1-51 打上花火、その下の公開告白
満月を背にして、黒髪を風に揺らしながら櫓の頂へ立つ竜ヶ崎。その頭に生える二本の黄色い角が、月光を受けて淡く輝く。
その光は観衆に息を呑ませるほど鮮烈で、十三年間という苦難の時代を象徴する「灯火」にさえ見えた。
『あァ、みんなの言う通り〈十傑〉の陽奈乃も二十人の構成員達を一掃してくれたァ』
満月の下で放たれた第一声が、ロータリーに澄んだ響きを落とす。騒めいていた人々の声が、吸い込まれるように静まった。
『それに何より十三年間……外部から誰の助けも入らなかったこの〈神屋川エリア〉に、どデカい穴を開けてくれたのは他でもねェ陽奈乃だァ。感謝しかねェよ』
「「日向様ー!!!」」
「そうか!じゃあ日向様があの男を……!」
「流石〈十傑〉様だ……!」
称賛の渦が沸き起こり、日向はツインテールを揺らし、軽く手を振って応えた。その姿は、月明かりを背負いながらも絵になるほど鮮烈だ。
――だが、竜ヶ崎は直ぐに言葉の矛先を変える。
『でもよォ……アタイやみんなを苦しめていた兄貴――竜ヶ崎龍帝を倒してくれたのは、また別のヤツなんだァ』
ロータリーに騒めきが走る。
「えっ、日向様じゃないのか?」
『そいつがアタイの功績にするとか言い出してよォ。意味わかんねェだろォ!アタイはそんな施しを受けるほどヤワじゃねェんでなァ!』
「ははっ、違いねえ!」
「でも日向様じゃないなら誰なんだ?あの男を倒せる人間なんて……」
竜ヶ崎は胸を張り、俺を見下ろした。その瞳は、真っ直ぐで、強くて――誇り高かった。
観衆も、その視線を追うように一斉にこちらへ振り返る。俺はビール片手に壁へ寄り掛かっていたが、その視線の重さに思わず息を呑んだ。
『――英雄は〈神威結社〉の雪村雪渚だァ!アタイらを救ってくれたのは……紛れもなくあいつだァ!だからお前ら……感謝するならアタイじゃなくてよォ、そいつとそいつの仲間にしてやってくれェ!』
瞬間、世界が一拍遅れて動き出した。
「あの男が……?」
「とても強そうには見えないが……」
「なんで柄シャツ……?」
「でもすげえ……!日向様もご一緒だぞ!」
疑いと驚きが入り混じった声があちこちから上がる。竜ヶ崎は涙を滲ませ、深々と頭を下げた。
『雪渚ァ……ありがとうなァ!』
その言葉は、十三年もの重さを抱えている。歓声が空気を震わせ、〈神屋川エリア〉中が揺れる程の熱狂が生まれた。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーー!!!〈神威結社〉ーーー!!!!」」」
「「「セ・ツ・ナ!!!セ・ツ・ナ!!!」」」
「「「よくやってくれたーーーー!!!!」」」
――竜ヶ崎め。人の好意を無下にしやがって……。
「せつくん……竜ヶ崎さんは……強い方ですね」
「そうだな……。俺なんかより、ずっとずっと強いよ」
天音の静かな言葉に、俺は肩を竦めるしかなかった。
だが、静寂ののち――再び竜ヶ崎は声を張り上げる。
『それでだァ!〈神威結社〉ァ!そして雪渚ァ!アタイはねェ頭で考えたんだァ!』
再び、観衆が騒めき立つ。竜ヶ崎は、腰に両手を当て、俺の目を真正面から射抜く。最早その紅く美しい瞳に、一切の迷いは感じられなかった。竜ヶ崎の長い黒髪が、夜風に靡く。
『アタイは今日から雪渚――いや、「ボス」に忠誠を誓うぞォ!ボスのために強くなる!ボスのために戦う!絶対に役に立つ!だからボス!アタイを〈神威結社〉に入れてくれェ!』
――マジか、コイツ。
「公開告白……これは断れないわね」
観衆達の「雪渚コール」の中、日向が八重歯を覗かせて笑った。
天音が当然とばかりに頷く。
「せつくんに忠誠を誓う……賢明な判断ですね」
「竜ヶ崎女史も〈神威結社〉入りとなると、益々〈神威結社〉がパワーアップしますぞ!」
「雪渚センパイっ!人気者ですねっ!」
「おにいたま、あたらしい、なかま」
「あの馬鹿女……この観衆の目の中、それは断れねーだろ……」
「でも雪村、アンタ、悪い気はしてないんじゃない?」
「はは、まあな……」
「せつくん、答えはせつくん次第ですよ」
二度も殺し合ったのだ。俺としても、竜ヶ崎の実力と真っ直ぐさは痛いほど知っている。そんな竜ヶ崎が俺に着いて来たいと言ってくれるなら――断る理由なんて、一つもない。
『――さァ!ボス!返事をくれェ!』
櫓の上から、マイクが一本放り投げられる。俺はそれを片手で受け取り――満月の下で、紅い瞳を見つめ返した。
『竜ヶ崎……いや、竜歌……俺は扱き使うぞ』
『ガッハッハ!上等だァ!アタイを使いこなしてみろォ!』
竜ヶ崎――竜歌が、期待に満ちた眼差しを向けてくる。その赤い瞳は涙と月光で煌めき、美しくて、眩しかった。
『大歓迎だ。……いいよな?みんな』
「もちろんです。せつくんの仰せのままに」
「来ましたな!〈神威結社〉の天下は近いですぞ!」
「はいっ!大歓迎ですっ!」
「りゅーかおねえたま!」
『――ボス!大好きだァ!』
竜歌は櫓から飛び降り、俺へ抱きついた。反射的に受け止める。
観衆から、先程を上回る喝采が巻き起こる。
「竜歌を頼むぞー!!!」
「〈神威結社〉ー!!!俺達はいつでもお前達をサポートするからなー!!!」
「竜歌ー!!!ぶちかましてこーい!!!」
満月が夜空に白く輝く。そこへ、一本の光が昇り、弾ける。赤、青、金――色鮮やかな花火が次々と夜空に咲き乱れた。それはただ綺麗で、綺麗で。十三年間の戦いに終止符を打ち、新しい人生を歩み出す竜歌を祝福するように、空を彩る。
花火の下で、竜歌は泪ながらに笑っていた。
――そして俺達〈神威結社〉は、竜歌に代わり、〈神屋川エリア〉の「英雄」となった。新たな仲間と共に、新しい日がやってくる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――翌日、夕刻。崩れた城壁の前で、俺達〈神威結社〉と日向は、住民達の壮大な見送りを受けていた。十三年振りに開いた「出口」は、崩壊の傷跡すら祝祭の一部に見えるほど明るい。瓦礫の上に、柔らかな西陽が落ちていた。
「料理に寝床まで……色々ありがとうございました」
俺の言葉に、住民達は慌てたように首を振る。
「何を仰いますか、雪渚様!俺達の英雄にお礼をするのは当然ですよ!」
「そうなのだ!雪渚達は〈神屋川エリア〉の英雄なのだ!ボク達はみんな感謝してるのだ!」
手毬の鼻に掛かった子供のような声も混じった。弾む声だけで嬉しさが伝わってくる。
「水臭いですよ!雪渚様!」
「ガッハッハ!ボス!『水臭い』だってよォ!言われちまったなァ!」
竜歌が高らかに笑って俺の背を激しく叩く。
「アホめ……。『水臭い』は悪口じゃねーよ……」
「おォ?そうなのかァ?……つーか手毬はこの先どうすんだァ?アタイらはもう自由なんだぜェ?」
竜歌が手毬に問うと、手毬は腰に両手を当て、自慢げに答えた。
「やりたいことはたっくさんあるのだ!ボクは漫才師になって、『笑-1グランプリ』で優勝したいのだ!小さい頃からの夢なのだ!」
手毬は大袈裟に両手を広げ、瞳を輝かせた。
「それに、この新世界で生きるために、最強のクラン・〈十二支〉を作るのだ!最強の十二人――そのメンバー集めと漫才の相方探しのために、先ずは年末の〈極皇杯〉に挑戦するのだ!」
「おォ!いいじゃねェかァ!」
「ふふ、せつくんも出場しますし、今年の〈極皇杯〉も盛り上がりそうですね」
天音がさらりと言うと、日向の眉がひょいと上がった。
「へえ、アンタ、〈極皇杯〉出るんだ?」
「まあな」
「ふっふっふ……師匠が今年の優勝候補なのは間違いないでしょうな!」
「おォ!ボスなら余裕だろォ!」
「はいっ!雪渚センパイなら優勝して〈十傑〉入り間違いなしですっ!」
「アンタらね……〈極皇杯〉を舐め過ぎよ」
日向が呆れ混じりに溜息を吐く。
その隙間を突くように、手毬が急に声量を上げた。
「全く……!馬鹿ばかりで困るのだ!ボクがいる限り雪渚に優勝はないのだ!」
手毬が大言壮語しながら、俺を指差してくる。
「雪渚!〈極皇杯〉の優勝を狙う者同士……今日から雪渚はボクのライバルなのだ!」
――何を言い出すんだ、着ぐるみガールは。頭まで綿が詰まっているのか?
「頭まで綿が詰まっているのか?」
「こ、声に出てるのだ!言っておくのだ!実はボクは超強いのだ!〈十傑〉にも引けを取らない……そういう説もあるのだ!」
――どんな説だよ。
「ホントかよ。とてもそうは見えねえけど……まあ根拠もなしに疑うのは好きじゃねえ。試してみるか?」
「ふっふっふ……受けて立つのだ。今更後悔しても遅いのだ!」
「おォ!早速アタイら〈神威結社〉のボスのバトルだァ!」
――こうして、俺と手毬は相対する。幾度目かの戦闘は、唐突に始まった。
「なんだなんだ?雪渚様が手毬の奴とバトルするって?」
「おいおい、あの男を倒した雪渚様に手毬が勝てる訳ねーだろ」
「せつくん、ご武運を」
「おう」
〈神屋川エリア〉の元・城壁跡。夕日に染まる瓦礫の影が、長く伸びている。住民達が円を描くように周囲へ集まり、自然と「闘技場」が出来上がった。
「さて日向女史、この勝負、〈十傑〉としてどう見ますかな?」
「どうもも何も……手毬ちゃんのユニークスキル次第ではあるけど雪村が勝つんじゃない?」
「手毬さんも……せつくんに挑むとはなかなか無謀ですね」
「ボス!手毬!カマしてくれやァ!」
「おにいたま」
黒いスキニーパンツのポケットから〈エフェメラリズム〉を取り出し、手毬を標的に構える。心地良い風が、二人の間を静かに吹き抜けてゆく。手毬が小さく息を吸う。
「そういえば雪渚、竜ヶ崎龍帝との戦いは見事だったのだ」
「おう、そうか」
「ただ――イキっていたのは見ていられなかったのだ。いい大人が見苦しいのだ。勝ち確盤面でイキり散らかす白髪赤ニット帽柄シャツ色付き眼鏡男は見ていられないのだ」
「はあ!?手毬てめえ絶対に言い過ぎだろ!喧嘩売ってんのか!」
「――今なのだ!」
その一瞬の隙を突いて、手毬がこちらにドタドタと足音を立てて向かって来る。
――来る……!
「喰らうのだ!」
咄嗟に腕を十字に交差させ、防御の構えを執る。手毬の右手――羊着ぐるみの手先に、青白い静電気が走った。
――「電気を操るユニークスキル」か?不味い。その威力によっては……!
触れた瞬間、ピリッとした微かな刺激。
――これは……まさか……。
防御の構えを解き、バックステップ。距離を取りながら〈エフェメラリズム〉を引き絞り、手毬の腹を目掛けてパチンコ玉を撃ち放った。
ぼすん。
「いっ、痛いのだ!こ、降参なのだ!」
「マジか……」
その決着を見届けた一同が、こちらに駆け寄って来る。
「おォ!さすがボスだぜェ……!」
「お見事でした、せつくん」
「いやいやいやいや、おかしいだろ」
手毬は着ぐるみのお腹を摩りながら、涙目でこちらを睨んだ。
「な、なかなかやるのだ。今日のところはこのくらいにしておいてやるのだ」
「いやいやいやいや、待て待て待て」
右足を大きく上げて、そそくさと立ち去ろうとする手毬の着ぐるみ――その背中を引っ張り、こちらへ手繰り寄せる。
「な、なんなのだ!」
「無茶苦茶弱いじゃないか、なんだお前」
「め、面と向かって弱いとは無礼なのだ!〈極皇杯〉出場者の風上にも置けないのだ!」
――手毬がリーダーを務めることになるクラン・〈十二支〉。その「亥」の枠はその辺の猪とかでいいんじゃないか。野生の猪の方が手強いだろ。――と言おうかと思ったが流石に酷過ぎる。やめておこう。
「『亥』の枠は猪でいいだろ、これ……」
「な!なんてことを言うのだ!考えていることを声に出すのをやめるのだ!」
俺は溜息を吐き、竜歌に問い掛けた。
「竜歌……手毬のユニークスキルは何なんだ?」
「おォ!手毬のユニークスキルは、下位級ユニークスキル・〈微電〉だァ!『掌から静電気を発生させるユニークスキル』だぞォ!」
――下位級ユニークスキル・〈微電〉……これ程までに弱いか。
――もっと可哀想なのが、ユニークスキルが人によってランダムに発現する訳ではなく、当人のあらゆる才覚によってユニークスキルの階級が決まるという点だ。世界人口の過半数が無等級ユニークスキルか下位級ユニークスキルと聞くが、とどのつまり、この子は能力値が著しく低いということだ。
「能力値が低いのか……」
「だから声に出てるのだ!なんなのだ!ギザ歯のくせに、なのだ!」
「なんなの、この子……」
日向が心底呆れた視線を送る。
「ふっふっふ……まあ今日のところはボクの負けにしといてやるのだ。しかーし!次会った時には、ボクが率いるクラン・〈十二支〉が必ず勝利するのだ!」
捨て台詞としては百点満点の台詞を残し、手毬は手をぶんぶん振りながら去っていった。
「と、とにかく色々ありがとうなのだ!またなのだー!」
「な、なんだったでありますかな……。手毬女史は……」
「ガッハッハ!いつものことだァ!」
すると、その勝負を静観していた〈神屋川エリア〉の住民の一人が、恐る恐るといった態度で俺に声を掛けた。三十代半ばといったところだろうか――その男の表情には、感謝の色が強く滲んでいた。
「あの、雪渚様」
「あ、はい」
「改めて、本当にありがとうございました!俺達……何とお礼を申し上げれば良いか……!」
目に涙を浮かべながら、男は言った。背後の住民達も同じように、目元を赤くしながら頷く。
「俺が竜ヶ崎龍帝を気に入らねえからブン殴っただけの話です。昨晩、十分に饗していただきましたし、これ以上はもう結構ですよ」
「……竜歌が笑うのを見たのは十三年ぶりです……。本当にありがとうございました」
男は震える声で続ける。
「それに……竜歌」
「お、おォ……」
「本当にすまなかった。お前には一人で辛い戦いを強いてしまっていた。信じてもらえないかもしれないが……お前に強く当たっていたのもその地獄から解放しようと思っての行動だったが……逆効果になってしまったようだな」
「信じねェも何も、最初から全部知ってたよォ。この街で何年過ごしたと思ってんだァ」
「そうか……。俺達にはこんなことを言う資格はありませんが……雪渚様、どうか、どうか……竜歌をよろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
男は深々と頭を下げた。住民達もそれに倣って頭を下げる。
「……俺達が竜歌の『居場所』になります。そしてきっと……竜歌は大丈夫ですよ」
「……はい、ありがとうございます」
男は涙を拭い、後ろへ下がる。
「「竜歌を頼みましたよーーー!!!」」
「「ありがとうございましたー!!!」」
「「竜歌ぁーーーー!!元気でなー!!!」」
「「たまには遊びに来いよー!!!」」
「「頑張れよーー!!竜歌ぁーー!!!」」
プレハブ街の住民達の壮大な見送りを背中に受けながら、俺達と日向は〈神屋川エリア〉を後にした。構成員達は、少し距離を取りながら着いて来る。
「ガッハッハ!うるせェヤツらだなァ!」
そう言って、竜歌は嬉しそうに笑った。少しだけ、涙を浮かべながら。夕暮れの光が、その門出を祝うように、黄色い双角を温かく照らす。
十三年分の重荷を漸く下ろした女は――紛れもなく未来へ歩き出し始めていた。
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