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1-66 日向家の太陽

 ――舞白の告別式を終えた、その夜。


 宿泊していたビジネスホテルの一室で、私はベッドの端に浅く腰掛けていた。部屋は狭く、無機質で、必要最低限のものしか置かれていない。白い壁、安っぽいデスク、薄いカーテン、規則正しく唸り続ける空調。どれもが平凡で、だからこそ、その平凡さが酷く現実離れして見えた。


 あれだけのことがあったのに、世界は何事もなかったような顔で夜を続けている。窓の向こうでは車の走る音が小さく鳴り、遠くで誰かの笑い声が(かす)れたように聞こえた。けれど、この部屋の中だけが、時間から切り離されたみたいに静かだった。


 告別式の後、舞白の両親は、改めて私に謝罪してくれた。感情をぶつけてしまったことを。そして、舞白の父の命を救ってくれたことへの感謝を。


 もちろん、それで何かが軽くなるわけではない。彼らの娘は帰ってこない。失われたものは、どれだけ謝られても、どれだけ感謝されても、元には戻らない。


 わかっていた。そんなことは最初から。


 それでも、彼らの前で頭を下げられた瞬間、私は余計に苦しくなった。許される資格なんて、私にはないと思っていたからだ。


 私は膝の上で固く組んだ指先を見つめる。


 あのとき、私は死条を殺した。突然、発現した――このユニークスキルで。


 少し使っただけで、嫌でもわかった。あれは普通じゃない。


 戦闘経験なんて、ロクにない。異能バトルの訓練を積んだこともない。それなのに私は、百戦錬磨であるはずの偉人級ユニークスキルの使い手を、一方的に叩き潰した。


 そんなものが、普通であるはずがなかった。


 拳が光った。いや、拳だけじゃない。身体の奥から噴き上がった熱が、右腕に集中して、刃のように形を持った。あの感覚を思い出すだけで、今でも皮膚の下がじりじりと灼けるような気がする。


「……なんなの……これ……」


 呟いた声は、狭い室内で酷く小さく響いた。


 その時だった。


 コンコンコン、と三度。ホテルの扉がノックされた。


 静まり返った部屋には、その音がやけに大きく聞こえた。私は反射的に顔を上げる。


 ――誰だろう。こんな時間に。


 恐る恐る立ち上がり、スリッパを引きずるように扉へ向かう。覗き穴を見る余裕もなく、そのままチェーンを外し、ゆっくり扉を開けた。


 ――誰もいなかった。


「……え?」


 廊下には淡い照明が落ちているだけで、人影はどこにもない。左右を見ても、静まり返った通路が伸びているだけだった。


 いたずら、だろうか。そう思った次の瞬間、足元から、ぞっとするほど濃密な圧が立ち上がった。


「……おい」

 

 低い声。


 思わず視線を落とすと、そこに〈十傑〉・第三席――飛車角歩が、ちょこんと立っていた。


 身長は子供のように低い。丸い顔、丸い目、デフォルメされたような体型。けれど、その全身から漂う気配だけは、冗談みたいな見た目を完全に裏切っていた。


 威圧感。いや、それ以上だ。この人の周囲だけ、空気の密度が違う。小さいのに、巨大だった。


「……邪魔するぞ」


 そう言って、飛車角は私の返事も待たず、ずかずかと部屋の中へ入ってきた。迷いのない足取りで備え付けのデスクチェアに腰を下ろすと、短い脚を床へ着けたまま、こちらを見上げる。


「……聞いたぞ。……葬儀場の件……ご苦労だったな。……本来俺ら警察の仕事なんだが」


「……いえ」


 私は扉を閉め、ぎこちなく振り返る。


 部屋の中に、この人がいる。それだけで、酷く落ち着かない。けれど、不思議と恐怖一色でもなかった。この人は、少なくとも死条のような狂気の側ではない――それだけは直感でわかった。


「……で?」


 飛車角は煙草を咥えるでもなく、ただ静かに言った。


「……報告では、戦闘があったと聞いているが」


 私は一瞬、言葉に詰まった。


 ――あ、そうか。ユニークスキルとユニークスキルをぶつけ合ったのだから、あれが戦闘なのか。


「はい。実は――」


 私は深く息を吸い込み、できる限り順を追って説明した。

 死条が現れたこと。

 舞白の父に飛びかかったこと。

 それを止めようとした瞬間、自分の身体が光り出したこと。

 右腕に熱が集まって、気付けば死条を真っ二つにしていたこと。


 記憶はところどころ曖昧だった。言葉にしようとすると余計にわからなくなる。それでも私は必死に説明した。


「そしたら拳が光に包まれて……剣?手刀?がズバーっ!と……」


 話し終えると、飛車角は短く息を吐いた。


「……はっ、要領(ようりょう)を得ない説明だな」


「……ごめんなさい……私……あの人を……こ、殺して――」


「皆まで言うな」


 飛車角の声が、そこで私の言葉を切った。


「……どうせ捕まんなかったんだ、奴は。嬢ちゃんに落ち度はねぇさ」


 その言い方はぶっきらぼうだった。慰めようとしている風でもない。でも、だからこそ、少しだけ救われた。


「あの……」


 私は恐る恐る切り出す。


「……私のユニークスキルって……何なんでしょう?〈十傑〉の飛車角さんだったら……何かご存知なんじゃないですか?」


「……〈十傑〉っつっても、俺は〈十傑〉最弱の人間だからな」


「え?第三席……なんですよね?」


「……いや、それはいい」


 飛車角は面倒そうに手を振った。


「嬢ちゃんのユニークスキルだったな」


「……死条は世界の上位1%だけが持つ偉人級ユニークスキル。……それを瞬殺したとなれば、並のユニークスキルじゃねえのは確かだ」


「は、はい……」


 飛車角は少しだけ考えるように顎を引いた。その丸い目は何を考えているのかわからない。けれど、数秒の沈黙の後、彼は椅子から立ち上がった。


「…………おい……行くぞ。ついてこい」


「――あの!どこに……?」


「……〈十傑円卓会議(サミット)〉だ。嬢ちゃんのユニークスキルをはっきりさせねえか?」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――〈十傑円卓会議(サミット)〉。


 この新世界の頂点――世界上位十名である〈十傑〉が集う円卓会議。


 そんなもの、ニュースや噂の中だけの存在だと思っていた。まさか自分の足でそこへ行くことになるなんて、数日前の私なら想像すらできなかった。


 飛車角に連れられるまま、魔道具・〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉へ手を触れる。視界がぶれる。足元の感覚が抜け落ち、次の瞬間には、真っ白な広間が私を出迎えていた。


 思わず息を呑んだ。


 広い。白い。そして、静かだった。


 中央には巨大な白い円卓。その周囲を囲うように、金と白を基調とした高級感ある玉座が並んでいる。荘厳、という言葉しか出てこない。空気そのものが、一般人の立ち入りを拒絶しているようだった。


「おや、(あゆむ)。君が〈十傑円卓会議(サミット)〉に人を連れてくるだなんて珍しいね」


 最奥――「Ⅰ」の席に座る男が、爽やかな笑みを浮かべてそう言った。

 

 赤髪。王冠。派手なスーツ。ホストのように整った顔立ち。


 〈十傑〉・第一席――(すめらぎ)世王(ぜお)


 メディアで何度も見た顔だった。実物は、画面越しよりもずっと存在感がある。


「連絡を貰ったときは驚いたよ」


「…………まあな。面白いモンが見られるかもしれねーぜ」


 飛車角が「Ⅲ」の席へ腰を下ろす。


「そうか。歩がそれほど言うのならば期待しても良さそうだ。ああ、君も適当な席に座ってくれて構わないよ」


 皇はそう言って、立ち(すく)む私に爽やかに微笑む。円卓を囲む玉座には、「Ⅱ」、「Ⅶ」、「Ⅷ」、「Ⅸ」、「Ⅹ」――と、幾つかの空席があった。


 ――わけがわからない。〈十傑〉と共に円卓を囲むなんて、烏滸(おこ)がましいにも程がある。


「い、いえ……私は大丈夫です」


「遠慮しなくてもいいよぉ」


 気の抜けるような甘い声。視線を向けると、タンクトップ姿の大柄な男がにこにことこちらを見ていた。


 〈十傑〉・第六席――噴下(ふくもと)(ふもと)


 昨年の第七回〈極皇杯(きょくのうはい)〉の準優勝者。その決勝戦に世界中が沸いた。教科書に載るほどの激戦で、彼は僅差で敗れてしまったが、準優勝ながら、〈十傑〉入りするに申し分ないと評価され、〈十傑〉へと加入した、角界最強の男。


「飛車角殿に突然〈十傑円卓会議(さみっと)〉に連れてこられては仕方ないで御座るがな」


 長身の糸目の侍が落ち着いた声で言う。〈十傑〉・第五席――大和國(やまとのくに)綜征(そうせい)。「剣聖大将軍」の異名を持つ、最強の侍。


 噴下(ふくもと)(ふもと)を〈極皇杯〉本戦の決勝で打ち破ったのが、他でもない彼だ。


「飛車角はん、おいでやす」


 花魁言葉(おいらんことば)と、京都弁の入り交じった妖艶な語り口で迎えたのが、〈十傑〉・第四席――徒然草(つれづれぐさ)恋町(こまち)


 艶のある黒髪のショートボブに、花柄の着物。同性の私ですら、一瞬で見惚れてしまうほどの美人だった。


 何もかもが場違いだった。私は完全に、異世界へ放り込まれた人間のような気分だった。


「……おう、徒然草。……つーか雨ノ宮の嬢ちゃんはまだ来てないのか?珍しいな」


「例の『待ち人』のところなんじゃないかなぁ」


「ほんま……天音はんがそれほど想う人なんて……どんな人なんやろな」


「雨ノ宮殿が認める者……相応の実力者に違いなかろう」


「雨ノ宮君にはなかなか聞きづらいからね。だが彼女は聡明(そうめい)で思いやりのある人だ。きっといつか僕たちにも話してくれるさ」


 ――雨ノ宮?誰のことだろう。公表されていない第二席のことかな……?


「それで飛車角はん。なんで連れてきはったんどす?」


 困惑する私の様子を見兼ねたのか、徒然草が飛車角に問う。


「……ああ。世王、〈審判ノ書(バイブル)〉を貸してくれ」


「……ん?構わないけど」


 皇は(ふところ)から、不思議な引力を放つ古びた書物を取り出した。皇からそれを手渡された飛車角は、その古びた書物を円卓に刻まれた「Ⅲ」の刻印の上に開く。黄ばんだページには、何も記されていなかった。


「……日向の嬢ちゃん。これに手を(かざ)してもらえるか」


 原初の魔道具――〈審判ノ書(バイブル)〉。


 人のユニークスキルを映し出す書。教科書で見たことはあった。でも、本物を前にすると、そんな知識は一気に遠のく。


 私は喉を鳴らした。


 これで全部決まる。自分が何者なのか。これから何を抱えて生きていくのか。


「わ、わかりました」


 原初の魔道具――〈審判ノ書(バイブル)〉へとゆっくりと歩み寄り、〈審判ノ書(バイブル)〉の前へと立つ。


 私が抱いた確かな緊張感。〈審判ノ書(バイブル)〉は、その人のユニークスキルを決める儀式。見世物になることはあっても、基本的には無等級ユニークスキルや下位級ユニークスキルが大半であり、誰も期待はしない。


 しかし、〈十傑〉・第三席が連れて来た人間、ということだからだろう。〈十傑〉の面々は、誰も私を馬鹿にする様子もなく、静かに様子を(うかが)っている。


 その中で、飛車角もまた、玉座に腰掛けながら静かにその様子を見守っていた。彼らの視線の重みが、肩に重く()()かる。


「日向君……と言ったかな。心の準備ができたら、手を(かざ)してくれ」


「はい……」


 呼吸を一つ。もう一つ。


 緊張で指先が冷えているのに、(てのひら)だけはじっとり汗ばんでいた。私はゆっくり歩み寄り、白紙のページの上へ手を(かざ)す。


 直後。


 何もなかったページに、淡い光が(にじ)み始めた。じわじわと、夜明け前の空が白んでいくみたいに。


 その光が文字の形を取っていく。神々しい、としか言えない光だった。見ているだけで、胸の奥が勝手に震える。


 そして、そこに浮かび上がった文字は――。


――――――――――――――――――――――――

          神話級

          天照

         Amaterasu

――――――――――――――――――――――――


「……えっ?」


 自分の声が、酷く間抜けに聞こえた。


 神話級。


 その三文字の意味だけは、嫌というほど知っている。世界に十数人。この時代における外れ値。人間の形をした災害。神の名を冠する、最上位のユニークスキル。――それが、私?


「――見事」


 大和國が低く呟く。


「……はっ、嬢ちゃん……見込み通りじゃねえか」


 飛車角が短く笑う。


 ――神話級……?何……?私が……?


「綺麗な色やねえ」


「神話級の啓示は何度見ても壮観だねぇ」


 私だけが、何も理解できずに立ち尽くしていた。


 なんで。どうして。


 私は普通だった。何も持っていなかった。ユニークスキルが発現しないことに怯えて、会社でいびられて、舞白に支えられて、ただ生きていただけの、どこにでもいる女だった。


「日向君」


「は、はいっ!」


「君は神話級ユニークスキルを持つに相応(ふさわ)しい人間なんだ。〈審判ノ書(バイブル)〉によってそれが今、証明された。誇るべきことだ」


 皇の言葉に事の重大さを実感する。


 ――授かるユニークスキルの階級はランダムじゃない。教科書には、その人が持つ運動神経、体力、頭脳、行動力、リーダーシップ等――ありとあらゆる能力の総合値に応じて当人のユニークスキルの階級が決定されると記載されていた。


 ――神話級ユニークスキル。この世界に十数人しか存在しないとされる、最上位の階級に位置するユニークスキル。神話級ユニークスキルが発現するのは、ユニークスキルを授かる以前から人間離れした逸話(いつわ)を残してきた者ばかり。事実、神話級ユニークスキルが名を連ねる歴代の〈十傑〉の面々も、スポーツ、芸術、政治と、各分野のトップばかりだ。


 ――神話級ユニークスキル……?(ひい)でた能力なんて何も持ち合わせていない私が……?なんで……?


「……何故(なぜ)自分に。そう思うか?」


 飛車角の声が、不意に脳へ刺さる。


「……えっ?」


 まるで心の中をそのまま覗かれたようで、私は息を詰めた。


「……少なくとも一点、他者を……俺すらも……いや他の〈十傑〉すらも凌駕(りょうが)()る能力が嬢ちゃんにはある」


「……そんなもの……私には……」


「……はっ、(いず)(わか)る」


 飛車角はそれ以上説明しなかった。だが、彼の中では何か確信があるのだろうと、その声音だけでわかった。


 そして次の瞬間、飛車角は円卓の面々へ向き直った。


「……文句ねえよな?枠が(ようや)く一つ埋まる」


「そうだねぇ。歩がそう言うならオイラも異論はないよぉ」


「同感でありんす。やっと女の子が増えてえらい嬉しゅうありんす」


(さて)、日向殿は如何(いかが)で御座るかな」


「えっ……?えっ?」


 ――この人たちは何を言っているんだろう?


「あれ、この様子だと歩、もしかして日向君に何も説明してないね……」


「良くないよぉ、歩ぅ」


「……はっ、そうだったな」


 デフォルメの効いた外見の男――飛車角は私に視線を向ける。くりくりとした児童向け漫画のキャラクターのような丸い目で、私をじっと見つめて、渋い声で言った。その様は少しだけ、不気味だった。


「……日向陽奈乃、おめでとう。嬢ちゃんは今日から〈十傑〉だ」


「…………え?」


 理解が追いつかない。本当に、言葉の意味が頭へ入ってこなかった。


「……じょ、冗談ですよね?私が〈十傑〉なんて……」


「……実績を考慮(こうりょ)せずとも……〈十傑〉のうち一人が推薦〈すいせん〉――その後、〈十傑〉の過半数が承認すれば〈十傑〉に加入することができる」


「……私を推薦……ですか」


「……不満か?嬢ちゃんにはそれだけの力があると、今、此処(ここ)で示した」


 不満。そんなものじゃない。


 怖かった。あまりに話が大きすぎて。


 でも、その恐怖の奥で、一つだけ、はっきりしている感情があった。


「〈十傑〉になれば……」


 私は飛車角を見た。


「〈不如帰会(ほととぎすかい)〉を潰せますか……?」


 部屋が静かになる。


「……それは嬢ちゃん次第だな」


 その一言で、決まった。


 私に力があれば、舞白は死ななかったかもしれない。ママも。パパも。タロも。あんなふうに殺されずに済んだかもしれない。


 そんな「かもしれない」を、これ以上増やしたくなかった。


 私が潰す。〈不如帰会(ほととぎすかい)〉を。あの連中を。死条のような狂人を、もう二度と誰かの家へ上げないために。


「……わかりました」


 自分の声が震えているのがわかった。それでも、目は逸らさなかった。


「……やります。やらせてください」


「……はっ。それでこそだ」


 飛車角は煙草を指に挟み、ゆっくりと煙を吐いた後、低く言った。


「……復讐は何も生まない。そう言う奴もいるがな……俺はそうは思わねえ」


「…………」


「……この俺が推すんだ。必ず、やり遂げろ」


「……はい……! ありがとうございます!」


 私は深く、深く頭を下げた。


 涙が勝手に溢れていた。悔しいのか、嬉しいのか、怖いのか、自分でもわからない。ただ、ここで初めて、私は「生きる理由」を与えられた気がした。


「あれ……?なんでだろ……」


 涙を拭っても拭っても、止まらなかった。


 〈十傑〉の面々は、その様子を静かに見守っていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――翌日。


 ビジネスホテルの一室。朝の淡い光がカーテンの隙間から差し込み、鏡台の前を白く照らしていた。


「よし……」


 鏡の前に立った私は、小さく息を吐いた。


 舞白の遺品。あの子がツインテールの結び目につけていた、大きな太陽の髪飾り。舞白の両親が、どうしても持っていてほしいと譲ってくれた、そのうちの一つ。私はそれを、前髪にそっと留めた。


 髪は金色に染めた。高めの位置で結んだツインテール。毛先には、桜色のグラデーション。鏡の中の私は、昨日までの私とはまるで別人だった。


 でも、それで良かった。喪服のまま泣いているだけの自分では、もういられなかった。


 胸元では、ハート型のネックレスが静かに光っている。中央には、小さなルビー。舞白が、私の誕生日プレゼントとして用意してくれていたものだ。


 私はそれを指先でそっと握り締める。


 冷たかった。でも、その冷たさが、逆に心を真っ直ぐにしてくれる。


「〈不如帰会(ほととぎすかい)〉……絶対アタシが潰してみせるからね」


 鏡の中の自分へ向かって、はっきりと言った。その瞬間、ただのどこにでもいる普通の女の子だった日向陽奈乃は、終わった。


 舞白の死を背負い、家族の死を背負い、自分の中に灯った光を、もう二度と他人任せにしないと決めた女が、そこに立っていた。


 やがて彼女は、〈十傑〉として数々の異能犯罪へ介入することになる。


 A級ユニークスキル犯罪集団の壊滅。街一つを呑み込む規模の災害級事件の阻止。「世界の終末」とまで呼ばれた隕石衝突の未然防止。


 その名は、瞬く間に広がっていった。


 そして彼女は、〈十傑〉として得た報酬の多くを、〈不如帰会(ほととぎすかい)〉の被害者遺族へ匿名で寄付し続けた。日本円で言えば、数億円単位。それを、名前も出さず、功績にもせず、ただ淡々と。


 同時に、彼女は〈不如帰会〉を追った。一人で。執拗なまでに。決して忘れないために。


 やがて世間は、彼女を別の名前で呼ぶようになる。


 明るい金髪。太陽の髪飾り。規格外の戦闘力。そして、常識を壊すような生き方。


 通称――「#ぶっ壊れギャル」。


 けれど、その派手な異名の奥底にあるものを知る者は少ない。


 彼女が本当に壊したかったのは、自分の人生でも、世界の常識でもない。愛する者たちを奪った、あの日の延長線だった。

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