↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

119/183

2-25 犬猿の仲、時々、ドラゴニュート

 ――予選開始より、五十九分四十一秒。〈極皇杯〉予選Hブロック。


 会場である〈天空橋(てんくうばし)空港〉二階出発ロビー、北側コンコースの喫煙室には、白い煙がゆるやかに充満していた。


 全面鏡張りの狭い空間。壁際に並ぶ灰皿スタンド。中央の灰皿台。ガラス扉の向こうには、毒ガスと殺し合いに満ちた空港のコンコースが広がっている。


 だが、喫煙室の中だけは、奇妙なほど時間の流れが違っていた。


 煙草の匂い。白い煙。鏡に幾重にも反射する五人の姿。竜ヶ崎竜歌。李蓬莱。羊ヶ丘手毬。犬吠埼桔梗。猿楽木天樂。つい数分前までなら、互いに殺し合っていてもおかしくない顔ぶれだった。


 そのうちの一人――羊ヶ丘手毬が、昨年の〈極皇杯〉ファイナリストへ向かって、あまりにも突飛な一言を放った直後である。


「――て、手毬サン!それはいきなりすぎるアル!」


 最初に声を上げたのは蓬莱だった。


 竜ヶ崎竜歌と犬吠埼桔梗も、手毬のあまりに突飛な発言に目を丸くしている。


 蓬莱は思案する。


 ――手毬サン……阿呆(あほう)すぎるアルヨ……。


 引く手数多(あまた)の〈極皇杯〉本戦進出経験者(ファイナリスト)を、初対面でクランへ勧誘する。


 しかもここは〈極皇杯〉の予選会場。本来なら、戦って蹴落とすべき相手である。常識知らずにも程があった。


 だが、蓬莱の予想と、猿楽木天樂の反応は大きく異なっていた。


「――おもろいこと言うなあ!着ぐるみの姉ちゃん!」


 天樂は破顔した。煙草を指に挟んだまま、手毬の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「姉ちゃんのランクはなんぼや?」


「ま、まだボクはF級なのだ……。まだ仲間もいないのだ……」


「羊ヶ丘手毬……」


 桔梗が真顔で呟く。


「〈極皇杯〉の予選の最中にクランの勧誘とは……私の想像を超えてくるな」


「おいおい手毬ィ!」


 竜歌もさすがに額へ手を当てた。


「さすがにそれは通用しねェって、アタイでもわかるぞォ!本戦進出経験者(ファイナリスト)はクランに入らなくてもやってけるんだからよォ!」


 竜歌の言葉は、珍しく正論だった。


 無等級ユニークスキルや下位級ユニークスキルを持ち、一人で新世界を生き抜くことが困難な者にとって、クランへの加入は「生きるための(すべ)」である。


 弱い者でも、力を合わせれば生き残れる。任務を受けられる。生活基盤を作れる。新世界の荒波に、どうにか抗える。


 しかし、〈十傑〉や〈極皇杯〉の本戦進出経験者(ファイナリスト)のような圧倒的強者にとって、クラン加入は必ずしも利益にならない。


 否。むしろ、足枷になる場合の方が多い。


 強者は一人で稼げる。一人で守れる。一人で選べる。下手に弱者と手を組めば、その弱者を守るために動きが制限される。事実、〈十傑〉の過半数はクランに所属していない。強すぎる者ほど、群れる必要がないのだ。


「ど、どうなのだ?天樂」


 手毬が、おずおずと見上げる。


 赤を基調とした虎皮の腰布を着用した圧倒的強者――猿楽木天樂は、口腔から吐き出した煙を見上げた。白い煙が、鏡張りの天井へ薄く伸びていく。


 そして彼女は、満面の笑みで答えた。


「――ええで!入ったる!」


「はァ!?」


「猿楽木サン!?」


「マ、マジなのだ!?」


 竜歌、蓬莱、手毬の声が重なる。


 桔梗でさえ、わずかに目を見開いた。


「ウチそんなおもんない冗談言わへんわ!」


 天樂はけらけら笑う。


「よろしゅーな着ぐるみの姉ちゃん――ってそや、名前すら聞いてへんかったわ!」


「嬉しいのだ!」


 手毬の顔が、ぱっと明るくなる。


「ボクはクラン・〈十二支〉のクランマスター!羊ヶ丘(ひつじがおか)手毬(てまり)なのだ!よろしくなのだ、天樂!」


「ほな手毬って呼ぶわ!よろしゅーな!」


「――いやいやいやいや待て待て待てやァ!」


 竜歌が全力で割り込んだ。


「竜歌!どうしたのだ!?」


「いやおかしいだろォ!」


「そうアル!何の茶番アルカ!?これは!」


「何もおかしいことなんてあらへんやろ?」


 天樂は飄々と言う。


「両者が同意してのクラン加入やで?」


「そうなのだ!やっと初のクランメンバー獲得の瞬間なのだ!余韻に浸らせるのだ!」


「〈極皇杯〉の予選中にクラン加入なんて前代未聞アル!」


「お前ら感覚どうなってんだァ!?」


 竜歌と蓬莱の意見は、どこまでも正しい。


 本来、戦ってファイナリストの座を奪い合うべき〈極皇杯〉の出場者が、初対面の他出場者を自分のクランへ勧誘する。しかも相手は、昨年の本戦進出経験者(ファイナリスト)。あまりにも異様だった。


 世界六国へ中継されていることを考えれば、今頃、視聴者も運営も実況席も掲示板も大混乱しているに違いない。だが、当の本人たちは平然としている。


「そんなん言われてもなあ」


 天樂は煙草を咥えたまま肩を竦める。


「おもろそうやん。理由なんて、それで十分やろ」


「竜歌!黙るのだ!」


 手毬が胸を張る。


「ボクたちは今日からクラン・〈十二支〉なのだ!」


「せやで、ほんま!ウチのクランマスターに文句付けさせへんで!」


「いやァ……別に文句ってワケじゃァねェんだがァ。悪ィ……ちっと取り乱したなァ」


 竜歌は頭を掻いた。黄色い双角が、喫煙室の眩い照明を受けて輝く。


 竜ヶ崎竜歌は、上位級ユニークスキル・〈竜鱗(ドラゴスケイル)〉によって、全身に鱗を(まと)い、角や尻尾、鋭い爪を生やすことができる。予選開始以来、彼女はずっと「ドラゴニュート化」状態を維持していた。その分、当然ながら体力は削られている。


 ちなみに、黄色い双角だけは「カッコいいから」という理由で、就寝時を除き、〈オクタゴン〉の中でも常に生やしている。本来は、引っ込めることもできるのだ。


(ウーン)……猿楽木サンが予選中にクラン加入だなんて……今この中継を観てる世界の人たちはきっと沸いてるアル……なんか頭痛いアル……」


「わかるぞォ、蓬莱……」


 こうして。


 羊ヶ丘手毬がクランマスターを務める〈十二支〉に、第九回〈極皇杯〉ファイナリスト、猿楽木天樂が加わった。


 ただし、その結論に一人だけ納得していない者がいた。


「……待て、猿楽木天樂。その判断はおかしいだろう」


 犬吠埼桔梗である。


「はぁ?なんや騎士の姉ちゃん……」


 天樂の目が、少しだけ細くなる。


「何度も言うけど、ウチが手毬と合意の上で加入したんや。第三者が口挟むのはお門違いやで?」


「重々承知の上だ。……いや、私は単に難癖を付けたいだけかもしれない」


「はぁ?騎士の姉ちゃん、どういうことや?」


「猿楽木天樂……貴殿が戦っていた昨年の予選の映像を目にしたことがある」


 喫煙室の空気が、わずかに冷える。


「〈如意棒〉……とやらで敵を次々に貫いて本戦に進出したのだろう」


「せやで?それがウチのバトルスタイルっちゅうヤツや!」


「――天樂!喧嘩はやめるのだ!」


 手毬が慌てて両手を振る。


「あかんで、手毬!」


 天樂は煙草を灰皿の縁へ軽く当てた。


「騎士の姉ちゃんは〈十二支(ウチ)〉のクランマスターに反対しおったんや!ちゃんと話し合わな納得できへん!」


「わ、わかったのだ……」


「ほんでなんや?騎士の姉ちゃん」


 桔梗は天樂を真っ直ぐ見た。


「貴殿の言うそのバトルスタイルだがな。私は嫌いだ、貴殿の戦い方が」


 その声に、はっきりとした嫌悪が(にじ)む。


「相手に敬意を払った戦い方だとは、まるで思えない」


「はぁ!?」


 天樂の眉が跳ね上がる。


「敬意どころか、ちゃんと戦いもせえへん自分に言われとうないわ!」


「……そうか。私たちは相容(あいい)れないようだな」


 犬猿の仲。まさに、その言葉が相応しかった。


 正義を重んじる騎士。面白さを重んじる武闘派。


 相手への敬意を問う者。戦う以上、倒し方に遠慮など要らないと笑う者。


 竜ヶ崎竜歌、李蓬莱、羊ヶ丘手毬の三名は、その様子を静かに見守っていた。


 厳密には、突然始まった口論に、まだ頭が追い付いていなかった。


「ほんま騎士様っちゅうんは頭が堅くて適わんわ」


「頭が堅いだと……?騎士を愚弄するつもりか……?」


 桔梗の手が、腰の(さや)へ伸びた。そこに納められた〈聖剣エクスカリバー〉の柄へ、そっと指が掛かる。


 桔梗は、騎士であることに強い誇りを持っている。ただ強いから騎士なのではない。守るために剣を持つ。正義に忠誠を誓う。その生き方そのものが、彼女の芯だった。


 だからこそ、それを侮辱されたように感じた瞬間、彼女の表情に明確な怒りが浮かんだ。


「――って!ジョークやんけ!」


 天樂が慌てて両手を上げる。


「ほんま頭が堅いわぁ」


 冗談めかしたその言葉に、少しだけ場が和んだ。少なくとも、今すぐ聖剣が抜かれることはなさそうだった。


 竜歌は、すっかり短くなった煙草を灰皿に投げ捨てる。そして、二人の口論を遮るように口を開いた。


「――おォ、お前らよォ、そろそろ安全地帯も危ねェンじゃねェかァ?」


「あ、そうアルネ……。そろそろ移動した方がいいかもしれないアル!」


「じゃ、じゃあみんなで行くのだ!」


「……仕方ない」


 桔梗は鞘から手を離す。


「猿楽木天樂、悪かった。口が滑ったようだ」


「おぉ……まあウチも言いすぎたわ。すまんかったな、騎士の姉ちゃん」


 二人は一応、謝った。


 竜歌は、喫煙室のガラス張りの扉へ歩み寄った。扉を開ける。


 喫煙室は二重扉構造になっている。この扉を抜ければ短い通路。さらにもう一つ扉を開ければ、北側コンコースへ戻れる。


 竜歌は開けた扉を押さえたまま、三人を先に通した。


「あっ、竜歌サン、謝謝(シェイシェイ)アル」


「竜歌、助かるのだ!」


「悪いな、竜ヶ崎竜歌」


 蓬莱、手毬、桔梗が順に喫煙室を出る。短い通路へ足を踏み入れた。


 一方、それに続こうと煙草を灰皿へ捨てた猿楽木天樂が、思い出したように竜歌へ声を掛ける。


「おっと、忘れるとこだったわ!」


 天樂は笑う。


「ライターの姉ちゃん、ライター感謝やで!」


 猿楽木天樂はライターを竜歌へ投げ返した。


 竜歌は片手で受け取る。そして、再び黒の軽装鎧と肌の隙間へライターを仕舞った。


 竜歌は、まだ扉を押さえている。天樂が退室するのを待っているように見えた。猿楽木天樂も、そう受け取った。


「お、すまへんなあ! ライターの姉ちゃ――」


 その瞬間。


 竜ヶ崎竜歌の右脚が、天樂の行く手を塞ぐように壁へ叩き付けられた。


 喫煙室の鏡張りの壁が、びりびりと震える。


 逃げ道を塞がれた天樂が、ぴたりと足を止める。


 竜歌の尻尾が、妖しく床を叩いた。


 どん、と。


 白い煙が揺れる。


 さっきまでの気安い空気が、一瞬で消えた。


 扉の向こう側に出た蓬莱、手毬、桔梗が振り返る。


 竜歌は笑っていた。


 牙を剥くような、獰猛な笑みだった。


「――まァ、何でもいい……猿楽木よォ」


 竜歌の黄色い双角が、喫煙室の照明を受けてぎらりと光る。


「アタイと喧嘩しようやァ」

評価(すぐ下の★★★★★)やブックマーク、感想等で

応援していただけると執筆の励みになります。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。