1-62 続々々・十傑円卓会議
俺の言葉が落ちた直後、銃霆音は一瞬だけ、きょとんとした顔をした。本当に、一瞬だけ。
次の瞬間には、歯に嵌めた銀色のグリルを覗かせ、腹を抱える勢いで笑い始める。白一色の部屋に、その下品な笑い声だけが嫌に大きく反響した。
「マジかよwwwお前wwwオレと殺し合うって?www」
笑い過ぎて滲んだ涙を指先で拭いながら、銃霆音は尚も肩を揺らす。その場にいた誰も、直ぐには口を挟めなかった。
「あーおもろ♪何処が天才なんだ、お前♪身の程知らずにも程があんだろ♪オレに受けてやるメリットもねーしよ♪」
「そうか?〈十傑〉の席次が高ければその名誉や報酬も多いと聞くが」
「何言ってんだ♪お前〈十傑〉じゃねーだろ♪」
「一応これでも〈十傑〉の第二席の夫でな」
言葉にした途端、天音がぴくりと肩を揺らしたのが見えた。
「見ての通り、天音は俺に依存しきってる。俺を殺せば第二席が空くぞ」
静まり返った空気の中で、その文言だけが異様に生々しく響いた。
――悪い。天音。今の俺には、こんな卑怯な手しか思い付かない。
銃霆音の眼が変わる。さっきまでの嘲笑が、一段深い欲に塗り替わっていくのがわかった。
「……なるほどな♪いいぜ、乗った♪」
――かかった。馬鹿が。
――〈十傑〉という肩書にこいつが執着しているのは、見ていればわかる。軽薄で、下品で、気分屋で、それでもこいつがこの場に居座り続けているのは、ここに座ること自体がこいつにとって巨大な快楽であり利益だからだ。席次の話を出せば、必ず飛び付く。
「んで天才クン♪悪いけどオレ、この後予定あんだわ♪やるなら今スグになるけど文句ねーよな♪」
「ああ、構わない。急ぎなら時間制限でも付けるか?」
「おい勘違いすんじゃねーよカス♪『オレ』がお前の相手をしてやってんだ♪お前にそんな条件を出す権利はねーよ♪」
「お前こそ勘違いするな」
俺は一歩も引かずに言った。
「その制限時間でお前が俺を殺せないようなら、弱いお前にハンデとして、お前の土俵で戦ってやるって言ってんだ。『その身に受けた攻撃を全て反射するユニークスキル』――お前じゃ俺を突破できねえだろ」
「舐めんな♪つーか『オレの土俵』ってのはなんなんだよ♪まさかフリースタイルするわけでもねーだろ♪」
「よくわかってんじゃねーか」
「は?正気かよ♪」
「そうだな……戦闘で『五分』。五分以内にお前が俺を殺せないようなら仕方ねえからMCバトルで相手してやる。EMB本戦に出てやるよ」
白い部屋に、別種の沈黙が広がる。
――「EXTREME MC BATTLE」――通称、EMB。MCバトル――ラップバトルの世界的な大会でもあり、世界八国に六十四あるエリアでそれぞれ予選トーナメントが行われる。各エリアのEMB予選の優勝者が本戦に集い、本戦トーナメントを行う。そして最後に残った者が優勝。多額の賞金を得る。
「お前、それマジで言ってんのか?オレは三連覇してんだぞ♪つーか本戦出てる奴らは全員、各エリアの予選勝ち抜いて出場してんだよ♪オレが〈十傑〉だからってオレの一存でそんなこと勝手に決められねー♪」
「HIPHOP的に言やビーフだ。無視するなんてダサい真似しねーだろ」
――HIPHOPにおけるビーフ。ラッパー同士が楽曲で互いを挑発し合う――「ディスり合い」を指す言葉。
「格下のビーフをいちいち相手してやる方がダセーだろ♪お前ラッパーでもねーしよ♪知った気になってビーフとか言ってんじゃねーよ♪殺すぞ♪」
「八十五年以上前の話だが……第二回EMB本戦の優勝者――知らねーわけじゃねーだろ?」
銃霆音の目が僅かに細くなる。
周囲の空気も変わった。〈十傑〉達の視線が、今度は明確に俺へ集まる。
「は?MC Algernonだろ。優勝後の行方は不明らしいが……って♪まさかお前――」
「ああ、俺がMC Algernonだ」
態と大袈裟には言わなかった。ただ事実だけを置く。
「つい先程〈歌舞姫町エリア〉のEMB予選は優勝してきた。本戦の出場資格は満たしている筈だ」
「……なっ!?」
今度こそ、銃霆音の表情が本物の驚愕に歪んだ。
慌てたようにスマホを取り出し、どこかへ発信する。
「――おいリョーガ♪さっき終わったばっかのEMBの〈歌舞姫町エリア〉予選♪誰が獲ったよ♪」
その間、誰も口を挟まない。白い会議室の静寂の中で、スマホ越しの音だけが微かに漏れる。
銃霆音は数秒、耳を澄ませ、軈て口元を吊り上げた。
「――マジ……かよ♪……OK、わかった♪サンキュな、リョーガ♪」
通話を切る。その顔に、さっきの嘲りはもうなかった。代わりにあるのは、獲物を前にした獣の興奮だ。
俺はその眼を真っ向から見返した。
「なあ銃霆音。これでも『格下』と言えるか?」
「おもしれー♪いやおもしれーよお前♪」
銃霆音は床に落ちたままだった白手袋をひょいと拾い上げ、俺へ投げ返した。
「ケケッ♪何処まで仕組んでやがった♪」
俺はそれを受け止める。布越しに、明確に「決闘成立」の手応えが伝わってきた。
「殺せば第二席の椅子に座れる上に、あのMC Algernonと戦れるって?いいね♪久々に滾る♪でも当然アルジャーノンも本戦一回戦からだぜ?みんなガチで来てるからよ♪」
「構わない。それと、こっちはお前の土俵に上がってやるんだ。戦闘で五分以内にお前が俺を殺せず、MCバトルまで縺れ込んでもお前が俺に勝てなかったら、虹金貨三百枚を寄越せ」
――虹金貨一枚当たり、日本円で言うところの百万円だ。虹金貨三百枚は、日本円で三億。
「おいおいアルジャーノン♪どんどん条件足してくるな♪だがいいぜ♪オレにとっちゃ端金だ♪構わねえ♪その代わりオレが勝てば言った通り、日向は〈十傑〉から追放、第二席もオレのモンだ♪当然EMB本戦でお前がオレと戦う前に負けるような醜態を晒した時もだ♪いいな♪」
「交渉成立だな」
「喧嘩は……そうだな♪〈歌舞姫町エリア〉にあるオレら〈鉛玉CIPHER〉の城――クラブ・〈NERF〉でやるか♪今から三十分後――二十一時にバトルスタートだ♪」
「いいだろう」
「つーわけだお前ら♪オレは『〈十傑〉剥奪』と『三百枚の虹金貨』を、アルジャーノンは『第二席』と『日向の〈十傑〉剥奪』を賭けてバトルを執り行う♪」
「……銃霆音君。それが君の結論なんだね」
「ああ♪アルジャーノンは〈十傑〉のオレが喧嘩を受けてやるだけのメリットを提示した♪資格は十分だ♪」
「……わかった。〈十傑円卓会議〉は終了とし、三十分後、クラブ・〈NERF〉にて再度集まることとしよう」
それで終わりだった。
〈十傑〉の面々は、当然のように席を立つ。誰も止めない。誰も本気で反対しない。この狂った流れすら、彼らにとっては「有り得る選択肢の一つ」に過ぎないのだ。
四隅の〈翔翼ノ女神像〉へ、次々と手が触れる。白い部屋から人影が消えていく。黒崎も、杠葉姉妹も、飛車角さんも、皇も、涙ちゃんも、噴下も、大和國も、徒然草も、銃霆音も。
取り残されたのは――俺達〈神威結社〉と、日向だけだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――誰もいなくなった瞬間、日向の中で何かが弾けた。
日向は下唇を噛んで、怒りを露わにする。その目には大粒の涙が浮かんでいた。
「……雪村……ちょっと待ってよ……!アタシを守ってくれたの?なんで……!」
「アイツが気に入らないからだ」
「……気に入らない……って!気持ちは嬉しいけど……!でも……そんなことしたら……ホントに雪村……アンタ死んじゃうわよ!?何考えてるの……!」
「さあ……我ながら何考えてるんだか……」
次の瞬間、視界がぶれた。
日向に胸倉を掴まれ、そのまま後ろの壁へ叩き付けられる。抵抗する暇すらなかった。背中に鈍い衝撃。息が詰まる。
――速い。重い。強い。
抱き留めるとか、受け流すとか、そういう次元じゃない。純粋な身体能力だけで、俺とは格が違う。
「……イカれてるわよ!アンタ!」
眼前で怒鳴る日向の瞳には、怒りと、それ以上の「恐怖」が宿っていた。自分が追放されるかもしれないことより、俺が銃霆音と殺し合うことを怖がっている。
「……質の悪い冗談だよ。日向は俺に『頑張ったね』って言ってくれたじゃないか。さっきも俺を庇ってくれた。まあちょっとした恩返しだ。受け取っとけよ」
「わかってない……!アンタわかってないわよ……!銃霆音がどれだけヤバいのか……!またあまねえを悲しませるの!?」
胸倉を掴む力がさらに強まる。豊満な胸が押し当てられていることに本人は一切気付いていない。そんな余裕はない。
天音は、「Ⅱ」の席から立ち上がったものの、深刻な面持ちで一点を見つめたまま動かない。
「――日向女史!落ち着いてくだされ!」
「日向さんっ!」
「ひなのおねえたま……」
「おい陽奈乃ォ!ボスは陽奈乃のためにだなァ!」
「――わかってるわよ!そんなことは!だから怒ってるんじゃない!」
「まあ落ち着けよ、日向。別に死のうと思ってる訳じゃねーんだから」
その一言で、日向の目がわずかに揺れた。数秒、俺の顔を睨みつけたまま呼吸を荒くしたのち、漸く手を離す。
解放された胸元に空気が流れ込み、遅れて呼吸が戻ってくる。
険悪な沈黙を断ち切るように、竜歌が声を上げた。
「――な、なァボス!いーえむびー……?ってのはラップバトルの大会なんだろォ?ボスはラップもできたんだなァ!」
「ああ、先人のレジェンドに比べりゃまだまだだけどな」
「雪渚センパイなら優勝出来るかもしれませんねっ!」
「どうだかな……。まあEMBの優勝賞金に関しては音楽に使われるべきだ。飽くまで俺が奪うのは銃霆音のポケットマネーだよ」
「ボス……アタイは痺れたぜェ!〈十傑〉に喧嘩売るなんてよォ!」
「お前らもさっき銃霆音に喧嘩売ってただろ。つーかお前らは納得してんだな」
「おォ!ボスのやることに間違いはねェからなァ!」
「雪渚センパイはやるときはやってくれる人ですからっ!」
「いやはや肝が冷えるかと思いましたがな……」
竜歌も拓生もハズレちゃんも、呆れるくらい俺を信じている。
その一方で、天音だけは動かなかった。第二席の席の前で立ち尽くしたまま、白い床の一点を見つめている。いつものような、全面的な信頼の笑みがない。
「悪かったな、天音。勝手に第二席の座を賭けてしまって。……大丈夫か、天音?」
「あっ……いえ、大丈夫です。きっとせつくんは勝ってくれますから」
その声音は穏やかだった。だが、「きっと」の一語に滲んだ不安を、俺は聞き逃せなかった。
――天音は知っている。銃霆音がどれほど危険かを。
普段なら、俺がやると言えば無条件で肯定する天音が、今はそう出来ない。それだけで、銃霆音という男がどれだけ危険かが窺える。
「……わかったわ。雪村……アンタに話がある」
「話?」
「アタシの……昔話よ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
再び〈翔翼ノ女神像〉に触れ、俺達は〈歌舞姫町エリア〉のカラオケ店へ戻ってきた。
さっきまで〈十傑〉の円卓にいたとは思えない程、受付も廊下も俗っぽい。蛍光灯、安っぽいポスター、うっすら残る消毒液とジュースの混ざった匂い。現実に引き戻されるには丁度良い場所だった。
「……日向女史、小生達もついてきて良かったのですかな?」
「うん。あまねえはもう知ってるけど、雪村と、みんなにも聞いてほしい」
案内されたカラオケルームは、良くあるチェーン店の一室だった。壁紙、モニター、安いソファ、ガラスのローテーブル。さっきまでの〈十傑円卓会議〉が嘘みたいに安っぽい。
俺達は適当に腰を下ろす。日向はテーブルの向こう側に座ったまま、両手をきつく握り締めていた。
――日向陽奈乃は、カルト集団――〈不如帰会〉によって、家族や親友を惨殺されている。そして、〈不如帰会〉への復讐のために〈十傑〉へ加入した。ネットでも見つからなかった、日向の過去――。
「フランちゃんには辛い話だと思うけど……」
「やっ!フランもひなのおねえたまのおはなし、きくもん」
――フランには聞かせてやりたくないが……フランは思っていたよりずっと強い子だ。いざとなったら耳を塞いでやろう。
「陽奈乃の過去かァ……おい陽奈乃ォ……。辛い話なんだろォ……。無理に話さなくてもよォ……」
「ううん……雪村はアタシを庇って銃霆音と戦うの。だったら……知っててほしい。アタシに何があったのか……」
天音、拓生、竜歌、ハズレちゃん、フラン。全員が黙って日向を見る。
俺も、小さく頷いた。
「わかった。聞こう」
「うん……」
――そして〈十傑〉・第七席――日向陽奈乃は、ゆっくりと息を吸い込んだ。
月光の代わりに、安っぽいカラオケルームの照明が、その横顔を白く照らしていた。
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