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1-68 人間発電所

 ステージの上。俺と銃霆音雷霧は、互いを真正面から見据えたまま、数メートルの距離を隔てて向かい合っていた。


 照明の熱が肌に張り付き、赤と青のムービングライトが交互に俺たちを舐めるように照らしている。ステージ下からは無数の視線。背後ではbeatの立ち上がりを待つスピーカーが、獣の喉みたいに低く(うな)っていた。


 こうして相対すると、嫌でもわかる。この男が放っている圧は、到底、人間がその肉体一つで発する類のものではない。


 ――コイツが、昨年の〈極皇杯(きょくのうはい)〉で四十万人を超える参加者の頂点に立った男。そして、この新世界の頂点に座する〈十傑〉の一角。


「オレは『〈十傑〉剥奪』と『三百枚の虹金貨(こうきんか)』を、アルジャーノンは『第二席』と『日向陽奈乃の〈十傑〉剥奪』を賭ける♪それで間違いねえな♪」


 銃霆音は確認するように、いや、宣告するように言った。歯に嵌めた銀のグリルが、ステージライトを受けてギラついている。


 ――なんだコイツ。わかりきったことを、態々(わざわざ)復唱しやがって。念押しか?それとも、言葉にして空気を支配するのがコイツのやり方なのか。


「〈十傑円卓会議(サミット)〉でそう言っただろう。お前こそ約束を反故(ほご)にするなよ」


 俺がそう返した瞬間、銃霆音は口角を上げた。


「――悪くねえ『Answerだ』♪だがカウンター一発で『ワンパンだ』♪」


 その瞬間だった。


 銃霆音はバックステップで一歩退くと、右手のマイクを口元へ寄せ、そのまま自然にリズムへ乗った。同時に、ステージ上のスピーカーからbeatが流れ始める。重低音が腹を揺らし、照明が僅かに脈打つ。


 頭上で、バチバチ、と空気が裂ける音がした。


 ――始まった……!


 そこに留まるのは悪手だと、本能が叫ぶ。俺は反射的に一歩身を引いた。


 直後、さっきまで俺が立っていた場所へ、轟音と共に青白い落雷が突き刺さる。


 光。熱。耳を殴るような破裂音。焦げた匂いが、瞬時に鼻を刺した。


 ――〈十傑〉のユニークスキルについては当然把握している。だが、〈十傑〉同士の戦闘が長引くことは極めて稀だ。故に、実戦の詳細データは少ない。


 〈十傑〉・第八席――銃霆音雷霧。神話級ユニークスキル・〈雷槌(トール)〉。


 現時点で判明しているのは、「マイクを通して韻を踏む度に落雷を発生させる」ということ。比喩でもなんでもない。本物の、自然現象の雷だ。


 数千万から一億ボルト。自然界の電撃が、そのまま人間の意思で落ちてくる。真面(まとも)に喰らえば消し炭になって即死。速度も威力も、人間の枠に収まっていない。


 ――歩く災害。馬鹿げてる。どう考えても強い。強過ぎる。


「――Yo♪オレの(ライム)で雷が『乱反射』♪Wack殺すのなんて『簡単だ』♪霊柩車で運ばれろ『ガンダーラ』♪天才クン(ほふ)ってオレが『No.1(ナンバーワン)』♪ハハッ♪」


『5combo♪』


 スピーカーから、可愛らしい機械音声が弾む。その声とは正反対に、空からは殺意の塊が降ってきた。


 次の瞬間、四発。いや、(ほとん)ど同時に見える雷撃が、ステージを串刺しにするように落ちてきた。


 頭上で電気が弾ける音を頼りに、雷の落下予測点を瞬時に読み取り、身体を滑らせるように(かわ)す。空気が弾け、視界の端が白く染まる。直撃は免れても、衝撃だけで鼓膜が揺れた。


 落ちた箇所の床板が赤黒く焦げて、煙が細く上がっている。


 ――「マイクを通して韻を踏む度に落雷を発生させるユニークスキル」。それだけで最悪だが、それだけでは終わらない。


 神話級ユニークスキル・〈雷槌(トール)〉は、同じ音で韻を踏み続けることでコンボし、落雷の威力が上昇する。押韻がそのまま火力の増幅装置になる凶悪仕様。


 今ので五連。最初の「Answerだ」から「No.1(ナンバーワン)」まで、こいつはすでに「anaaa」の音を五つ重ねたことになる。


「――避けてばっかで勝てるって『習ったんか』?教科書のThunder(トンダ) Rhyme(ライム)に線引け『アンダーバー』♪」


 また雷が来る。


 しかも、先程より明らかに太い。空気が焼ける臭いが強くなる。髪の毛が帯電して、皮膚がぴりついた。


 更に威力を増した雷が二発、轟音と共に眼前へ落ちた。


 俺は上体を(ひね)って(かわ)しながら、脳内で〈天衡(テミス)〉を起動する。


『掟:感電を禁ず。

 破れば、その電撃を相対する者へと反射する。』


 ――〈十傑円卓会議(サミット)〉で俺は自身のユニークスキルを、「その身に受けた攻撃を全て反射するユニークスキル」だと(かた)った。だったら、今はそれに寄せて動く。


 ――掟は相手と、自身も対象だ。本来ならばデメリットでしかない自身への掟を今回は利用する。この掟ならば騙ったユニークスキルとも矛盾せず、銃霆音に違和感を持たせないまま、防御と攻撃が同時に行える。


「飾りか?持ってるパチンコと『弾丸は』♪マジでヤバめな『バーサーカー』♪オレの勝利を(うた)う『晩餐歌(ばんさんか)』♪」


『10combo♪』


 ――まだ「anaaa」で踏むかよ……!


 銃霆音は矢継ぎ早に韻を踏み、更に威力を増した雷を三発、間髪入れずステージへ叩き落とした。青白い閃光が視界を焼く。空気が裂ける音が、beatの上から無遠慮に覆い被さってくる。


 俺は咄嗟に身を(ひるがえ)した。一発目の落雷を紙一重で(かわ)し、二発目の着弾点から半身を滑らせるように逃れ、三発目が地を穿つ直前で強引に重心を(ひね)る。


 雷そのものは避けた。だが、問題はそれで終わらなかった。


 着弾と同時に、床板の下を何か巨大な生き物が駆け抜けたかのような衝撃が、ステージ全体を突き上げる。振動はそのままステージ下のメインフロアへと伝播(でんぱ)し、最前列にいた観客たちの身体を(まと)めて跳ね上げた。


「――うわああっ!」


「やべえ……っ!離れろ……っ!」


「死ぬ……ッ!死ぬって……!」


 女の悲鳴と、男の怒鳴り声。グラスが割れる音。スニーカーが床を擦る音。誰かが誰かを突き飛ばし、誰かが転び、その上をまた別の誰かが踏み越えてゆく。


 先程まで「雷霧さんのバトルを間近で観られる」と浮き足立っていた〈鉛玉CIPHER(なまりだまサイファー)〉の若者達は、一転して顔色を失い、我先にとメインフロア後方へ避難し始めた。照明が慌ただしく彼らの顔を照らし、恐怖に見開かれた目と、引き()った口元を次々に浮かび上がらせる。


 それは当然の反応だった。今、このステージの上で起こっているのは、喧嘩でも乱闘でもない。人間の形をした災害が、遊び半分で周囲に牙を剥いているだけだ。


 対照的に、VIPテーブルに腰を下ろす〈十傑〉の面々は、誰一人として動じた様子を見せなかった。まるで、嵐の中で落ち着いてワインの味を品定めしている貴族のように、各々が酒を片手にその光景を眺めている。


「銃霆音殿……矢張(やは)り容赦ないで御座るな」


 徳利(とっくり)を傾けながら、大和國(やまとのくに)綜征(そうせい)が低く呟く。その声音に焦りはなく、ただ事実を確認するような冷静さだけがあった。


「でも雪村くんもよく避けられるよねぇ。僕、身体が大きいから無理だよぉ」


 噴下(ふくもと)(ふもと)が、甘ったるい声で感心したように言う。その巨体をソファに沈めたまま、まるでスポーツ観戦でもしているような口振りだった。


「うんっ☆雪渚くん、スゴく頑張ってるねっ☆」


 漣漣漣(さんざなみ)(るい)が、輝く瞳をぱちぱちと瞬かせながら、どこか純粋に応援するような声音を零す。あの女は本当に、この状況すら「頑張ってるね」で処理するのか。


「あんなに雷が落ちてこの建物もよく壊れないものですわね?」


 杠葉(ゆずりは)(えんじゅ)が、シャンパングラス代わりに持たされたソフトドリンクのストローを弄びながら、不思議そうに首を傾げた。


(えんじゅ)お嬢様、こちらのナイトクラブ・〈NERF(ナーフ)〉は、銃霆音様特化の超耐雷設計でございます。音響機器も含め、壊れることはございません」


 背後に控える黒崎が、いつもの落ち着いた声音で補足する。


「あら影丸、そうなんですの」


 杠葉槐はあっさり頷き、口元に菓子を運ぶ。


「……え、槐お姉様……た、食べ方下品だよ……」


 その隣で、杠葉(ゆずりは)(しきみ)が小さく困った声を漏らした。こんな地獄の最中ですら、姉妹の会話は妙に平常運転だった。


「銃霆音君が全力で戦える数少ない場……ということだね」


 (すめらぎ)世王(ぜお)が、グラスの中で氷を揺らしながら、柔らかな声音で結論を述べる。その言葉には、ある種の納得と、ある種の諦観が同時に(にじ)んでいた。


 ――そういうことか。


 このクラブそのものが、銃霆音雷霧という一人の怪物のために最適化された檻だ。普通の街中なら、今の数撃だけで周囲一帯が吹き飛んでいたかもしれない。だからこそ、奴はここでこそ全力を振るえる。


 そしてその「全力」に今、俺は晒されている。


 ステージ上では、銃霆音が(なお)も楽しげに身体を揺らしていた。肩でbeatを取り、膝を柔らかく弾ませ、フロウに合わせて首を傾ける。その仕草は軽い。気楽だ。まるで、ただ気分良く一曲回しているだけのように見える。


 だがその実、奴が一つ韻を置くたびに、人が死ねる。


「離れてなきゃ危ねぇ『ラッパーだ』♪てか暗い顔してるけど何か『あったんか』♪テメェの頭をかち割るミョルニル『ハンマーだ』♪ハハッ♪」


『13combo♪』


 可愛らしいシステム音声が、無邪気にコンボ数を告げる。その軽薄さに反して、空気はもう冗談では済まない領域まで加熱していた。


 ――十三。


 銃霆音が最初に踏んだ母音を、ここまで切らさず積み上げた。その度に雷は太く、速く、重くなっている。


 肌を刺す帯電。

 鼻を突くオゾン臭。

 視界の端でちらつく青白い残光。

 床板の内部で唸るような振動。

 肺の奥にまで入り込んでくる焦げた匂い。


 最初の一撃とは、最早(もはや)別物だった。


 ――よし……!ここまで威力が増せば……!


 白熱した閃光が脳天を貫き、頭から足先まで稲妻が駆け抜ける。普通ならその瞬間、肉体は炭になる。だが痛みはなかった。


 ――二十億ボルト……!いける……!


 次の瞬間、俺の身体を貫いた雷は、壁にぶつかったゴムボールのように跳ね返った。青白い閃光が軌道を反転し、一直線に銃霆音へ(はし)る。


「――お♪」


「――死ねよ、銃霆音雷霧」


 青白く(はし)る閃光。轟音。次の瞬間、銃霆音の体が弾けるように倒れた。男の全身が()けるような熱に包まれる。その熱が、離れた俺にも伝わる程だ。焼け焦げた肉の匂いが辺りに広がり、メインフロアの空気が一瞬静まり返る。


 男の指先が痙攣(けいれん)し、(かす)かに動いたが、それきりぴくりとも反応しない。男が着ていた、銃と弾丸のグラフィティが描かれた黒いパーカー――その衣服の一部は焦げ、肌には赤黒い焼痕が刻まれていた。


 雷鳴の余韻だけが広々としたフロアに木霊(こだま)していた。男の身体から、煙が立ち上る。ムービングライトのカラフルな光が、色鮮やかにその(むご)たらしい光景を映し出す。


「……ボス……!やった……のか……ァ?」


 ――竜歌、馬鹿……。その台詞は……。


 俺がそう思った矢先だった。


 床へ倒れていた銃霆音の身体が、ゆっくりと起き上がる。ゆっくりと。まるで、ベッドの中で心地良い朝を迎えたかのように、両手を伸ばして欠伸(あくび)をした。


「あーきもち♪」


 ――あ、これ無理だ。


「うわ♪最悪♪俺らで作った服焦げてんじゃんかよ♪リョーガ♪替えあるか♪」


 銃霆音は自分のパーカーの焦げを覗き込み、それを乱暴に脱いだ。焦げた布が、ステージの上へ軽い音を立てて落ちる。


「おう、雷霧」


 帯刀(たてわき)がすぐさま同じデザインの黒いパーカーを投げる。銃霆音はそれを片手で掴んだ。


「お♪これこれ♪」


 そして何事もなかったみたいに着直す。


 その一連の動きが、あまりにも自然過ぎた。さっきの直撃が「事故」だったかのように見える程に。


 新しいパーカーに袖を通した銃霆音は、再び俺を見た。その眼には、愉悦しかなかった。


「……で?」


 ――効いちゃねえ。


 ――飽くまで人間である以上は、雷が直撃して無事でいられる(はず)がない。しかも低く見積もっても、通常の二十倍以上の電圧の雷だぞ……。


「『その身に受けた攻撃を全て反射するユニークスキル』――なるほどね♪」


「……お前ってもしかして人間じゃないのか?」


「ハハッ♪おもしれーこと言うな♪人間の両親から生まれて、ちゃんと心臓も動いてる人間だぜ♪」


 男は楽しげにマイクを指先でくるくる回す。


 次の瞬間、消えた。


 いや、視界から消えた訳じゃない。俺の認識が追いつかなかっただけだ。


 凄まじい殺気が、すぐ隣から湧いた。横を見る。そこに、銃霆音が立っていた。


 そして俺にだけ届く音量で、耳元へ囁く。


「――なあ、アルジャーノン♪お前のユニークスキル、嘘()いてるだろ♪」


「……っ!」


「――死ねや♪」


 ――直後。腹を突き上げるような強烈なボディーブローが俺を襲う。余りの痛みに前屈(まえかが)みになる。胃液が逆流しそうになる。


「ぐっ……!」


 呼吸が潰れる。前屈みになったところへ、続け様に凄まじい回し蹴り。


 視界が、横に吹き飛んだ。


 次の瞬間、俺の身体はメインフロア中央の天井へ叩き付けられていた。骨が軋む。背中から激痛が走った。


「あっぶね♪ミラーボール壊すトコだった♪」


 重力に従って、今度は落ちる。観衆の真ん中へ。若者達が悲鳴混じりに飛び退く。


 床に背中を打つ。視界の端で、赤いニット帽へ頭から流れた血が(にじ)むのが見えた。


 ――体格は俺と大差ない。それなのに、身体能力すら竜ヶ崎(りゅうがさき)龍帝(かいざ)の遥か上を行くのか……。明らかに……格が違う。


「――せつくん!」


「――雪村!」


 天音と日向の声。続いて拓生、竜歌、ハズレちゃん、フランが駆け寄ってくる。


 俺は床へ手を突き、ゆっくり身体を起こした。口の中が鉄臭い。


「ボス……アイツなんなんだよォ……!なんであの電撃食らって死なねェンだよォ……!」


「鍛えてどうにかなるレベルを超えておりますぞ……」


 竜歌と拓生の声が震えている。


 ――当人の全ステータスと才覚に応じてユニークスキルの階級が決まる。神話級ユニークスキルを持つ人間は、例外なく化物だ。これが――〈十傑〉。


「せつくん……」


「雪村、アンタ……」


「おにいたま……!」


 フランの小さな手が、俺の袖を掴む。


 ステージの上から、銃霆音の声が降ってきた。


「おーいアルジャーノン♪戻って来ーい♪ステージの上でやんなきゃAudienceに危害が及ぶだろーが♪」


 巫山戯(ふざけ)た口調。


 銃霆音はマイクをくるくると回しながら、こちらを見下ろしている。beatに合わせて小刻みに身体を揺らしながら。


「あと(ちな)みに今流れてるbeatな♪約束通り、丁度(ちょうど)五分で鳴り止むようになってる♪この地獄が一生続くわけじゃねーから安心しろよ♪だって殺すし♪」


 銃霆音は歯に取り付けた銀色のグリルを覗かせて、にかっと笑う。俺は、仲間達を安心させるよう声を掛ける。


「大丈夫だ。全部上手くいってる」


「雪村、アンタね……強がらないでよ……」


 日向が唇を噛む。


「アンタの決死のカウンターも通用しなかったじゃない……」


 床に落ちた〈エフェメラリズム〉とパチンコ玉を拾う。立ち上がる。身体中が軋むが、まだ動ける。俺は再びステージへ上がった。


「あと半分――二分半ってトコか♪」


 銃霆音が笑う。


「なあアルジャーノン♪実力差には気付いたか?まさか〈十傑〉が神話級ユニークスキル頼りの一芸集団だなんて思っちゃねーよな♪」


 ――コイツは、俺がユニークスキルを偽証したことを看破した。ならば最早(もはや)、俺の神話級ユニークスキル・〈天衡(テミス)〉を隠す必要もない。


「逆境を跳ね除けてこそのHIPHOPだと俺は思うんだけどな」


「いいね♪口だけは♪」


「口だけで戦うのがラッパーだけどな」


「ハッ♪よく喋る♪ま、結局のトコ♪お前はオレにこのまま負けてオレは第二席に♪〈十傑〉に相応しくねー日向も〈十傑〉から陥落♪二分半ありゃ余裕だな♪」


「一番喋ってるのはお前だけどな」


「つーかアレなんだよな♪お前らはシャバいんだ♪エンジェリックババアもドラゴンガールもデブもエロ女もバカ警察官もガキんちょもよ♪」


 ――コイツ……また……!


「ババアも八十五年もつまんねー理由で自分置いて勝手に死んだ人間のために貴重な時間使ってしょうもねえ♪」


「天音を侮辱するな」


「ドラゴンガールもデブもバカ警察官もガキんちょも自分が救われたからって他者に依存してしょうもねえ♪エロ女も家族とダチが死んだからなんなんだ♪自分が弱い所為だろーが♪」


「これ以上喋るな」


「あ?復讐のために〈十傑〉に?舐めんなボケ♪……あ♪そーだ♪まあエロ女もババアもカラダだけはエロいから〈十傑〉じゃなくなった暁には抱いてやってもいいぜ♪」


 ――嗚呼(ああ)、本当にコイツは殺さないといけない。


 俺は、一気に〈エフェメラリズム〉のゴム紐を引っ張り、手を離す。勢い良く射出されたパチンコ玉は、銃霆音の額に鈍い音と共に直撃する。


『掟:発声を禁ず。

 破れば、右腕が切断される。』


「いって♪何すんだ入水(じゅすい)自殺クン♪」


 次の瞬間。


 マイクを握っていた銃霆音の右腕が、鈍い音を立てて、肘から先ごと床へ落ちた。マイクも一緒に、ステージ上へ転がる。


 数秒、誰も動けなかった。


 銃霆音自身すら、一瞬理解が追いついていない顔をした。自分の右腕だったものを見下ろす。床に転がるそれを見つめる。


 そして、静かに眉間へ皺を寄せた。


「――おっけ♪瞬で殺すわ♪」


 怒りだけが、すっと低く沈んだ。


 俺は、床へ落ちたマイクを顎で示して言った。


「ラッパーなんだからマイク持ったら?」

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