1-31 二人の殺人鬼
「…………都井はまだ見つからねぇのか?」
「申し訳ございません!飛車角警視監!」
「…………謝罪はいい。次の仏さんが出る前に一刻も早く見つけ出せ」
「「「はっ!!!」」」
良く見れば、飛車角に敬礼する警官達の脚は震えていた。怒鳴られているからではない。もっと根源的な、理屈より先に身体が危険を察知した時の震えだ。これは、生物としての本能的な恐怖によるものだ。不思議とそう直感出来た。
ふと、飛車角がこちらを見遣る。そして、コツコツとこちらに歩を進めた。
「…………見ねぇ顔だな」
俺は自然と立ち上がった。身長としては見下ろせる筈の身長差なのに、不思議とその圧が拭えない。見下ろしているのに、見上げている気分になる。そんな理不尽な相手だった。
「……〈神威結社〉の雪村雪渚です」
天音、拓生が続く。フランは怯えて俺の陰に隠れてしまっている。
「同じく〈神威結社〉の雨ノ宮天音と申します」
「……お、同じく〈神威結社〉の汚宅部拓生ですぞ」
「…………ああ、漣漣漣の嬢ちゃんや杠葉の嬢ちゃん達が言っていた新参クランか」
――そうか。〈十傑〉内でのコミュニティ……。〈神威結社〉の名も〈十傑〉に知られているのか……。
「…………俺はお前らに興味がある。…………少し話せるか?」
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「…………成程な。…………葉月の嬢ちゃんを勧誘しに、か……」
再びの〈警視庁〉・屋上。飛車角は煙草を吸いながらフェンスに凭れ掛かっている。二十五歳とは聞いているが、この容貌ではどう見ても子供が喫煙しているようにしか見えない。だが、その煙草の持ち方一つ、煙の吐き方一つが妙に板に付いていた。
「ええ、断られてしまいましたけどね」
何故だろうか。飛車角相手だと自然と敬語になってしまう。無論、年上だから敬語を使うべき――という理屈はわかるのだが、飛車角の存在感が自然とそうさせるのだ。
「…………聞いたか?アイツが人殺しだと」
「ええ、まあ……」
飛車角は煙を吐き出し、徐に語り始めた。その声色には、同情も怒りも、表面上は乗っていない。だが、逆にそれが重かった。何度も反芻して、それでも飲み込めない話を、無理矢理言葉にしているみたいだった。
「…………葉月の嬢ちゃんな、父子家庭だったんだがな。…………幼少期に父親に虐待を受けていたんだ」
「……虐待、ですか……」
「…………当時の資料を見たがひでぇモンだ。…………年端も行かねえガキを毎晩のように殴り付け、嬢ちゃんの身体には毎日のように生傷があったんだと」
「ぎゃくたい?」
「…………そうだ。…………ちょうど不卵の嬢ちゃんくらいの歳の頃だ。…………信じられねぇだろ?…………それで感情が良くわからなくなっちまったんだと」
「ハズレさんにそんな過去が……」
フランくらいの歳。その言葉が、妙に胃に重く落ちた。今、俺の隣で俺の袖を握っているフランと、同じくらいの小さな子供が、毎晩殴られていた。そんなものを想像したくもない。
「…………それでだ、葉月の嬢ちゃんはある日、暴力に耐え兼ねて一度だけ、反撃してしまったんだ。…………父親の頭を殴り付けてな……」
「まさか……」
「…………ああ。不幸だったのは葉月の嬢ちゃんの力が強過ぎたことだ。…………父親の頭部は風船のように破裂し、そのまま他界した……」
屋上の風が、一瞬だけ冷たくなった気がした。
「人殺しって……そういうことだったのですな……」
「…………それ以来アイツは自分自身を酷く嫌ってる。…………自分は汚い人間なんだと。…………自分は人の心がわからない人間なんだと。…………そんなアイツを見兼ねて、俺が警察に誘ったんだよ」
「そうだったんですね……」
「………………まあ昔話さ。…………アイツは心から信頼出来る仲間を欲してる。…………お前らに誘われたのが嬉しかったのは本心だろうが、アイツが自分自身を嫌ってるうちは仲間には出来ねぇかもな」
飛車角の話を一通り聞き終えた俺は、飛車角に頭を下げた。空には煙が浮かび上がる。
「飛車角さん、ありがとうございました。俺、もう一度ハズレちゃんと話をしてみます」
「…………おう」
「――おにいたま、みて。あかいの、ある」
「ん?」
フランが俺の袖を引く。飛車角の話が難解で飽きてしまったフランはフェンス越しに下を見ていたようだ。エントランスに続く正面玄関のアプローチ――そこに何か赤いものが見える。
――……なんだあれ?
目を凝らす。
――違う。あれは血だ。
「きゃっ!」
天音の悲鳴。血の近くには――人の死体があった。無惨にも息絶えた警察官。攻防の跡が見える。
「――っ!フラン!見るな!」
「…………おいおい……嘘だろ」
「――ぶひっ!?死体ですぞ!?」
「…………あの殺し方は……都井じゃねぇか……」
飛車角は煙草を踏み潰し、慌てた様子で踵を返した。
「…………おい、〈神威結社〉。…………話はここまでだ。…………俺は仕事に戻らなきゃならねぇ」
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再びの〈警視庁〉・エントランス。
そこには大勢の警察官が集まっていた。一人の軍服の男を包囲する形で。軍服の男は丸坊主で端正な顔立ち。警察官に包囲されながらも、余裕そうに見えた。いや、余裕、というより、楽しんでいるようにすら見えた。その時点で、真面な人間じゃないとわかる。
「いやはや警察の皆さん、平日の昼間からお仕事お疲れ様ですネ」
「都井屈雄……四人も殺した凶悪殺人犯だ!絶対にこの場で確保しろ!」
「四人?四人で済むと思ってます?愚かですネ」
その場にはハズレちゃんもいた。俺達はハズレちゃんに駆け寄る。
「――ハズレちゃん!」
「雪渚センパイっ!危険ですっ!離れてくださいっ!」
「そうは言っても……」
都井は警官達を一瞥して、中指を立てた。飽くまでも、挑発的に。
「いつでもかかって来てくださいよ。相手してあげますからネ」
「この野郎……!総員!つ鎌えろ!」
警察官達が一斉に都井と呼ばれる男に突撃した時だった。
空中に――巨大な鎌が現れる。何もない空間から、黒々とした死神の得物が生える。都井はそれを跳躍して掴み――横薙ぎに振るった。
鮮血。血飛沫。十人余りの警察官達が、その一撃によって真っ二つになった。死体が、鈍い音を立てて床に落ちる。床を滑る血が、さっきまで人間だったものの輪郭を無遠慮に崩していく。
「すみませんネ。手が滑っちゃいました」
その一言が、最悪だった。
「「「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」
悲鳴が一斉に上がる。その場の空気は最早、都井が掌握していた。怖気付いて逃げ出す者、腰を抜かす者――その光景は、とても〈警視庁〉の建物の中で起きているとは思えないものだった。
場に残り戦意を失っていないのは――都井の他に、〈神威結社〉の面々と飛車角、ハズレちゃんだけだ。ハズレちゃんが一歩前に踏み出す。
「どういうユニークスキルなのかわかりませんが……ハズレちゃんが相手してあげますっ!」
「ああ……葉月外さんですネ。知っていますよ。親殺しの犯罪者がなんで警察なんかやっているんですか?」
「……っ!」
「あなたに私を逮捕する権利があるんですかネ?人殺しという意味ではあなたも私も一緒じゃないですかネ?」
一粒。二粒。ハズレちゃんの瞳から涙が溢れ落ちる。
「ああ、どうせなら一緒に捕まっときますかネ?あなたとだったら殺人鬼同士仲良く出来る気がしま――」
そこまで言い掛けた都井は、地べたに吹き飛ばされた。
――俺の拳によって。
「――せつくん!」
「――師匠!」
「――おにいたま!」
「――雪渚センパイっ!」
都井は、俺を睨み付ける。殺意の籠った、とても常人とは思えない目で。
「あなた……誰を殴ったかわかってるんですかネ……」
俺は拳を握ったまま、都井を見下ろした。ハズレちゃんを泣かせたこと。大量に人を殺したこと。そういう理屈を、いちいち並べる気にもならなかった。
「ああ……悪い、手が滑った」




