1-61 続々・十傑円卓会議
「ぶぅ、フラン、このおにいたま、きらい。おにいたまのことわるくいっちゃだめ」
高くも低くもない、幼い抗議だった。だが、その一言が白い会議室に落ちた瞬間、空気はもう完全に後戻り出来ない場所まで進んでいた。
「フラン……」
天音、日向、竜歌、拓生、ハズレちゃん。五人が、〈十傑〉・第八席――銃霆音雷霧の急所を、それぞれの得物で捉えている。
喉。頭部。顳顬。胸元。どれも、必殺の距離だった。
にも関わらず、銃霆音は微動だにしない。寧ろ退屈そうに肩を鳴らし、歯に嵌めたグリルを覗かせながら笑った。
「ケッ♪笑わせんな♪名前も知らねー雑魚三人と?ピカピカ光放つだけの露出狂女と?回復しか能のない〈十傑〉最弱のババアが?寄って集ってオレに勝てるってか?」
「――さァなァ。『やってみなきゃわかんねェ』って……ボスに教わったからよォ!」
「……因みに小生は勝てる気はしていませんぞ」
「オタクくん……アンタね……」
「銃霆音さん、訂正してください。せつくんを侮辱した発言だけは取り消してください」
天音の声は、凍るほど静かだった。怒鳴っていないのに、怒声より余程恐ろしい。白い翼の一枚一枚が薄く光を帯び、その光が彼女の怒りを隠し切れず漏らしている。
だが、銃霆音はその光を見ても尚、鼻先で笑った。
「神話級ユニークスキル・〈雷槌〉――北欧神話最強の戦神の名を冠するオレのユニークスキルは、この地球の体積の二割を削った♪お前ら雑魚五人なんか一瞬で塵芥だ♪理解るよな♪」
――ブラフじゃない。
残念なことに、こいつの言葉は脅しとして成立してしまう。それが銃霆音雷霧という男の最悪さだった。
神話級ユニークスキル。それは、国を一つ亡ぼすとか、都市を一つ焼くとか、そういう尺度では測れない。八十五年の間に大陸の形が変わり、海岸線が書き換わり、旧世界の地図帳が冗談みたいな紙切れに成り果てたのは、その力が現実に振るわれたからだ。
そして、この男は、俺が目覚めるたった数日前。たった一度の雷撃で、世界の輪郭をまた削った。
――ここで刺激したら、終わる。
これは俺一人の話じゃない。この場にいる仲間ごと吹き飛ぶ可能性を、銃霆音は冗談みたいな顔で持っている。
だから俺は、喉の奥に引っ掛かった怒りを噛み砕くように飲み込み、五人へ向けて声を掛けた。
「――待ってくれ、みんな」
五人の視線が一斉にこちらへ動く。その視線の重さが、痛い程に伝わった。
「……せつくん」
「……ボス!」
「俺のために怒ってくれてるんだよな。ありがとう」
「お♪なんだなんだ♪ヒーロー気取りか♪愛されボーイが♪」
「銃霆音が何を言おうが大丈夫だ。全く俺には響かねえ。俺の過去とは……ある程度、見切りをつけたからな」
「雪村……でもアンタ……!悔しくないの?こんなこと言われてんだよ?」
「ロクに知らねーで喋ってるフェイク野郎だろ?気に留める必要もねえよ。日向も怒ってくれてありがとうな」
「……雪村」
日向の声が掠れる。
――もし銃霆音に喧嘩を売って、誰かに危害が及ぶのなら、それは俺だけでいい。
「おーおー♪言うねえ♪ラッパーのオレに向かって『フェイク野郎』と来たか♪」
「みんなもほら、武器を下ろしてくれ。大丈夫、俺は大丈夫だから。な?」
――何より……折角できた仲間を、失いたくない。
「ボス……」
「師匠……わかりましたぞ……」
「雪渚センパイ……」
「アンタがそう言うなら……」
天音、日向、竜歌、拓生、ハズレちゃん。五人はそれぞれ得物を下ろし、渋々と元の位置へ戻っていく。
〈十傑〉の他の面々や黒崎は、その様子を表情一つ変えずに静かに見守っていた。
――これでいい。少し情けなかったかもしれないが、これでいい。
そう自分に言い聞かせた矢先だった。
「なんだ来ねーのか♪ケッ♪この程度なら〈歌舞姫町エリア〉のクラブで顔だけ馬鹿女のケツ揉んでた方がマシだぜ♪」
「銃霆音はん、お黙りんす」
「……銃霆音君は少し言い過ぎだね。〈極皇杯〉も近いのだから気を引き締めてほしい」
第一席・皇世王は爽やかな口調ながら、少し厳しさを孕んだ声色で告げた。
――コイツもコイツだ。止めるのが遅過ぎる。
胸の奥に、冷たい苛立ちが沈殿する。止めるなら、もっと前に止められた筈だ。銃霆音の暴走を本気で制止する気があったなら。
他の〈十傑〉もそうだ。誰も本気では場を抑えにかからない。全員、どこかで「成り行き」を見ていた。楽しんでいたとまでは言わないまでも、少なくとも必死で止めようとはしていなかった。
――〈十傑〉には秩序がない。この会議は、円卓の形をした無法地帯だ。
「はいはーい♪わーったよ♪」
「悪かったね、雪村君。銃霆音君が言い過ぎた。彼に代わって詫びよう」
「いえ……」
「話を戻すが……雨ノ宮君が雪村君を蘇らせた、というのは理解した。だがそれにしても、雪村君ほどの有名人の遺体の所在は警察ではどう扱っていたんだい?歩」
皇に名を呼ばれ、沈黙を守っていた第三席――飛車角歩が、ゆっくりと口を開く。
「………………ああ、俺か」
その声色は、可愛らしいマスコット的な容姿に相反して、相も変わらず随分とハードボイルドな声だった。
「…………〈警視庁〉でも上の人間しか知らない情報だが……雪村雪渚の遺体は現・〈天網エンタープライズ〉のCEOである五六一二三が引き取った。…………表向きには家族葬が行われたと発表されていたようだがな」
「へえ♪天プラの社長と知り合いなんか♪アイツ、アンドロイドって話だよな♪」
「五六くんは東慶大学医学部の首席入学だったよねぇ。雪村君も次席入学だってニュースで言ってたし、二人は友達だったんだねぇ」
甘ったるい声音で噴下がこちらを見る。
「はい。一二三――五六一二三は大学時代の親友です」
「そっかっ☆五六くんが遺体を引き取ったんだねっ☆普通ならそんなことできないかもだけど、五六くんなら当時の日本も特例として認めたかもねっ☆」
「…………ああ、雪村のボウズの両親も不慮の事故で他界していたしな。五六も雪村も当時の日本で言えば超が付く有名人……。まあ、特例中の特例ってヤツだ」
「そうだったのか。ありがとう、歩。そうなると竜ヶ崎龍帝を倒したというのも信憑性が増すね。竜ヶ崎龍帝は英雄級ユニークスキルだということだったが……雪村君の才覚なら英雄級……いや、神話級も十二分に有り得るね」
――来た。
ここが分岐点だ。
――当然神話級ユニークスキルだと素直に白状するのは愚策だ。仲間が銃霆音と敵対してしまった以上、手の内を晒すことになるのは避けたい。だが恐らく、〈十傑〉のうち、少なくとも数人に嘘は通用しない。
「雪村君、君は雨ノ宮君にとっても大事な人だということだし、〈十傑〉としても力になってあげたい。突然こんなユニークスキルが蔓延る新世界に放り出されて困惑しているとは思うけど、もし良ければ雪村君のユニークスキルについて教えてもらえないかな?」
「ケッ♪どうせ精々、英雄級止まりだろ♪つーか天プラの社長が英雄級なんだから同格ならそれしかねーよ♪」
――ああ、少なくとも銃霆音には、嘘は通用するらしい。
「はい。無論です。ただ、神話級ユニークスキル……というのは少々買い被り過ぎかもしれませんね」
「おや、そうなのかい?」
「残念ながら、銃霆音の読み通り、英雄級ユニークスキルです」
――一二三と同列。それが最も自然だ。
「英雄級か。それでも逸材だね。どんなユニークスキルなんだい?」
「『その身に受けた攻撃を全て反射するユニークスキル』です」
「ほら見たことか♪英雄級じゃねーか♪」
「英雄級ってスゴいんだけどねっ☆」
「成程……確か〈韮組〉の構成員たちの証言では、竜ヶ崎龍帝に最後、何か強い衝撃が加わって倒れたように見えた……とある。そのユニークスキルで竜ヶ崎龍帝の攻撃を反射した、ということかな?」
「はい、仰る通りです。ユニークスキルが敵にバレないように戦ったので、かなり消耗しましたが」
――この場において、俺が今嘘を吐いていることを確実に知っている者は……〈神威結社〉の天音、拓生、竜歌、ハズレちゃん、フラン。そして日向と、〈オクタゴン〉を譲り受けた際に俺のユニークスキルを看破した杠葉姉妹、そこに同席した黒崎……か。
〈神威結社〉の仲間や日向はある程度俺の考えを読み取り、それを尊重してか、俺の嘘がバレないよう平静に振る舞ってくれている。一方、得体の知れない杠葉姉妹や黒崎……毅然としたその態度からは、考えを読み取ることはできない。
「理解したよ。ありがとう、雪村君」
「いえ……。皇さん、不躾で恐縮ですが、自分から一つお願いさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだよ」
「天音は先刻、〈世界ランク〉における非公開設定を外し、自身が〈十傑〉・第二席であると公表しました。そこでなんですが……『第二席・雨ノ宮天音は既に蘇生の力を使用しており使えない』と、影響力のある〈十傑〉の皆さんから公式に声明を出していただけませんか?」
「……せつくん」
天音が息を呑む気配がした。
――蘇生の力なんて、当時の日本で言えば数億、いや数兆払ってでも買いたい者は腐る程いるだろう。それはこの新世界でも同じ筈だ。飛び交う金が紙幣から虹金貨に代わるだけだ。
「聞く必要もなさそうだけど、理由を聞いても構わないかな?」
「天音――雨ノ宮さんに危険が及ぶ可能性を減らすためです。ただ、実際に蘇生された俺が言うのと、世界の頂点である皆さん〈十傑〉が言うのでは説得力が段違いです。世間の見る目も違うかと」
「わかった。そうしよう」
「ありがとうございます」
――天音の蘇生術は恐らく……もう一度だけ使える。だが一度目の使用で天音は心が崩壊した。次の代償は……恐らくその命だ。絶対に二度目を使わせる訳にはいかない。
「せつくん……お気遣い感謝します」
「いや、当然のことだ。気にするな」
「――そンなことよりよー♪」
流れを断ち切るように、片脚を円卓にダン、と乗せて大きな声を発したのは、またしても〈十傑〉・第八席――銃霆音雷霧だった。
――コイツ……また……!なんなんだ一体……。
「忘れてねーかお前らよー♪ 何にせよ竜ヶ崎龍帝に日向陽奈乃は敗北したんだよな♪」
その一言で、日向の顔色がすっと抜けた。さっきまでの気丈さが剥がれ落ち、今にも砕けそうな脆さが露わになる。
「銃霆音さん、先程も言ったはずですが、日向さんは戦闘で敗北した訳ではありません。〈十傑〉の規則には反していない筈ですよ」
「おーエンジェリックババア♪確かにそうだな♪〈十傑〉の規則――『〈十傑〉は戦闘において一度でも敗北すれば、〈十傑〉の資格を剥奪される』……だったよな♪でもよー♪戦闘とか関係なくよー♪」
空気が、恐ろしい程に張り詰めていた。
日向は、今にも泣きそうな様子で怯えている。
「『負けたヤツ』って……〈十傑〉に要らなくねーか♪」
「――銃霆音くんっ☆それはあんまりだよっ☆」
「――銃霆音さん!なんてことを……!」
「……日向殿を〈十傑〉から下ろすということで御座るか?良くもそんな非道なことを思い付くもので御座るな……」
「…………おい、銃霆音のボウズ。……そりゃあねえだろう。……日向の嬢ちゃんは〈不如帰会〉に家族や親友を突然惨殺され、その復讐のために〈十傑〉へ加入した」
銃霆音が放った火種に憤る〈十傑〉の面々。
最も怒りを露わにしていたのは、意外にも第三席――飛車角歩だった。〈十傑円卓会議〉開始から殆ど動かなかった男の声が、初めて明確な怒気を帯びる。
「…………〈韮組〉を潰して、〈不如帰会〉への道筋が漸く見えてきたっつータイミングで嬢ちゃんを〈十傑〉から下ろすだと?…………お前は嬢ちゃんに〈不如帰会〉への復讐を諦めて泣き寝入りしろってのか?」
「『〈十傑〉のうち一名に追放指名されることで〈十傑〉の資格は剥奪される』……って規則もあったよな♪」
「……ううっ……ううっ……嫌だ嫌だ……」
日向は、涙を流して、今にも壊れそうな程に震えている。
日向が崩れる。
椅子の上で小さく縮こまり、子供みたいに首を振る。嫌だ、嫌だと反復する声は、聞いているだけで胸の奥が冷えるほど弱々しかった。
――俺は日向の過去を詳しくは知らない。そして……家族に愛されたこともないから日向の痛みを多分、完全には理解してあげられない。日向は〈神威結社〉の仲間でもない。
「最低ですわね……銃霆音さん……」
「…………じゅ、銃霆音さん……こ、こんなの……あんまりだよ……」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――」
「気狂ったのか?うぜーな♪」
――だが、日向は俺を庇ってくれた。俺に「頑張ったね」と、欲しかった言葉をくれた。
「――おいボス!どうなってんだよこれはよォ!」
「あんまりですよっ!」
「な、なんでこんなことになっているでありますか!?」
「――オレは日向を追放するぜ♪」
――嗚呼、そうか。
俺はゆっくりと立ち上がる。椅子のキャスターが白い床を小さく鳴らした。その音だけで、場の視線がこちらへ集まる。
俺は銃霆音雷霧――その男の目を見て、言った。
「なあ、銃霆音。『〈十傑〉は戦闘において一度でも敗北すれば、〈十傑〉の資格を剥奪される』……だったよな?」
「あ♪ガリ勉クン♪なんだよテメー急によ♪」
「……雪……村?」
「皇さん。銃霆音は日向を追放すると宣言しましたが、もうこの時点で日向は〈十傑〉ではないのですか?」
「いや……実際は諸々の手続きを終えた時点で、だ。それも数日と掛からないだろうけどね」
「では『〈十傑〉は戦闘において一度でも敗北すれば、〈十傑〉の資格を剥奪される』――これも手続きを終えた時点で〈十傑〉追放ですか?」
「えっと……雪村君、どういう意味か理解し兼ねるが……そちらの規則は即時だね。〈十傑〉が戦闘で敗北した時点で、通常その者は〈十傑〉の資格を全て失うよ」
「そうですか。つまりは追放指名をした者が、手続きの期間内に戦闘で敗北すればその追放指名は無効になる訳ですね。〈十傑〉ではない者の追放指名ということになりますから」
「あ、ああ……そうだね」
「……せつくん?」
「おーい♪ごちゃごちゃうるせーぞ部外者が♪〈十傑〉じゃねー奴は黙っておうちで勉強してろよバーカ♪きめーんだよ♪」
――〈十傑〉・第八席――銃霆音雷霧。
「ごちゃごちゃうるせーのはテメーだよ、銃霆音」
ゆっくりと両手の白手袋を外す。布が指先から離れる感触が、妙に鮮明だった。
そして俺は、その片方を銃霆音の顔面へ向けて投げつけた。
白い手袋は弧を描き、ぺし、と乾いた音を立てて銃霆音の頬に当たる。そのままひらりと白い床へ落ちた。
円卓の空気が、一瞬で死ぬ。
銃霆音は苛立ちを露わにして、熊鷹眼で俺を威圧する。
「――あ?」
――コイツは一度、殺さなきゃいけない。
「――拾えよ、フェイク野郎。ブチ殺してやるよ」
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