1-76 Round1:人生賛歌
『EXTREME MC BATTLE 2110 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL!決勝戦!先攻MC Algernon!後攻Thunder Rhyme!八小節四本!』
――始まる……!
前傾姿勢のまま、今にも銃霆音さんへ飛び掛かりそうなほど激しく上体を前後に揺らすせつくん。
一方のThunder Rhymeは、片手をくい、と持ち上げ、歯に嵌めた銀色のグリルを覗かせながら挑発するように笑っている。
フランちゃん、汚宅部さん、ハズレさん、竜歌さん、日向さん、手毬さん。そして、この新世界で雪村雪渚という男を知る全ての者たちが、固唾を呑んでその瞬間を見守っていた。
――せつくん。信じていますよ。私は、いつでも。
『――Ready Fight!!!』
司会の掛け声が炸裂すると同時に、ドゥクドゥクドゥクドゥク――というスクラッチ音が走る。そこへ重なったbeatが、巨大なアリーナいっぱいに流れ出した。
その一拍目に、せつくんはもう乗っていた。音が立ち上がるのと同時に、驚く程の熱量で言葉を叩き込み始める。せつくんの声音が、真っ直ぐに、鋭く、アリーナ全体へ反響した。
「――竜虎相搏つ!この瞬間を『跨ぎ』!お前の言葉は全部『ハッタリ』?希死念慮と後悔で重ねた『轍』!立てた中指が挨拶『代わり』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
爆発するような歓声。ムービングライトとスポットライトの光が縦横に交錯し、中指を立てたせつくんの姿を、まるで一枚の絵画のように浮かび上がらせる。
その一瞬だけ、時が止まったようにすら見えた。私も思わず、慣れない歓声を上げていた。
――凄まじい気迫。せつくんの全てを込めた、即興の音楽。
「『延長戦』だぜ!さっきの『攻防戦』!!打っ手斬って悪かったな!お前の『二の腕』!!」
私は、もう既にその姿に見蕩れていた。
――これは……せつくんの人生賛歌だ。
「My name is Algernon a.k.a. 雪村『雪渚』!!嘗ての日本を席巻した『伝説だ』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
オーディエンスへ正面から向き直り、そう1バース目を締めたせつくんに、再び会場が揺れる。私たちも、歓声を抑えられなかった。
その言葉を真正面から受けたThunder Rhymeは、小さく身震いした。スクラッチ音が差し込まれ、ターンが切り替わる。
「そうだぜ♪さっき引き分けた『攻防戦』!!一つは秀でたらしいな『優等生』!!オレが持ってる♪その伝説を築く『主導権』!!クソ陰キャ♪骨まで噛み殺す『軍用犬』!!!ハハッ♪」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
リズムに乗って上体を揺らしながら、真正面からアンサーを叩き返すThunder Rhyme。彼もまた、凄まじい熱量を纏っていた。
――流石に上手い……!即興で韻を踏みながら文章を成立させ、その上で相手へのアンサーまで返すなんて、どれだけ難しいか……!
「オレの言葉は何にも『替えられない』!!オレは仲間がいるから『負けられない』!!アルジャーノン弱くて目も『当てられない』!!つーか弱い者虐めが『止められない』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
そう締めながら、前方へスライディング正座――。派手で、馬鹿馬鹿しくて、それでいて観客の心を一瞬で掴む、完璧なパフォーマンスだった。会場が沸く。
Thunder Rhymeもまた、圧巻だった。
そして再び、スクラッチ。せつくんの番。
「確かに俺が満点を取った『共通テスト』!!|だが起こす波風、竜巻、『強風警報』!!生い立ち、家庭環境、経験に『境遇』!抱えた地獄が俺を『強くする』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
思わず鳥肌が立った。戦慄。言葉だけでそうさせるこの人は……。
「『無条件』に勝てるから乗ってきた『輸送船』!!そもそも持ってねえだろこの先の『入場券』!!『優等生』が制する最高峰の『頭脳戦』!!ほら、右手にMIC掴んだら『優勝へ』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
――ヤバい。カッコよすぎる。
高く天を指差すせつくん。その仕草に呼応するかのように、赤と青のサイリウムが一斉に掲げられた。
――Thunder Rhymeが放った「優等生」……!ここまで鮮やかなアンサーを返すなんて……!
興奮した仲間たちが声を上げる。隣の日向さんもまた、その姿に恍惚とした表情を浮かべていた。
次は、Thunder Rhyme。
「オレが作ってんだ♪音楽の『流行は』!!再び海底二万マイルまで『急降下』!!!ハハッ♪」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
――悔しいけど上手い。でも、せつくんも負けていない。
「オレが魅せに来た『ワードプレイ』!!世界一だぜ♪堪能しな♪全員『カッ飛ぶぜ』!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
「イキったチー牛ブッ殺す『桶狭間』♪戦国♪天下人に成るのは『オレじゃなきゃ』♪」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
「オレが捻る時代の『ドアノブなら』♪東大生の返り血浴びる『織田信長』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
楽しそうに、けれど真剣そのものの顔で、Thunder Rhymeは言葉を撃ち込んでいく。
再び、せつくん。もう折り返しだった。
「お前が言ってた『桶狭間』!!でも最期にはきっと『俺が笑う』!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
「『頂上決戦』『本当に弱え』!!信長討ち取る『本能寺の変』!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
声に抑揚をつけ、beatの上で言葉を踊らせながら、せつくんは更に熱量を押し上げていく。
「殺し損ねた第八席、『仕留めに来たぞ』!!また名前を世界に『広めに来たぞ』!!歯ァ食い縛れ!俺が『ブチカマすぞ』!!明日の朝刊の一面は『俺が飾るぞ』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
――カッコよすぎるだろ……!私の夫……!
続くのは、Thunder Rhymeの三本目。
「ニュースとラジオ♪そして『新聞も』♪世界が揺れる♪オレが『韻踏むと』♪」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
名曲のフレーズを滲ませた、オリジナリティあるサンプリング。会場が自然と沸き立つ。
全身を使って歓喜を表すThunder Rhymeの姿から、HIPHOPという文化そのものを愛しているのだと伝わってきた。
「本能寺の変?『冗談じゃない』!明智を討ち取る『山崎の戦い』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
――これは切っ先三寸の斬り合いだ。言葉の刃で……お互いがお互いを全力で殺しに掛かっている……!
「『歯ァ食い縛って』『捲し立てる』!!声を轟かす全国『各地まで』!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
「真夜中でも照らすぜ『五月晴れ』!!『勝つしかねえ』!!オレらは『やるしかねえ』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
この二人は最早、完全にお互いを認め合った上で、最高の好敵手だと認めた上で、その上で相手を全身全霊を以て殺そうとしている。そのことは、誰の目にも明らかだった。
――そして、最後のせつくんのターン――ラストバース。
「そうだろ!俺らは『やるしかねえ』!死んでも残るverse『吐くしかねえ』!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
「でも黙って聞いてりゃ『ホントつまらねえ』!!あんたの首斬る『妖刀村雨』ェ!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
首を斬るジェスチャーを交えた、魂のバース。会場が三度、大きく揺れる。
「一歩『踏み出す』!お前じゃ『無理だ』!ブチ殺しに来た俺!『堕天使ルシファー』!!!』
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
「俺は仲間と明日を『生きるため』!!そのために此処に俺が『いるんだぜ』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
親指を下に向け、ステージの床を指し示すせつくん。その姿に、また自然と歓声が上がる。
――嗚呼、せつくんがあんなに楽しそうなのは、本当にいつぶりだろう。良かったね……良かったね……せつくん。
気付けば涙が溢れていた。
そして、その言葉を受けて――Thunder Rhymeのラストバース。
「ブチ食らったよ♪Niceな『サンプリング』!!オレの喉に潜んでる『ファフニール』!!聴こえた福音♪『大天使ガブリエル』!!仲間と掲げたクランが『タッグチーム』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
自身が纏う、銃と弾丸のグラフィティ入りの黒いパーカーを引っ張り、オーディエンスへ見せつける。その仕草一つで、会場の熱がまた跳ね上がった。
「『ハウリング』するくれえ声を『枯らす』!!三本足でStageに立つ『八咫烏』!!!討ち取ったり♪稀代の『天才も』!!!貧民から成ったぜ『天下人』!!!」
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
――これは……!
「――やばいやばいやばいやばい!!!」
「エグいって!!!」
「MC Algernonやべえって!」
「Thunder Rhymeー!!!」
赤と青。二色のサイリウムが、会場中で激しく揺れている。
大歓声の只中で、二人の男は全てを出し尽くしたように息を切らしながら、それでも尚、真っ直ぐに相手の目を見ていた。額を伝う汗すら、スポットライトの中で美しく見える。
その戦いを間近で見届けた司会の男が、ゆっくりとマイクを持ち上げ、会場全体へ呼び掛けた。
『素晴らしい……!素晴らしいバトルでした……!』
心からの声だった。そして観客たちもまた、その余韻から未だ抜け出せずにいた。司会は続ける。
『それでは……!ジャッジに入ります!「ヤバかった」と思うMCに!手を挙げてください!より歓声が上がったMCが優勝となります!!』
――Thunder Rhymeも、間違いなくヤバかった。でも、私はせつくんの言葉の方が刺さった。それは、私がせつくんの妻だから――そんな理由ではない。最早この勝負は、そんな私情だけで勝敗を決めていいものではなかった。
『まずは……!先攻!MC Algernon!!』
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
割れんばかりの歓声。私と同じ結論に至ったであろう仲間たちや日向さんも、サイリウムを握った手を高く掲げ、全力で声を張り上げる。
――これだけの人が……せつくんに……!
『続いて後攻!Thunder Rhyme!!』
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
――歓声は半々……!これは……!
『おっと……もう一度聴かせてください!先攻――MC Algernon!!』
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
『後攻――Thunder Rhyme!!』
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
『――延長ッッッ!!!』
「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」
まだ終わるな。
もっと見せろ。
もっとぶつかれ。
そんな観客の欲望そのものみたいな歓声が、アリーナの天井を突き上げる。
最高潮だったはずの熱が、更にもう一段階、上へ跳ねた。
――時刻は既に深夜二時を回っていた。雪村雪渚と銃霆音雷霧の両名が支配する夜は、まだ終わらない。
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