1-53 机上のトラジェディ
ニュースキャスターは重々しく、厳粛な声で言葉を継いだ。
『雪村雪渚はかつて、大学入試における共通テストで全科目満点を獲得し、もう一人の天才と称された、現・〈天網エンタープライズ〉のCEOである五六一二三氏と並び称される存在でした。当時のニュースでも「世界最高の頭脳」として二人は大きく報じられ、その名は全国に知れ渡っていました』
――一二三……。
「――はァ!?ボス!どういうことなんだァ!?」
「竜歌……後で説明するから待ってろ」
「すごいですっ!雪渚センパイっ!」
「師匠……そんな凄い方だったんですな……」
「せつくん……」
液晶テレビの青白い光が、リビングにいる全員の顔色を少しずつ変えていく。さっきまでゲーム機の効果音や笑い声で満ちていた空間が、今はニュース番組の低いBGMと、アナウンサーの声だけに支配されていた。
『その後の東慶大学医学部の二次試験では五六氏に次ぐ次席合格を果たし、将来を嘱望されていたにも関わらず、突如として消息を絶ちました。そして、更に十年後、相模湾の海底から彼の白骨化した遺体が発見されるという、衝撃的な結末を迎えたのです』
その報道に、天音や拓生の表情が静かに曇る。
ハズレちゃんは驚愕の方向を定め切れずに目だけをきらきらと瞬かせ、フランは親指を咥えたまま、意味はわからなくとも場の空気だけは感じ取っているように画面を見つめていた。
「えーっ!どういうことですかーっ?」
竜歌は、全く事情を飲み込めないまま、それでも何か重大なものが剥き出しになっていることだけは理解したのか、身を乗り出してテレビを睨んでいる。
「ボス……」
『しかし、それから八十五年――雪村雪渚の名と同じ容姿を持つ男が、再びこの新世界に現れた……。この謎をどう捉えるべきなのか、世間の注目が集まっています』
「おにいたま、いきてるよ?」
「はは、そうですな……。師匠は生きておられますぞ……」
拓生が苦笑いにもならない声で応じる。だがその言葉にも、いつもの軽さはなかった。
『また、組長が倒された後、組織内での統制が崩れ、元幹部の李蓬莱らは自首し、その過程で、これまで隠されてきた組織的な殺人や恐喝の証拠が発見されました。警察は、これらの証拠を基に、関係者の捜査を進める方針です』
ニュースキャスターは少し間を置き、落ち着いたトーンに戻る。
『突然の暴力団の崩壊に、地元住民からは「やっと平和が訪れるのではないか」との声が聞かれる一方、長年の恐怖から立ち直るには時間が掛かるとの意見もあります。果たして、この街に本当の平穏が訪れるのか――今後の警察の捜査に注目が集まります』
BGMがフェードアウトし、ニュースキャスターの声だけが残る。
『以上、ジパングTVの高橋がお伝えしました――』
ニュースが終わる。だが、静かになるどころか、部屋の空気は寧ろ行き場を失ったように重くなった。自然に、全員の視線が俺へ集まる。
「すごいですっ!雪渚センパイっ!天才さんだったんですねっ!」
「問題はそこじゃないですぞ……ハズレ女史……」
「ボス!白骨化した遺体って……なんだよォ!」
「おにいたま……?」
「せつくん……大丈夫ですか?」
「話す時が来ただけだ……」
――ここに集うのは、俺に命を預けてくれた頼れる仲間達だ。何れ話さなければならなかった。その時が想像より派手な形で来たというだけの話だ。
その時、スマホが震えた。相手は――日向陽奈乃だった。
そして、間を置かず次々と着信。羊ヶ丘手毬に杠葉槐、杠葉樒。逃がす気がないようなタイミングだった。
ビデオ通話に切り替え、その画面をテレビに映し出す。四人の顔がテレビに四分割して映し出される。
「雪村様!ご無沙汰してますわね!」
「…………こ、こんばんは」
「おう、槐に樒」
「えんじゅおねえたま!しきみおねえたま!」
「――うおっ!?〈十傑〉が三人も、なのだ!」
「手毬」
「雪村様、『言った通り』でしたわね?」
「…………せ、雪渚さんの前世……」
「アンタ、槐ちゃんや樒ちゃんとも知り合いだったのね……。――って、雪村、アンタ説明しなさいよ!」
「日向か」
『「日向か」――じゃないわよ!雪村、アンタ、どういうことよ!』
日向は下ろした髪をドライヤーで乾かしていた。風呂上がりに急いで電話してくれたようだ。濡れた毛先が肩口へ張り付き、いつものギャル然とした雰囲気より、少しだけ年相応の焦りが見えた。
「何がだ」
『ニュースよ!ニュース!アンタ、白骨化遺体って……自殺でもしたの!?え、でも雪村は生きてるし……ああっ!もう、わかんない!』
「そうだよな……。日向達も聞いてくれるか?」
『聞くわよ!そのために電話したんだから!――あっ、別にアンタのこともっと知りたいとかそんなんじゃないんだからねっ!?』
「日向は今日もツンデレだなあ」
『いいわよ!そんなことは!ほら!みんな待ってるんでしょ?話しなさい!』
「ボス!教えてくれェ!アタイ、難しいことはよくわかんねェけど、ボスが何か大事なことを隠してるのはわかるぞォ!」
「師匠!教えてくだされ!小生達は仲間ですぞ!」
「雪渚センパイは自殺しちゃったんですよねっ!ハズレちゃんにもその理由を聞かせてくださいっ!」
「雪渚!教えてほしいのだ!」
「おにいたま……」
不安そうに俺を見上げるフランの頭を、天音が優しく撫でた。
「フランちゃんは先にお部屋に戻ってましょうか」
「や!フランもおにいたまのおはなし、きく!」
――幼いフランには刺激が強過ぎる……。出来れば聞かせたくないが……。
「フラン、俺の話を聞いたらきっと嫌な思いをすると思う」
「や!おにいたまのおはなし、きくもん」
その目は、幼いなりに真剣だった。自分だけ仲間外れになるのが嫌という子供心か。それとも――。滅多に我儘を言わないフランが、この日は強情だった。
「フランちゃんも聞きたいようですわね。大丈夫ですわ、その子は強いですもの」
「そうか。じゃあフランも、聞いてくれ。でも聞くのが辛くなったら言うんだぞ」
「あい!」
小さな返事。その一音が、妙に重く胸へ落ちた。
「雪渚センパイっ!白骨化遺体ってどういうことですかっ!」
「ニュースの通りだ。俺は――自殺した」
空気が止まる。部屋の温度だけが、音もなく数度下がった気がした。
「自殺って――ボス!」
『雪村……アンタ……』
「…………せ、雪渚さん」
「あ、姉御はそのこと知ってたのかァ!?」
「……はい。私はユニークスキルの力で老化のダメージを相殺して、百年近く生き続けています。ですから……幼い時のせつくんのことも、せつくんの功績も、せつくんが自殺されたことも、その十年後に遺体が発見され、大きなニュースとなったことも知っております」
『雪村……アンタの名前、スマホで調べたら沢山記事が出てくるじゃない……。「共通テスト満点の天才、栄光の果てに相模湾へ――ネット騒然」……「共通テスト満点の麒麟児、変わり果てた姿で発見」――アンタ……なんで生きてるワケ!?』
「……天音のお陰だ。天音が俺を蘇らせてくれた」
「ボス!なんで自殺なんかしたんだァ!自殺なんかするってこたァ、アタイより、何倍も辛かったんじゃねェのかよォ!」
「雪渚センパイほどの人物が自殺に追い込まれるなんて――何があったんでしょうっ!?」
「そ、そうですぞ!小生を救ってくださった師匠が自殺なんて――」
「おにいたま……しんじゃったの?」
「せつくん……」
『雪村……』
「そうだな。話さないとな」
俺は一呼吸置く。部屋の全員が、呼吸を止めたように次の言葉を待っていた。テレビ画面の向こうにいる四人まで、誰一人として茶化さない。軽口の入り込む隙間は、もう何処にもなかった。
俺は、語り始める。俺の死の、真相を――。
「俺がどうして自殺したのか。みんなには、話すよ」
評価(すぐ下の★★★★★)やブックマーク、感想等で
応援していただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。




