表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

77/94

1-77 Round2:戦う理由

 大歓声に揺れるアリーナの只中で、隣にいた竜歌さんが興奮を隠しきれない様子で叫んだ。


「――やべェ!よくわかんねェけどかっけェ!かっけェよボス!アタイはやっぱりボスについてきて良かったぜェ……!」


「おにいたま!」


「カッコイイですっ!雪渚センパイっ!」


「すごいのだ!雪渚!ボク、感動したのだ!」


「あのお二方……楽しそうでしたな……!」


「あァ!認め合ってるって感じがしたなァ!――って姉御ォ!泣いてんのかよォ……!」


「ふふ……それは竜歌さんもですね」


 一方の日向さんは、何も言わなかった。ただ、潤んだ瞳をキラキラと輝かせたまま、せつくんを見つめている。頬は紅潮し、その表情は、私の知る彼女のどの表情とも少し違っていた。


 ――ああ、そうか。日向さんは……。


 そこまで考えて、私はその思考を無理矢理振り払った。自分を誤魔化すように、再びステージへ視線を戻す。


 ――いや、ダメだ。今は、せつくんが全力で戦っている。私は最後まで見届けたい。


『――では延長戦のbeat!DJ New World!お願いします!』


 司会の声を受け、DJブースの男が次のbeatを鳴らす。ドゥクドゥクドゥクドゥク――スクラッチ音が会場を裂き、その後に流れ出した音が一気に空気を塗り替えた。


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 オーディエンスが一斉に右手を高く掲げ、前後に大きく揺らす。赤と青のサイリウムが波のように(うね)り、巨大なアリーナは二色の光に呑まれていった。


 数小節ほど流したところで、DJはすっと音を止める。その静止を待っていたみたいに、客席からDJへの賞賛が飛んだ。


「「「Nice DJ~!!!」」」


『素晴らしいbeatです!それでは再び先攻後攻を決めるジャンケンを――』


 せつくんとThunder(トンダ) Rhyme(ライム)が向かい合ってジャンケンを切る。Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)はグー。せつくんはチョキ。


『ではThunder(トンダ) Rhyme(ライム)!先攻後攻、どちらにしますか!?』


「――先攻♪」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 またも食い気味の返答。先程せつくんが迷いなく先攻を取ったことへの、露骨な意趣返し。そのわかりやすささえ、この場では観客を沸かせる材料になる。


 ――不利なはずの先攻を奪い合う。これはもう、技術論じゃない。男としてのプライド、意地、その剥き出しの張り合いだ。


『EXTREME MC BATTLE 2110 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL!決勝延長戦!先攻Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)!後攻MC Algernon(アルジャーノン)!八小節四本!』


 ――次こそ……!


『――Ready Fight!!!』


 司会の掛け声と同時に、再びスクラッチ音。立ち上がったbeatに、Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)がクールに滑り込む。


「『後攻先攻』関係ねーよ♪オレが『高校の先公』みたいに『説教』してやるよ♪」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「つまり『先攻後攻』『戦闘モード』♪Brrrr bang 『ヘッドショット』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 左手を銃口に見立て、せつくんの頭を撃ち抜くジェスチャー。会場が沸くのは必然だった。


 ――やはり上手い……!また一瞬で、場の空気を自分の色に塗り替えた……!


「お前も感じるだろ?渡る世間は『馬鹿ばっか』♪『|Undergroundアンダグラン』から()い上がって『No.1(ナンバーワン)』だ!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「何度も負けた♪全部の『負けも糧』♪今この新世界に降らせる『金の雨』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――強い……!だけど……!


 真剣な眼差しでThunder(トンダ) Rhyme(ライム)のバースを聞いていたせつくんが、スクラッチ音――交代の合図と同時にマイクを口に寄せる。


「『No.1(ナンバーワン)』は俺だろ♪この『エキシビション』♪でもゴメンな、俺は『手厳しいぞ』♪()い『度胸だな』?このbeatはお前の葬式で唱える『お経かな』♪」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 クールに親指でDJを指し示しながら四小節目を締めたせつくんに、またしても会場が沸く。交代の度に空気が(せわ)しなく塗り変わる。


「そうだぜ『馬鹿ばっか』!!『だがあんた』を超えて!勝鬨(かちどき)(いなな)く『三冠馬(さんかんば)』!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「バッチリ()めてく『beats(ビーツ)rhyme(ライム)』!!アウェーな状況、『引っ()り返す』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 クールに締めながら、熱量(バイブス)を保ったままのせつくん。時折、せつくんの言葉に強く頷くThunder(トンダ) Rhyme(ライム)が印象的だった。


 そして、そんなThunder(トンダ) Rhyme(ライム)の二本目。


「――おい!アウェーな状況、引っ繰り返して!その先、何を残すかが『大事』!!韻を踏む(たび)呼び起こす『雷神』!!Wack MC!今宵(こよい)『鬼退治』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「オレの愛したHIPHOPは!地獄から()い出たガキを救った!!!オレの愛したHIPHOPは!こんなオレでも差別はしなかった!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 親指で自身を指し示すThunder(トンダ) Rhyme(ライム)。もう何度目なのかもわからない、大歓声。


 魂を込めたThunder(トンダ) Rhyme(ライム)のバースに、せつくんの二本目が続く。


「俺が歩んだ『人生は』!茨道のその先で『死んでいた』!!俺が歩んだ『人生は』!俺の自殺で一度幕を閉じた!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――せつくん……!


「俺が歩んだ『人生は』!全部俺の弱さが生んだって『知っていた』!!でも最期は笑って『死にてえんだ』!!(うた)え!俺の二度目の『人生譚(じんせいたん)』!!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――嗚呼(ああ)、やっぱり私の夫は……カッコよすぎる……!


 歓声を上げた私の視界の端で、日向さんの表情が強く揺れた。彼女はもう、せつくんから目を逸らせなくなっていた。その表情が何を語っているのか、私は理解してしまっていた。


 そして、大歓声と熱気の渦の中で、Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)の三本目。


「え?お前が超えてきた『茨道』?オレはその茨を刈り取る『芝刈り機』だぜ?」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「『ブッ飛んだ(ライム)』で『延長戦(オーバータイム)』も『ドラマチック』に『Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)』が『on the MIC(オンザマイク)』だぜ!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「おい!海の底で沈んでた『白骨化死体(はっこつかしたい)』は!!板の上じゃ『単独最下位』!『敗退』『バイバイ』オレに『拍手喝采(はくしゅかっさい)』~!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「飽くまで即興!『完全即興(トップオブザヘッド)』!!オレに勝てるなんて『思うんじゃねーぞ』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 サイリウムが会場のあちこちで高々と掲げられ、激しく振られている。観客も一体となって、二人の戦いにのめり込んでいる。


 ――せつくんの三本目。


「――逆だ、思い上がり『をするんじゃねーぞ』!お前ブッ殺して俺が『|Congratulationsコングラッチュレーション』!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「『白骨化』?震えてるけど『大丈夫か』?俺が勝者でお前が『敗北者』ぁ!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 全身を使って韻を落とす。完璧なアンサーだった。会場が爆発するように沸く。


「借金でガス・電気・水道!全部止められた!!その部屋で!俺の心臓だけが動いてた!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――せつくんが亡くなる少し前の話……。せつくんのバックボーンが、人生が、全てこの音楽に乗っている……!


「財布の中身は『(から)だった』!!でも物語は『そこからだった』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――即興で「そこから」と「底から」のダブルミーニング……!


 竜歌さんが飛び跳ねる。私たちも歓声を上げる。

 

 私はもう、溢れる涙を止められなかった。


 矢継ぎ早に続く、Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)のラストバース。


「武者震いだぜ?背負った『客の期待』!!そうだろ?未来も変わるよな?『角度次第』!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「ラップの先輩相手に見せる『格の違い』!!ブッ殺してやるから『覚悟しな』!!アーイ!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 またしてもハイレベルなアンサーに押韻。会場が沸き立つ。


「敗北の苦渋(くじゅう)を味わう『こともない』!!勝利の美酒で酔わせる『小野小町』!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「言葉の『連鎖反応』♪『喧嘩番長』♪お前『変な格好』♪断末魔が鳴り響く『Jアラート』!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 この日一番ではないかと思う程の大歓声。それでも――せつくんのラストバースが返る。


「小野小町、楊貴妃(ようきひ)、『クレオパトラ』!!言葉はあんたを殺せる『夢と魔法だ』!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――いや、せつくんも負けていない。


「あの日のトラウマ!『フラッシュバック』!!手札に揃った『ブラックジャック』!!!」


 ――せつくん……!!


「空まで『飛翔』!再び動き始めた『心臓』!手を伸ばした先に(うしな)った(はず)の『希望』!」


 ――勝って……!


「最期は笑うって見据えた『理想』と『ビジョン』!!(ちな)みにさっき言ったのが『世界三大美女』だ!!!」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 またしても、割れんばかりの大歓声。歓声が天井にぶつかり、幾重にも反響する。それは決して、Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)に向けられた歓声に負けていなかった。いや、(むし)ろ、その歓声を喰い破る程の勢いすらあった。


「――いやこれどっち!?」


「MC Algernon(アルジャーノン)やべえだろ!アンサー鬼すぎ!」


Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)押韻(おういん)もヤバいぞ!」


「即興のレベルじゃねーって!会話噛み合いすぎっしょ……!!」


「わかんねえこれ!」


『延長戦もヤバい……とんでもないバトルでしたが……!決めなきゃいけません……!』


 興奮しきった観衆へ、司会の男が震える声で告げる。


 隣の竜歌さんが叫んだ。


「――ボスで決まりだろォ!『くらった』ぞォ!アタイはァ!」


「今度こそ雪渚の勝ちなのだ!」


「雪渚センパイっ!いけますよっ!」


「おにいたま!」


「いやはや感動しましたぞ!小生も師匠に声を上げますぞ!」


 ――私も同感だ。特にせつくんのラストバース。「世界三大美女」という締め方は見事としか言いようがない。しかもあれが即興で、アンサーにもなっており、なおかつ直前の流れを回収しているなんて……!


「つーかよォ!『セカイサンダイビジョ』ってのはなんだァ!?食えるのかァ!?」


「マジですか、竜ヶ崎女史……」


 ――Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)も無論見事だが、今度こそはせつくんが……!


『――それでは……!ジャッジに入ります!改めて、より歓声が挙がったMCが優勝となります!!まずは先攻!Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)!!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――大歓声……ヤバい。どうなる……!?


『――続いて後攻!MC Algernon(アルジャーノン)!!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――いや……歓声は半々……!これは……!


『もう一度聴かせてください!先攻――Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)!!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


『後攻――MC Algernon(アルジャーノン)!!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 必死に声を張り上げる。――が、それも(むな)しく。


『――延長ッッ!!!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――くそっ……!またしても延長……!


「――今年やべえって!」


「MC Algernon(アルジャーノン)バリバリ現役じゃん……!」


 ――いや、これは……三連覇しているThunder(トンダ) Rhyme(ライム)とここまで互角に競っているせつくんが素晴らしいと見るべきだ。


 ステージの上で向かい合う、二人の男。上手(かみて)に立つThunder(トンダ) Rhyme(ライム)が、右手に掴んでいるマイクを口元に近付ける。


「――アルジャーノン♪オレと二回も延長ってマジかよ、お前♪いいね♪最高の相手だ♪」


「お前ここまで強いと……ホントに『フェイク野郎』なのだけが残念だな……」


「ケケッ♪でも次で決めようぜ?オレはこの喉を潰してでもお前に勝つぞ♪虹金貨(こうきんか)三百枚――日本円で三億、オレから奪い取るんだろ?」


「……同感だ。次で決めよう」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 ――次が……最終戦……!泣いても笑っても……次で決まる……!


 〈十傑円卓会議(サミット)〉の終了から異能バトル、そして現在に至るまで。雪村雪渚と銃霆音雷霧による、数時間に及ぶ戦いは、遂に最終局面へと差し掛かっていた。

評価(すぐ下の★★★★★)やブックマーク、感想等で

応援していただけると執筆の励みになります。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ