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1-75 続々・天使長の独白

「……そうか」


 日向さんに(かしず)いていた幕之内さんが、ゆっくりと立ち上がる。


 日向さんは、どこか気まずそうに視線を泳がせたのち、遠慮がちに幕之内さんを見上げた。観衆には届かない程度まで声を落として、小さく問い掛ける。


「ねえ、幕之内くん。フっておいて悪いんだけどさ。なんでアタシのこと好きになってくれたの?」


「――お、それはだな」


 幕之内さんは(おもむろ)に口を開いた。


 汚宅部さんは呆れたような顔でその様子を見守っている。


 対照的に竜歌さんと手毬さんは、何が起きているのか今ひとつ飲み込めていないらしく、きょとんとしていた。


 幕之内さんは、再び指を一本立てる。サングラスのレンズに、アリーナの照明が妖しく滑った。


「まず陽奈乃ちゃんの顔。可愛すぎる」


「……えっ?」


「それにこのカラダ」


「からだ……?」


 ――うわあ……。


「おっと陽奈乃ちゃん、勘違いしないでくれよ。そりゃボディも最高にエロかわいいけどよ、程良く鍛えられてんだよ。ほら、この丁度(ちょうど)良い塩梅(あんばい)で引き締まったくびれとか」


 そう言って幕之内さんは、驚くべきことに日向さんの露出した腹部を、()で始めた。


「――いやっ!変態っ!」


「――うおっ!?どうしたんだ陽奈乃ちゃん!?」


 赤面した日向さんが頬を張ろうと手を振るう。


 けれど幕之内さんは、それを無駄に洗練された身の(こな)しでひらりとかわした。


 私は、深々と溜息を()いた汚宅部さんに問い掛ける。


「汚宅部さん。私は気分が悪くなってきたのですが、これはどういうことですか?」


「あのですな。幕之内氏はルッキズムの権化でしょーもないですぞ」


「この時代に最悪ですね」


「ルッキズムと言っても、飽くまで筋肉的に、という『マッスルッキズム』ですぞ」


「知らない言葉を造らないでください」


「小生ら、同じ高校の仲間内では、幕之内氏の恋愛のことはしょーもないために『茶番』と呼んでおりますぞ。加えてデリカシーも終わっておりますな」


 ――これまた、せつくんが気に入りそうな……。


「最悪ですね、幕之内さん」


「――おい拓生!それ言うなっつってんだろ!?」


「これで女性に告白するのは何度目ですかな……?」


「お?百六十とちょっとじゃねーか?」


「うわ……幕之内くん、それちょっとヤバいよ」


「待て待て、今までは二番目に好きな女に妥協して告ってただけだ!一番は陽奈乃ちゃんだって拓生にも話したことあるだろ!?」


「……という仕上がりですぞ。雨ノ宮女史」


「なるほど。どちらにせよ最低ですね、幕之内さん」


「うおっ!?な、なんだよ!雪村の女のエロいねーちゃんにも嫌われたじゃねーか!」


「……自業自得ですな」


「最低ですねーっ!」


 竜歌さんと手毬さんも、続けざまに幕之内さんへ冷たい言葉を投げる。


「おォ、なんだァ。アタイ以上の馬鹿かァ」


「馬鹿なのだ。馬鹿(ジョー)なのだ」


「仕方ありませんぞ。幕之内氏はスポーツ推薦ですからな」


「汚宅部さん、それは問題発言かと」


「……くっ!だがオレは諦めねえ!また愛を伝えに来るからな!陽奈乃ちゃん!」


 幕之内さんはそう言い残すと、逃げるように足早で去っていった。


 残された日向さんは、呆れたように息を吐く。


 その横で汚宅部さんが手毬さんへ向き直った。


「むむっ、ところで手毬女史。幕之内氏とは知り合いだったのですかな?」


「違うのだ。楽しそうなところを回っていたら丈を見つけたのだ!今は丈の家に押し入って居候(いそうろう)してるのだ!ご飯も勝手に食べ放題していたら丈がボクを追い出すのを諦めたのだ!」


腕白(わんぱく)ですな……」


「あくまでボクも〈極皇杯〉に出場するし、丈から勉強するってのが主目的なのだ!グータラしたいわけじゃないのだ!」


「ガッハッハ!天罰だァ!吸い取ってやれェ!」


「わかったのだ!」


「ふふ」


「ホント変なヤツらばっかね……」


 すると、カラフルなムービングライトに照らされたステージ中央へ、再び司会の男が姿を現した。


 観衆は、まるで合図を待っていたみたいに、静かに、だが確実に熱を上げていく。(ざわ)めきが密度を増し、空気そのものが震えているようだった。


『――大変お待たせいたしました!これより!EXTREME MC BATTLE 2110 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL――決勝戦を始めます!皆さん……!見届ける準備はできていますか!?』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 割れんばかりの、(うね)るような大歓声。会場の熱気が最高潮に達する。


 ――来た……!


「始まるのだ!」


「やべェぜボス……!ここに立つってのかよォ……!」


「健闘を祈りますぞ……!師匠……!」


『さあ……!ではこの決勝戦を戦う二人のMC……!熾烈(しれつ)な各エリア予選を勝ち上がって優勝……更にその猛者(もさ)の中から、最後まで勝ち上がった、二人のMCに登場していただきましょう!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


『EXTREME MC BATTLE 2110 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL!決勝に残った二人は――!Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)とMC Algernon(アルジャーノン)となっております!ステージへお越しください!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 大歓声の渦の中、ステージ上に流れ始めた音楽が、会場の空気を更に引き絞っていく。背面の巨大なLEDスクリーンには、決勝を戦う二人の顔写真とMCネームが大写しにされ、その下をレーザーのような光が横切っていた。


 そして二人の男が、ステージ裏――左右の袖から同時に姿を現す。


 司会の男を挟み、互いに向かい合って立つ。距離は一メートルにも満たない。お互いの目から、一瞬足りとも視線が外れない。


『改めてEXTREME MC BATTLE 2110 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL!決勝に残った二人はThunder(トンダ) Rhyme(ライム)とMC Algernon(アルジャーノン)となっております!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「ぶちかませー!!!Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)ー!!!」


「MC Algernon(アルジャーノン)!!カマせー!!!」


 ステージの上手(かみて)に立つのは、銃と弾丸を模したグラフィティ入りの黒いパーカーに身を包み、編み上げたコーンロウの側頭部へ稲妻型(いなづまがた)のブロンドメッシュを走らせた男。


 Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)――〈十傑〉・第八席、銃霆音(じゅうていおん)雷霧(らいむ)だ。ポケットに片手を突っ込んだまま、まるで世界の全部を睨み返すような目で、正面の男を見据えている。


 そして――ステージの下手(しもて)に立つのは、白と黒の豹柄シャツに黒いスキニーパンツ、赤いニット帽という派手な格好の青年。白くぼさついた髪。茶色いレンズの金縁眼鏡。ギザギザの歯。


 私の愛する夫――雪村雪渚、せつくん。せつくんもまた、真っ直ぐに銃霆音さんを見ていた。


『――さあ!皆さんも既におわかりの通り、今大会……!とんでもないことになっております……!決勝に残った一方は、Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)!この異能至上主義の新世界の頂点である〈十傑〉として活躍する(かたわ)ら、自身が主宰(しゅさい)する〈鉛玉CIPHER(なまりだまサイファー)〉は数億回の再生回数を誇る音源を数多くリリース……!このEMBでも三連覇……!今大会は四連覇が()かっております!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


『そしてそんなThunder(トンダ) Rhyme(ライム)と戦うのは……!昨晩のニュースでこの新世界の話題を()(さら)った〈韮組(にらぐみ)〉壊滅の功労者――〈神威結社〉の雪村雪渚!改め、MC Algernon(アルジャーノン)!!なんとこのEMBの第二回王者になります!つい数時間前に初めてその正体が明らかになった〈十傑〉・第二席――雨ノ宮天音様によって、時を超えて新世界に蘇り、そしてまた……!EMBに戻ってきました……!!』


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


  ――なんだ、この熱気は。


 喉の奥まで焼け付くような、異様な高揚。日常のどこにも存在しない種類の熱だ。


『会場の熱も最高潮……!――では!そんな二人が戦う決勝のbeat!DJ New Worldに聴かせてもらいましょう!』


 司会のその声を受けて、背後のDJブースにいた中年の男――DJ New Worldが、ターンテーブルの上に手を落とした。ドゥクドゥクドゥクドゥク――。低く唸るスクラッチ音から立ち上がったbeatが、巨大なアリーナ全体へと拡がっていく。音が床を叩き、座席を震わせ、胸骨の裏側にまで響いてくる。


 観衆は、赤と青を一本ずつ束ねたサイリウムを高く掲げ、前後に振りながらその音に乗った。アリーナ中が、赤と青の二色に染まる。


 私たちも入口で受け取ったサイリウムを高く掲げた。


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


「おォ!姉御ォ……いい音楽だなァ……!」


「はい……」


 ステージに立つ二人も、色鮮やかな光の中で小さく首を揺らし、beatの上に身体を預けていた。


 やがて音が止むと、今度はDJへ向けて喝采が飛ぶ。


「「「Nice DJ~!!!」」」


『この決勝に相応(ふさわ)しい、最高のbeatです……!それではお二人!試合前に一言言っておきたいことはございますでしょうか!?』


 司会が二人を見比べる。すると、ステージ上手の銃霆音さん――(いな)Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)が、右手のマイクを口元へ寄せた。


Verse(バース)で言うから別に――――あ、そうだ♪悪かったなアルジャーノン♪生配信つけてんの忘れてたわ♪」


 それを受けたせつくんが、下手側でマイクを持ち上げ、呆れたように返す。


「嘘()けよ……。告知してんだから確信犯だろ……」


「ババアも〈十傑〉・第二席だと公表したんだ♪問題ねえだろ♪」


 そう言ってThunder(トンダ) Rhyme(ライム)は、身体をこちら側に向け、私たち――満員のオーディエンスを見渡す。


「今日集まったヘッズ共♪さっきのオレらのバトル観てたって奴は|Put your hands upプチョヘンザ♪」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 大歓声と共に、二色のサイリウムが掲げられる。広大なアリーナの中で、赤と青の二色の光が、煌々(こうこう)と輝いていた。


 せつくんはマイクを通してThunder(トンダ) Rhyme(ライム)に冗談交じりに異議申し立てる。


「肖像権侵害にプライバシーの侵害……お前色んな法律違反してるぞ……」


「ケケッ♪まあアルジャーノンが心配してる点は大丈夫だ♪カメラ止めてたから心配すんな♪」


 ――せつくんが危惧していたこと。あのクラブ内で、〈十傑〉の面々がせつくんの神話級ユニークスキル・〈天衡(テミス)〉がどのようなユニークスキルか言い当てたこと。その様子も生配信に乗っていたのだとすると、初見殺しとしての強みが丸ごと失われる。


「そうかよ」


「以上だ♪これで思いっきりやれるな♪」


 ――信じても良さそうだ。〈天衡(テミス)〉は初見殺しの側面が強い。せつくんの〈天衡(テミス)〉が世間にバレていないのは僥倖(ぎょうこう)だ。


 せつくんはThunder(トンダ) Rhyme(ライム)の言葉に頷くと、司会の男へ視線を戻した。


「俺は特にありません」


『――わかりました!それでは先攻後攻を決めるジャンケンを――』


 二人が向き合い、軽く拳を振る。Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)はチョキ。せつくんはグー。


『ではMC Algernon(アルジャーノン)!先攻後攻、どちらにしますか!?』


「――先攻で」


「「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」」


 食い気味に放たれたその返答に、会場が更に沸いた。MCバトルでは、相手の言葉を受けて返せる後攻が有利とされる。それでも、せつくんは迷わず先攻を取った。


 ――せつくんも本気だ。


『OK!立ち位置はそのままで!先攻青コーナー、MC Algernon(アルジャーノン)!後攻赤コーナー、Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)!』


 ――勝敗の判定は極めてシンプルだ。MCバトルの直後、客判定によって、より多くの歓声が上がったMCの勝利となる。ただ、それだけ。


「――やばいやばいやばいやばい!!!」


Thunder(トンダ) Rhyme(ライム)ー!!!」


「MC Algernon(アルジャーノン)行けー!!!」


 声援が、光が、熱が、二人へ集まっていく。赤と青のムービングライトが、無数のスポットライトと交差しながらステージを塗り替え続ける。その中心に立つせつくんとThunder(トンダ) Rhyme(ライム)だけが、まるで別の濃度で切り取られているようだった。


 ――ヤバい。心臓が破裂しそうだ。


「――師匠!信じてますぞ!」


「雪渚センパイっ!」


「おにいたま……!」


「よ、よくわかんないのだ!でも、きっと雪渚が勝つのだ!あの日――十三年間の地獄からボクたちを救ってくれたみたいに、雪渚がきっと勝つのだ!それがボクの認めたライバルなのだ!」


「そうだなァ!〈十傑〉が相手だろォと関係ねェ!アタイらのボスが最強だァ!」


「雪村……勝って……!!」


 ――せつくんが、こんな大舞台(おおぶたい)に立っている。それだけで、誇らしくて仕方がなかった。もう、既に泣きそうだ。


 ――そして、これから起こる、僅か十分弱の出来事は、やがて「伝説」となった。

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