、本当にわからない……!


(よみがえ)った先に広がる『新世界』!!俺は詐欺師の笑みには『(だま)されない』!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 その一言だけで、私の胸が熱くなる。せつくんが病室のベッドで目覚めたあの日から、ここまで来たのだと嫌でも思い知らされる。


「やっと自由を掴んだ『享楽主義者(きょうらくしゅぎしゃ)』!!!勝利の女神と交わした『婚約指輪』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――享楽主義……意味するのは、刹那(せつな)主義という意味もある英単語、「Ephemeralism」――〈エフェメラリズム〉。


 ――私たちだけに伝わるようなメッセージ。この人は、本当に……!


 そして迎えた最終戦の折り返し。反響するThunder(トンダ) Rhyme(ライム)のアンサーが、空を裂く。


「その女神が待った『八十五年』!!その間に壊れちまった『懐中時計』!!」


 ――そうだ。せつくんが言った「勝利の女神」は――私のことだ。せつくんは、私を大事に想ってくれている。


「『難攻不落』!観客全員、足下『ふらつく』!!味わった『苦楽』!ジョークもカードも肌もマジの『ブラック』!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「クリアした『クエスト』!!まだ送る『リスペクト』!!だがもっと声を枯らせと逆に『リクエスト』!!『二重結合』!!Algernon(アルジャーノン)『is dead』!!また暗い暗い海の底まで『沈めるぞ』!!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 HIPHOPにおけるパンチラインという言葉――決め台詞というような意味だが、その意味を知っていても、私はせつくんとThunder(トンダ) Rhyme(ライム)のバースのどこがパンチラインなのかがわからないでいた。二人の言葉の全てが、そのまま刃であり、核心であり、パンチラインに思えた。


 せつくんの3バース目。彼は、心底楽しそうに、けれど鋭くThunder(トンダ) Rhyme(ライム)へ言葉を返す。


「当たらねえその『不発弾』!!何が『ブラック』だ!?お前の頭上に上がってるの『ホワイトフラッグ』じゃーん♪」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 そう言って、Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)の頭上を軽快に指差す。観客が沸き、笑い、悲鳴のような歓声を上げる。


 この新世界で雪村雪渚を知る者たちもまた、この魂の削り合いを見守っていた。


 ――嗚呼(ああ)、せつくん。楽しいんだね……!


「つまりは白旗!『黒と白』!どっちが『玄人素人(くろうとしろうと)』!!『苦労を知ろうと』()じ登った『蜘蛛(くも)の糸』!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「確かに俺はあの夜『死んじまった』!!!天音はそんな俺を『信じ待った』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 私はもう既に、溢れ出る涙を抑え切ることが出来なくなっていた。そんな私にトドメを刺すかのように、せつくんがそのバースを締める。


「あの日!言えなかった『助けて』の『メーデー』!!!東京、午前弐時、『酩酊(めいてい)』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 観客全員に語り掛けるように、そう3バース目を締め(くく)るせつくん。


 そして、本当に最後。お互いのラストバースが始まる。


 ――先攻、Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)


「違ェんだよ!人生の『経験値』!!『変幻自』在の(ライム)で起こす『天変地異』!!雑魚はMIC(マイク)握んなよ!『永遠に』!!堕とす『テポドン』『()け者』『ジェヴォーダンの獣』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)の真骨頂――即興の凄まじい押韻連打。それは、まだ終わらない。


「響かす『重低音を』『九蓮宝燈(チューレンポウトウ)』!これで『十連コンボ』!!!Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)!『常勝街道』!『毎度どうも』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「白い(ねずみ)が『エンドロール』!!!オレの音楽は今宵!『天を昇る』!!!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 またしても最高値を更新する大歓声。赤と青の無数のサイリウム――その彩りがThunder(トンダ) Rhyme(ライム)――〈十傑〉・第八席――銃霆音雷霧を讃えるように揺れていた。


 ――白い鼠――アルジャーノン……か!何にせよ……これで、決まる……!


 せつくんのラストバースが返る。


九蓮宝燈(チューレンポウトウ)は『和了(アガ)ったら死ぬ』んだぜ?『長ったらしく』踏む奴に制裁の『四十八手』♪」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「『自分勝手』に踏むだけじゃ『一週間で』♪直行、超新星爆発、『ビッグバン』へ♪」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 クールに韻を踏むせつくん。大歓声は更に最高値を更新。せつくんの目を見つめていたThunder(トンダ) Rhyme(ライム)が、二本指を掲げて静かに賞賛を送る。


 ――いける……!


「俺が韻踏めばStageは『地獄と化すぜ』♪時計の針が処刑の『時刻を指すぜ』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 腕時計を確認するジェスチャーを交えたせつくん。


 視界の端に映る日向さんのルビーの美しい瞳は、その瞳孔(どうこう)は大きく、まるで光を宿したように、揺れるように輝いている。意識せずに見つめてしまうのか、それとも目を逸らせなくなったのか、彼の姿を追う視線はゆっくりと、けれど確実に熱を帯びていた。


「さあ優勝を決めろよ!『老若男女』!!北欧神!日向(ひなた)に代わって『討伐完了』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ただただ、歓声を上げるしかなかった。(はた)から見れば、ラップバトルの大会の会場で、泣きながら歓声を上げる白髪(はくはつ)のメイド服の女――という滑稽(こっけい)な絵面だったかもしれない。けれど、それでも良かった。


 ――決まった……!だが歓声の総量はThunder(トンダ) Rhyme(ライム)も同格……!これは……!


「これは……何という……!どうなるのですかな!?わかりませんぞ……!」


「どっちもヤバかったのだ!」


「おォ……!もうアタイはどっちもすげェってことしかわかんねェよ……!」


 会場中が騒めき立っている。


 そんな中、日向さんは――瞬きの回数が僅かに増え、頬にはうっすらと赤みが差していた。呼吸が浅くなり、唇は何かを言いたげに僅かに開くが、そのまま閉じられることが多い。


 彼女の睫毛(まつげ)が僅かに震える。指先が無意識に自身のショートパンツの端を握る。心が追いつけずにいるのか、それとももう受け入れてしまったのか。けれど、確かに彼女の目は、まるで引き寄せられるように彼を映し続けていた。


 ――嗚呼(ああ)、彼女は恋に落ちたんだ。


 そして、せつくんを見つめたまま、彼女――日向さんはぽつりと言った。


「あまねえ……。雪村……超カッコいいね……」


「はい……。私も()れ直しました」


 ステージ上で向かい合う二人の男の呼吸は荒く、二人はお互いの瞳を見つめたまま静かに呼吸を整えている。司会の男が、戦いの余韻を重く残す観客たちに告げる。その男自身も、少しだけ涙を浮かべながら。


『ここに立てることが光栄……!そう思うほどの……!最高の……!最高の試合でした!ですが……決めなければなりません!』


「――お前どっち!?」


「いやわかんねえって!」


「俺は決めたぞ!」


『――それでは……!ジャッジに入ります!より歓声が上がったMCが優勝――今回は、本当に僅かな差だったとしても、どちらかに決めさせていただきます!!』


 カラフルなムービングライトやスポットライトの光がステージの上で交錯し、二人の姿を劇的に映し出す。


「よし!俺も決めた!」


「こっちだろ!」


『まずは先攻!Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)!!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 割れんばかりの、途轍(とてつ)もない大歓声。その声音には、死力を尽くして戦ったThunder(トンダ) Rhyme(ライム)へのリスペクトが満ち溢れていた。


『――続いて後攻!MC Algernon(アルジャーノン)!!』

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