1-30 警視庁
「おにいたま、おっきいたてもの」
「〈警視庁〉と言うところだぞ」
「けいしちょ?」
「警察官を管轄……纏めるところだ」
「おー」
――翌日、俺達〈神威結社〉の四人が訪れたのは〈王手街エリア〉と〈桜和門エリア〉の境にある〈警視庁〉。
眼前には巨大な建物が聳えている。旧世界の官公庁を思わせる無機質な威圧感と、新世界の異能犯罪対策機関としての物々しさ。その両方を兼ね備えたような建築だった。ただ大きいだけじゃない。近付くだけで、こちらの背筋を無意識に伸ばさせる圧がある。
「それにしてもせつくん、いくらハズレさんが警察官とはいえ、〈警視庁〉に突撃とは、とても共通テスト全科目満点とは思えない発想です……」
「――ぶひっ!?共通テスト全科目満点ですとぉ!?」
「昔の話だ……。でも天音、仕方ないだろ。ハズレちゃんとはSSNSの交換もし損ねたんだから」
「ふふ、冗談です。ですがせつくん、ギルドで見たクランランキングを思い出してください。〈警視庁〉は警察としての機能の他にクランとしても世界四位に君臨するクランでもあります」
「そうだな。特にこの新世界の警察官は異能犯罪に対処する必要があるから強者揃いだろう。勉強になる部分もあるかもしれない」
「当然ですぞ!〈警視庁〉には〈十傑〉・第三席――飛車角歩氏がいらっしゃいますからな!」
「飛車角……ああ、ハズレちゃんもそんな名前を出してたな。俺も〈十傑〉については調べてみたが、確か二十五歳の若さで警視監の階級に就くスーパーエリートなんだって?」
「元・〈陸軍〉大将でもあるそうですよ」
「へえ。杠葉姉妹や涙ちゃんに続いて、また〈十傑〉に会えるかもな」
「そうですね。行ってみましょうか」
早速入口へと向かう。俺と手を繋いでよちよちと着いてくるフラン。その後ろに天音と拓生が続く。
自動ドアを潜るとエントランスが俺達を出迎える。磨き上げられた床、無駄のない導線、冷たい空調、そしてそこを行き交う警官達の速い足取り。派手さはない。だが、その空間全体が「ここは遊びで入る場所じゃない」と無言で告げていた。
「いやはや……悪いことをした訳ではないのに些か緊張しますな……」
「はは、そうだな」
階段で二階へと上がる。すると、ずらりとデスクが並べられた空間が開けた。皆が一様に警察官の制服に身を包み、正に今、事件への対処をしている様子だった。電話の声、紙を捲る音、足音、怒号。それらが重なり合って、一つの大きな緊張を作っている。
「――おい!都井の手掛かりはまだ見つからないのか!」
「クソ!これで死体が見つかるのも四人目だぞ!」
余りに慌ただしい。壁際のホワイトボードには、殺人犯と思しき人物の写真が貼られている。被害者名、時刻、遺留品、赤字のメモ。そこに記された情報の一つ一つが生々しかった。
「師匠、これ……外部の人間が入っていい空間なのですかな……?」
「知らん」
――ただまあ、エントランスで止められなかったということは、新世界の異能犯罪に対処するため、公にもある程度開かれているのだろう。
「――あっれーっ?奇遇ですねーっ!〈神威結社〉の皆さんっ!」
聞き覚えのある、底抜けに明るい声。振り向くと、青髪でツインブレイド――可愛らしい髪型の女の子がそこには立っていた。
「雪渚センパイっ!」
「誰が先輩だ……」
「えーっ!ハズレちゃんに勝ったんですからセンパイですよーっ!」
「まあいいか……。実はハズレちゃんに会いに来たんだよ」
「わぁっ!可愛い可愛いハズレちゃんに会いたくなっちゃったんですかっ!?」
「なかなかクレイジーな方ですな……」
「よく言われますっ!ふむふむ……ですが何かワケありのようですねっ!場所を移しましょうかっ!ジュースくらいなら奢りますよっ!」
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「フランちゃんはどれがいいですかっ?」
「おれんじじゅす!」
――〈警視庁〉・屋上。
〈神威結社〉の面々とハズレちゃんは広々とした屋上に集まっていた。煙草に火を点け、煙を肺に送り込む。自販機の側では、ハズレちゃんがフランにオレンジジュースを手渡していた。
屋上は思いの他静かだった。下階の張り詰めた空気とは違い、ここには少しだけ息を吐ける余白がある。だからこそ、今から切り出す話の重さが、余計に際立つ気がした。
「はいっ!どうぞっ!フランちゃんっ!」
「わぁ、ハズレおねえたま、ありがと」
「お礼が言えていい子ですねっ!フランちゃんっ!」
「ハズレちゃん、悪いな」
「いいですよっ!これくらいっ!」
ハズレちゃんがくれた珈琲を一口。すると、ハズレちゃんが重々しく口を開いた。
「あのっ!雪渚センパイっ!この前は失礼な態度を取ってしまってすみませんでしたっ!」
「ああ……アレか」
「言い訳みたいに聞こえるかもなんですけどっ!急に昔の嫌な記憶を思い出してしまってっ!」
――それは俺の所為なんだが……余計なことは言わないでおこう。
「そういう時もあるだろ。別に怒ってないし本題はそれじゃない」
「えっ?違うんですかっ?」
「単刀直入に言おう。――〈神威結社〉にハズレちゃんが欲しい」
「えっ」
その瞬間、ハズレちゃんの表情が止まった。明るく、軽く、何でも笑い飛ばすように見えたその顔から、一瞬だけ仮面が剥がれた気がした。
次の瞬間、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちる。
「ハズレさん……?」
「すみませんっ……!人に必要とされたのが初めてでっ……!」
「ハズレ女史……」
「ハズレおねえたま、だいじょぶ?」
「はいっ!大丈夫ですよっ!」
「ハズレちゃん、〈神威結社〉に来てくれるか?」
「――でもごめんなさいっ!」
そうして、ハズレちゃんは語る。自身に沈んだ闇を。
「ハズレちゃん、人殺しなんですよっ!」
空気が、凍り付く。
「だから皆さんの仲間になると、皆さんまでそういう目で見られちゃうかもしれませんっ!入りたい気持ちは山々なんですけど、そういう感じですっ!」
それだけ言うと、ハズレちゃんは笑顔を貼り付けたまま、その場を去っていった。軽い足取りを装っていたが、逃げるようにも見えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――再び、〈警視庁〉一階・エントランス。
ガラス張りのその空間には開放感があったが、俺達の中に走るモヤモヤは晴れなかった。エントランスのソファに腰掛け、俺は徐に口を開く。
「さて……また断られてしまったな。拓生の時を思い出すぞ」
「そうですね……。とはいえ今回はハズレさん自身が抱える闇が大いに関係していそうですね……」
「師匠、純粋な疑問なのですが、ハズレ女史が本当に人殺しなのだとして、どうして警察官になれたのですかな?」
「確かにな……。通常は難しい筈だ」
「おにいたま、ひとごろてなに?」
「よしよし。フランはまだわからなくていいよ」
フランの柔らかい銀髪を撫でる。フランは嬉しそうに目を細めた。
――その時だった。
「「「飛車角警視監!お疲れ様です!!」」」
「……おう」
突如としてエントランスにいた警官達が立ち上がり、整列し、敬礼する。それまで騒ついていた空気が、一瞬で切り替わった。音量が変わった訳ではない。だが、空気の密度そのものが変わる。まるで部屋の中心に、目に見えない重石が落ちてきたかのようだった。
その先には――身長百二十センチメートル程だろうか。まるで子供のような体躯に、漫画のマスコットキャラのような丸い目の巫山戯た顔立ち。
それに反して、ハードボイルドな声で短く挨拶を返しながらエントランスに入ってくる、緑の将校服に身を包んだ男がいた。極めて小柄ながら、目深に制帽を冠る様が何処か様になっている。その存在感は、明らかに他の警官達とは異なっていた。
小さい。だが、圧だけは、これまで会ってきた誰よりも巨大だった。
フランが俺の袖を掴む。安心したくて、俺に触れてくる。余りの圧に、フランは耐えられない。
「おにいたま……こわい……」
「大丈夫だ、フラン……」
それは俺達も同じだった。拓生に至っては、腰が抜けてしまっている。
「し、師匠……あの方は……!」
「せつくん……!」
「ああ……」
――〈十傑〉・第三席――飛車角歩……!




