1-59 十傑円卓会議
――広く、真っ白な室内で、最奥の玉座に座る男が、爽やかな笑みと共に〈十傑円卓会議〉の開始を宣言した。
「樒君。今日も議事録をお願いするよ」
「……す、皇さん。……わ、わかりました」
その男は、余りにも「出来すぎた」顔をしていた。
イケメン然としていて、短く整えられた赤髪。左目の下にある涙ボクロ。頭上には、装飾過多ではない、しかし確かな王権を想起させる小ぶりな白い王冠。赤い派手なスーツの上から、王侯貴族の礼装を思わせる黒いクロークを羽織っている。その縁には白い毛皮があしらわれ、彼の存在感を一層際立たせていた。
〈十傑〉・第一席――皇世王。そして、俺達〈神威結社〉を、〈十傑円卓会議〉に呼び寄せた張本人でもある。
顔立ちだけならホストじみている。だが、纏う空気はそれとは決定的に違った。この場がどれだけ荒れようと、最後にはこの男の声で議題が進む。そんな確信を、見る者へ無言で抱かせる種類の「中心」だった。
「皇サンよー♪もうめんどくせーからよー♪次から参加するの希望者のみにしようぜー♪イマドキ強制参加とか時代にそぐわねーって♪」
その空気をぶち壊すように、軽薄な声が飛ぶ。
「Ⅷ」の席にだらしなく腰掛けた男――〈十傑〉・第八席、銃霆音雷霧。
褐色の肌。銃と弾丸のグラフィティが描かれた黒いパーカー。コーンロウに近い細かな編み込みの髪は、側頭部に稲妻型のブロンドメッシュが走っている。首元には太いゴールドチェーン。歯には銀色のグリル。見た目だけでも十分に近寄りたくない種の男だが、言葉と態度が輪を掛けて悪い。
――「ThunderRhyme」。
その名義で世界的に活動するラッパーにして、ビートメイクもグラフィティも自身で手掛ける本物の表現者。世界規模のMCバトル大会、「EXTREME MC BATTLE」――通称、EMBを三連覇し、〈鉛玉CIPHER〉というクルーまで率いる、音楽業界の怪物だ。その音源は新世界中を魅了すると言う。
「ダメだよ銃霆音くんっ☆ちゃんと〈十傑〉の一員だという自覚を持たなきゃっ☆」
そんな銃霆音を可愛らしい声で宥めるのは、〈十傑〉・第九席――漣漣漣涙。
鮮やかなオレンジのサイドテール。そこへ螺旋を描くように混ざる淡い青のメッシュ。貝殻のバレッタ。水色のビキニに短いケープ、ショートパンツに縞のニーソックス――その出で立ちは全体として海を主題にしたアイドル衣装じみていた。だが、単なる可愛さで片付けるには瞳が強過ぎる。星屑でも閉じ込めたような、その眩しさ。
トップアイドルユニット、〈Triple Crown〉のセンター。銃霆音率いる〈鉛玉CIPHER〉と並び、新世界の音楽シーンを二分する怪物の片割れだ。
「いい子ちゃんぶってんじゃねーぞ♪貧乳トップアイドル様よー♪オレこの後EMBの本戦控えてんだわ♪〈十傑円卓会議〉なんかやってらんねーって♪」
銃霆音は、歯に装着した銀色のグリルを覗かせた。首に掛けたゴールドチェーンが、照明のないその空間の何処から発されたのかもわからない光を浴びて、妖しく光る。
「もうっ銃霆音くんっ☆今日はお客さんも来てるんだからちゃんとしよっ☆」
その「お客さん」というのが、今この場にいる俺達〈神威結社〉なのだろう。しかし、そんな涙の気遣いを、銃霆音は鼻で笑うように一蹴する。
「ねっ☆雪渚くんっ☆」
突然、涙ちゃんがこちらへと振り返る。
「拓生くんも久しぶりっ☆〈神威結社〉の仲間も増えたみたいだねっ☆」
「涙女史!ご無沙汰しておりますぞ!」
「ああ、お陰様でな……」
「ケケッ♪誰だこのうっせーヤツら♪雑魚は黙ってろよ♪」
「ねー、銃霆音。ごちゃごちゃうるさいんだけど」
今度は「Ⅶ」の席から、露骨に不機嫌な声が飛ぶ。〈十傑〉・第七席――日向陽奈乃。
金髪ツインテールの先端は桜色へとグラデーションし、指先ではその毛先をくるくると弄っている。片手には手鏡。こんな場面ですら身だしなみを確認する辺り、日向もある意味で大物だ。
「――あ?うるせーぞ、エロ女が♪犯すぞ!!」
「……っ!」
日向が萎縮する様子を見せる。その荒れに荒れた〈十傑円卓会議〉――更に異常なのが、誰も止めようとしないことだった。
――異常だ。日向が「変人ばっか」と評していたのも頷ける。
「なーんつってな♪ケケッ、ビビった?ビビったっしょ♪」
「マジ最悪……」
「――雷霧ぅ、女の子にその言い方は酷いんじゃないかなぁ」
その場へ、顔に似合わぬ甘ったるい声が割って入った。「Ⅵ」の席。〈十傑〉・第六席――噴下麓。
見た目だけなら、圧倒的に怖い。口周りに髭を生やした濃い顔。黒いスポーツキャップ。マンバンヘア。日焼けした肌。黒のタンクトップから覗く筋骨隆々の肉体。角界最強の横綱と聞いて納得するしかない体格だ。
だが、その巨体から発せられる声は、余りに可愛らしかった。萌え声に近いとさえ言える、柔らかく甘い声音。初見なら脳が処理を拒否する類のギャップである。
「おいおーい♪噴下サンよー♪コイツ女の子って柄でもねーだろ♪宇宙に飛んで隕石落下をワンオペで防いだような女だぞ♪」
――ネットサーフィンで知ってはいたが……事実かよ。なんだそのイカれエピソード。
「でも良くないよ雷霧ぅ。後で陽奈乃ちゃんに謝りなよぉ」
噴下麓は、勝率九十六・二%を誇る江戸時代最強の力士・雷電為右衛門――その再来とも呼ばれる横綱、角界最強の力士だ。当然取組においてユニークスキルの使用は禁止されている中で、だ。日向と並び、肉弾戦に関しては〈十傑〉最強というのが世間の見解。因みに第五席と並んで〈十傑〉の最年長。この風格で二十六歳らしい。
「ケッ!謝るかよ♪こんな怪力エロ女♪」
「もー良くないよぉ雷霧ぅ。ごめんねぇ陽奈乃ちゃん」
噴下は相も変わらず可愛らしい声で話す。濃い顔と風貌に全く見合わない、独特の愛嬌と依存性があるような、萌え声に近い可愛らしい声。そのギャップに目眩がする程だ。その巨躯が凄まじい存在感を放つ。
「いえ……噴下さん、大丈夫です」
日向は噴下に恐縮そうに言葉を返す。
俺は噴下へと歩み寄り、声を掛けた。
「あなたが噴下さんですね」
「んん?どうしたのかなぁ?」
「雪村雪渚と言います。マザーロマリオ協会で助けてもらった子供達を、預かっていただいたと……。その節はありがとうございました」
「あぁ、君かぁ。うん、みんな元気にしてるよぉ。健太くんは消防士さんになりたいって張り切ってるし、美奈ちゃんは看護師さんになりたいってお勉強頑張ってるしねぇ」
「そうですか……。良かったです」
「噴下さん、私からもありがとうございました」
「いいよぉ、気にしないでぇ。好きでやってることだからぁ」
俺に倣って一礼する天音。
噴下の声色から、本当に優しい人なんだと伝わった。子供達への愛も感じる。
俺は噴下に一礼し、再び席へと戻った。
そして先程から、この面々の中で嫌に目立っていた、日向の一つ奥に座る侍がスマートフォンを見て、大袈裟に独り言を呟いた。
「……何ッ!?ばいとが失くなったで御座るか!?」
「あれぇ?綜征、今日のバイトがどうかしたのぉ?」
「失敬。ばいと先の店長が急病のようでな。ばいとが消し飛んだで御座る」
「そうなんだぁ。でもそしたら遊びに行けるねぇ」
「左様で御座るな。麓殿と共に往こうぞ」
噴下と仲睦まじげに話す、この長身の古風な糸目の侍――「Ⅴ」の席に座るのは〈十傑〉・第五席――大和國綜征。
黒い袴を筋骨隆々の上裸の上から羽織っている。まるで江戸時代から飛び出して来た侍のような出で立ちだ。モヒカン風ツーブロックの髪型――その側頭部には大きなX字の傷跡がある。世界一位のクランである、〈高天原幕府〉のクランマスターを務める男だ。
「なんだよお侍サン♪バイトねーなら噴下サンとEMB観に来いよ♪」
「あ、それいいねぇ!どうせみんな行くんでしょぉ?」
「ふむ……之も社会勉強で御座るな」
大和國綜征はこの新世界最強の剣士だ。厳密には侍なのだが、兎に角、剣を持たせればこの男に適う者はいないとされている程だ。細い木の枝の一太刀で空を割った、という神話のような逸話まであるらしい。
「な♪あ、徒然草も来いよ♪オレの四連覇を見届けるのに徒然草がいねーと始まんねーっしょ♪てかそろそろオレの女になれよ♪徒然草♪」
銃霆音に話し掛けられた、噴下を挟んで一つ奥の「Ⅳ」の席に座る女は、溜息と共に、煙管を吹かしながら、呆れた様子で答えた。
「銃霆音はんは相も変わらず元気どすなあ」
〈十傑〉・第四席――徒然草恋町。
小柄な身体に、豊満な胸元を大胆に見せる花柄の着物。黒髪の丸みを帯びたショートボブ。ぱっつん気味の前髪。片側に留めた銀のヘアピン。そして黒髪の中で一際鮮やかに咲く、紅い彼岸花の髪飾り。
ぱっと見は小柄で可憐だ。だが、その雰囲気は可憐では済まない。花魁めいた艶と、底冷えするような知性が同居している。煙管を咥え、廓詞と京言葉を混ぜた独特の口調で話すその姿は、場にいる他の怪物達とは別種の異様さを放っていた。
「おいおい徒然草♪うるせーってことかよ♪」
「わっちは知性を感じひん男は嫌いどす」
徒然草恋町は、〈日出国ジパング〉と名前を変えたこの国で、日本舞踊家としても活躍しているらしい。静かに煙を吐き出す仕草には、上品さと優雅さ、艶やかさが確かに同居していた。
「……………………………………」
「Ⅲ」の席。そこに座るのは、口を開かず、腕を組み、目を閉じたまま煙草を燻らせる、小柄な男。
黒い詰襟の将校服。目深に冠った制帽。背中を覆う黒マント。そして何より異様なのは、その見た目だった。身長は百二十センチ程。丸い顔。児童向け漫画のマスコットみたいな大きな目。黒目も白目も単純化されたような、デフォルメの効いた顔立ち。なのに、そこから漂う圧だけが本物だった。
〈十傑〉・第三席――飛車角歩。
以前、警視庁で会った時と何も変わっていない。この、現実のバランスを崩すような違和感の塊みたいな見た目も、ハードボイルドとしか言いようのない空気も。
「ご無沙汰してますっ!飛車角センパイっ!」
「………………おう」
飛車角はハズレちゃんの挨拶に短く言葉を返した。
その反対側――「Ⅱ」の席に座る白髪の美女が、溜息と共に口を開く。
「はぁ……最悪ですね。せつくんがいらしていると言うのに……」
白いミディアムにメイド服。前髪の片側を留めた黒いクロスピン。俺も良く知る彼女は、〈十傑〉・第二席――雨ノ宮天音。この円卓を囲う見知った存在の姿は、天音が〈十傑〉の一員だという現実を俺に否応なく突き付ける。
――長くなったが彼等が世界総人口十一億人の頂点に君臨する、世界上位十名――〈十傑〉の面々だ。厳密には十一名だが、当然彼等全員が神の名を冠する神話級ユニークスキルを持つ。要するに彼ら十一人は、世界の「外れ値」だ。
彼らの胸には〈十傑〉であることを示す、煌々と輝くエンブレムが。「多様性の極致」とも形容すべきその異様な光景に、キャスター付きの椅子に座った俺の背後に立つ竜歌や拓生は面食らった様子で、何も言葉を発せずにいる。彼等の圧倒的な存在感の前では無理もない。
張り詰めた空気に、填めていた白い手袋越しでもわかる程に掌にじっとりと汗が滲んでいた。
「えっと……銃霆音君、そろそろいいかな?」
漸く第一席――皇が口を挟む。
「おいおい♪皇サン♪オレ待ちだったのかよ♪」
「だからボク、そう言ってるじゃんっ☆銃霆音くんっ☆」
「うるせーぞアイドル風情の弱男ビジネス女が♪いい子ちゃんぶってんなよ♪」
「ひっどーいっ☆銃霆音くんっ☆なんてこと言うのっ☆」
「るいるい……相手しない方がいいわよホント……」
「全くですわね。銃霆音さんには品性というものがございませんわ」
「え、槐お姉様……!銃霆音さんにそんなこと言ったら……こ、殺されちゃうよ……!」
――完全に俺たちは蚊帳の外……。なんだコイツらは……。
いや、寧ろ蚊帳の外でいられるだけマシかもしれない。この連中の内輪揉めに巻き込まれたら、比喩ではなく死ぬ。
「何と言うか……想像していた〈十傑円卓会議〉と全く違いますな……」
「おォ……こんなこと言いたくもねェがァ……〈韮組〉の方がまだまとまってたぜェ……」
「ホントですねっ!」
背後から、拓生と竜歌とハズレちゃんが、〈十傑〉に聞こえない程度の声で囁く。
黒崎影丸だけは、そんな修羅場みたいな空気の中でも眉一つ動かしていなかった。見慣れているのだろう。恐ろしい執事である。
「しゃーねー♪皇サン♪やるならとっととやっちまおーぜ♪」
「あ、ああ、そうだね銃霆音君。ではこれより〈十傑円卓会議〉を始めるけど……まずは大和國君。お願いできるかな?」
その一言で、漸く場に会議の空気が戻る。
大和國が立ち上がるでもなく、玉座に腰掛けたまま低く口を開いた。
「心得た。年末に開催される第十回〈極皇杯〉……既にえんとりい総数は四十五万人を超えておるで御座る」
「お♪もうそんなイってんのかよ♪」
「銃霆音君は昨年の〈極皇杯〉を優勝して〈十傑〉入りを果たしているんだったね」
「ああ♪そこのお侍サンの弟を決勝でワンパンしてよ♪マジ呆気なかったな♪」
「銃霆音殿……立派に戦った終征を愚弄することは許さんで御座るよ」
その瞬間、空気が変わった。
大和國の声量は変わっていない。だが、場に満ちる温度が一段階下がったように感じた。殺気。そうとしか言いようがないものが、この真っ白な室内にじわりと広がる。
「怒んなよお侍サン♪オレが強くてお侍サンの弟が弱かった♪それがこの異能至上主義の新世界だろ♪」
「くっ……失敬。取り乱したで御座る」
「銃霆音くんっ☆やめなよっ☆終征くんはカッコよかったよっ☆」
「うるせんだよ♪キラキラ弱男ビジネス女が♪」
――〈十傑〉は……一枚岩ではない。それどころか、全く統率が取れていない。
〈十傑〉・第八席――銃霆音雷霧を中心に渦を巻く、地獄のような空気の〈十傑円卓会議〉は、まだ、始まったばかりだった。




