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1-52 帰路

 ――翌日、朝。〈神屋川エリア〉を後にした俺達は、馬車の荷台に揺られていた。見渡す限りの平原を、木製の車輪が(きし)みを上げながら進んでいく。


「雪渚様ー!!」


 後方から、がなり声。振り返れば、数台連なる馬車。その荷台には〈韮組(にらぐみ)〉の元構成員達がみっちり乗っている。どうやら本気で〈神威結社〉に付いて来るつもりらしい。片手をひらひら振って、雑に返す。


「それにしても遠過ぎるな……。エクスプレスがあれば楽だったんだが……」


「兄貴がエクスプレスの設置を拒否っちまったからなァ」


「あの無能め……。もう半日以上座りっぱなしだぞ……。そろそろヘルニアが再発しちまう」


「せつくん、その時は私が隣で添い遂げて差し上げます」


「あのな……」


「ガッハッハ!走りゃァいいじゃねェかァ!」


「つーか竜歌、お前は結局どうやって〈神屋川エリア〉の城壁の外に出てたんだ?」


「あァ?なんだァ、それなら壁をこう……タタターって駆け上がンだよォ!」


「出来るかい……」


 ――コイツ……やっぱりあの竜ヶ崎(りゅうがさき)龍帝(かいざ)の妹と言うべきか……身体能力が化物じみてるな……。


「それよりよォ、なァボス……アタイ捕まったりしねェかなァ……?罪のねェ人たちから金を奪っちまったしよォ……」


 竜歌が半泣きで俺の胸元に(すが)り付いてくる。あれだけ啖呵を切っていた女とは思えない顔だ。


「お前のカツアゲはまあ……良くはなかったが……。〈神屋川エリア〉で起こった十三年間は今回の件で世に出る。事情と住民達の証言もあるし罪に問われることはないだろうが、まあ奪った金は返すべきだろうな」


「おォ!当然だァ!ちゃんと謝って……色つけて返してくるぜェ!」


「よし、偉いぞ、竜歌」


「そうだろォ!『なでなで』してくれェ!」


 胸に頬を擦り寄せてくるので、仕方なく頭を撫でる。竜ヶ崎は、犬みたいに嬉しそうに目を細めた。随分と懐かれてしまったものだ。


「竜歌さんっ!結局その角はなんなんですかっ?」


 ハズレちゃんが竜歌の黄色の双角を指し示す。


「おォ!これかァ!アタイの上位級ユニークスキル・〈竜鱗(ドラゴスケイル)〉で出るヤツだァ!引っ込めることもできるんだけどよォ!こっちのほうがかっけェからなァ!」


「アホみたいな理由ですねっ!」


「――おあッ!?なんてこと言うんだァ!ハズレェ!」


 小さな笑いが巻き起こる。だが、何処(どこ)か温かい時間でもあった。


 ――竜歌のことは大体わかってきた。こいつはアホだ。


「おにいたま、おうまさん」


 フランが、小さな指で御者台の前――馬の尻を指す。日向(ひなた)がその頭をわしゃわしゃ掻き回した。


「きゃー!フランちゃんかっわいいー!」


「むぎゅ、ひなのおねえたま、おっぱい、じゃま」


「雪村なによ、こんな可愛い隠し子がいるなら言いなさいよね!?」


「隠し子じゃねーよ……」


「ボス!なんで馬と一緒にアタイも動いてるんだァ?」


「わぁっ!竜歌さんはアホですねっ!」


「アホですな」


「うるせェ!オタク野郎ォ!」


「――ぶひっ!?なんで小生だけっ!?」


 ――騒がしいな……。だがまあ、嫌いではない。


「ボス!〈神威結社〉は賑やかで楽しいなァ!」


 竜歌は長い黒髪を風に(なび)かせ、笑みを(こぼ)した。そんな竜歌を見て、一同もまた、静かに微笑む。


「ボス!何でも命令してくれよなァ!アタイはボスの命令なら何でも聞くからよォ!」


 荷台の上で片膝を突き、忠誠を示すように頭を垂れる竜ヶ崎。その両頬を、俺は指でむにっと摘まんだ。


「よし、アホ竜歌。一つ、まずお前は毎日風呂に入れ」


「――おあッ!?なんでだァ!アタイも月に二回は入ってるぞォ!」


「少な過ぎる。みんな優しいから言及しなかったが、お前臭ってるぞ。折角の美人が台無しだ」


「ボス!風呂は嫌いなんだァ!それだけは勘弁してくれェ!」


「ダメだ。共同生活を送るんだ。衛生面はちゃんとしろ」


「ギャア!」


「竜歌さんっ、〈オクタゴン〉には広いお風呂があるので楽しいですよっ!」


「お風呂は気持ちがいいですよ」


「りゅーかおねえたま、おふろ、はいらないとだめ」


「なッ!ハズレに姉御ォ!フランもそんなこと言うのかァ!」


「竜歌ちゃん、何なのよ、『姉御』って……」


「あァ!?陽奈乃、そりゃお前、ボスの女なんだから姉御だろォ!」


「ふふ、竜歌さん、良くわかっていますね。いい子です」


「ガッハッハ!そうだろォ!」


「よし、アホ竜歌、二つ目だ。お前、簡単な読み書きや算術は出来るか?」


「うっ……す、すまねェ、ボス。アタイ、戦ってばっかで……そういうのはできねェンだァ……」


 竜歌が小さく肩を落とす。


 ――竜歌の背景を思えばそれは仕方ない。だが、最低限の読み書きや算術も出来なければ、困るのは竜歌自身だ。


「竜歌、俺は出来ないことを責めるつもりはない。だが生きていく上でそれじゃ不便だ。中学レベルや高校レベルまでは求めないが、小学校レベル程度は学んでもらうぞ」


「お、おォ!でも、アタイ勉強なんてやったことねェぞォ?」


「大丈夫だ。フランと一緒に俺が見てやる。毎日三十分だけでいい。机に向かえ」


「おっしゃァ!任せろォ!」


「りゅーかおねえたま、いっしょにおべんきょう」


「おォ!よろしくなァ!フラン!」


「竜歌ちゃんもすっかり雪村に懐いちゃったわね……」


「そのようですな。さっきから竜ヶ崎女史は師匠にべっとりですからな」


「それほどせつくんに恩義を感じているということでしょう」


 竜歌が張り切った様子で、俺にぐいと顔を寄せてくる。


「なァボス!他にはねェかァ!?」


「グイグイ来るな、お前……。じゃあ最後だ、竜歌、お前には〈神威結社〉の戦闘員を任せる」


「おォ!戦闘員かァ!任せてくれェ!アタイ、バトるのは得意なんだァ!」


「雪渚センパイに負けてますけどねっ!」


「――おあッ!?ハズレェ!そりゃねェだろォ!」


「しかも二回ですね」


「姉御ォ!」


 荷台に、小さな笑いが連鎖していく。馬車の外では、柔らかい風が平原を撫でていた。


 ――その時、日向(ひなた)が何かを思い出したように目を見開いた。


「あっ。てか雪村、アンタ、次の〈十傑円卓会議(サミット)〉に呼ばれるかもしれないわよ?」


「〈十傑円卓会議(サミット)〉?なんで〈十傑〉の集まりに俺が出張らなきゃならないんだ」


「アンタも言ってたけど今回の〈神屋川エリア〉の件、ニュースにもなるでしょ。そしたらアンタ、今回の事件解決の立役者じゃない。アタシは竜ヶ崎(りゅうがさき)龍帝(かいざ)に事実上負けたわけだし、アタシの尻拭いをしたアンタにも〈十傑〉から話があると思うわ」


 ――〈十傑円卓会議(サミット)〉。杠葉(ゆずりは)姉妹や(るい)ちゃん、飛車角さん、日向(ひなた)を含む、世界上位十名が集まる円卓会議。目標である〈十傑〉の面々の(つら)を直接拝めるなら、悪くない機会か。


「そうか、まあその時は呼んでくれ」


「わかったわ。ほら、SSNS(スーパーエスエヌエス)のID教えなさいよ。連絡先交換しておくわよ」


「あいよ」


 申請画面に表示されたID――「@hinateras」。プロフィール欄に躍るフォロワー数は、四億。異常な数値である。


「はは……『#ぶっ壊れギャル』か……」


「ちょっと雪村、その異名恥ずかしいんだからやめてよねっ!」


 日向は照れ臭そうに、ツインテールの毛先で俺の頭をぺしぺしと叩く。


「そう言えば陽奈乃って可愛い名前だな」


「もうっ!うるっさいわよ!雪村!光の速さで殴るわよ!」


「勘弁してくれ……」


「おい!陽奈乃ォ!ボスを殴るのはダメだァ!」


 わいわいと騒ぐ俺達へ、御者が振り返った。


「お客様、間もなく王都・〈王手街エリア〉ですよ」


「ああ、どうも。じゃあ日向(ひなた)、この辺でだな」


「ええ、〈十傑円卓会議(サミット)〉のときは連絡するわ」


「ああ」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 魔道具・〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉。女神像の形を取る魔道具で、触れたことのある女神像同士はワープポイントとして利用出来る。便利な時代になったものだ。


 俺達の良く知るところでは、〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉は〈オクタゴン〉の玄関前にも置かれている。俺達は〈王手街エリア〉・ギルド本部前の通りにいた。


「あァ?ボス!ここはボスの家じゃねェぞォ。アタイ、知ってんだァ。ここはギルドって言うんだぞォ」


「アホ竜歌め。〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉で〈オクタゴン〉まで帰るんだよ」


「竜歌さんっ!この〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉でワープできるんですよっ!」


「――おあッ!?そんなことできんのかァ!?」


 ――なんで蘇生した俺の方が新世界に詳しいんだ……。


「さあ!帰りましょうぞ!」


 そんなことを思いつつ、仲間達と同時に〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉に触れる。世界が、一転する。


 耳に入る喧騒は途端に止み、穏やかな住宅街の雑踏や木々の騒めきが聴こえてくる。気付けば、俺達は白亜の正八角形の建物――〈オクタゴン〉の玄関前にいた。


「――おあッ!?ボス!瞬間移動したぞォ!すげェなァ!」


「可愛い奴だな……お前……」


 竜歌の頭を撫でてやると、竜歌は嬉しそうに俺に身を寄せ、目を細めた。


「すげえ……ここが雪渚様のご自宅か……」


「でけえ建物だな……」


 〈韮組(にらぐみ)〉の元構成員達も俺達に続いて〈翔翼ノ女神像(セラフィム)〉の傍に姿を現す。彼等は口々に〈オクタゴン〉を見て驚嘆の声を漏らしていた。


 俺はそんな〈韮組(にらぐみ)〉の元構成員達――二十名余りへと向き直り、彼らに告げる。


「残念ながら〈オクタゴン〉には全員分の個室はない。――が、安心しろ。帰路でお前達の家は契約しておいた」


「――ぶひっ!?師匠、いつの間にそんなことをしてたんですかな!?」


「さすがボスだぜェ!」


「ボス・雪渚様!俺達のためにありがとうございます!」


「これからは〈真宿(しんじゅく)エリア〉を中心に活動してくれ。あと、お前達には〈真宿(しんじゅく)エリア〉のパトロールと〈オクタゴン〉の警備も依頼したい。無論、給与も出す。生活には困らない(はず)だ」


「ボス!そんなことまで!ありがとうございます!」


「よっしゃお前ら!雪渚様のために働くぞ!」


「「「押忍!!!」」」


「ボス、そんな金があるのかァ?」


「実は拓生が〈神威結社〉に加入してから、〈真宿(しんじゅく)エリア〉中で商売をしてくれてな。貯金はあるんだ」


「拓生さんの扱う武器や防具は安価な割に質が高いですからね。〈真宿(しんじゅく)エリア〉でも評判です」


「実際、拓生さんはすごいですよーっ!」


「フッフッフ……ようやく皆さんも小生の素晴らしさに気付いてくれましたな……!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――夕刻。〈オクタゴン〉・二階。俺の個室にて。


 早速、俺によってフランと竜歌に算術の授業が行われていた。俺を挟んで、右にフラン、左に竜ヶ崎。机の上には市販の算数ドリル。


「竜歌、この計算をやってみろ」


「おォ!『いち』たす『さん』だろ?……あァ?『いち』に『さん』を足すから……『なな』だなァ!『なな』ァ!」


「アホ。何処(どこ)から生えてきた」


 竜歌は「忠誠」と書かれた白Tシャツを着用していた。外国人が日本に旅行に来た時に買うような品だ。端的に言ってダサい。


「おにいたま、フラン、わかる」


「よしフラン、答えてみろ」


「えっと……『よん』!」


「よしよし、フランは賢いな」


「あい!」


「なんで『よん』なんだァ!『なな』だろォがァ!」


「竜歌、丸を書いて数えてみろ」


「あァ?いち、に、さ、よん……!『よん』じゃねェかァ!ボス!どうやったんだァ?手品かァ!?」


「手品じゃない」


 ――竜歌のためにレベルを下げたつもりだったが……これ以上どうレベルを下げればいいんだ……。小学一年生の一学期レベルだぞ……。


「りゅーかおねえたま、おばか」


「なっ……!フラン!そんなこと言うなァ!」


「よし、今日のお勉強は終わりだ。飯にしようぜ」


「メシだァ!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 〈オクタゴン〉・一階、リビング。長方形の食卓を囲むのは、天音、フラン、拓生、ハズレちゃん、そして竜歌。気付けば〈神威結社〉も、随分と賑やかになったものだ。


 スマホを開けば、更新されたクランランキングが表示される。


――――――――――――――――――――――――

Clan Ranking

1.【X】高天原(たかまがはら)幕府

2.【X】Triple(トリプル) Crown(クラウン)

3.【X】不如帰会(ほととぎすかい)

4.【X】警視庁

5.【X】鉛玉(なまりだま)CIPHER(サイファー)

6.【X】ワルプルギスの夜

7.【S】尋常(じんじょう)機関

8.【S】X-DIVISION

9.【S】赫衛(かくえい)

10.【S】天網(てんもう)エンタープライズ

11.【S】(ほむら)自警団

12.【S】海軍

13.【S】――非公開――

14.【S】NO BORDER

15.【S】――非公開――

16.【S】イーハトーブ聖騎士団

17.【S】オラクル・コーポレーション

18.【S】陸軍

19.【A】――非公開――

20.【A】神威結社

     ↓

――――――――――――――――――――――――


「――ぶひっ!?二十位、ですと!?」


「〈韮組(にらぐみ)〉は新世界二十位のクランでしたからね。〈韮組(にらぐみ)〉を壊滅させたことで〈神威結社〉が一気にランキング上位に躍り出たのでしょう」


「わぁっ!一気に上位クランですねっ!」


「ガッハッハ!さすがボスだなァ!」


 ――〈十傑〉を目指すとなれば、ここからの戦いは更に熾烈になる。まだ〈神威結社〉の戦闘面を強化する必要があるな。


「いやーっ、それにしても、相変わらず天音さんの料理の腕はプロ級ですねっ!」


「本当ですな。小生、毎日の食事が楽しみで楽しみで」


「ふふ、ありがとうございます」


「なァ、ハズレェ!お前、警察なんだろォ!?悪い奴とか逮捕してきたのかァ!?」


「いやぁ、お恥ずかしながら、まだ小悪党くらいでしてっ!」


「なんだァ!テメェ!ちゃんとやれェ!」


 竜ヶ崎が食卓を激しく叩く。


「こいつ情緒どうなってるんだ……」


 その傍らで、フランの箸が止まっている。皿の上にはピーマン。


「フラン殿、どうしましたかな?」


「ピーマン、やっ!」


「フランちゃん、好き嫌いしちゃダメですよ」


「俺が食ってやろうか?」


「おにいたま、たべて」


「せつくん、フランちゃんを甘やかさないでください」


「うっ……すまん」


「雪渚センパイはフランちゃんには甘いですからねっ!」


 笑い声と皿の音が、温かく混ざり合う。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 食事を終え、それぞれ風呂を済ませた後。〈オクタゴン〉・一階のリビングには、再び〈神威結社〉のメンバーが集まっていた。L字ソファに沈み、俺と拓生は携帯ゲーム機でレースゲームに興じている。


「師匠!小生のドライビングテクに追い付けますかな!?」


「あっ拓生!お前、そのアイテム(ずる)いだろ!」


 画面には颯爽とサーキットを駆けるレーシングカーが映っている。竜歌が楽しげに画面を覗き込んだ。


「ボス!アタイもそれやるぞォ!」


「竜歌もやるか?ちょっと待ってろ」


「――雪渚センパイっ!」


 階段から元気な声。ハズレちゃんが、パンパンに膨らんだ革袋を抱えて降りてきた。そのままガラスのローテーブルにどん、と置く。


「〈韮組(にらぐみ)〉壊滅の懸賞金が下りましたよっ!〈神威結社〉の取り分ですっ!」


「おお!来ましたな!」


「早かったな」


 ハズレちゃんが革袋の口を開けると――中には眩しいまでのプラチナ色。一枚十万ゴールドの白金貨(はっきんか)がざくざくと詰まっていた。その数、(およ)そ三百枚を優に超える。


「懸賞金が懸かっていた竜ヶ崎(りゅうがさき)龍帝(かいざ)さんと〈韮組(にらぐみ)〉・幹部三名――合計三千六百三十六万ゴールドですっ!」


「――おあッ!?すげェなァ!ボス!」


 プラチナ色に輝く白金貨(はっきんか)。カンテラの灯りを艶めかしく反射する。


「ちまちま仕事やるのもアホらしくなってきますな……。師匠、賞金狩りに転向されては?」


「勘弁してくれ……。あんなの何度もやれないぞ……」


「とはいえせつくん、これで〈神威結社〉の生活も(しばら)く安泰ですね」


「ああ。拓生、これを種金にまた増やしてくれるか。方法はお前に任せる」


「了解ですぞ!」


 その時だった。


『――十三年間に(わた)り、〈神屋川(かやがわ)エリア〉の街を恐怖に陥れていた暴力団の闇が、遂に明るみに出ました』


 百インチの液晶テレビから、アナウンサーの低い声が流れた。思わず、誰からともなく画面へと視線が向く。


 画面には、〈神屋川エリア〉のプレハブ街。黄色い立入禁止テープと、警官達の姿。重苦しいBGMが、映像の上を這うように流れていた。ニュースキャスターの厳粛な声が、リビングに響く。


『〈韮組(にらぐみ)〉は、住民に対して毎月多額の見ヶ〆(みかじめ)料を強要し、拒否した者には容赦ない制裁を加えていたことが判明しました。証言によると、暴力だけでなく、反逆する者の命を奪うなど、街全体を支配するかのような行為が繰り返されていたと言います』


 竜歌も、真剣な表情で画面に釘付けになっている。重く静かな音楽が、リビングの空気をじわじわと侵食していった。


「早速ニュースになってますな……」


「まあ……出頭した(リー)の証言もあるだろうからな……」


『しかし昨日(さくじつ)、〈韮組(にらぐみ)〉の幹部であった(リー)蓬莱(ホーライ)が出頭、その証言により、〈韮組(にらぐみ)〉・組長――竜ヶ崎(りゅうがさき)龍帝(かいざ)が〈神威結社〉の雪村(ゆきむら)雪渚(せつな)によって倒されるという事件が発生したことが判明。この戦闘を機に、長年隠されていた犯罪の実態が次々と明るみに出ることとなりました』


 (リー)蓬莱(ホーライ)竜ヶ崎(りゅうがさき)龍帝(かいざ)の顔写真が画面に映し出される。テロップが、二人の名前と肩書を静かに並べていく。それは、この事件により一層のリアリティを(もたら)した。


「せつくん……これ、まずいのでは……?」


「え……?あ……」


「どういうことですかな?」


「せつくんの真名が出るということは――」


 天音の言葉を(さえぎ)るように、BGMが(わず)かに高まり、緊迫感が増す。ニュースキャスターが、ゆっくりと息を吸った。


『警察の調査や住民らの証言によって共通して挙げられた、「雪村(ゆきむら)雪渚(せつな)」という名の人物。彼の存在が、この事件の最大の謎となっています』


 次の瞬間。画面一杯に映し出されたのは――見覚えしかない顔だった。白いボサボサ頭。茶色いレンズの金縁眼鏡。ギザギザの歯。恐らく学生証か何かの、酷い写りの証明写真。


「おにいたまだ!」


「ボス……!」


『驚くべきことに、この雪村(ゆきむら)雪渚(せつな)という人物――それは、今から八十五年前に自殺し、旧世界の日本・相模湾(さがみわん)の海底で、白骨化した遺体で発見された青年と同姓同名であることが判明しました。さらに、複数の住民の証言によれば、彼の容姿もまた、記録に残る雪村(ゆきむら)雪渚(せつな)と完全に一致しているというのです』


「あァ?どういうことだァ?」


「師匠……?どういう……ことですかな?」


「あれーっ?雪渚センパイっ?」


「誰が『最大の謎』だ……。不味(まず)いな、大事(おおごと)になりすぎた」


 ニュースキャスターの厳粛な声だけが響くリビングで、チクタク、チクタク――という時計の針の音が、耳を(つんざ)く程に五月蝿(うるさ)く聴こえた

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