1-29 青春のスクランブルエッグ
「――ぶひっ!?誰ですかな!?その方は!」
「どうしましたか?せつく……えっ?」
開かれたトイレにフランの姿はなかった。
そこに立っていたのは、十三歳前後だろうか、見知らぬ少女。だが、見知らぬ筈なのに、見覚えがある。フランの面影を残す、フランと全く同じ髪型の少女が、眠たげに目を擦りながらこちらを見ていた。
「わっ!天音お姉ちゃんに拓生お兄ちゃんもいるじゃん!」
「待て待て待て、フランはどこ行った」
「何言ってるのお兄ちゃん。私が雪村不卵でしょ!」
「……〈神威結社〉、全員集合だ。緊急会議をしよう」
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雪村不卵を名乗る謎の少女と、天音、拓生、俺――〈神威結社〉の総員が集まるリビング。天音が淹れてくれたカフェオレを嗜みながら、謎の少女と向かい合う。
目の前の少女は、確かにフランに似ていた。似ている、どころではない。輪郭も、目元も、口元も、そこに宿る表情の癖まで、幼いフランをそのまま年齢だけ引き延ばしたみたいだった。それが逆に不気味ですらある。現実感が、妙に薄い。
「確かにフラン殿の面影はありますなぁ……」
「そうですね……。フランちゃんにそっくりです。フランちゃんをそのまま高校生にしたような……」
「そうでしょ?」
「取り敢えず説明してくれ……」
「あ、そっか。このタイミングが初めてだったのね」
彼女は一人で納得したように頷くと、徐に口を開いた。
「他のみんながいないことを見ると、多分このタイミングって拓生お兄ちゃんが〈神威結社〉の仲間になった直後のタイミングだよね?」
「そうだな、〈海底都市エリア〉の冒険を終えたばかりだ」
「そうだよね。じゃ、お兄ちゃんたちが混乱するのも無理はないかな」
「本当にフランなのか?」
「うん、私は正真正銘、雪渚お兄ちゃんの妹の雪村不卵だよ。――ただし、十年後のね」
「――ぶひっ!?十年後ですと!?」
「後でわかる話になるんだけど、実は私、特異体質だったみたいで、既に三歳の時にはユニークスキルが発現してたみたいなの」
「なるほど……ユニークスキルの力ってことですか……」
「うん。中位級ユニークスキル・〈青春〉。『十年後の自分と一時的に入れ替わる』ユニークスキル。それを今回、幼い私が誤って使ってしまったみたい」
「そういうことか……。なら三歳のフランは無事なんだな?」
「うん。大丈夫。私もさっきまで十年後の〈オクタゴン〉にいたし、仲間もみんないるからきっとすぐに事情を理解して守ってくれていると思うよ」
「三歳のフランちゃんと、十年後のフランちゃんが入れ替わった形ですね」
「『一時的に入れ替わる』というのはどれくらいの時間なのですかな?色々と聞きたいこともありますぞ……」
「――十分だね」
「十分……短いな」
「幼い私はユニークスキルの使い方もまだわかってないし、もしかしたら今の時代のお兄ちゃんたちと会えることはもうないのかも。そう考えると寂しいけど」
十分。短過ぎる。未来から来た妹と、十分だけ会える。そう言われて、その短さを冷静に受け止められる程、俺は出来た人間じゃない。
「ですが一つ収穫だったのは、十年後もフランちゃんが元気に過ごしてくれている、ということがわかったことですね。安心しました」
「大きくなったなあ……。あの小さかったフランが……涙が出そうになるぞ」
「本当に色々あったけどね……。でもみんなのお陰で楽しく暮らせてる。〈神威結社〉のみんなには本当に頭が上がらないよ」
「その言いぶりだと、未来ではもっと仲間も増えていそうですな?」
「へへ、そうなんだよ。色んな人がいるよ。言ったら面白くないから言わないけど、私は〈神威結社〉が最強だと思ってるから」
――十年後のフラン、か。
だが『十年後のフランが実在する』=『十年後もフランは無事』という訳ではないと俺は考える。飽くまでその世界線でのフランなのかもしれない。パラレルワールドのフランである可能性は拭えないのだ。
「……賢いお兄ちゃんなら気付いてるよね。私がいるからって、幼い私が十年後も無事とは限らないってことに」
「……パラレルワールド、だな。成長したフランの姿を見られたのは良かったが、安心ばかりもしていられない」
「師匠、どういうことですかな?」
「こうして俺達と未来のフランが出会ってしまったことで未来が変わる可能性もあるってことだ。結局、未来なんて誰にもわからないんだよ」
「そういうことですか……」
「でも大丈夫だよ、お兄ちゃん。一つ、断言できることもあるから」
「断言できること?」
「私は今も昔もお兄ちゃんが大好きだし、一番尊敬してる。他の仲間のみんなもそう。お兄ちゃんは、お兄ちゃんが信じる道を行けば大丈夫」
「そうか……。そう言ってもらえると救われるよ」
「この時代では私は三歳なんだよね。懐かしいなあ。〈アトランティス市議会〉との戦いで、勝手に外に出てお兄ちゃんに初めて怒られたっけ」
「はは、そうだな」
「あのときは嬉しかったなあ。お兄ちゃんが私を大事にしてくれてるってわかって」
「そんなことを考えていたんですね……」
「天音お姉ちゃんの料理はいつも美味しいし、拓生お兄ちゃんはいつも色々な遊びを教えてくれるし、私はみんな大好きだよ」
「嬉しいです。フランちゃんからその言葉を聞けて」
「嬉しい言葉ですな」
十年後のフランは、今ここにいる俺達の知らない時間を生きてきた。それでも、その言葉の中にある温度は、今、俺達の知っているフランと確かに繋がっていた。
「……さて、そろそろ十分かな。この時代のみんなと会えて良かった」
「ああ、フラン。また遊びに来い。……つっても三歳のフラン次第だけどな」
「うん。ありがと、お兄ちゃん。また会えるといいな」
瞬間――フランの姿が光に包まれてゆく。
「色々迷惑も掛けるかもしれないけど、この時代の私をどうかよろしくね」
「ああ、任せとけ。俺の大事な妹だ」
「はい。フランちゃんは家族ですから」
「小生も尽力しますぞ!」
「……ありがと。じゃあね」
フランがその言葉を発した瞬間――光が解けるように彼女の輪郭が崩れた。光の粒子がソファの周囲を舞い、淡く、淡く消えていく。ほんの十分だった。だが、妙に長い再会だった。
代わりにソファにちょこんと座っていたのは、三歳のフランだ。
「おー、おにいたま!いた!」
「フラン、怪我はないか?」
「おけが、ないよ」
「このフラン殿があれだけ成長するんですなぁ」
「なんかね、〈おくたごん〉にね、いっぱいひといた」
――未来の仲間達か。
「みんな優しかったか?」
「あい!おかしくれた」
そう言ってフランは、貰ったお菓子を嬉しそうに頬張っている。その頭を撫でてやると、フランが心地良さそうに目を細める。
――この子は俺が守ってあげないといけない。
改めてそう思った。
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「さて……最悪だな」
フランは天音の膝の上で、親指を咥えて天使のように眠っている。夕食や入浴を終え、再びリビングに集まった〈神威結社〉の面々の中、俺は徐に口を開いた。
「最悪、って師匠、どうしたのですかな?」
「フランの件だ」
「フランちゃんですか?」
「ですが師匠、パラレルワールドの可能性があるとはいえ、フラン殿が幸せそうなら何よりではないですかな?」
「拓生、そこじゃないんだ。問題はフランのユニークスキルの方だ」
「中位級ユニークスキル・〈青春〉……『十年後の自分と一時的に入れ替わる』ユニークスキルでしたな」
「あっ……せつくん、そういうことですか」
「ああ、最悪なのは、『フランに戦闘力がない』ということが判明してしまった点だ」
空気が少しだけ重くなる。
「あっ!そうですな……フラン殿が十年後の姿を呼び出したとしても、ただの女性に過ぎませんぞ……。この新世界でそれでは……」
「ああ、パラレルワールドの可能性を考えれば、フランの無事が保証されない。そのユニークスキルでは、新世界で一人だけ武器を持たないも同然なんだ」
可愛い。大事。守りたい。そんな感情だけで、この世界は守ってくれない。ユニークスキルは、時に生きるための牙になる。だがフランの〈青春〉は、少なくとも現時点では牙とは成り得ない。
「フラン殿は、小生達で守ってあげる必要がありますな」
「そのためにはやはり、仲間の確保を最優先にしなければなりませんね」
「拓生が加入してくれたことで金銭面の問題はなくなったが、戦闘力という面ではまだまだだ。戦闘面を強化する必要があるな」
「どこかに強い方がいてくださればいいんですが……」
「単に強くてもダメですな。マルコ氏のような悪漢は論外ですぞ」
「そうだな……。強い奴……」
――これまで戦った敵を思い返す。竜ヶ崎竜歌、東條 芭硫幌、マザー・エニス、鮫万代圓湖……大小の差異はあれど、悪役ばかりだ。
「ん……?アイツなんてどうだ?」
「アイツ、ですかな?」
――葉月外――ハズレちゃん。警察官でもあり、俺がこれまで戦った敵の中で唯一、「悪」ではない人物だ。
「俺がE級昇格戦で戦ったハズレちゃんだ」
――ユニークスキルなしでショッピングモールの壁に穴を開ける馬鹿力。警察官としての側面。仲間にするには申し分ない。
「ハズレさんですか。確かに強い方でしたね」
「師匠と雨ノ宮女史が認めるのでしたら、異論はありませんぞ!」
「――よし、葉月外を獲得しよう」




