2-24 2F出発ロビー:喫煙室
旧世界の空港には、国内線と国際線の区分があった。国内を移動する者。国外へ飛ぶ者。その行き先によって、搭乗口も、手続きも、人の流れも変わる。
だが、新世界において、その区分は既に意味を失っている。世界の大陸面積は、旧世界と比べて大幅に縮小した。加えて、エリア間の高速移動にはエクスプレスが用いられるようになり、国内移動のために飛行機へ乗る者は存在しない。
ゆえに新世界の空港には、国内線・国際線という明確な区分は存在しない。それ以外の〈天空橋空港〉の構造は、旧世界の羽田空港に極めて近かった。
広大な出発ロビー。エアサイドとランドサイドを分ける保安検査場。南北へ伸びるコンコース。搭乗口、待合席、売店、レストラン、喫煙室。かつて多くの旅行者を運ぶために作られた施設は、今や六万人を殺し合わせるための戦場になっていた。
「――走れ走れェ!」
「――さっきより毒ガスが早いのだ!」
「御託はいいから走るアル!」
黒い毒ガスが迫っていた。
四人は北側コンコースを全速力で駆けている。薄紫色のタイルカーペットを踏み鳴らし、壁面広告の光を横目に、ひたすら前へ。
だが、毒ガスは背中に張り付くように追ってくる。数分前より明らかに速い。安全地帯が狭まるたび、死の境界線は出場者へ優しく猶予を与えなくなる。
逃げ遅れれば、即敗退。指先でも触れれば、〈犠牲ノ心臓〉が発動する。
そのとき、四人の視線の先――薄紫色のタイルカーペットの上に、薄らと弧を描く青い光の線が見えた。
「むっ、あの奥が安全地帯のようだ」
犬吠埼桔梗が息一つ乱さず言う。
「――もうちょっとだァ!気張れやァ手毬ィ!」
「――はぁ!はぁ!しんどいのだ!」
「――何とか間に合うアル!」
〈極皇杯〉の予選会場において、安全地帯は青い光の球で示される。青い球の内側に入れば、しばらくは猶予が与えられ、その内側へ毒ガスが侵攻してくることはない。そして一定時間が経てば、さらに小さな球が内部に形成される。出場者は、そのたびに新たな安全地帯を目指さなければならない。
ただ生き残るだけでは駄目だ。戦いながら、走りながら、逃げながら、常に次の場所を探す必要がある。
羊の着ぐるみから顔だけを出した金髪の少女――羊ヶ丘手毬が、どたどたと走る。
その手を、竜ヶ崎竜歌が必死に引いていた。
安全地帯を示す青線まで、残り数メートル。
背後には毒ガス。
前方には青い光。
その数メートルが、やけに遠い。
「――うおォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
竜歌が叫びながら、手毬を引っ張る。
蓬莱がそのすぐ横を駆け抜ける。
桔梗は最後尾に立ち、黒い毒ガスと三人の距離を冷静に測っていた。
そして四人は、滑り込むようにして青線の内側へ飛び込んだ。
次の瞬間。
黒い毒ガスは、青い境界線の手前でぴたりと止まった。まるで見えない壁に遮られたように、こちらへ侵入してこない。
「はぁ、はぁ……死ぬかと思ったのだ……」
手毬が床にへたり込む。羊の着ぐるみの中で、顔だけが真っ赤になっていた。
「〈極皇杯〉……何度か出たアルが……やはり想像以上に過酷アルネ……」
蓬莱も呼吸を整えながら呟く。
FPSゲームのバトルロワイヤルルールであれば、マップ画面を開けば次の安全地帯の位置を事前に把握できる。それを前提に、移動ルートを決めることもできる。
だが、〈極皇杯〉の予選にマップ画面など存在しない。次の安全地帯がどこに現れるのか。いつ自分のいる場所が安全地帯外になるのか。それを完全に知る術はない。
常に状況を読み、構造を把握し、敵を警戒し、毒ガスに追われながら、最適解を選び続ける。
強さだけでは足りない。運だけでも足りない。判断力と体力と、そしてほんの僅かな余裕がなければ生き残れない。
「……ふぅ。ちっと体力使っちまったなァ」
竜歌が肩を回す。
「して、次の安全地帯が何処になるかも不明だが……どう動くつもりだ」
桔梗が問う。その横顔は涼しいままだった。汗一つ浮かんでいない。同じ距離を走ったはずなのに、犬吠埼桔梗だけはまるで散歩の途中で立ち止まったような顔をしている。
竜歌は周囲を見回した。そして、二本の黄色い角をぴくりと動かす。
「――おっ!喫煙所があるじゃねェかァ!」
竜歌の視線の先。保安検査場側の壁に、煙草のマークが描かれたサインプレートがあった。
「――ちょっ、竜歌サン!煙草吸ってる暇なんてないアルヨ!」
「蓬莱、言っても無駄なのだ……」
「〈極皇杯〉の予選に休憩時間があるとは知らなかったぞ、竜ヶ崎竜歌」
桔梗が真顔で言う。
「ガッハッハ! 休めるときに休むのも戦いだろォ!」
竜歌は一目散にサインプレートの下へ駆け出した。
ガラス張りの扉を開く。狭く短い通路の先に、もう一つ扉。煙が外へ漏れ出ないようにするための二重扉構造だった。
竜歌は通路の奥にあるガラス張りの引き戸を勢いよく開ける。
全面鏡張りの喫煙室。壁沿いにはいくつかの灰皿スタンド。中央には、灰皿が埋め込まれた台。狭い。逃げ場は少ない。外からはある程度中が見えるが、鏡張りの反射で死角も生まれる。
休憩するには都合がいい。だが、閉じ込められれば最悪だ。
それでも竜歌は、迷いなく中へ入った。
三人も、仕方なくそれに続く。
竜歌は喫煙室の奥の隅へ行き、鏡張りの壁に凭れ掛かった。黒い軽装鎧の隙間から、ボックスタイプの紙煙草とライターを取り出す。
煙草を口に咥え、火を点けた。小さな炎が揺れる。紙が焦げる匂い。煙草の先端が赤く灯る。竜歌は深く吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出した。
「戦闘の形跡はなさそうなのだ?」
手毬が鏡張りの壁をきょろきょろ見回す。
「こんな狭いところで戦う阿呆はいないアルヨ……」
竜歌が肺へ入れた煙を吐き出す。少しだけ落ち着いたような錯覚に陥る。
四人の中で喫煙者は竜歌だけだった。
蓬莱は中央の台へ軽く凭れ、手毬は鏡張りの壁をきらきらした瞳で眺めている。
桔梗は腕を組み、入口と奥の扉、その両方へ意識を残したまま立っていた。休んでいても、警戒は解かない。それがファイナリストの習性だった。
竜歌は煙を吐き出しながら、最初から抱いていた疑問を空へ投げた。
「なァ、蓬莱……。なんでテメェは〈極皇杯〉に出たんだァ?」
「……ボクも聞きたかったのだ!」
手毬が振り返る。
「蓬莱が〈極皇杯〉に出場しているとは思わなかったのだ!」
赤いチャイナドレスの糸目の女――李蓬莱は、少しだけ黙った。鏡張りの壁に映る自分を見る。
元・〈韮組〉、幹部。竜歌と手毬を守るため、幼い頃に自ら闇へ踏み入れた女。その肩書きは、もう消えない。
けれど、そこから先の人生まで、闇で塗り潰される必要はない。
蓬莱は、ゆっくりと答えた。
「……叶えたい夢があるアルヨ」
「夢って……小さいときに何度も話してくれたあのことなのだ?」
「あァ……嬉しそうに話してたよなァ……」
「覚えてくれていたアルカ……」
蓬莱は小さく笑った。少しだけ、照れ臭そうに。
「ワタシは……ワタシの夢は、新世界一の中華料理屋を作ることアル」
「成程……」
桔梗が静かに頷く。
「〈極皇杯〉を優勝すれば十分な賞金が手に入る。そのために出場したというわけか」
「竜ヶ崎龍帝の下にいたときは……夢なんて捨てていたアル」
蓬莱の声が、少しだけ低くなる。
「あの場所では、明日のことを考えるだけで精一杯だったアル。料理屋なんて、笑われるだけの夢だったアルヨ」
自分が生きること。竜歌と手毬を遠ざけること。組の中で疑われないこと。それだけで、胸の中の夢は少しずつ埃を被っていった。
けれど。
「でも、〈神威結社〉に助けられて……道が開けたアル」
「そうかァ……」
竜歌は煙を吐いた。その声は、いつもより少し柔らかかった。
「竜歌の夢はなんなのだ?」
「む、夢を語る流れか。久しい感覚だな」
「あァ?アタイの夢かァ?」
竜歌は煙草を指で挟み、にっと笑った。
「そりゃ決まってんだろォ!アタイの夢は、ボスの最強の右腕になることだァ!」
「ふふ、竜歌サンらしいアルネ」
「そうなのだ!」
迷いのない答えだった。竜歌にとって、雪村雪渚の隣で戦うことは、もう単なる恩返しではない。居場所だった。誇りだった。自分が自分であるための、新しい生き方だった。
「羊ヶ丘手毬にも夢があるのか?」
「もちろんなのだ!」
手毬は胸を張る。
「ボクの夢は、『笑-1グランプリ』で優勝することと、最強のクラン・〈十二支〉を作ることなのだ!」
「そういやァメンバーは集まったのかァ?」
「まだなのだ!」
手毬は即答した。
「丈も入ってくれないから仕方なく街中で声掛けしてたのだ!でも誰もボクの強さを理解していないから、全部断られたのだ!」
「おォ……そうかァ……」
「でも〈極皇杯〉に出場したのは、そのメンバー集めも兼ねてるのだ!だから心配いらないのだ!」
「あの、さっきから手毬サンが言ってる『ジョー』っていうのは誰アルカ?」
「幕之内丈なのだ!」
「幕之内――って二年連続の〈極皇杯〉ファイナリストの……幕之内丈アルカ!?」
「そうなのだ!この前まで丈の家に居候してたのだ!」
「とんでもないことしてるアルネ……」
「でも丈は汗臭いから、今は〈神屋川エリア〉に戻ってるのだ!」
桔梗は、そんな三人を静かに見ていた。
喫煙室。毒ガスに追われる予選の途中。いつ敵が来てもおかしくない閉鎖空間。
それでも彼女たちは、夢を話している。桔梗にとって、その光景はひどく久しいものだった。
「そうか……皆、立派な夢があるのだな」
「桔梗もさっき夢を語ってたのだ!」
「む……?私が、か……?」
「騎士団長を見つけたいって言ってたのだ!立派な夢なのだ!」
「それは……夢なのか?」
桔梗は少しだけ困ったように目を伏せる。
「でも、きっと他にもあるはずなのだ!」
「ふむ……」
桔梗は腕を組んだまま、しばらく考えた。
「夢というほど大層なものではないが、私を副騎士団長と慕ってくれる騎士団の仲間を守りたい……とは思っている」
その声には、確かな重みがあった。
最上川真下の失踪。揺らぐ〈イーハトーブ聖騎士団〉。自分を頼る騎士たち。そして、守りたい者がいるのに剣を抜けない自分。
桔梗はそれらすべてを抱えたまま、この喫煙室に立っている。
「ガッハッハ!いいじゃねェかァ!」
竜歌が笑った。
「でもそれなら全員、〈極皇杯〉は負けられねェよなァ!」
「そうアルネ……。誰が勝っても……恨みっこなしアル!」
「望むところなのだ!」
「……そうだな」
桔梗も、静かに頷いた。
短い休憩。束の間の会話。夢を語り合ったからといって、ルールが変わるわけではない。最後に残れるのは一人だけ。それでも今だけは、四人の間に奇妙な温度があった。
敵でもあり、仲間でもあり、いずれ倒す相手でもある。そんな曖昧な関係のまま、煙草の煙だけが鏡張りの室内を薄く曇らせていく。
――竜歌が、短くなった煙草を灰皿に捨てたときだった。
喫煙室の引き戸が、がらがらと音を立てて開いた。
四人の視線が、一斉に入口へ向く。
そこに立っていたのは、金髪の女だった。良く言えば無造作。悪く言えばボサボサのショートヘア。毛先は赤く染まっており、目元にも赤いチークが入っている。
「あかんわぁ。やっぱ煙草吸わなやっとられんわほんま……お?」
女の頭には、緊箍児と呼ばれる輪が填まっていた。衣服は赤を基調とし、腰には虎皮の腰布――虎皮裙を巻いている。その姿は、『西遊記』にも登場する道教の神・孫悟空を想起させた。
場違いなほど気怠げな声。日常の延長のような足取り。毒ガスが迫る予選会場にいるとは思えない緩さ。
だが、その女が室内へ一歩入った瞬間。空気が変わった。喫煙室の狭さが、急に息苦しくなる。
竜歌の尻尾が、ぴたりと動きを止める。
蓬莱の糸目が、わずかに細まる。
桔梗の視線が、静かに鋭くなる。
「おー先客がおったんかい。すまへんな、邪魔するで」
女は気にした様子もなく、入口側の隅へ凭れ掛かった。腰布の内側をゴソゴソと漁り、ソフトタイプの紙煙草を取り出す。
一本、口に咥える。そして、数秒だけ動きが止まった。
「あちゃー、しもた。失くしてもうたんやったわ」
あまりにも日常的な仕草だった。戦場であることを忘れているような声だった。
だが、誰も油断しなかった。
この女が弱いはずがない。この空間に、たまたま迷い込んだはずがない。
金髪の女は、竜歌たちを見る。そして両手を合わせ、申し訳なさそうに笑った。
「すまん姉ちゃん! ライター貸してくれへんか?」
そこで、女の視線が桔梗に止まる。
「――って!自分、二年前のファイナリストやんけ!自分、Hブロックだったん!?そんなら言うといてくれんと~!」
「猿楽木天樂か……」
桔梗が静かに名を呼んだ。
「直接会うのは初めてだな」
猿楽木天樂。昨年――第九回〈極皇杯〉。その予選Bブロックにおいて、単身で一万人を倒し、堂々ファイナリストに名を連ねた女である。
竜歌は、二本目の煙草を咥えた。ライターで火を点ける。そして、そのライターを天樂へ投げ渡した。
「ライターなら貸してやるよォ。受け取れェ」
「おおきに姉ちゃん!ほんま助かるわ!」
天樂は嬉しそうに受け取る。煙草に火を点ける。先端が赤く灯り、白い煙が立ち上る。彼女は深く吸い込み、長く吐いた。
「はぁー……生き返るわぁ」
煙を吐きながら、完全にチルタイムを決め込んでいる。騙し討ちしようという悪意は感じ取れない。少なくとも今は。
竜歌は、彼女に裏がないことを直感で理解した。
ただし、裏がないことと、危険でないことは別である。
「お前……去年の〈極皇杯〉のファイナリストだろォ」
「おー、ライターの姉ちゃん!ウチのこと知っとんのかいな!」
天樂は照れ臭そうに頭を掻く。
「ほな最初から言うといてやー!照れるわー!」
大袈裟なジェスチャー。軽い声。しかし、その表情には余裕がある。純然たる強者の面構えだった。
竜歌は思考する。
――なんだコイツは……。
接敵すれば有無を言わさず戦闘が始まる。それが〈極皇杯〉の予選だ。敵を見つければ倒す。逃がせば後で自分が狩られる。
そのはずなのに、この女は煙草休憩のために喫煙室へ入ってきた。しかも敵に向かって、ライターを貸せと言った。
狂っている。
いや。
強すぎる者だけが許される、余裕だった。
「猿楽木天樂なのだ……!?」
手毬が声を震わせる。
「今度こそ最悪のエンカウント……アル!なんでこう、本戦進出経験者ばかりに会うアルカ!?」
「心配せんといてや、姉ちゃんたち!」
天樂は煙草を指で挟みながら笑う。
「ウチ、煙草吸うてるときは戦わんと決めとんねん!」
「……そ、そうアルカ」
「――それよか姉ちゃんたち!」
天樂は身を乗り出す。
「着ぐるみのちっこいのは知らんけども、〈神威結社〉の姉ちゃんに第八回〈極皇杯〉ファイナリストに元・〈韮組〉の幹部やろ?有名人ばっかやんけ!全員名前忘れてもうたけども!喋ろや!」
「な、なんか思ってた感じと違うアルネ……。去年の〈極皇杯〉だと、予選で暴れ回ってたイメージだったアル」
「そ、そうなのだ。そしてボクはちっこくないのだ」
蓬莱と手毬が、ひそひそと囁く。
「おー姉ちゃんたち!ウチの噂話しとんの聞こえてんで!」
「ご、ごめんなのだ!」
「ええねんええねん!ウチも混ぜてーや!」
天樂はけらけら笑った。
「馬絹の姉ちゃんも萌もおらへんから暇やねん!」
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猿楽木天樂
2102 準々決勝進出
2103 準々決勝進出
2104 準決勝進出
2105 準々決勝進出
2106 準決勝進出
2107 準決勝進出
2108 準決勝進出
2109 BEST8
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「猿楽木サンは煙草を吸いに来ただけアルか?」
「なんや藪から棒に!せやで!」
天樂は当たり前のように答える。
「ウチ、煙草吸わな力出んねん!ほんま笑かしよるわ!」
「そ、そうなのだ?そういう体質なのだ?」
「そんなアホな!着ぐるみの姉ちゃん!気持ちの問題やで!気持ちの!」
天樂は煙を吐く。
「……ってかライターの姉ちゃんもそんな隅でウチのこと睨んどらんで喋ろや!『タバコミュニケーション』やで!『タバコミュニケーション』!」
「あ、あァ……」
竜歌は咥え煙草のまま、眉をひそめる。
天樂はそんな竜歌の警戒など意に介さない。
「〈神威結社〉ってなかなか話題になっとんねんで?」
天樂は楽しそうに続ける。
「結成して一ヶ月も経たんような新参クランやのに、〈十傑〉が二人所属しとるとか前代未聞や。ほんまエグいであれ、〈十傑〉とクラン組みたい人なんて腐るほどおんねんで?」
「そう考えると……あのとき、〈十傑〉が二人も乗り込んできた時点で〈韮組〉に勝ち目なんてなかったアルネ……」
「赤いニット帽の兄ちゃん……名前なんやっけ――あっ、雪村雪渚や!」
天樂が指を鳴らす。
「あの兄ちゃんの人望なんかな?銃霆音の兄ちゃんとのラップバトルもエグかったもんなー。ウチはタイプじゃないけど日向の姉ちゃんが雪村の兄ちゃんにベタ惚れすんのもしゃーないで、ほんま」
「おォ!ボスはアタイの恩人だからなァ!当然だァ!」
竜歌が一気に元気になる。
「竜歌……雪渚の話になるとすぐ元気になるのだ……。幼馴染として悪い男に騙されないか心配なのだ」
「そう言えば、雪村サンの昨晩の〈極皇杯〉の優勝宣言、どこ行っても話題アルネ」
「ああ……その番組であれば私も目にした」
桔梗も頷く。
「あれは驚いたのだ!テレビ観てたら突然雪渚と竜歌が出てきて優勝宣言したのだ!」
「っちゅーことは、雪村って兄ちゃんも今回出場しとるわけやな?」
天樂の目が、わずかに輝いた。
「滾るわあ、ほんま!強い奴好っきゃねんな、ウチ」
「おォ!多分別のブロックだとは思うがよォ!ボスは絶対優勝するんだぞォ!」
「まずは竜歌自身のことを考えるべきなのだ……」
「それにしても、〈極皇杯〉の本戦進出経験者二人といきなり鉢合わせるなんて驚きアルネ」
「買い被りすぎや、姉ちゃんたち!」
天樂は手をひらひら振る。
「犬吠埼の姉ちゃんはともかく、ウチそんな強ないで!あのときもたまたま運が良かっただけや、あんなもん!今年も勝てるとは限らへんよ」
猿楽木天樂の発言は、謙遜だった。
〈極皇杯〉の予選は、運という曖昧な言葉だけで勝ち抜けるほど甘くない。まして彼女の戦績は、偶然で片付くものではなかった。
準々決勝。準決勝。BEST8。ほぼ毎年、上位へ食い込んでいる。昨年など、単身で一万人を倒してファイナリストに名を連ねた。
その彼女が、敵である竜歌たちを前にして、こうして呑気に煙草を吸っている。
戦わないのではない。
いつでも戦えるから、戦っていない。
その余裕こそが、猿楽木天樂の強さを証明していた。
「――おっと、そうなのだ!」
手毬が、はっと顔を上げる。
「ボク、前から決めてて、猿楽木……さんに頼みがあるのだ!」
「天樂って呼びや!」
天樂は気さくに笑った。
「ウチら同じ副流煙吸った仲やんけ!ほんで、頼みってなんや?着ぐるみの姉ちゃん!」
猿楽木天樂は、少し恐縮した様子の手毬を冗談交じりに解す。
その様子を、蓬莱は静かに見守っていた。そして、思考する。
本来なら、ありえない可能性。
だが、手毬ならやりかねない。
いや。
手毬だからこそ、やる。
――手毬サン……まさか……。
「――じゃ、じゃあ天樂!」
手毬は両手を握り締めた。羊の着ぐるみのまま、昨年ファイナリストの怪物をまっすぐ見上げる。
「ボクのクラン・〈十二支〉に入ってほしいのだ!」




