1-60 続・十傑円卓会議
「もうっ☆銃霆音くんっ☆みんなで協力して〈十傑円卓会議〉を進めようよっ☆」
「本当に……銃霆音さんがいらっしゃると話が進みませんね……」
「まあまあ、落ち着いてよ、漣漣漣君に雨ノ宮君。〈極皇杯〉に関しては、僕たち〈十傑〉も当日までに〈十傑推薦枠〉を選出しないといけないからね。しっかり話し合おうか」
皇の声は、荒れかけた場に辛うじて秩序を引き戻した。
――〈十傑推薦枠〉。四十万人を優に超える〈極皇杯〉の全参加者のうち、一名のみに与えられる特別推薦枠。本戦にシードで出場できるとか、そんな実利がある訳ではない。ただ〈十傑〉が推薦する一名、という名前だけの枠。
――しかし、〈十傑〉が推薦するというだけあって、〈十傑推薦枠〉は毎年、予選を実力で勝ち抜き、本戦でも好成績を残してきた。〈十傑推薦枠〉に選ばれるということは、優勝候補の烙印が押されるということと同義なのだ。それだけに〈十傑推薦枠〉は、世間の注目度も高い。
「でもよー、皇サン♪〈十傑推薦枠〉の枠の選出はオレに一任してくれるんだろ♪」
「昨年の優勝者だからね」
皇の返答に、銃霆音が口元を吊り上げる。
――実際、この〈十傑〉・第八席――銃霆音雷霧も昨年、〈十傑推薦枠〉を与えられ、無双劇と言えるほどの圧倒的な強さで優勝を手にした。そして今や、俺と同齢――二十歳という若さで〈十傑〉の一員として名を連ねている。
「だったらオレのダチのリョーガしかいねーっしょ♪」
「雷霧ぅ、『リョーガ』って雷霧のクラン――〈鉛玉CIPHER〉のサブマスだよねぇ」
「おう♪偉人級異能だしつえーぞ♪文句ねーだろ♪」
「偉人級なのは凄いんだけどぉ……友達だからって〈十傑推薦枠〉に選出するなんてのは良くないよぉ。みんな真剣に参加してるんだからねぇ」
「噴下君の言う通りだね。君に一任するとは言ったけど、最終的には僕達の合議で決める必要があるからね」
「はー、つまんね♪だったら要らねーよ♪こんな権利よー♪」
「銃霆音さん……〈極皇杯〉を軽視しすぎです。〈極皇杯〉に参加される方々に失礼だとは思わないのですか?」
天音の声は冷えていた。普段の柔らかい物腰ではない。〈十傑〉・第二席としての声音だ。
それでも銃霆音は、肩を竦めるどころか、咋に鼻で笑った。
「うっせ♪エンジェリックババアが♪」
――コイツ……!
胸の奥で何かがぴくりと引き攣る。
「はあ……。無視して進めてください、皇さん」
天音は呆れた様子で溜息を吐いて、皇に話を振る。
「そ、そうだね。まあ〈十傑推薦枠〉は兎も角として、今年は第十回――メモリアル大会ということもある。世界八国での注目度も異常な程だ。僕たちは〈十傑〉としてその戦いをしっかりと見守ろう」
「左様。拙者ら〈十傑〉の人員が万が一欠けし刻、次に〈十傑〉入りするのは〈極皇杯〉の優勝者で御座るからな」
「今年も楽しみだねぇ」
「そうだね。では次だけど……日向君。お願いできるかな」
――来たか。
空気が、僅かに変わる。〈十傑〉の面々の視線が、一斉に日向へ集まった。
日向は一瞬だけ唇を噛み、居住まいを正した。普段の軽口やギャルっぽさが薄れ、彼女の表情に珍しく硬さが差す。
「あ、はい。えっと……先日、アタシ――日向陽奈乃は単身で、〈韮組〉の支配下にあった〈神屋川エリア〉へ潜入しました」
「まさか十三年間閉ざされていた〈神屋川エリア〉が、丸々〈韮組〉の拠点だったとは思いませんでしたわ」
「え、槐お姉様……!し、私語……!怒られるよ……!」
「えっと……それでアタシは〈韮組〉・組長――竜ヶ崎龍帝と接敵……したんですが……あの……負けちゃって……」
「おいおい♪雪村……ってヤツが倒したってマジなのかよ♪」
「はぁ。日向はんが勝とうが負けようがどうでもいいでありんす」
「えっとぉ、陽奈乃ちゃんが負けるとは考えづらいし、事情があったのかなぁ」
「――はい、その点ですが」
騒めき立つ〈十傑〉の面々。その喧騒を裂くように、天音が静かに声を発した。
「ごめんなさい、日向さん。この話は辛いかもしれませんが……日向さんは竜ヶ崎龍帝との戦闘によって敗北した訳ではなく、恐らく、刃物等を使って日向さんの戦意を削いだのではないかと」
「う、ううん……あまねえ、ありがとう」
――事実、日向が竜ヶ崎龍帝と真正面から戦っていれば、日向が竜ヶ崎龍帝に遅れを取る光景は想像しづらい。
竜ヶ崎龍帝の英雄級異能・〈帝威〉――「全てにおいて相手のステータスを『一だけ』上回るユニークスキル」。即ち、事実上、相手の完全上位互換になる異能。一見最強に思えるが、肉体には限界が存在する。竜ヶ崎龍帝では物理学を無視する日向を上回ることはできないのだ。
「あー♪〈不如帰会〉の手で……ってアレな♪」
「十二分に考えられる可能性で御座るな。竜ヶ崎龍帝は行方を眩ませる以前より〈不如帰会〉の会員番号一桁の疑惑があったで御座る。なればその件を知っていたとて不思議はないで御座る」
「日向様のトラウマを利用して……ということですわね。最低の連中ですわ」
「で、エロ女――おっと、日向♪どうなんだ♪」
「う、うん……刃物で脅されてってのはあまねえの言う通りです。そこで……たまたま〈神屋川エリア〉に来ていたあまねえたち……〈神威結社〉が助けてくれて。そこにいる〈神威結社〉のクランマスター、雪村雪渚が竜ヶ崎龍帝を破りました」
「お♪やっぱコイツが雪村かよ♪」
――やっと出番か。
俺はキャスター付きの椅子から立ち上がった。それを受け、背後の拓生と竜ヶ崎、ハズレちゃんが姿勢を正す。
こういう場面で普段のラノベ主人公口調を出すのは得策じゃない。相手は全員、世界の上澄みだ。特に銃霆音みたいなタイプは、舐められたと感じた瞬間に面倒になる。だから、出来るだけ角を立てない声音で名乗った。
「はい。ご紹介に預かりました、自分が雪村雪渚です。そして後ろにいるのが仲間の汚宅部拓生と、葉月外、竜ヶ崎竜歌です」
続けて、竜歌を示す。
「竜ヶ崎竜歌――彼女は竜ヶ崎龍帝の妹に当たる人物ですが、寧ろ竜ヶ崎龍帝とは敵対し、〈神屋川エリア〉の住民のために懸命に戦っていた人物です。危険はありません」
「おォ!ボス!アタイが言おうと思ってたことを流れるように!さすがボスだァ!――おっと、ア、アタイがその竜ヶ崎竜歌だァ!」
「小生が汚宅部拓生ですぞ!」
「キュートな警官っ!ハズレちゃんですっ!」
すると、杠葉姉妹の斜め後ろに控えていた黒崎が、一歩だけ前へ出た。
「僭越ながら補足させていただきますと、私奴も先日、お嬢様方とマザーロマリオ協会へ足を運んだ際に雪村様とは既に面識がございます。怪しい方ではないと保証させていただきます」
「そうですわね。間違いありませんわ」
「う、うん……。私たちも会ったから……わ、悪い人たちじゃないと思います」
「ありがとうございます。槐お嬢様、樒お嬢様」
俺が一礼すると、第一席――皇が静かに頷いた。
「そうか。では〈神威結社〉のみんなには、まずお礼を言わないといけないね。ご苦労だった。雨ノ宮君、雪村君については君からも説明してもらえるかな」
「かしこまりました」
天音が立ち上がった瞬間、場の空気がほんの少しだけ静まる。
それまで好き勝手に喋っていた面々も、流石に口を閉じた。第二席としての格もあるのだろうが、それ以上に、天音がここで何を口にするのか、皆が察していたのかもしれない。
「皆さんのお察しの通り、せつくん――ではなく雪村雪渚は私の想い人です」
「ケケッ♪」
「私の神話級ユニークスキル・〈聖癒〉に与えられた蘇生の力――遥か昔の話ですが、それによって蘇らせたのが彼です」
「雨ノ宮君……そうだったのか……。君の『待ち人』は……彼だったんだね」
「はい。皆さん、申し訳ございませんでした」
そう言って、天音は立ち上がり、〈十傑〉の面々に対し、深々と頭を下げた。それは、天音の心からの謝罪だった。〈十傑〉の面々は、静かにその様子を見守っている。
「病院に通い詰め……〈十傑〉の任務を疎かにしてしまったこと、心より謝罪いたします」
「いやいやぁ、雨ノ宮さん。謝ることなんてないよぉ。雨ノ宮さんは自分の仕事以上の仕事をしてくれてたよぉ」
「…………あ、天音さんのお陰で…………お、起こるはずだった戦争が二十回以上なくなってるから……」
「左様で御座る。雨ノ宮殿は〈十傑〉としての役割を十二分に果たしていた筈で御座る」
「そうだよっ☆天音ちゃんが自分を責めることなんてないよっ☆」
「みんなの言う通りだ。雨ノ宮君、君はよくやってくれていたよ。それより雨ノ宮君の『待ち人』がこうして戻って来てくれたことを嬉しく思う。雪村君にとっては……なかなか衝撃的な世界かもしれないけどね」
「皆さん……ありがとうございます」
そう言って天音はもう一度頭を下げ、再び着席した。
その直後、涙ちゃんがぱっとこちらへ向き直った。
「雪渚くんっ☆なんだか天音ちゃん、嬉しそうだけど何かあったのかなっ☆」
「ああ……プロポーズしたんだよ」
一瞬、円卓の空気が止まる。
「すごーいっ☆やっと天音ちゃんも報われたんだっ☆ボクも嬉しくなっちゃうなっ☆」
背後に立つ竜歌は彼女のその存在感に気圧されたのか、はたまた何かを感じ取ったのか――ごくりと音を立てて唾を飲み込んだ。
「おいおいトップアイドル様よ~♪ババアの男に色目使ってんじゃねーよ♪男に媚びやがって毎度毎度しょーもねーなお前は♪」
「え~っ☆ちょっと話しただけじゃんっ☆」
「それにしても何とも面妖で御座るな。雨ノ宮殿のゆにーくすきるに蘇生の力があると言えど……一度死した人間が蘇る等と……」
――〈十傑〉から見ても蘇生は異常、か。当然と言えば当然だが。
当然だ。俺ですら未だに現実味がないのだから。
その時だった。
「――見ろよ♪『雪村雪渚』ってネットで検索すりゃ滅茶苦茶記事出てくんじゃねーか♪」
銃霆音がスマホを掲げ、楽しげに画面をスクロールし始める。その瞬間、俺より先に、天音や日向の顔色が目に見えて悪くなった。
「『共通テスト満点の天才、栄光の果てに相模湾へ――ネット騒然』……『共通テスト満点の麒麟児、変わり果てた姿で発見』……うへー、モザイクかかってるけどこれ白骨化死体だろ♪グロいな♪」
「――ちょっと銃霆音!雪村とあまねえに謝って!」
ネットの記事のタイトルを無遠慮に読み上げる銃霆音。
――突然、日向が激昂して円卓を両手で叩いて立ち上がった。その表情には、いつもの女の子らしい表情とは異なり、明らかな怒りが滲んでいた。
「ンだよエロ女♪読んでるだけだろ♪お前もしかして雪村に惚れてんのか?」
「そんなんじゃないわよ。でも銃霆音やりすぎ。あまねえがどんな想いで雪村のこと待ってたか、知らないわけじゃないでしょ?」
「ケッ♪知ったことかよ♪どうせ自殺した理由も教育虐待とかそんなとこだろ♪そんなダセェ奴庇って何になる――」
――その時だった。銃霆音の喉元を――五つの刃が捉えた。
「――銃霆音さん。私への侮辱は構いませんが……せつくんへの侮辱は死罪に値します」
「――銃霆音。死んだこともない人に自殺を選ぶ人の辛さの何がわかるの?アンタ、ホント最ッ低ね」
「――〈十傑〉だかなんだか知らねェけどよォ……。ボスをこれ以上馬鹿にするなら殺っちまうぞォ!」
「――同感ですな。銃霆音氏……少々おいたが過ぎますぞ」
「――うーんっ!ちょっとハズレちゃん、イラッときちゃったかもですっ!」
翼を生やした天音が銃霆音の背後から手刀を。日向が円卓に飛び乗って、両手をすっぽりと包んだ、大きな太陽の刻印が施されたシリコン製のガントレット――〈キラメキ〉を。竜ヶ崎は鉤爪――〈ヴァンガード〉を。拓生は、〈韮組〉との戦闘で使ったらしい高圧洗浄機のノズルを。ハズレちゃんは拳を。それぞれが至近距離で――銃霆音の頭や喉元に向けている。
――不味い。これは……。
俺の額を冷たい何かが、一筋、垂れた。冷や汗が、頬を伝う。




