1-74 続・天使長の独白
――五六一二三。特別何かをされたというわけではないのだが、実のところ、私はこの男をあまり好ましく思っていない。
「五六氏、天プラの社長業は順調そうですな。流石ですぞ」
「はは、お陰様でな」
五六さんは、せつくんと互いに親友だと呼び合っている。だからこそ、私がこの男を好んでいないことを、せつくんに打ち明けるつもりは未来永劫ない。もちろん、せつくんを蘇らせるまでの過程で、この男が果たしてくれた役割には、心から感謝している。常軌を逸した頭脳と才覚も認めている。
それでも、好きにはなれない。
この男は、せつくんが蘇る頃には、自分が寿命で死んでいるかもしれないと本気で危惧した。そして、その解決策として、自身の肉体をアンドロイドへ改造した。嘘みたいな話だが、事実だ。
――異常だ。
私が言えたことではない。そんな自覚くらいある。けれど、それでもやはり異常だと思う。せつくんに向けるこの男の執着は、理屈の外側にある。執念と呼んだ方がまだ近い。
「ああ、竜ヶ崎さん、悪いな。紹介が遅れた。彼女が〈天網エンタープライズ〉の副社長の知恵川君だ」
「ご紹介に預かりました、〈天網エンタープライズ〉・副社長兼秘書の、知恵川言葉なのです。お見知り置きを――」
「日向さんはCMを依頼した際に会ってたか」
「そうね」
五六さんの一歩後ろに、未来的な電動車椅子に座る女がいた。
青みがかった銀髪はAライン気味に整えられ、頭には白い円柱型のロシアンハット。口元は白いファーティペットで隠され、ロイヤルブルーのアウターとハイカットブーツが、寒冷地の貴族めいた印象を与えている。
電動車椅子の両脇からはアームが伸び、その先に大型ディスプレイが展開されていた。画面の中では、「Enjoy!!」という文字が、やたら楽しげに踊っている。
「おォ!〈極皇杯〉のファイナリストだろォ?アタイでもさすがに知ってるぜェ!よろしくなァ!……ってなんだァ?『しすてまちっく』だなァ」
「竜ヶ崎女史……多分間違ってますぞ」
「おや……雨ノ宮天音さんなのです。そういえば、貴女……〈十傑〉だったのです?あまりに小物ムーブをするもので、てっきり無等級ユニークスキルの雑魚かと思っていたのです」
――最悪だ。もっと嫌いな女が出てきた。
――この女は、先日〈天網エンタープライズ〉を訪れた際にも、せつくんを侮辱した。
「一二三様が親友と呼ぶだけの価値がある人間だとは思えない」
――そう言った。はっきりと。
――絶対に許されない。せつくんのお許しさえいただけるなら、この場で六恒河沙回ほど殺している。
「〈極皇杯〉のファイナリストなのでしたよね、知恵川さん。〈十傑〉と〈極皇杯〉のファイナリスト――どちらが格上なのかもわからないほど耄碌されているのですか?お若いのに可哀想に」
「よく喋る老害メイドなのです。貴女が口を開く度に、貴女の想い人である雪村雪渚の格が下がっていくことに未だ気付いていないご様子……極めて滑稽なのです」
女は『Do Androids Dream Of Electric Sheep?』――『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の日本語訳されていない原書を片手で開いていた。
――せつくんのお好きな本と同じ本を読みやがって。お前のような低俗な女が手に取っていい本ではない。
「な、なんだァ?姉御と『しすてまちっく』は仲が悪いのかァ?」
「竜ヶ崎女史……煽らないでくだされ……」
「ずっとこんな感じですよねーっ!」
「落ち着いてくれ、二人共。申し訳ないな、雨ノ宮さん。折角の楽しいイベントだと言うのに」
「一二三様。大変失礼ながら、このメイド色恋女を視界に入れると知能指数に多大な影響を与えそうなのです。私は戻るのです」
私をきっと睨みながら、知恵川はそう言い放った。次の瞬間には、ウィーンという機械音と共に電動車椅子を反転させ、そのまま去っていく。
「……全く。すまないな。知恵川君と元の場所で決勝戦を見届けさせてもらうとするよ」
五六さんも、困ったように肩を竦めてその後を追った。
去っていく背中を見送った直後、日向さんが声を潜めて私に寄る。
「え、何……?知恵川ちゃんとあまねえ仲悪いの?なんか険悪な感じだったけど」
「あの女はせつくんを……いえ、大丈夫です」
思わず言いかけて、飲み込んだ。
日向さんは少し不思議そうに首を傾げたが、それ以上は踏み込まなかった。
「……?そっか。それならいいけど」
そのとき、また別方向から声が飛んできた。今度は暑苦しい男の声と、騒がしい少女の声だ。
「お?夕方のドラゴン女じゃねーか」
「――竜歌!〈神威結社〉のみんな!来てたのだ!?」
男の方は幕之内丈。四十万人超の参加者の中から、僅か八名しか辿り着けない〈極皇杯〉ファイナリストに二年連続で残った男だ。よって〈世界ランク〉も十四位。実力は文句なし。
「おォ!テメェは幕之内!さっきはフランを助けてくれてありがとなァ!」
「おー、構わねーよ。大したことはしてねー」
長い金髪を後ろで束ね、先の尖ったサングラスを掛けた色黒の大男。赤いスカジャンの背には虎の刺繍。上半身の筋肉は服などなくても成立するほどに完成されきっている。ムービングライトがその身体を撫でる度、まるで舞台装置そのものみたいに映えた。
「竜歌!」
一方、竜歌さんに嬉しそうに飛び付いたのは、羊を模した着ぐるみに身を包んだ金髪の少女――羊ヶ丘手毬だ。着ぐるみから顔だけを露出した、その奇怪な格好の少女――と言いたいところだが、本人曰く、「立派な十八歳」らしい。
「――おォ!手毬じゃねェかァ!〈神屋川エリア〉の外で会えるなんて夢みてェな話だなァ……!」
「何もかも雪渚のお陰なのだ!色んな楽しそうなところを回っていたらたまたまここに来ていたのだ!雪渚が出ているとは思わなかったのだ!」
竜歌さんが嬉しそうにその頭を撫で、手毬さんは羊の頭部をぐいぐい擦りつける。年齢だけ見れば同い年のはずなのに、そのやり取りはどこか姉妹じみていて微笑ましかった。
一方、幕之内さんはというと、汚宅部さんの方へ真っ直ぐ歩み寄り、その両肩を掴んで乱暴に揺さぶり始めた。
「――おい!おい!拓生!オメー!色々説明しろよ!」
「ま、待ってくだされ、幕之内氏……!い、言いたいことはわかっておりますぞ」
日向さんが、「なんだコイツら」といった面持ちでその様子を見つめていた。
「拓生さんと幕之内さんは知り合いなんですかーっ?」
「実は高校が同じでしてな……」
汚宅部さんが何とか絞り出した言葉に、幕之内さんはぴたりと手を止めた。そして、彼の前に仁王立ちすると、一本指を立てて言う。
「よし、いいか、拓生。まず一つ目だ。オメーはクランに入ったんだな?」
「そ、そうですな。師匠の〈神威結社〉に加入して楽しくやってますぞ」
「よし。それはいいことだ。だがてめー連絡しろよなこんにゃろー」
「それは申し訳なかったでありますな。なかなか波乱な毎日だったものでしてな」
「ああ構わねえ。軽い問題から片付けていってるからな。二つ目だ。オレはさっき知ったばかりなんだがよ、なんだ、昨晩のニュースはよ」
「言いたいことはわかりますぞ……」
「おう。そうだな。雪村雪渚――なんだアイツは?八十五年前に自殺していた?共通テスト満点の天才?どこに潜んでいるかも長年不明だった〈韮組〉を壊滅させた?で、今日雷霧の配信観てみりゃなんだ?〈十傑〉の雷霧と引き分けて?今から決勝戦でラップバトルやるって?おい拓生、意味わかんねーだろ。オメーこれ全部説明できるのか?」
――せつくんが蘇ってから、せつくんの身の回りでは幾つも事件が起きた。事情を知らない幕之内さんにしてみれば、当然の疑問だ。
「フフフ……幕之内氏。小生も今改めて振り返っても全く意味がわかりませんぞ」
「おい拓生!オレのパンチでオメーのその無駄な贅肉をミンチにすることは容易いことだぞ!」
「――ぶひぃっ!?お、落ち着いてくだされ!幕之内氏!冗談ですぞ!」
「そうか。オレも冗談だ」
「幕之内氏は相変わらずですなぁ……」
「さっきたまたま会ったばかりの雪村がまさかこんなぶっ飛んだ奴だったとはな。なかなかやる奴じゃねーか」
――私、雨ノ宮天音の幕之内丈に対する評価としては、実はかなり高い。第一印象は直情型の筋肉馬鹿かだったが、こう話を聞いてみると、せつくんをかなり高く評価している点が素晴らしい。見る目がある。もちろんせつくんに比べればこの筋肉ノンデリ男も道端に転がる路傍の石と大差ないわけだが。
「待て拓生。問題はあと二つあるぞ。更にデカい問題と、とんでもなくデカい問題だ」
「ええ……もう十分ですぞ」
「まあ聞け拓生。三つ目だ。そこのエロいねーちゃんだ」
突然、私に目線を向けられる。
「……私ですか?」
「数時間前に〈十傑〉から『第二席・雨ノ宮天音は既に蘇生の力を使用しており使えない』って声明が出てたろ。オレが筋トレしながらニュースを観てたらよ、そんな声明が流れているわけだ。当然オレは『ほーん、〈十傑〉・第二席がついに名前明かしたんか。蘇生の力持ってるってすげーな』と思うだろ?」
「いやそれは知りませんぞ……」
「そしたらよ、全部繋がるんだよ。蘇生した雪村、蘇生の力を持つ第二席……!」
「今日の幕之内氏はよく喋りますな……」
「よし、黙れ拓生。ダメ押しにだ。さっきの雷霧の配信に雪村もエロいねーちゃんも映ってんじゃねーか!しかも親しげに話してよぉ!」
――幕之内さんが銃霆音さんを「雷霧」と下の名前で呼ぶのは、恐らく昨年の〈極皇杯〉のファイナリスト同士で親交があるのだろう。幕之内さんと雷霧さんは実際に昨年の〈極皇杯〉の準決勝で激突している。ファイナリスト級同士は、命のやり取りをしたからこそ変に通じ合うことがある。
「つーことはだ。そこのエロいねーちゃんは……〈十傑〉・第二席――雨ノ宮天音なんじゃねーのか!?」
――最低限の知能はある。ますます良い。やはり幕之内さんは、かなり見込みがある。
――〈神威結社〉もかなり良いメンバーが揃ってきた。この異能至上主義の新世界を生きるのに、個性的だが魅力的なメンバーが揃ってきたのではないかと思う。もし仮に、せつくんがもう少しメンバーを増やしたいとお考えなのであれば、幕之内さんは悪くない選択肢なのではないかと思う。異能バトルで世界十四位の実力、ユニークスキルは肉弾戦向きの強力な偉人級ユニークスキル――前線で戦うのにうってつけの人材だ。
「ここまで長い道のりでしたなぁ。……正解ですぞ」
――もしせつくんが、次のクランメンバーについて私に相談してくださるような夢のような機会が訪れるのであれば、私は幕之内さんを推薦しよう。ただもし、せつくんが私とは異なる考えをお持ちなのだとしたら絶対にそちらが正解だ。幕之内さん案は即座にゴミ箱に捨てるとしよう。
「――いや!?おかしいだろ!なんでオレら〈極皇杯〉のファイナリストでもまあお目にかかれないような〈十傑〉がよ!雪村と一緒にいるんだよ!」
「幕之内氏……その辺のくだりはもう小生らで済ませましたぞ……」
「あとどう見てもそこのエロいねーちゃん、雪村のこと好きだろ!なあ!?ねーちゃん!そうだよなあ!?」
「幕之内さん……当然のことを聞かないでください。愚問ですよ」
「おいおいおい!このねーちゃん、雪村にベタ惚れじゃねーか!羨ましいぞ!雪村あんにゃろ!」
「……幕之内氏、それで最後の問題は何ですかな」
「おっ、よくぞ聞いてくれたじゃねーか。それがな、いいか?聞いて驚くなよ?」
「な、なんですかな」
汚宅部さんがごくりと喉を鳴らした。
一方、竜歌さんと手毬さんは相変わらずじゃれ合いながら、〈神威結社〉に入ってからの話を手毬さんが根掘り葉掘り聞いているようだった。
そして、幕之内さんは、唐突に日向さんへ振り向いた。
「――オレが陽奈乃ちゃんの大ファンだと言うことだああああああああああああ!!!」
「……はあ?」
「……えっ!?なに、アタシ!?」
完全に不意打ちだったらしい。日向さんが目を丸くする。無理もない。
だが幕之内さんは一切怯まず、むしろここからが本番とでも言うように一歩前へ出ると、日向さんの前で片膝を突き、その小さな手を自分の大きな手で包み込んだ。
「――陽奈乃ちゃん!好きだ!オレと付き合ってくれ!!!!」
――意味がわからない。幕之内さん、ここMCバトルの大会の本戦会場ですよ?
「……えっ!?いきなりすぎない!?」
「陽奈乃ちゃん……俺にとってはいきなりじゃねーのさ。恋っつーのはいつだって唐突なんだぜ?」
何を格好つけているのかわからないが、声量だけは一流だった。当然、周囲の観客も騒つき始める。
「――え?幕之内さんじゃん」
「〈極皇杯〉BEST4の!?やば、本物じゃん」
「てか何してんのあれ。告白?」
「え、告白されてんの陽奈乃様じゃない?」
「日向さん!?〈十傑〉の!?」
「顔良っ」
「え、幕之内さんが陽奈乃様に告白してんの?」
「あの二人くっついたらちょっと嫌かも」
「リアル陽奈乃様ビジュ良すぎでしょ。可愛すぎ」
――最悪だ。他人のフリをしていよう。
竜歌さんと手毬さんも、ようやくこちらの空気の異常に気付いたらしい。
「お前ら何してんだァ……?」
「丈は何してるのだ?」
「……他人のフリ……他人のフリ……ですぞ」
ところが最悪なことに、注目は私にも飛び火した。
「――あれ?あのメイド服の人……ネットで噂されてた〈十傑〉の第二席!?」
「えっ、嘘!?本物!?」
「めっちゃ可愛いじゃん!髪きれー!」
――最悪だ。銃霆音さんの生配信の所為で私の正体まで完全に割れている……!
「MC Algernonと付き合ってるって噂じゃん?」
「てかそれどころか第二席がアルジャーノン蘇らせたんでしょ?」
「えっ彼氏の決勝戦応援しに来たってこと?めっちゃ健気じゃん……」
「えーいいな。俺もあんな可愛い彼女ほしーんだけど」
「お前にゃ高嶺の花すぎるだろ!」
「蘇らせたってどういうこと?アルジャーノンが亡くなったのって八十五年前とかでしょ?第二席――雨ノ宮さん?そのときいなくね」
「ほら!今ニュースで八十五年前の資料から雨ノ宮天音さんの――って!」
「えっじゃあ八十五年前からずっとアルジャーノンを!?一途で可愛いすぎでしょ」
「スタイル良っ……!」
――あれ?なんだろう。これ、悪くないですね。
なんだかせつくんと私を凄く応援してくれてる気がする。それならまあ、良しとしましょう。
一方の幕之内さんはと言うと、未だ日向さんに傅いたまま、日向さんの返答を待っていた。日向さんは少し照れながら、困った様子で俯いている。
――いや、これは……そうか。むしろこれが最善では……?
幕之内さんは、多少暑苦しくて筋肉でノンデリだが、悪い人ではない。世間的に見てもかなりモテる部類だ。そしてもし、この二人が付き合うことにでもなれば――日向さんがせつくんの「ヒロイン枠」へ滑り込んでくる可能性は、当面消える。
――日向さんには少し申し訳ないけれど。
「それで、どうなんだ陽奈乃ちゃん。返事をくれると嬉しいが」
「ええっ……えっと……幕之内くん、だよね?」
――……何考えてるんだろ、私。本当に最悪だ。日向さんは既に一生分……いや、それ以上の地獄を見ている。もっと幸せになっていいはずの人だ。それなのに、私はなんてことを……。
「ああ、〈極皇杯〉で観てくれてたろ?」
「それはもちろん知ってるけど……えっと……ごめんなさい!」
周囲の観衆が再び騒めき立つ。
「――マジ?幕之内さんフラれたぞ」
「うわこれキツイな……」
「てか幕之内さんで無理なら陽奈乃様落とすの誰も無理じゃね?」
「陽奈乃様って彼氏いたことないんでしょ?」
「えーネットの噂当てになんないよ」
一方、失恋した当人は、しばらく黙り込んだままだった。そして数秒後、日向さんを見つめたまま、静かに尋ねる。
「……そうか」
「……うん。アタシを好きになってくれたのは嬉しいよ?でも話したこともないし、アタシ幕之内くんのことそんなに知らないし、あと……」
「あと……?多分、オレが察するに……オレがフラれた理由はそこだよな」
――あれ?
「えっとね……アタシ今ちょっと気になってる人がいるの。だから、ごめん」
――これは……最も恐れていた事態だ。
その瞬間、ステージへ司会が戻ってくる。赤や青のムービングライトが派手に走り、場内の空気が強引に切り替わっていく。
『五分後にはEXTREME MC BATTLE!決勝戦が始まります!お時間までに速やかに元の席へ――』
――いや、今はそこではない。今は、そんなことを考えている場合ではない。せつくんがこれから戦うのだ。まだ勝敗がどう転ぶかもわからない。私がすべきことは、ただ一つ。全力で、せつくんを応援することだけだ。
図らずも〈超渋谷第一体育館〉へ集った、雪村雪渚を知る新世界の住民達。彼等は何を思うか。その視線と期待と熱狂の全てが、この先の決勝戦へ雪崩れ込んでいく。
〈十傑〉・第八席――銃霆音雷霧との決着の刻は、刻一刻と迫っていた。
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