1-28 海底都市感想戦
「〈十傑〉……!」
室内の温度が一段落ちた気がした。俺は息を呑み、拓生は言葉を失って固まる。フランだけが、星を覗き込むような目で、ぽかんと小首を傾げていた。
「そうそうっ☆だからマルコの策略にも気付いてはいたんだよねっ☆敢えて泳がせていただけでっ☆あっ☆海だけにねっ☆」
「はは、涙女史……笑えませんぞ……」
「ごめんごめんっ☆こういう言葉遊び、銃霆音くんの専売特許なんだよねっ☆ボクには出来ないやっ☆」
――〈十傑〉。世界で十指に数えられる怪物。その一人が目の前にいる。もし最初から彼女が動けば、マルコとの死闘も児戯ですらなかった、ということだ。そう思えるだけの圧が、彼女の軽薄な口調の奥には確かにあった。
「因んじゃうと、〈アトランティス市議会〉の五十人の雑兵をお片付けしたのもボクだよっ☆みんなが動きやすいかと思ったんだけど、あんまり必要なかったかなっ☆」
「それで……小生が竜宮城を出る時、〈アトランティス市議会〉の者達が倒れていたのですな……」
「うんっ☆軽いストレッチっ☆」
さらりと言って笑う。その笑顔の奥に、圧の質が違う「位階」が見える。確信した。今の俺では、間違いなく彼女に勝てない。
「うーんっ☆ボクもそろそろ〈十傑〉だって世間に公表しちゃおうかなっ☆第二席以外のみんなは公表してるワケだしっ☆」
「マルコも、君が〈十傑〉だと知らなかったのか……?」
「うんっ☆知ってたら歌姫暗殺計画なんてバカな計画立てないだろうねっ☆ボクに勝てるワケないしっ☆」
「はは……小生はとんでもない人物を庇っていたのですな……」
ベッドに腰掛ける俺に、涙がぐいっと近付いた。尋常ではない露出度。目の遣り場に困る。天音が慌てて一歩、前へ。
「――ちょ、ちょっと涙さん!せつくんに近付き過ぎです!」
涙は俺を上から下まで舐めるように眺め、俺の膝の上のフランの髪をくしゃりと撫でた。フランは嬉しそうに目を細める。
「槐ちゃんと樒ちゃんが言ってた〈神威結社〉って君達だよねっ☆今年の〈極皇杯〉、出るつもりなんでしょっ☆」
「ああ、そのつもりだ……」
「そっかっ☆でも、マルコも〈極皇杯〉では何度も予選敗退に終わってるっ☆マルコに苦戦してるようじゃ、本戦には勝ち進めないよっ☆」
「まだ時間はある。鍛えるさ」
「そっかっ☆頑張ってねっ☆」
「……涙さん」
「――あっ☆涙ちゃんって呼んでもらえると嬉しいなっ☆」
「……じゃあ涙ちゃん、竜宮城、壊しちまって悪かったな」
「ううんっ☆また建てればいいし、別にいいよっ☆」
「そうか、助かる」
「――それで拓生くんっ☆」
「――ぶひっ!?な、なんですかな!?」
「君が成し遂げてくれたこと――街のみんなに話したら、きっと君は英雄になれるねっ☆」
拓生は、少しだけ俯いて、それから顔を上げて言った。
「……いえ、涙女史。言わないでくだされ」
「あれっ☆拓生くんっ☆どうしてかなっ☆君の誤解も解けるよっ☆」
「……終わったことを態々話す必要はないですぞ。何も起きなかった……全部、小生の嘘だった――そういうことにしてほしいのですぞ」
「おい拓生、それでいいのか?」
「構いませんぞ。何もなかった――それが一番ですからな」
涙ちゃんはふっと目を細め、弾けるように笑った。
「そっかっ☆すっごく見直しちゃったよっ☆拓生くんっ☆――そうだっ☆ボクの下でマネージャーとして働かないっ?」
静かに目を見開く拓生。
「良かったな、拓生。憧れの涙ちゃん直々のスカウトだ」
「たくおおにいたま、すごい」
少しの静寂。拓生は静かに首を横に振った。
「涙女史。ありがたい申し出でありますが……小生、心は決まりましたぞ」
「…………そっかっ☆」
「師匠!一度は逃げた身で恐縮でありますが、小生で良ければ、〈神威結社〉の冒険にお供させていただきたいですぞ!」
「そうか。拓生、頼もしいよ」
「ふふ、せつくん、良かったですね」
「感謝しますぞ!必ず、師匠のお役に立ってみせますぞ!」
「たくおおにいたま、なかま!」
「はは、仲間、ですな!」
「……フラれちゃったっ☆」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――〈海底都市エリア〉、潜水艦ドック。鉄と潮の匂いが混じる密閉空間は、竜宮城崩落後の後処理と再建に向けた喧噪で、遠くまで騒めいている。
涙ちゃんが見送りに来ていた。護衛の者が数人控えるが、〈十傑〉に護衛など飾り以上の意味はない。
ぽっかりと水面が割れ、潜水艦が浮上。足場が伸び、俺達の退路が開く。
「雪渚くんっ☆〈十傑〉を目指すんだよねっ☆世界の頂点で――待ってるからっ☆」
「ああ、必ず。頂点で」
「それとフランちゃんっ☆雪渚くん達の言うことをちゃんと聞くんだよっ☆」
「うん。るいおねえたま」
「天音ちゃんは……うん、まあ、いっかっ☆」
「……そうですね」
意味深な打ち合いに、拓生が首を傾げる。涙は最後に彼へと向き直った。
「拓生くんっ☆たっくさんライブに来てくれてありがとねっ☆また会えるといいなっ☆」
「きっと会えますぞ!小生の師匠は、〈十傑〉になるお方ですからな!」
「――拓生くんっ☆助けてくれて嬉しかったよっ☆ありがとねっ☆」
彼女はそっと背伸びし、拓生の頬にキスを落とした。
一瞬の静寂ののち、拓生は顔を真っ赤に紅潮させ、飛び上がった。
「ぶ、ぶふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?」
「おい……拓生、落ち着け」
「師匠ォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
興奮した様子で五体投地を繰り返す拓生を見て、涙はくすりと笑い、くるりと踵を返した。潜水艦の汽笛が、海の胸郭を震わせる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――数時間後、帰宅。〈オクタゴン〉の玄関を押し開ける。
「拓生、入ってくれ」
「おお……立派な物件ですな!今日からここに住めるとは……!」
「フラン、かえった!」
「フランちゃん、ちゃんと手洗い嗽をしてくださいね」
「あい!」
リビングへ案内すると、懐かしい温度が肺の奥に戻る。僅か二日なのに、酷く長い旅だった気がする。ああ、ここが今の俺達の家なんだと、そんなことを改めて思った。
「おー、広々としていて、いいですな!」
「〈十傑〉の槐と樒が譲ってくれた俺達の家――〈オクタゴン〉だ」
「〈日出国ジパング〉の姫君である、あの杠葉姉妹ですかな!?師匠は凄まじい人脈をお持ちですなぁ……」
――夜。拓生の荷物を個室に運び終え、四人でリビングへ戻る。ガラスのローテーブルを囲み、L字型のソファに沈み込む。天音は相変わらずメイド服姿だが、他は風呂上がりのパジャマ姿。テレビではニュースが緊急テロップを流した。
『――緊急速報です。三人組のアイドルユニット・〈Triple Crown〉のセンター、歌姫・漣漣漣涙様が先程、自身が〈十傑〉・第九席であることを正式発表されました。音楽業界からは二人目の〈十傑〉――』
「――さて、改めてだが拓生が〈神威結社〉に加入してくれた。まずは歓迎しよう」
「汚宅部さん、よろしくお願いいたします」
「たくおおにいたま、なかま!」
「はは、仲間、ですな!よろしくお願いしますぞ!」
「拓生は偉人級ユニークスキル・〈霧箱〉に目覚めた。心強いが、拓生は飽くまでも戦闘員ではなく商人のつもりだ。つまり、戦闘は俺らで請け負う代わりに拓生には得意の商売の腕を振るってもらいたい」
「承知しましたぞ!師匠!商売なら任せてくだされ!商売道具も持って来ていますからな!」
「つっても戦わざるを得ない状況は十分有り得る。その時は頼むぞ」
「師匠の頼みなら、仕方ないですな!それに、小生は人よりケツが硬いですからな!」
「はは、なんだそれ」
天音が湯気の立つカップを差し出す。
「ふふ、盛り上がって来ましたね」
「おにいたま、おしっこ」
フランが俺の服の袖を引く。
「よし、トイレな」
手を引いてトイレまで連れて行ってやる。
「フラン、一人でトイレ出来るな?俺はトイレの前で待っててやるから何かあったら呼んでくれ」
「あい!」
よちよちとトイレに入って行くフラン。俺はスマホを弄りながら待つことにした。
背後のリビングからは、拓生の矢鱈元気な声と、天音の柔らかな相槌が聞こえる。平和だ。馬鹿みたいに平和だった。
「――師匠!自宅から色々ゲームを持って来ましたぞ!後でみんなで遊びましょうぞ!」
「お、いいな。有能だ、お前は」
「お褒めに預かり光栄ですぞ!」
そんな会話をしていると、トイレの扉がゆっくりと開いた。――が、出てきたのは。
「あー、ねむ。……ってあれ?お兄ちゃん!?若っ!」
美しい銀髪を持つ、見知らぬ少女だった。
評価(すぐ下の★★★★★)やブックマーク、感想等で
応援していただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。




